飛来したナベヅル1羽から強毒性の高病原性鳥インフルエンザが確認された鹿児島県出水平野。観光資源のツルと全国有数の養鶏業を守るため、地元は22日、官民上げて感染防止に乗り出した。だが、相手は特別天然記念物の野鳥。殺処分するわけにもいかず、衰弱したツルがいないか注意深く観察する以外にウイルス根絶の妙案がないのが実情だ。【阿部周一、河津啓介】
■様子見るしか
「渡来地の消毒は可能か? ツル同士の感染を防ぐ手だては?」。22日、出水市のツル博物館「クレインパークいずみ」に専門家ら約20人を集めて開かれた対策専門委員会。渋谷俊彦市長の質問に、会場はしばらく沈黙が続いた。
家畜やペットと異なり、野鳥は家畜伝染病予防法の対象外。11月に感染が見つかった島根県の養鶏場では、疑いの段階で殺処分してウイルスを征圧したが、ツルはそれが出来ない。出席した高瀬公三・鹿児島大教授(微生物学)は「まずは発症数の変化を念入りに観察し、見つけたら隔離する。『これだ』という対策はない」と説明した。
市は21日、職員の立ち入りを抑えるため、マニュアルに基づきツルへのエサやりを停止。ところが、専門委員会で「エサを止めるとツルが他地域へ拡散する」と指摘を受け、22日から再開した。「飛び火」を防ぐためツルを追い払うことも出来ない。
■背中合わせ
「いつか起こると思っていた」。地元の養鶏関係者は口をそろえる。
「出水はすべての野鳥にとって理想的な聖域」。クレインパークいずみのパンフレットの言葉だ。渡来地にはツル以外にもカモやカラスなどが多く生息する。出水地域の養鶏業は渡り鳥が運ぶウイルスのリスクと常に背中合わせ。県北薩家畜保健衛生所の西田浩二課長は「渡り鳥が去る春までは『安心宣言』は出せない。農家が細心の注意を払って自衛防疫するしかない」と語る。
■万羽ヅル密集
出水平野のツルは97年度から14季連続で1万羽を超す。荒崎地区に加え東干拓地でもエサやりを始めたのが96年。「招致」の成果で、世界のナベヅルの約8割、マナヅルの約4割が冬場、出水平野に集中する。
一方、この過密状態は伝染病などによる集団死で絶滅の恐れが指摘されてきた。環境省は03年、全国4カ所を分散候補地に掲げ、山口県周南市八代(やしろ)平野で移送・放鳥するなど試みているが、効果は上がっていない。
22日、出水市を訪れた同省野生生物課の亀沢玲治課長は、エサを年々減らすなどの選択肢を挙げ、「分散化がうまくいかない検証も含め、今後どうするか考えないと」と話した。渋谷市長は「最悪の事態が現実となり、危機管理が試されている」と厳しい表情で語った。
2010年12月23日