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こうのとり追って:第1部・不妊治療の光と影/3 「誰に似たの?」に傷つき

 ◇他人の卵子・精子で出産「秘密抱え、つらい」

 「不妊と分かってから十数年、わらにもすがる思いで治療に望みを託した。他に方法がなく卵子提供を受けたが、妻の悩みは今も深い」。東日本に住む50代の男性は、こう明かす。

 病気や高齢で卵子の状態が悪くなり、妊娠しないケースがある。体外受精の技術を使えば、第三者から提供を受けた卵子を夫の精子と受精させて妊娠し、子供をもうけることは可能だ。妻の遺伝的特質は残らないが、産むことで母親にはなれる。ただ、日本では公的に認められておらず、海外で治療を受けるカップルが少なくない。

 この夫婦も米国で日本人から卵子提供を受け、待望の赤ちゃんを抱くことができた。卵子提供の事実はどちらの親にも明かしていない。

 子供が成長するにつれて妻は「(夫婦の)どっちに似ているんだろうね」という周囲の何気ない言葉に傷つくようになったという。子供の性格や振る舞いに、卵子提供者の存在を感じることも多い。「誰にも言えない思いを押し殺して生きていくしかありません。妊娠したときはうれしかった。でも、出産がゴールじゃなかった」

   ◇

 卵子提供より歴史が古い非配偶者間人工授精(AID)では、1万人以上が生まれているとされるが、医師はAIDの事実を周囲に話さないように勧めることが一般的だった。

 「家族の間で秘密を抱えているのがつらかった」。関東地方に住む40代の女性は、AIDで子供を授かった後に訪れた葛藤をこう振り返った。娘は提供者に似たのか、くっきり二重に彫りの深い顔立ちの少女に育ち、近所の人が「ハーフですか」と聞いたほどだ。赤ちゃんの頃はまめに面倒をみていた夫が、娘から距離を置くようにみえた。本人に「私は誰に似ているのかな」と無邪気に聞かれるのが怖かった。眠れなくなって、心療内科も受診した。

 そんな頃、AIDを検討している人向けの勉強会に参加し、この治療で生まれ「家族にうそをつかれていた」と傷ついた子供たちの話に衝撃を受けた。「みんな、幸せな家庭を思い描いてこの治療を受けたはずなのに」。女性は娘に事実を告げることを考え始めた。

 娘が12歳になった年の大みそか、「大切な話があるの」と、恐る恐る切り出した。「変な顔の人じゃなくてよかったよ」。娘は笑ったが、「泣いてもいいよ」と呼びかけると、一瞬顔をゆがめてしがみついてきた。

 「(提供者は匿名が前提なので)将来、娘が提供者のことを知りたいと思っても手段はない。好きになった男性が、娘の出自を受け入れてくれるだろうか」と女性の悩みはつきない。

   ◇

 慶応大病院はここ数年、告知を親に勧めるようになった。同大病院でAIDを受けた夫婦に対する調査では「子供に対して(治療の事実を)絶対に話さないほうがよい」と答えたのは02年の75%以上から、08年は約60%に減少。当事者の意識が少しだが、変わりつつあるようだ。

 同大病院では現在、看護師がAIDを希望する夫婦への説明を担い、出産後の相談にも応じている。久慈直昭専任講師(産婦人科)は「子供ができたら終わりではなく、チームとしてサポートを続けていきたい」と話している。=つづく

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 ◇非配偶者間人工授精(AID)

 第三者の男性から提供された精子を使って、人工授精を行う不妊治療の一種。国内では1948年に慶応義塾大学が初めて患者に対して実施した。その後、無精子症や精子が少ないなど、男性不妊の治療法として普及した。90年代に顕微授精(夫の精子の一つを選んで卵子に入れる方法)が開発され、AIDは減ったが、日本産科婦人科学会の調査では08年に15施設で908人に実施され、76人が生まれている。

毎日新聞 2010年12月22日 東京朝刊

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