今や国民病ともいえる花粉症。その切り札的対策として、東京都は今後十年間で多摩地区のスギ林約千二百ヘクタールを伐採する計画をぶち上げた。今春、初めて花粉症に見舞われた石原慎太郎都知事肝いりの政策で、花粉症患者から「英断」の声も上がっているのだが、さて、その費用対効果は。
◇◇◇
「やっぱりモトをたたなきゃダメ。いい決断をしてくれたと思う」。十年来の花粉症に悩む東京都港区の会社員(三三)はこの計画を歓迎した。板橋区の主婦(三一)は「花粉が舞うスギの映像をテレビで見るだけでムズムズくる」と話し「もっと奥地の埼玉とか山梨のスギも切って」と注文する。
計画を発表した「都花粉症対策本部」によれば、今後十年間で多摩地区のスギ林約千二百ヘクタール分を伐採。発生するスギ花粉の量を二割削減させる。最終的には百年かけて一万二千ヘクタールを伐採、現在、研究が進んでいる花粉の少ないスギに植え替えるのだという。
来年度約二十七億円の予算を計上し、基金を設立。森林所有者などに資金補助や融資するほか、伐採したスギの流通に関するインフラの整備や、公共事業への活用などを想定している。
多摩地区のスギ林は合計で約3万ヘクタール。しかし、林業衰退で間伐がなされず、樹齢三十年前後の花粉飛散量の多い木が八割以上を占める。とはいえ、前出の主婦が言うように同地区だけで伐採しても即効性に限界があるため、東京、千葉、埼玉、神奈川の各県と政令市でつくる「八都県市首脳会議」として国に本腰を入れた対策を取るよう小池百合子環境相に要望している。
それにしても、原因のスギを切ってしまえというのはいささか乱暴な印象も受けるが、専門家はどう受け止めるのか。
花粉症患者からの寄付金でスギ林の間伐を実施しようと宮崎県の林業家有志が設立した「花粉症撲滅センター」の永峯勝久代表は「やみくもにバッサリ切って、そこに別の木を植えようとしてもうまく行かない。森林破壊になってしまう。ただ、現状は手入れが全然ない状態なので、十年の単位で三分の一ずつ間伐していく昔ながらのやり方で進めれば効果はあるだろう」と話す。
永峯代表によれば、間伐が行われず密集した状態のスギは互いが生存競争のためにより多くの花粉を放出するため、間伐してやれば、競争が緩和され、単純な引き算の試算より多くの花粉減量効果が期待できるという。
ただし、年間二十七億円の予算を使って十年間で千二百ヘクタールしか伐採できないことには、「コストが高いのでは」と疑問を呈する。
同センターは一ヘクタールを十七万円で伐採できると説明しており、千二百ヘクタールを伐採しても約二億円で済む。年間予算の十分の一以下で十年分の仕事ができる計算だ。「石原さんにはぜひわれわれ現場に相談してもらいたい」と永峯代表は語る。
ところで、そもそも今回の石原都知事の決断は自身が今春初めて花粉症になったのが発端だが、さらに言えば同知事は従来、花粉症は排ガスによる大気汚染との複合汚染説を主張。一昨年からディーゼル車規制に踏み切っていた。
これについて、花粉症問題に詳しい三好耳鼻咽喉科クリニック(仙台市)の三好彰院長は「大気汚染との複合説は学会の一部グループによる説にすぎず、因果関係が確定したものではない。厳しいディーゼル規制を実施して二年目の今年、石原都知事が花粉症になったのが何よりの証拠だ。知事もようやく複合説の矛盾に気付いたのだろう」と話す。
三好氏の研究によれば、スギ花粉症は花粉の飛散量が多ければ多いほど発症する確率が高くなる病気であり、「原因が減れば結果が少なくなる、という意味で間伐は正しい」という。ただし、ことは簡単ではないとも警告する。

 |
※画像をクリックすると
拡大画像がご覧いただけます |
「戦後の多摩地区のスギ植林は、山が戦争中の木材の需要ではげ山になり、台風などで大きな水害をもたらしたことを受け、治山・治水の狙いで行われた。これを三分の一以上伐採するなら、またもや治山・治水の問題が再発する。だいたい関東、東北の山はスギばっかりで全部間伐するには相当時間がかかるだろう。結局、花粉症の患者さんは当分、シーズン前には注射など十分な対策を取っておくしか手はないでしょう」
花粉の霧が晴れる日は、まだ遠そうだ。
|