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[22311] レジェンド オブ サーフィーリア【TRPG 異世界召喚】
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/10/31 20:00
※この作品は同作品同名義で「小説家になろう」にも投稿しております


プロローグ


<ようこそ。サーフィーリアの世界へ。神々はあなたを歓迎します>

 -美しい声に思わず目を開ける。
 -闇に包まれたはずの僕の視界がいつの間にか光にあふれていて目が眩む。
 -僕は?それに、ここは?
 -あたりを見渡すと、まるで北欧神話に出てくる神々の庭のように、輝く花々と草の緑が視界にあふれ、静かで美しい小川の流れの向こうに、石造りの豪奢な神殿が見えた。
 -僕の前には、二人の白い服を着た、見たこともないくらいきれいな女性がいて、それぞれの手を僕に差し伸べている。
 
<さぁ、この手をとって。始めましょう>

 -始める?何を?
 -それに、あなたは今サーフィーリアって言ったの?でもそれは。

<一人ではできません。ともに戦う勇者達が必要です>

 -そう。一人ではできない。一人でできるようにはできていないから。でも、誰が僕と一緒に戦ってくれる?
 -疑問は尽きない。何も説明されないし解決されない。でも、それでも。
 -僕にはもう一度会いたい人たちがいて、もし彼らと会うことができるならと願って。
 -僕は差し出された白い手を取った。








[22311] Episode.1 召喚
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/10/05 22:31



 僕はお世辞にも広いとは言えない部室の机の前にいて、びっしりと文字が書き込まれたノートとにらめっこしている。
 漏れはないか。
 矛盾はないか。
 計算式に抜けはないか。
 机の向かい側には浩太郎が、僕の隣には美玖がいて、やはり広げられたノートを隅から隅までチェックしている。
 サーフィーリアの世界には三柱の神々が創造神として設定されているけど、僕らの行為は彼らのそれに近いかもしれない。
 この作業は一つの世界を作るのにも似ているのだから。

 「どう・・・・?」

 僕は恐る恐る言葉を発した。
 美玖はその長い髪をうっとうしそうにかき揚げる。邪魔なら切ればいいのに。僕はロングの方が好きだけど。
 
 「大丈夫・・・だと思う」
 「浩太郎は?」
 「もうちょっと待て」

 純文型の僕と違い、数学に強い浩太郎が眼鏡の位置を直しながら、懸命にノートを睨んでいる。
 電卓を叩きながら横に置いた白紙になにやら書きつけ、人とおりその作業が終わってから「ふぅ」と嘆息した。

 「・・・合ってる」
 「じゃ、じゃあ!」
 
 美玖がぴょこんと僕の肩に飛びついた。甘い花の様なにおいに内心どぎまぎしながら、僕はその言葉を言う為に気を引き締めなおした。
 
 「完成だ!」
 「やったー!」
 「長かったな、おい」

 三人の顔が笑顔に包まれる。長かった。本当に長かった。
 僕らが所属するのはTRPG(テーブルトークアールピージー)同好会。
 TRPGと聞いて、何それ?という人も多いだろう。
 僕もTRPGはリプレイ本から入って、本格的にやったのは高校に入ってからが初めてだ。
 
 RPGという言葉でピンと来る人もいるかもしれない。
 ファミコンの頃から今に至るまで、テレビゲームの人気ジャンルにRPG(ロールプレイングゲーム)というのがあるけど、あれはもともとアメリカで大流行したTRPGをテレビゲームに応用したものだ。そもそもロールプレイングとは「役になりきること」を意味する言葉であり、演劇なんかでも使われる言葉らしい。

 やることは簡単。
 紙と鉛筆、それとさいころを用意すればいい。テレビもプレステもいらない。低コストで経済的でしょ?
 世界観を予め決めておいて、ゲームの目的を説明する。これはゲームマスターという人物の役割だ。
 彼はゲームに直接参加はしない。
 その代わり、彼なくしてゲームは成り立たない。
 プレイヤーと呼ばれる遊び手は、自分のプレイーヤー名とその特徴を設定する。まぁ設定と言ってもその辺の紙に書いておくだけだけど。
 そしてゲームの目的を達成するべく、僕らはゲームマスターと話し合いながら自分達の分身であるプレイヤーを活躍させるわけだ。
 
 よく分からない?こればかりはやってみないと分かりにくいかもしれない。よく言われる例えは、テレビゲームでコンピューターがやっていることを人間にやらせるのがTRPG。
 人間相手だから柔軟だし、ある程度融通は利くし、ゲームを繰り返しても毎回違った結果になる。

 このゲームの世界観とか計算方法(戦闘時の成功率とか)は一式パックにして販売してて、実際TRPG同好会はそれらのタイトルを受動的に遊ぶ集まりだった。
 でも今は違う。
 僕らは実に7ヶ月もの時間を費やして、僕らだけのオリジナルゲーム、「レジェンド オブ サーフィーリア」を完成させたんだ。
 
 「ふぅ。本当に時間かかったなぁ。芯太がモンスターの設定に懲りすぎなんだよ」

 ペットボトルのコーラを口に含みながら、浩太郎が眼鏡越しに、僕に非難じみた視線を送る。

 「浩太郎も乱数関係、滅茶苦茶時間かけてたじゃん」
 「お前がつぎつぎモンスター作るからいつまでたっても終わらなかったんだろうが!」

 そうだっけ?
 
 「まぁまぁ。何はともあれこうして完成したんだし。私ちょっと感動しちゃってるんですけど」
 
 そう言って、美玖は本当に可愛い瞳に涙を浮かべている。箸が転んでもおかしい年頃というけど、涙腺も相当に弱いらしい。
 ところで・・・。

 「あれ?美玖、今何時?」
 「んー」 

 僕がそう言うと美玖がひょいと腕を裏返して時計を見る。誰にも言えないけど、僕はこの仕草が好きで美玖によく時間を聞く。
 浩太郎がにやにやしながら僕を見ていた。
 うるさいな。いいだろ?ささやかな楽しみだ。

 「きゃあ!もう7時近い!やば。そろそろかえらないと・・・」
 「じゃあ遊ぶのは明日だね。ところで加藤は?」
 「どうしたんだろうな」

 加藤というのはもう一人の部員で、現在のTRPG同好会の部長でもある。「レジェンド オブ サーフィーリア」の設定は加藤がずっと暖めていたもので、そのあまりの作りこみように、僕らがはにかむ彼を無理やり説得して今に至るというわけだ。
 几帳面な性格で、今日あたりゲームが完成することもわかっていた。
 加藤が来ないって事は考えにくいけど。

 「委員会か何か長引いてるのかな・・・」

 クラスが違う、僕や浩太郎、そもそも学年が違う美玖は顔を見合わせて首を横に振った。分かるかけない。
 加藤を差し置いて遊ぶわけにも行かないし、今日は大人しくこのまま帰ろう。
 僕がそう思って口を開こうとした時、突然、部室の扉が開いた。

 「末長先生?」

 そこにいたのは初老の教師だった。温厚な形だけのうちの顧問だが、いつになく慌てた様子ではぁはぁと息をついている。

 「どうしたんですか?あぁ、遅くなってすみません。もう、そろそろかえります」
 「加藤を待ってたんですよ。あいつ今日来なくて」

 いない奴のせいにしちゃえ、とでも言うように浩太郎がそう言うと、末長先生は痛々しそうな視線で僕らを見た。
 
 「加藤は・・・・・・来ない」
 「え?ああ、やっぱり委員会か何かですか?」

 先生はそれを伝えに?いくらなんでも遅すぎないか。もっと早く教えてくれてもいいようなものだが。
 僕らはこの頃ようやく、何か不吉なものを感じて青ざめた。よく分からないけどとても悪いことが起きる予感がして背筋がぞっとする。

 「加藤は、亡くなったそうだ。ついさっきご家族から電話があった」

 加藤が、死んだ?

 「お前らに伝えてなかったが、こうなったらどうせ分かることだから。加藤は昨日夜、屋上から飛び降りた。遺書はない。お前ら、何か知ってるか?」

 僕の視界が暗くなる。
 ぐにゃりとまがってこめかみの辺りが痛くなる。
 硬直して、喉が音を鳴らすことができない。
 本当に近しい人の死というものに、僕は始めてであったのだ。
 
 この日、「レジェンド オブ サーフィーリア」が完成した日。
 加藤は死んでしまった。
 でもそれは始まりのきっかけに過ぎなかった。僕らにとっても。そして「レジェンド オブ サーフィーリア」にとっても。



続く



[22311] Episode.2 告発
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/10/03 11:30



 加藤の家は、学校から2駅のところだった。
 僕と加藤はもう二年近い付き合いなのに、僕は彼の自宅も知らなかった。
 美玖とか浩太郎とかは学校外でも会うことがあったけど、加藤だけはそう言えば外で会った事がない。
 とても大事な友達だったのに、僕達は加藤について何も知らない。

 屋上からの飛び降り。
 時間的には夜9時頃。
 どうしてそんな時間に加藤は学校にいたのか。自殺にしても何故学校を選んだのか。
 何故――僕らに相談しなかったのか。
 加藤が死んだ翌日、僕達3人は通夜に行った。本当はクラスの生徒だけだったのを、顧問の先生が気を遣ってくれたんだ。
 美玖はずっと泣いていた。涙腺が脆いのかもしれない。僕はぐっと拳を握りこんで何かに耐えていた。
 浩太郎はしかめ面をして正面を睨んでいた。
 何かを許せない、という感じだった。
 それはひょっとしたら自分自身なのかもしれなかった。
 棺の中の加藤の顔は穏やかで、はにかむように笑っているようにも見えた。
 美玖は傍から見ても心臓がつぶれるくらいに哀しげに泣き崩れ、僕は視界が潤んでよく見えなくなった。
 人が死ぬということがこんなに重たい事だって、今まで誰も教えてくれなかったのに。

 焼香が終わり、僕らはそろそろかえろうとしているところだった。黒い喪服を着た背の高い女性に、僕らは呼び止められた。
 
 「ごめんね、突然。今日は有難う。あなた達、竜也の友達だったのよね」

 女性は加藤愛華と名乗った。大学一年生の、加藤の姉だった。
 綺麗な人だった。でも、今は儚げに笑っていた。
 
 「うちにかえると、いつもあなた達の話をしていたのよ。竜也、あの子勇ましい名前の割りにどうも引っ込み思案で。昔から友達もできなくて心配してたの。でも高校に入ってあなた達みたいな友達が出来て、本当によかった。よかったのに・・・・・・」
 
 お姉さんはそこで泣き出してしまう。美玖はずっと泣いていたけど、また烈しく泣き始めた。浩太郎の頬にも涙が伝っていた。
 僕の視界もぐちゃぐちゃだった。

 「加藤は、その、どうして・・・」

 納得がいかない様子の浩太郎がためらいがちにそう言った。お姉さんは一瞬目を瞑ってから、それから哀しげに言った。
 
 「あの子、いじめに遭ってたみたいなの」
 「え?」

 そんなこと始めて聞いた。

 「本当ですか?」
 「確証はないんだけど。家のお金が消えることが昔からたまにあったの。それが最近はちょっと冗談じゃすまない金額になって。どうやら、竜也が持ち出してたみたいなの。自分で遣ってる形跡がないから、誰かに無理矢理お金を要求されてたんじゃないかと思うの。父がそれを烈しく問い質して。その翌日なのよ。あの子が飛び降りたのは」

 僕は何を見ていたのだろう。
 何を聞き、何を分かった気でいたのだろう。
 多くの時間を一緒にすごしてきたのに。一緒に笑い、同じ目標に向けて頑張っていたのに。
 とても大事な友達だったのに、僕達は加藤について何も知らない。

 「僕達も調べて見ます」
 「え?いいのよ。警察にも言ってないの。あなたたちだから、話しておきたかったの」
 「でも・・・」
 
 尚も言い募る僕にお姉さんが何かを言おうとして、そしてはっと目を見開いた。
 
 「・・・竜也?」
 「え?」
 
 思わず僕らも振り向く。お姉さんが見ている空中の一点。そこに、半透明で後ろが透けて見える加藤が、確かにぼうっと立っていた。
 いつもの、はにかむような笑顔を浮かべて。

 「ひぃっ」

 後ろから数人の悲鳴が聞こえて僕らは振り返る。加藤のクラスの何人か。ちゃらちゃらして柄の悪い生徒達が、おびえたようにこちらを見ている。
 周囲の人間はそれを不思議そうに見ているだけだ。
 僕は直感した。加藤の霊(?)は全員に見えているわけではない。
 だとすれば、今あそこで悲鳴を上げたやつらは。
 
 「お前らか!お前らが加藤を!」
 
 浩太郎が僕より先にそれに気付き、大声を張り上げる。大人たちがそれに気付いてこちらに来た。
だから僕はこの瞬間まで、加藤は自分を自殺に追い込んだ奴らを教えたくて出てきたんだとそう思ってた。
 でも僕が振り返ると、加藤はいつもの微笑を浮かべたまま小さく口を動かした。

<ごめんね>

 「え?」
 
 なにがごめんねなんだ?
 そう考える間もなく、僕の足元の地面が真っ黒の何かに覆われる。
 
 「な、なに?」

 見れば浩太郎も、美玖も、お姉さんも、加藤を殺した奴らも。
 その足元が真っ黒な何かに覆われていた。
 
 「か、加藤!どういうこと?何をしたいんだ?」
 
 僕は加藤に訴えかける。
 でも彼は申し訳なさそうに眉根を寄せてそしてすうっと消えてしまった。

 「加藤ーーーーーーーーーーー!」

 僕の叫び声はしかしどこにも響かない。
 僕は酷く暗黒などこかに落ち込んで行って、それきり浮いてくることはなかった。




<ようこそ。サーフィーリアの世界へ。神々はあなたを歓迎します>
‐はい

<プレイヤー名を設定してください>
‐コア

<人種を設定してください>
‐○人間 ×エルフ ×ドワーフ ×獣人

<初期職業を設定してください>
‐○剣士 弓士 武道家 魔法使い

<設定は終了です。あなたには3神の加護が与えられます。ようこそ、サーフィーリアへ>




 草原だった。
 見渡す限りの草原。さわさわと日の光の中でゆれる草いきれのにおい。
 いつからここにいるのか。
 僕は気が付けばここに突っ立っていた。
 自分の姿を見る。
 どこかで僕には分かっていた。分かっていたけど、それは僕にとって衝撃だった。
 僕は獣の革で作った鎧を着て、長めの剣を腰に吊るしていた。
 <レザーアーマー>と<ブロードソード>。
 剣士の初期装備である。
 だとすればここから、僕の冒険が始まることになる。
 なんてこった。

 「加藤・・・。これ、お前の仕業なのか?」

 僕の声に答えるものはいない。でも間違いなく僕には分かっている。
 ここは「レジェンド オブ サーフィーリア」の世界。加藤と僕らが作った夢の世界。
 今そこに僕は立っていた。
 
 「冗談だろ?」

 僕は現実逃避の為に笑おうとして、そしてはっとして周囲を見渡した。草原には誰もいない。僕以外の誰も。
 
 「美玖?・・・浩太郎?」

 一瞬巻き込まれたのが僕だけなのかと思ったがおそらく違う。「レジェンド オブ サーフィーリア」では種族によって初期位置が違うんだ。
 人間種以外を選択したのかもしれない。
 それとも・・・。
 
 「まさか、サイドが違うってことはないだろうな・・・」
 
 僕はそれを考えてぞっとした。
 「レジェンド オブ サーフィーリア」には善の神々と暗黒の神々が存在し、プレイヤーはそのどちら側(サイド)にも立つことが出来る。
 もしも美玖や浩太郎が暗黒神側のサイドにいたら、将来的に敵対することになる。
 待て。何だ将来的にって。
 
 「馬鹿馬鹿しい」

 漫画じゃないんだ。こんなことありえない。 
 これは僕の夢なんだろうか。
 それとも加藤の・・・?

 「うわぁ!」

 と、その時、僕の後ろから声がして僕は振り返った。
 見れば僕と同じ装備の男がその場にへたり込んでいる。

 「なんだよ!なんなんだよ、これ!」
 「あんたは・・・」

 僕はその顔を見知っていた。いや正確にはさっき見たばかりだ。こいつ・・・。
 加藤の霊を見てた奴だ。
 
 「おい!」
 
 男は僕を見つけると僕の襟首を掴みあげる。

 「けほっ」
 「どうなってる!説明しろ!説明しろよ!」

 よく見れば彼の肌は浅黒い。人間種ではない。鬼人種。額に一箇所、角のように張り出した箇所がある。
  鬼人種は善神サイドの人間種に相当する種族で、そう言えば初期位置が人間種と同じだ。

 「何とか言えよ!おい!だいたい、加藤のやつがいけないんだ。俺たちは――」
 
 悪くないとでも言いたかったのか?いずれにしろ何か虫のいい言葉を言おうとして男は永久に口を閉じた。
 その頭が背後から近づいてきた巨大な爬虫類に齧られたのだ。

 「・・・サーペントドッグ・・・?」

 犬のように4足歩行をする人ほどの大きさのトカゲ。
 僕が描いた姿そのままのモンスターが、今しがたもいだばかりの人の首を美味しそうに咀嚼していた。
 首を失った男の体が力なく倒れ、僕は解放されたが・・・。

 「おえ・・・」

 思わず胃の中のものが逆流する。
 僕はその場に膝をつきげーげー嘔吐した。
 その間に、サーペントドッグは僕の方へと注意を向けた。

 自慢じゃないが僕は運動が苦手だ。喧嘩なんてしたこともない。サーペントドッグの弱点なら知っている。誰よりも僕が知っているだろう。でも。
 それがなんの役に立つ?

<サーペントドッグ 一体が現れた>

 僕の頭の中に、場違いに機械的な、分かりきった状況を知らせる声が聞こえた。


続く



[22311] Episode.3 開始
Name: ダイス◆333596c4 ID:31caf33b
Date: 2010/10/04 21:10

 

 異世界召喚もの、というジャンルがある。
 現実世界に生きる主人公がひょんなことから異世界に召喚され、その世界で活躍するという趣旨の物語だ。
 小説、漫画、アニメに映画。
 色々な媒体でそう言った作品は根強い人気を博しているが、異世界にに召喚された主人公たちは決まって強力な力を持っていることになっている。
 彼らは現代人の癖に勇気に溢れ、モンスターを倒すことにも抵抗がなく、女性にもてて召喚された世界を救って帰る。
 僕もそういう物語の主人公には憧れたものだけど、やはり現実はフィクションのようにはいかないようだ。


 僕は自分の吐しゃ物の匂いに顔を顰めることさえ出来ずに、僕を餌としかみないある意味純粋な獣の目を、ほとんど泣きそうな気持ちで見ていた。
 人と同じくらいの大きさの四足の蜥蜴。
 僕がデザインしたサーペントドッグというモンスターだが、時が遡れるならこんなものを生み出した過去の自分を殴り倒したい。
 ここは初期のフィールドであり、サーペントドッグは最弱に相当するモンスターだし、僕がもしも設定通りの人間族剣士のスペックを持っているなら、楽にではないが勝てない相手ではない。
 
 だがそれもこれも、これがTRPGだったらの話だ。
 僕とほぼ同じスペックを設定上持つはずの加藤と同じクラスだった男は、いまや首を失って僕の前に倒れている。
 人間が野生動物と比べて筋力でどのくらい差があるのか僕は知らない。
 だが一つだけ言えることがある。
 僕らは目の前の生き物を殺して食べるようには育てられていないのだ。

 「ぐるるるるるるるるるる」

 サーペントドッグはうなりながら、威嚇するようにびっしりと牙並んだ口を開く。
 あの口にかまれたら痛いだろうなぁ。
 死ぬなら一瞬で死にたいなぁ。
 自分が生き残るために他者を殺すなどというハングリー精神など僕にはない。
 いつの間にか涙で頬がぐっしょり濡れていて、身体は恐怖でがたがた震え、心臓の音は大きすぎて破裂しそうだ。
 せめてこの男の死体から先に食べてくれないかなぁ。
 僕がそんなことを卑屈に考えていると、急にふっと辺りが暗くなった。
 まるで照明の光量を調節したみたいに。
 ここは屋外の草原だと言うのに。

 (何だ・・・?)

 と言おうとして僕は自分の口が開かないことに気付く。口だけじゃない体が動かない。

 (!?)

 危ない!食べられる!そう思ったけど、なんとサーペントドッグもぴくりとも動かない。僕を威嚇しようと口を開けたまま、時間が止まったみたいに停止している。
 みたい、じゃない。時間が停止しているんだ。
 その時、僕の耳に声が聞こえた。 

<剣士”コア”はモンスターと対峙した。草原の王者たるサーペントドッグだ。強力なモンスターだが倒せない相手ではない。モンスターは凶悪な目でこちらを睨みつけるが臆することはない。さぁ剣士”コア”はどう行動するだろう>

 な、なに…?
 これは………。
 それきり、耳に響く声は聞こえない。時間も止まったままだ。草原に吹く風さえも止まり、僕には身体の感覚もなくて純粋に思考するだけの存在になったみたいだ。
 しかしあのメッセージ。
 あれはまるでゲームマスターが読み上げるシナリオみたいな…。

 (加藤…。加藤なの?加藤がゲームマスターなのか?)

 僕は心の中でそう叫ぶ。だが帰ってきたのは機械的な声だった。

<剣士”コア”はモンスターと対峙した。草原の王者たるサーペントドッグだ。強力なモンスターだが倒せない相手ではない。モンスターは凶悪な目でこちらを睨みつけるが臆することはない。さぁ剣士”コア”はどう行動するだろう>

 くそ。
 それから何度か加藤の名を呼んでみたけど、同じメッセージが繰り返されるだけだ。
 だがその時には僕は確信していた。
 これは<課題>だ。
 TRPGはとても自由度の高いゲームであるが、<シナリオ>という話の筋が存在する。<シナリオ>には<シーン>といういくつかの場面があり、<シーン>の中には「移動手段の獲得」や「所要時間」などの<制限>と、「~を取って来い」や「戦闘」などの<課題>が散りばめられる。
 LOS(レジェンド オブ サーフィーリア)では、移動時にサイコロをふり、その乱数によってモンスターとのエンカウント(遭遇)率を決めるオーソドックスな方式を取ったはずだ。
 サイコロを振った覚えはないが、僕はこうしてエンカウントし、そして戦闘時の行動を求められている。
 <シーン>の構成や<課題>の配置は加藤が担当だった。
 
 戦闘時に<剣士>が選択できることはそう多くはない。設定上は「戦う」「防ぐ」「逃げる」「道具を使う」「交渉する」だけだ。
 そして「交渉する」は使えないし、初期は道具も所持していないので僕に出来るのは「戦う」か「逃げる」か。
 どちらも本当はサイコロで成功確率に乱数を当てはめるわけだけど、この場合はどういう処理がされるのか。
 ・・・単純に僕の身体能力にかかっているとするとかなりやばい。
 僕は運動が駄目だし、力持ちでもないし加えて度胸もない。
 もしも僕が異世界に召喚された物語の主人公なら、迷わず<戦う>を選ぶんだろうけど。
 僕は時間が止まった中で懸命に考える。だがやがて、ターンの制限時間が120秒だったことを思い出し、僕にはあまり時間が残されていないことが告げられる。

 <残り20秒>

 (!?)
 
 とにかく、何か行動を決めなくてはならない。
 僕は永遠に時間が止まっていればいいのにと思いながら、やっとの思いで行動を選択した。

 (…逃げる)

 すると、僕の頭にメッセージが響く。

 <剣士”コア”はモンスターに背を向け逃亡した>

 その瞬間、止まっていた時間が動き出し、草原が元の光量を取り戻した。
 サーペントドッグが体重を沈めて僕に飛び掛かってくる。

 「ひぃっ」

 僕が情けなく悲鳴を上げるのと、そんな僕の思いと裏腹に身体が勝手に動き出したのは同時だった。

 「えぇっ!」

 僕の脚は勝手にくるりと踵を返し、腕は腰の横に添えられて、サーペントドッグに向かって全力疾走を始めたのである。
 その脚の速いこと。
 絶対に僕の筋力ではないと断言できる。
 見かけ上は全然変わりがないように見えるけど、どうやら僕の身体は初期剣士なみのスペックを持っているようだ。
 しかし――。
 
 <しかし、”コア”はモンスターに回りこまれた>

 「何だって!」
 
 そんなバカな。サーペントドッグは最弱のモンスターだ。初期レベルでも剣士に逃げ切れない相手ではない。
 よほど悪い目、そう1か2くらいを出さないと逃亡は失敗しないはずだ。
 僕の体のスペックが関係ないとすると、ランダマイザー(サイコロなどの乱数を創り出す道具)はなんなんだ!
 
 <サーペントドッグの攻撃>

 回りこんだモンスターは嬉々として涎を垂らしながら僕のむき出しの右腕に噛み付いた。

 「いっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 痛いなんてものではない。
 熱くなったフライパンを無理やり押し付けられたような滅茶苦茶な痛み。
 腕が食いちぎられるのではないかと言う恐怖。
 僕が絶叫にもならない声鳴き声を上げていると、再び世界の光が落ちた。
 
 時間が止まる。
 身体の感覚も消える。
 この時だけは痛みも感じないらしい。

 (馬鹿げてる・・・!)

 ゲームの世界に入り込みたいって、夢想したことがないわけじゃない。
 でも、こんなに痛いものだなんて勘弁して欲しい。

<サーペントドッグの特技”噛み付き”が発動した。放置するとライフが徐々に減り、腕を欠損する>
  
 何て事を平然と言ってくれる・・・・・・・。
 振りほどくしかない。
 幸い、身体は勝手に動いてくれる。
 振りほどけば次は逃げるを選択する。 
 2回続けて逃げられないってことはないはずだ。

 (戦う・・・・・・)

 僕は断腸の思いでそれを選択した。



続く



[22311] Episode.4 勝利
Name: ダイス◆333596c4 ID:31caf33b
Date: 2010/12/21 22:38


 <剣士”コア”はモンスターに剣を振り上げた>

 時間が動き出す。
 痛みが復活する。
 
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 
 痛みのあまり悲鳴をあげる僕に構わず、身体は残った腕で勝手に鞘から剣を抜く。
 そしてそのまま腕に噛み付くサーペンドドッグの頭をめがけて振り下ろした。
 しかし剣は空ぶる。
 寸でのところでサーペントドッグが攻撃をかわしたのだ。
 
 <失敗。剣士”コア”の攻撃はかわされた。サーペントドッグの特技”噛み付き”が解除された>

 おかしいだろっ。
 あまりにも運がなさ過ぎる。
 僕は痛む腕を押さえながらあまりのジャッジに憤る。
 サーペントドッグは流石に警戒して僕から距離を取った。

 どうなってるんだ。
 何度も言うけど、サーペントドッグは最序盤の敵であり、前衛である<剣士>職なら、本来危なげなく勝てるくらいのモンスターである。
 倒せないまでも、逃亡を失敗したり、攻撃をかわされたりすることが続く相手ではないはずだ。
 それは丁度、二回続けてサイコロで1が出るくらいの運の悪さを現している。

 まぁいい。
 僕は気を取り直すことにした。
 逃げるなら今だ。流石に次逃亡が成功しなかったらうらむぞ、加藤!
 
 僕がそう考え、ひたすらに選択の為に時間が止まるのを待っていると、不意に頭にメッセージが響いた。
 しかしそれは、加藤が僕の思いを汲んだからでは全然なかった。

 <魔法使い”アイカ”が召喚された>

 なんだと!?
 丁度僕の対角線上。
 モンスターの右前方に、突然人影が現れる。
 彼女は胸元が大きく開いたナイトドレスのようなスカートの衣装を纏っていて、頭にはつばが広くにょきりととがった黒い帽子。
 短いスカートから覗く白い脚を隠すように、黒いストッキングが膝上までを覆っている。
 ミクがデザインした、魔法使いのデザインそのものだ!

 「な、なにこれ。どういうこと?き、君は・・・。そ、その人、ひっ、死んでるぅッ!!」

 加藤の姉だった。
 可愛そうにタイミングが悪すぎる。
 こんな状況、理解しろと言うのが無理と言うものだろう。

 「何!何なのよ!ひぃっ!ば、化け物ッ!いやぁああああああ―――」

 まったく突然に異世界に来てしまった人の当然の反応を痛々しく見ていると、再び世界が暗くなった。
 なんだこの無理ゲーは。
 逃げられない。攻撃はよけられる。そしてもう一度逃げるコマンドを試そうと思ったらこれだ。
 どうする?
 逃げながら、あなたも逃げてくださいと叫ぶか?
 だが人間の魔法使いの初期パレメーターで逃げ切れる可能性は僕より低い。
 彼女はあっけなく捕まり、そして防御力の低い彼女は一撃で死んでしまいかねない。
 だからって僕に何が出来る?
 
 耳の奥で悪魔が囁く。
 彼女が食われてる間に逃げればいい。
 悪魔はそう囁く。
 そうだ。あれは加藤の姉だ。もしこれが加藤の仕業なら自分の姉を殺すだろうか?
 案外、あっさりと助けるんじゃないだろうか。
 それは希望的観測だったが僕の怖じける気持ちに理由をつけるには十分だった。
 逃げよう。

 きっと彼女は助かる。助からなくても、きっとそれは自業自得だ。
 そこまで考えて僕は彼女を見た。
 彼女はおびえ切った顔をしていた。
 開け放たれた胸元から覗く白い肌は鳥肌で覆われていて、目には涙がたまっている。
 口は悲鳴をあげたまま固まり、手は力なく拳を握る。

 目元は、少しだけ加藤に似ていた。

 また、見捨てるのか?

 僕の耳の奥に悪魔はいても天使は住んでないだろう。
 だからそれは、もっと俗っぽい何かだった。虚勢とか欺瞞とかそういうものだ。
 それが囁く。
 
 加藤を見捨てたように、また見捨てるのか?

 僕は知らなかっただけだ。一生懸命自分にそう嘯く。あぁだが何故僕は彼がいつも部室にいることを本人に聞かなかったのだろうか。教室にいづらかっただろうことをどうしてさっしてあげなかったのだろうか。僕にはきっとそれに気付けるチャンスがいっぱいあった。加藤が死ぬまでに出来ることがいっぱいあったはずだ。

 僕は初めて近しい人の死を知った。
 それは悪いけど、目の前で死んでしまった男と比べてあまりに大きい死だ。
 
 胸をえぐられるような気持ち。
 魂が引きずり込まれるような悔恨。
 虚勢でもいい。
 欺瞞でもいい。
 
 あんな思いはもうたくさんだった。

 (戦う)

 僕は目に力を込めてそう言った。
 体が動かないなら、せめて意思を込めよう。
 加藤、お前、見てるなら僕に力を貸せよ。
 お前のお姉ちゃんを助けさせろ。

 <剣士”コア”は剣を振り上げた>

 時間が、戻る。

 「――あああああああああああああああああああああッ!」  

 蘇った加藤の姉の悲鳴をBGMに、僕の身体は勝手に剣を構えてサーペントドッグに近付く。
 怖い。
 やめとけばよかったといまさらながら思う。
 獣は僕が握る剣が自分に振るわれると分かったのか、威嚇するように口を開く。
 だが、一度動き出した僕の身体は止まりたくても止まらない。

 その時、僕の体が、力強く地面を蹴った。
 
 「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁあぁぁッ!」

 僕は叫んだ。
 生まれてこの方これほど叫んだことはない。
 自分の体が自分の意思と関係なくモンスターに向かって走り出す。
 それはジェットコースターに似ていた。
 いやでいやで仕方ない怖いことに、自らの意思に関係なく飛び込んでいく。
 そして走り出したジェットコースターは止まらないのだ。

 僕の体が走る。
 もう、こうなればやけくそだ!

 「あああ当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
 
 本当に当たれ!
 当たれよ!

 僕の気合が通じたのか。
 剣はだらだらと涎を流すサーペントドッグの頭に振り下ろされる。
 それをよけるサーペントドッグ。
 しかし返す刃がモンスターの白い腹につきささる。

 「ぐぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 苦悶の声を上げて仰け反るモンスター。
 手に残るのは肉を刃が断つ嫌な感触。
 だがそんなことも言ってられない。
 まだ仕留めてはいないのだ。
 僕がもう一度コマンド選択が現れるのを待っていると、突如、腹を割かれたサーペントドッグが燃え上がった。

 「キャインッ!」
 
 一瞬にして業火がサーペントドッグを燃やしつくす。
 2メートルは離れた場所にいる僕の髪すらもちりちりと燃えるほどの火炎。
 燃えカスもやがて光の粒となって消えて。
 後には何も残らなかった。

 「な、なんなのよ。本当に火が出た。魔法ってこのことなの?ねぇ、なんなの。これはなんなのよ!」

 サーペントドッグを燃やした魔法使いは絶叫しながら泣きわめく。
 僕は血のついたブロードソードを見ながら、全力で脱力して溜息をついた。

 僕がやっとのことで三回目の行動を成功させたのに、彼女は初回から<炎の棘>の呪文(スペル)を成功させたらしい。
 呪文(スペル)のデザインも加藤の担当だったな。
 僕はそんなことを埒もなく思いながら、さてどうして説明したものかと再び溜息をついた。


 <サーペントドッグを倒した。34の経験値、21Lを手に入れた>


続く



[22311] Episode.5 慟哭
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/10/07 21:38
Episode.5 慟哭



 呪文(スペル)について話していなかったと思う。
 剣士が剣を使って戦うように、魔法使いは呪文(スペル)を使って戦う。その威力は剣士の攻撃力と比較にならないほど高いけど、精神値(MP)を消費するので多用はできない。
 加えて魔法使い系の職業は体力や耐久値が低めなので、モンスターに攻撃されれば簡単に死んでしまうリスクがある。だが呪文(スペル)の威力は十分それに見合う。
 LOSには神官という職業がない。これはそもそも魔法使いが光の三神か闇の神々、中立の精霊のいずれかの力を借りて呪文(スペル)を行使するからで、魔法使いの呪文(スペル)には一定以上の信仰値が要求されるのだ。

 もともと現実世界に住む僕らがサーフィーリアの神々を信仰なんてしてるわけがない。だから、加藤の姉が使ったのは精霊魔法の下位呪文「炎の棘」だった。
 精霊魔法だけは信仰値を要求しない。対価を求めるのは神様だけだ。
 
 さて、そんなことより・・・。

 「説明して!一体、何が起きてるの?」

 重要なのは、凄い剣幕で僕に喰いかかる加藤姉に、何をどこから説明するかだ。
 加藤の姉は控えめに言っても美人だった。
 どこか憂いを秘めた切れ長の目は加藤に似ていたが、長いまつげとそこに込められた意思が彼とはまるで違う印象を与える。
 開いた胸元から覗く胸は、高校生の僕には目の毒なくらい膨らんでいて、ミクなどが見たらショックを受けるだろう。
 手足はすらりと長く、漂ってくるのは僕の知らない大人の雰囲気。
 僕はどぎまぎしながら、何とか状況の説明を始めた。

 「ぼ、僕にも分からないんです。気が付いたらここにいて」
 「じゃあ、あの死んでる人は・・・?」
 「僕の後に来て、あのモンスターに殺されたんです」
 
 僕がデザインしたモンスターなんです、とは言わなかった。

 「モンスター?そうだ!急に暗くなって時間が止まったみたいになって、魔法を使いますか、みたいなことを聞かれて・・・。まるで、これじゃあRPGのゲームみたいじゃない」

 流石にお姉さんも現代っ子だ。RPGとは何かから説明しなくてよさそうで助かった。

 「お姉さんは、加藤…くんが学校でどんなサークルに入ってたか知ってますか?」
 「?ええ。RPGを作るサークル、よね?君と一緒だったんでしょ?」
 
 その理解は紙一重で不正解だが、今はおいておく。

 「そうです。そして、今僕らがいるこの場所。これはどうやら僕らが作ったゲームの世界みたいなんです」
 
 我ながらどう考えても頭がおかしい台詞だが、お姉さんはその言葉で何かを感づいたらしい。とても哀しそうな顔をして、僕に向かって呟くように言った。

 「じゃあ、こ、これは……、弟が?」

 僕は肯定も否定も出来ずあいまいにうつむいた。

 「竜也……」

 本当の所はわからない。ただ、加藤をいじめてた奴は死んで、僕と加藤の姉は生き残った。

 「ごめんなさい・・・」

 加藤の姉が僕に向けてそう言う。その目にはいっぱいに涙が溜まっている。

 「もし、もしもこれが弟の仕業だったら、私、私…」

 わっと泣き出した加藤の姉が妙に色っぽくて僕は一層どぎまぎしながら、何とか彼女を宥めようと取り繕うように言葉を話す。
 
 「い、いや、まだ加藤がやってるって決まってるわけじゃありませんから。違うかもしれないし」
 「でも、みんながあのこの幽霊を見て、それでここに来ちゃったんでしょう?どう考えても竜也がやってるとしか思えない。だとしたら、だとしたら、そこの死んでる人は・・・」

 加藤が殺したんだって、お姉さんは口に出せなかった。僕も苦いものをかみ殺すようにきゅっと口を結ぶ。
 結局、泣き叫ぶ大人の女性に僕ができることなんて、何もなかった。

 十五分ほどもそうしていただろうか。泣きつかれたのか、やっと顔をあげて僕を見る。その目は兎みたいに赤くはれていて、とても痛ましかった。

 「…ここから出られるのかしら?」
 「……わかりません」

 そう答えるしかなかった。どうすればこのLOSの世界から抜け出せるだろう。加藤の無念を晴らせばいいのか。それともゲームをクリアすればいいのか。
 答えはわからない。
 聞いても加藤は答えてくれないだろう。

 「取りあえず、友達と合流したいんですが…」
 「友達?」

 僕は聞き返す加藤の姉に頷いた。

 「僕の友達二人も、あの時空中に浮かぶ、その半透明の加藤くんの・・・」
 「幽霊、でいいわよ。気を使わないで」
 「すみません。加藤くんの幽霊を見てました。こっちの世界に引き込まれてる可能性は高いと思います」
 
 加藤が僕だけを呼んで、ミクや浩太郎を呼ばないだなんて考えられないのだ。だからこれは可能性が高いというより確信に近かった。

 「そう・・・。でも、だったらここで待っていた方がいいんじゃない?」

 加藤の姉の当然の言葉に僕は首を横に振る。

 「もう少し待ってもいいとは思います。でもきっと二人はここには来ないでしょう」
 「どうして?」
 
 僕は一瞬言いよどんでしまう。マイナーな趣味のことを普通の人に話すときは勇気がいるものだ。でも状況が状況だからか、続く言葉は割とすんなり口を出た。

 「え…と、このゲーム、『レジェンド オブ サーフィーリア』って言うんですが、その世界には【種族】と【職業】という概念があります。例えば僕は【人間】の【剣士】。お姉さんは【人間】の【魔法使い】です」
 「ごめん、お姉さんって呼びにくいでしょ?アイカでいいよ」
 
 と、言われても、僕の様な引っ込み思案には年上のきれいなお姉さんを下の名前で呼ぶことなど物凄い勇気を要する。
 わかりました、と言いながらも名前を呼ぶのはスルーして、僕は言葉を続けた。
 
 「この世界に入る前、職業の選択をしましたか?」
 「え?してないけど。気が付いたらここにいたのよ?」

 やっぱりそうか。

 「だと思いました。僕もしていません。でも、【人間】の【剣士】は僕がこういうゲームで必ず選ぶ職業だった」
 「どういうこと?」
 「多分、加藤が決めたんです。お姉さんを――」
 「アイカでいいってば」

 ぐいっと身を乗り出してくる加藤の姉。ぷるると白い谷間が揺れて僕はたじろいだ。
 
 「あ、アイカさんを、 加藤くんが【魔法使い】にした理由もなんとなく検討がついてます」
 「実の弟が、姉にこんな格好させる趣味があるとは思いたくないけど?」
 
 そう言ってあ、アイカさんは自分の身体を抱きしめるように腕をクロスした。だから、そんなことしたら胸が強調されるというのに。

 「ごほん。そ、そうじゃないと思います。僕が【人間】の【剣士】を好むように、友達の浩太郎と言う奴は【エルフ】の【弓士】を、ミクという子は【獣人】の【武術家】を好みます。この三人がパーティーを組んだ場合、後方支援役が絶対足りないんです」

 だから僕らが市販のTRPGをやってもつまんないとこで全滅するんだ。分かってるのにだれも魔法使いをやろうとしないんだから困ったもんだ。

 「そして、種族によってゲームをスタートする場所が違うんです。本当は全員集まった状態で始めるのがTRPGの醍醐味なんだけど、このゲームは加藤の発案でスタートの場所が全種族違うんです」
 「そうか。だから他の二人は違う場所に呼ばれてここには来ないってことね?」
 
 飲み込みの早いアイカさんに僕は大きく頷いた。

 「だから最初のシーンは四人が別々の場所から最初の街に集まるイベントになります」

 これはTRPGでは多分すごく珍しい。
 場所が離れていれば同時にはキャラクターを動かせないので、仮に全員の種族が違えば、GMと残りの全員に見守られながら、一人づつ物語をすすめていかなくてはならない。

 「よくわかったわ。君は説明が上手ね」
 「そ、そんなことないです」
 「あ」
 
 そう言ってアイカさんがしまったという表情で自分の口に手を当てる。

 「ごめん。君の名前、まだ聞いてなかったよね」
 「あぁ、芯太っていいます。新しいじゃなくてシャーペン芯の方の芯。でも、キャラクター名はコア」
 「芯だからコアか。面白いね。じゃあ私はコアくんて呼んでいい?」
 「い、いいですけど」
 
 本当は何か気の聞いたことをいいたい。ウイットに富んだ事を言って笑ってもらいたい。でもいかんせん僕にはそんな真似は逆立ちしても出来ない。女慣れした浩太郎がいないのがなんとも恨めしい。

 「多分、竜也が私を人間にしたのは、コアくんと一緒にしたかったからだと思う。弟は君を信用してるんだよ」
 
 浩太郎を信用してないだけかもしれないけど。

 「とりあえず、街を目指します。そこに二人は来るはずだから」

 モンスターに殺される、という可能性は考えたくない。
 幸い初期フィールドで敵に殺される可能性は低い。
 もともと種族が別々の場所でスタートするのは、個別のチュートリアルの意味を兼ねているのだ。

 「わかった。とりあえずはそこまでよろしくね」

 そう言ってアイカさんはすべすべしてやわらかそうな手を差し出した。僕はどきどきしながら何とかその手を握り返す。
 暖かい。
 どうしよう。掌を通じてどきどきが伝わってないだろうか。

 「こ、こちらこそよろしく」

 僕がやっとのことでそう言うと、突然頭の中に声が響いた。

 <剣士”コア”と魔法使い”アイカ”が仲間になった。二人は恐ろしいモンスターが跋扈する草原を越えて、ミナイルの街を目指さなくてはならない。だがあなたたちは恐れることはない。二人が力を合わせて乗り越えられない試練などないのだから>

 本当だろうな、加藤?
 僕はさっきまでの妙に僕に不利なジャッジを思い出し、頭の中に突っ込みを入れるのだった。


続く



[22311] Episode.6 野営
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/10/15 20:38
Episode.6 野営


 加藤:ええっと、じゃあ始めようか
 
 浩太郎:あいよ

 美玖 :でも、何だか緊張しますねー

 芯太:いや(笑)。リラックスしていいよ。いつもと変わらない感じで。

 美玖:うぅ…。頑張ります。

 芯太:がんばらなくていいから(笑)

 加藤と浩太郎:(笑)

 加藤:じゃあ、シナリオ作ったの僕だから、取りあえず僕がGMでいい?

 芯太・浩太郎・美玖:異議なし

 加藤改めGM:OK。じゃあ、始めよう。舞台はサーフィーリアという世界。善なる3柱の神々と暗黒の神々が対立する世界。君たちはその世界で冒険をしながら、徐々に大きな運命に巻き込まれていく。
 
 芯太:本当だ。何か緊張する(笑)

 美玖:でしょう!

 浩太郎:気のせいだろ?

 GM:とにかく、君達はみんな冒険者だ。まぁ平たく言えばさっさと種族と職業を決めてダイスを振ってくれ。

 芯太:うわ(笑)

 浩太郎:横暴(笑)

 GM:時間がないんだよ、テストでそんなに時間使いたくない。っていうかお前らどうせ、人間剣士にエルフ弓士に獣人武術家だろ?

 浩太郎:まぁな。

 美玖:私に他に何をやれと?

 GM:…君たちは一度でいいから後衛職の必要性について考えた方がいいんじゃないかね?

 芯太:後々ゆっくり考えるから、とりあえずダイス振ろう?

 GM:はぁ。まぁいい。じゃあそれぞれキャラクターネームと職業と人種を言ってからダイスを振ってくれ。ちなみにクリティカルは20。ファンブルは1ね。

 美玖:はいはいはーい。私からいいですかぁ?

 浩太郎:どぞー。

 美玖:じゃあ、私。キャラクターネームはミク。種族は獣人で職業は武術家で。

 GM:本当にまんまか。

 美玖改めミク:えへへ。じゃあダイス振りますねー。

 -中略-

 GM:よし、じゃあ皆決まったな。

 浩太郎改めメイプル(浩太郎のフルネームは楓浩太郎):おう。

 芯太改めコア:はいよー。

 GM:しかし本当に君達は馬鹿の一つ覚えだな。

 メイプル・コア:うるさい。

 GM:よし。まぁいいや。とりあえず全員の出発地が別々だから一人一人物語を始めるとしよう。記念すべき一人目は人間族の剣士コアから。

 コア:うわぁ。

 GM:剣士コアは草原にいます。

 メイプル:お前、何してんの?

 コア:え(笑)。じゃあ、そうだな。1レベルの剣士だからな。腕試しに草原のモンスターを狩りに来ている。

 GM:ほうほう。そんなコア君。さっそくダイス振ってみて。

 コア:うりゃ。

 GM:エンカウント。モンスターは、サーペントドッグ。さぁ、コアを獲物と認識して睨みつけてるよ。

 メイプル:絵、うまっ。

 ミク:流石、先輩・・・。

 コア:えへへ(照)

 GM:いいからダイス振れよ?

 -中略-

 GM:サーペントドッグを倒した。34の経験値、21Lを手に入れた。ちっ。

 コア:ちっ言うな。

 GM:まぁ仕方ない。剣士コアはその後もモンスターに襲われながら丸一日かけてミナイルの街に辿りつく。そうして彼の冒険が幕を上げるのだ。じゃあ、次は――――。
 

 

 僕は実地試験のときの光景を思い出した。そう。確かにこんな感じだった。そして僕はすっかり油断しきっていたのだ。
 加藤のGMのときの言葉を思い出そう。確かにあいつはこう言った。

 『モンスターに襲われながら丸一日かけてミナイルの街に辿りつく』

 人間種族の初期位置から初めの街からは、なんと丸一日かかるのだ。


 「まだ、かなぁ…」
 「…すみません」

 僕は僕の後を歩くアイカさんにそう言って謝った。
  TRPGでの丸一日はほんの一言で済むが、現実にやるとなると大変である。
 僕らはあれからずっと歩いているが、街の姿は全然見えない。

 「いえ、コアくんが謝ることじゃないんだけどね。方向は、あってるのよね?」
 「一応…」
 
 道具袋の中に地図があり、僕らは太陽のあるほうを南と決めて歩いている。
 たぶん、丸一日歩けばたどり着けるだろう距離にミナイルの街はあった。律儀に。もっと近くにしててもいいと思うんだけど、加藤?

 「疲れたー」
 「魔法使いは体力ないからなぁ」

 僕がそう思って休憩を提案しようとすると、がさがさと草を掻き分けて何かが現れた。

<パーティーはサーペントドッグと対峙した>

 「えぇっ!」
 「こんな時に…」

 それでも度胸がついていたのだろう。僕らはなんとかモンスターを傷を負うことなく撃退した。
 だんだんとこの世界に慣れてきている自分がいる。戦闘中身体が勝手に動くのは正直ありがたかった。血の通った生き物(ゲームの中でのことであるが)を殺すのは僕には無理だっただろうから。
 それから少しだけ休憩して歩き始めたけど、あたりは次第に暗くなり、街の影も見えないうちに真っ暗になりそうで、僕達はほどなく野宿を決意した。

 「あ、ついた」
 「よかったー」

 辺りから潅木の枝を集め、アイカさんに半信半疑で呪文を唱えてもらったところ、枝にはぼうっと火が着いた。
 例の時間が止まる感じはない。
 あれは戦闘中だけの現象なのだろうか。
 何はともあれ火が着いたのは喜ばしいことだ。
 僕達は火を囲って暖を取りながら、先ほど手に入れたアイテム「モンスターの肉片(深く考えないことにする)」を木の枝に刺して火で炙った。

 「すごい星だねー」
 「そうですね」
 
 食事を済ませて満腹になった僕らは、自然に空を見上げる。
 そこには感動的なほどの満点の星空が広がっていた。もっとも、都心で生まれ育った僕には、この星空が本当の星空と比べてどうなのかは分からない。
 でも、星が降ってきそうなその光景は、まるで暗黒の空に宝石を散りばめた様で、僕は飽きもせず、ずっと星空を見ていた。

 「っと、痛ぅ・・・」
 「大丈夫?」
 
 調子に乗って草原に両手を突こうとして、僕は痛みに顔を顰める。
 日中モンスターにかじられた腕がじくじくと痛む。
 服を引き裂いて包帯代わりにしているが、痛むものはどうしようもない。

 「本当に大丈夫?消毒液とかあればいいんだけど」
 「大丈夫ですよ。寝れば治るんです」
 「何度も聞いてるけど、本当なの?」
 
 本当です。そういうものだと割り切ってください。
 アイカさんは釈然としない表情をしていたが、やがて何かを思いついたように口を開いた。

 「…ねー、コアくん」
 
 僕が空を見上げるのを止めて彼女を見ると、炎の赤みが彼女の肌を照らし、整った相貌やあいたままの胸元から覗く白い谷間の陰影を際立たせる。
 心臓の鼓動を5割り増しくらいにしながら、僕は極力平静を装って返事を返した。

 「は、はい」
 「その、こんなときにこんなこと言うの、不謹慎かもしれないんだけど…」
 
 アイカさんはそう言って俯く。その頬がわずかに朱に染まっている。まさか、告白?い、いやまさか。今日あったばかりの人間に?いや、命を助けられてかっこいいと思ったとか。い、いや、でも僕には好きな人が…。

 僕が頭の中でパニックになりながら自問自答していると、アイカさんは意を決したように口を開いた。
 
 「竜也…弟って、コアくんの前ではどうだった?」
 
 あぁ。そうか、アイカさんは…。

 「ご、ごめんね。こんなことに巻き込んだのがそもそも弟かもしれないのに。恨んでるよね?あいつのこと…」
 
 アイカさんの言葉に、僕はゆっくりと首を横に振った。

 「いえ。実はあんまりそういう気持ちがないんです」
 「え?」
 「なんでだろう。自分でも不思議だけど、加藤くんが僕らをここに呼んだのなら、それはそれで何か理由があるような気がするんです。わがままとかでこんなことをする奴じゃないから」 
 「でも、どちらにしても君たちを巻き込んでるわ。家族の私ならまだしも」
 「だから。もし加藤が困ったことがあって、頼るのが僕らくらいしかいないのなら、他の二人はわからないけど、僕はあいつの力になってやりたい。いやごめんなさい。二人も絶対そう思う」

 TRPGというマイナーな趣味を公然とできるようになったのは仲間たちのお陰だ。加藤や浩太郎、美玖がいなければ、僕はいまだにリプレイ本の中でしかTRPGを知らなかっただろう。
 僕にとって、3人との絆はすごく大きいものだ。
 
 「…ありがとう」

 いつの間にか、アイカさんは泣き出していた。
 美しい顔を両手で覆い、息を殺して泣いている。
 その姿は不謹慎だけどあまりに色っぽくて、僕はそれを直視するのに耐え切れないのと、自分の台詞に若干の気恥ずかしさを覚えて、アイカさんの質問に、極力ぶっきらぼうを装って答えることにした。

 「ええっと。あいつに始めてあったのはうちのサークルにまだ先輩たちがいた頃で。昼休みにその頃はまってたリプレイ本をたまたま読んでたときでした―――」

 満点の星空の下。
 涙を流す美しい女性の傍らで、僕は延々と大切な友達について喋り続けた。



 すやすやと眠るアイカさんを見ながら、僕はどきどきする心を何とか落ち着かせようとする。
 あの後、流石に眠くなってきた僕らは交代で睡眠をとることを決めて、レディーファーストということでアイカさんに先に眠ってもらった。

 「ごめんね。時間が着たら起こしてね」 

 まぁ正直時計も何もないから時間など分からないが、最悪僕は寝なくてもなんとかなるだろう。アイカさんには精神値を回復してもらわないと明日が不安だ。
 それより、眠気をこらえて起きていられるだろうか。
 そう思っていたときが僕にもありました。

 ごくり。
 僕は生唾を呑む。
 草の上に直接横たわるアイカさん。
 寝返りを打った彼女は仰向けになり、開いた胸元から白い肌が露になる。
 
 多分、今横から覗けば、その、服の中身が隙間から見えると思う。

 ばくばくばくと心臓が鼓動する。
 アイカさんの呼吸のリズムで、ふっくらとやわらかそうな胸が上下に揺れる。
 正直、眠れという方が無理な興奮状態である。

 み、見てしまってもばれないじゃないか。

 僕の心にそういう邪悪な思いが浮かぶのを、僕は全力で振り払おうとする。
 でも、寝てるから。ばれやしないよ?
 って、そういう問題じゃない!

 「う・・・んん……」

 アイカさんの声がして僕はびくっと震えた。
 どうやら寝言らしい。
 その唇に目線が行って、僕は再びつばを飲み込んだ。

 なんて色っぽい唇だろう。
 ふっくらとしていて、それでいてみずみずしい。
 あの唇に、き、キスしたらどんな感じなんだろう。
 大学一年生ってもうキスとかしてるんだろうか?
 それどころか…。

 その時かさかさっと音がした。
 見ると、アイカさんの胸元に鈴虫に似た虫が止まっている。

 ごくり。
 虫が身体に乗っていることを、アイカさんは不快に思うに違いない。
 だったら虫を取ってあげることは悪いことか?
 違う。
 虫を取るとき、ついつい胸元が見えてしまうことは?
 それも違う。
 じゃあ、勢いあまってつい胸に触れてしまうことは?
 ………ぎりぎり違う。

 気が付くと、僕は立ち上がっていた。
 心臓が、いっそ止まった方がいいほどどくどくと脈打ち、指先がちりちりと震えている。
 
 動くなよ、虫。止まっていろよ。

 いつの間にかそれだけを念じて僕はアイカさんに近付いた。
 閉じられたむき出しのふとももの間から何とか視線を逸らし、僕はそっとアイカさんの傍らに跪く。 
 
 どきどきどきどき。

 手を伸ばす。僕の思いが通じたのか。虫は逃げない。あと50センチ。

 どきどきどきどき。
 
 手を伸ばす。虫はまだ逃げない。グッジョブ虫。あと20センチ。胸元が見える。白い肌の見事な起伏。服との隙間からは残念ながらその奥までははっきり見えない。
 しかし、影か?それともあれがそうなのか?というくらいまでは見えて、僕の心臓にガソリンをそそぐ。

 どきどきどきどき。

 手を伸ばす。虫が羽を開いた。あ、焦るな。焦ってアイカさんを起こしたら終わりだ。あと5センチ。

 どきどきどきどき。
 
 手を伸ばす。虫が飛び去る。そして僕はまったくの不可抗力でアイカさんの胸にそっと手を触れようと体勢を崩す。あと数ミリで指がやわらかそうな白い肌に触れようとしたとき、僕の手首がそっと握られた。

 「…虫、いっちゃったよ?」
 「そ、そうですね…」

 いつの間に起きたのか。アイカさんが僕の手首を握ってにこにこ笑っていた。

 「虫、追い払ってくれてありがとうね。交代しようか?」
 「え、えぇ」

 僕は頭の中が真っ赤になって、それを気取られないために急いで横になった。ばれてないよね?ばれてないよね?ばれてないよね?

 僕が懸命にそう思い込もうとしていると、不意に耳元で声がした。

 「意外とエッチなんだね。コアくんて」

 どきりと心臓が跳ねた瞬間。
 ほっぺたに何だか柔らかな感触が押し付けられた。

 え?

 「さぁ寝ちゃいなさいね。また交代してもらうから」

 そんないたずらっぽい大人の声が少し遠くから聞こえて。
 僕はあまりの気疲れにそのまま眠りに着いた。



 続く



[22311] Episode.7 再会
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/10/24 20:06
Episode.7 再会




 結局僕らがミナイルの街についたのは次の日の夕方だった。
 あわやもう一泊野宿か、と気が焦り始めた頃ようやく街の灯が見えてきて、僕は思わず叫んでいた。

 「街です!街ですよ、アイカさん!」
 「うんうん。お姉さん、君を信じてよかったわ」

 そう言ってアイカさんはにっこり笑った。
 …ちなみに、昨夜は何度か交代しながら睡眠をとって朝を迎えたけど、アイカさんに昨日の夜のことで何か言われたりはしなかった。
 夢だったのかもしれない。
 でも、ほっぺたにはやわらかい感触が残っていた。

 「ね、あれ何?」
 「う~ん、何でしょうねぇ」

 街に入ると(街の門番はなぜかすんなり僕らを通してくれる。それもそのはずだ。僕達はこの街の出身なのだから。誰一人知り合いはいないが)、市場の活況が僕らの目を喜ばせた。
 肉を売る店、果物を売る店、野菜を売る店。
 ただの一瞬も鳴り止まない喧騒の中、僕らは叫ぶように会話をする。

 「ええー。だってこのゲーム作ったの、コアくん達なんでしょう?」
 「と言っても、街の詳しい中身までなんて作りませんから」

 街や砦などのデザインは加藤の担当だが、それだってせいぜい、「人口1万人ほどの街。市場は常に喧騒に包まれる」くらいの設定しかないだろう。
 正直言ってこの街には、プレイヤーが揃って最初の依頼を受けるくらいの役目しかないのだ。一瞬だけ、じゃあこの世界を世界らしく見せているのは誰なんだろう、と考える。
 加藤がやっているのだろうか。

 「なるほどね。そう言われてみればそうね。で、どうする?」

 アイカさんがくるくると大きな目を動かしながらそう言った。

 「酒場に行きます。RPGの基本ですよ」

 僕はそう言って、街を見る。
 立ち並ぶ建物。
 宿だの宝石店だの武器屋だのが並ぶが・・・。

 「で、どれが酒場なの?」

 僕はひくひくと頬を引きつらせて苦笑いした。


 道行くNPC(ノンプレイヤーキャラクター)に話しかけて、僕はようやく酒場にたどり着いた。しかしその時の会話がなかなか考えさせられるものだった。
 ちなみにNPCとは、テレビゲームのRPGでは『ようこそ。〇〇の街へ』とか言ったり武器屋の親父だったりするプレイヤーじゃない人格のことだが、この世界のNPCはとても作られた人格には見えない。完全に僕達と同じ血が通った人に見えるし、実際そうなのかもしれない。
 ここが加藤が作った世界なのか、それともどこかにはこんな異世界が存在するのか。
 考えても仕方ないが、分からない事だらけだ。

 「よう、コア。どうしたんだ。アイカも一緒か」

 名前も知らないNPCは、僕が話しかけるとそう言ったのだ。僕とアイカさんはこの街の『出身』。そういう設定である。
 彼はまるで数年来の友を見るような目で僕を見る。
 もちろん、僕は彼のことなど何も知りはしないが。

 「そ、その、酒場はどこだっけって思ってさ。ほら、冒険者が集まるような…」
 
 僕がそう言うと、彼は何をいまさらと呆れた様に肩を竦めた後。

 「ミナイルに酒場って言ったらあそこしかないだろ?」

 そう言って街の一角を指差す。
 まぁいいけど、これだけの大きさの街に酒場が一つしかないというのはどうかと思うが。
 僕はとりあえずNPCに礼を言って酒場へ向かった。
 「またな」と気さくに言われたので、僕は曖昧に笑って手を振った。

 「知ってる人?」
 「まさか」

 アイカさんはそうよねぇと言いながら、酒場の入り口の開き戸に手を掛けた。

 がやがやがやがやがや。

 「うわっ」
 「すごいわね!」

 酒場の中の喧騒は街の比ではなかった。たくさんの人がその中にはいて、テーブルに山と盛られた料理をつまみながら酒を酌み交わしている。
 うわ、酒くさい…。

 「本当にここにいるのかしら」

 僕とアイカさんは酔っ払いに絡まれないように気配を殺しながらテーブルの間を縫うように歩いた。

 「まぁ、まだ辿り着いていないと言う可能性もありますが」

 もう着いてるか、まだ着いていないかだ。それ以外の可能性を考えるつもりは僕にはなかった。
 獣人の初期位置はここから西の森。
 エルフに至ってはその更に先の精霊の森である。
 僕たちよりも時間がかかっていたとしてもまったくおかしくない。

 その時だった。
 僕の耳に、聞きなれた声が鈴の音の様に響いたのは。

 「先輩?」

 僕が振り向くと、そこにはよく知っている少女がまるで知らない少女のような格好でテーブルから立ち上がっていた。

 黒髪をブリーチすることも嫌っていた彼女は、いまや真っ赤な髪の毛に獣の耳をぴょこんと飛び立たせ、ポニーテールを尻尾の様に垂らしている。
 っていうかよく見たらお尻の辺りからにょきりと尻尾が生えているではないか。
 ほとんど下着のような革鎧に革の前掛けを身に着けた彼女は、やはり革で編み上げられたブーツと手甲で手足を覆い、ささやかな胸を胸当てで覆っている。それは、ミク自身がデザインした獣人族そのものの格好だった。

 「ミク?」
 「先輩!!」

 ミクは愛らしい両目いっぱいに涙を溜めながら、ぶわっと僕に抱きついてきた。あまりのことに目を回しながら、僕は倒れないように彼女を支える。
 女の子の柔らかな感触が掌に染み渡った。

 「ど、どうしたの?」
 「先輩先輩先輩先輩・・・」 

 ミクはそれだけをひたすらに言っている。僕のことだけをずっと呼んでいる。

 「…泣いてるの?」
 「だって、だって私…。先輩が、先輩にもしものことがあったらって、ひっく、ふぅえええええええええええん」

 ついに泣いてしまったミクにおろおろする僕。
 
 「ふえぇええええええええええん…!」
 「やれやれ…」

 その時、ミクの後ろで誰かが立ち上がる気配がした。

 「だから大丈夫だって言っただろ?大体、俺と再会したときはずいぶん素っ気無かったくせに」
 「浩太郎!」

 そこにいたのは確かに浩太郎だった。もっとも耳は長く肌の色は透き通るように白い。もともと顔立ちがいいやつだから違和感ないが、純日本人顔の僕だったら浮いてしまったかもしれない。
 エルフとなった浩太郎は、よう、と僕に声を掛けた。

 「で、そこの美しい女性は誰だ?」

 えんえんと泣き続けていたミクが「ふえ?」と言って顔を上げる。
 浩太郎は一瞬眉を潜めて後、アイカさんを見て「あー」と言った。

 「加藤の…」
 「姉です。ご迷惑をお掛けしています…」

 そう言って深く頭を下げるアイカさん。
 するとミクが慌てて首をぶんぶんと横に振った。

 「そ、そんな!まだ加藤先輩のせいって決まったわけじゃないですよう」
 「その通り。 それに、もし加藤がやってることだとしても、何か意味があるはずだ。お前もそう思うだろ?芯太?」
 
 浩太郎は僕を真っ直ぐに見る。僕は微笑みながら「うん」と答えた。

 「ありがとう…」

 アイカさんの頬を一筋の涙が流れた。


 
 「精霊の森で目を覚ました俺は、色々あって出発が遅れたが、とにかく西の森目指して旅立った。ミクがそこにいることが分かっていたからだ。芯太の初期位置は遠いが、ミクのいる場所なら通り道だ。今日の早朝やっと西の森についたら、案の定こいつがビービー泣いていた」
 「な、ないてなんかいません!」
 「目の腫れが引いてから言ってくれ」
 「うぅ…」

 取りあえず僕らはテーブルについて料理を食べながら近況を報告しあっていた。最初に口を開いたのは浩太郎で、軽口を叩いてはいるがミクを安全にここまで連れてきてくれた彼に僕は感謝した。
 浩太郎は冷静に、ミクは泣きながら戦闘を何度かこなし、町についたのは彼らもついさっきだそうだ。
 お前らは?と促されたので、僕もここまでの経緯を話した。

 「僕たちも似たようなものかな。自分がデザインしたモンスターと戦うなんて、思ってもみなかったよ」
 「まったくだ。お前もっとよわっちいモンスターにしとけよ。勝手に逃げ出すくらいの」
 
 それじゃあゲームにならないだろうが。
 そこまで軽快に話していた浩太郎だが、そこで不意に声を低くして僕を見ながら、重々しく口を開いた。
 
 「お前の所に、あいつらは現れたか?」

 それは十中八九、加藤を自殺に追いこんだ彼のクラスメイトのことだと分かった。
 僕の隣に座るアイカさんのむき出しの肩が、びくりと震えた。

 「うん…。でも死んだ。サーペントドッグに殺されたんだ」
 「そうか…」

 浩太郎はそう言って天を仰ぐ。

 「かわいそうとは思わない。思わないが…」
 「ごめんなさい。私、本当にどうしたらいいか…」

 アイカさんがそう言って俯く。僕はあわてて「アイカさんは悪くないですから」と声をかけたが、その声が彼女に届いているようには見えなかった。

 「俺のところにもダークエルフが二人、現れた。ミクのところにもベルセルクが一人。…ゴブリンは、そうするともういない事になるが、トロルの初期位置がドワーフと一緒だったよな?」
 「うん。炭鉱だ」

 あいつらが何人いたのか、その正確な数は分からない。
 浩太郎は大きく嘆息してから言った。

 「敵対すると思うか?」
 「…分からない」

 僕も、浩太郎と同じ事を考えて気が滅入っていた。
 もしこのゲームから脱出する条件がこのゲームの攻略だとしたら…。

 「あの、ごめんなさい。どういうことか教えてくれる?」

 アイカさんがためらいがちに話に割り込む。
 ミクも小首を傾げながら話の成り行きを見守っている。
 …お前は分かれよ、お前は。

 「えっと、どこから話したらいいか。このゲーム、僕たちが作った『レジェンド オブ サーフィーリア』には二つのゲームクリア条件があります。一つは悪しき神々の一柱である魔王の打倒。基本的には僕たちはそれを目指すことになります」
 「??? もう一つって言うのは?もっと平和的なおしまいがあるってこと?」

 困惑気味のアイカさんに、僕はゆっくりと首を振った。

 「もう一つの攻略条件は人間世界の打倒です」
 「え?」
 「このゲームでは光と闇のどちらかのサイドを選ぶことが出来ます。僕達4人は光のサイド。そして、彼らは闇のサイドで間違いないと思います。そしてこれは多分偶然じゃないかもしれない」
 「その、闇サイドの最終目的が人間世界を滅ぼすことなの?」

 僕と浩太郎は重々しく頷いた。

 「もしもゲームのクリアを目指すなら、遠からず俺たちとあいつらはぶつかる。現に、俺と同時にこの世界に来たダークエルフの二人に、俺はあやうくリンチされそうになった。本能的に俺たちと敵対するようになっているのかもしれない」

 僕は僕と同時にこの世界に来たゴブリンの男が僕の首を絞めようとしたことを思い出した。あれは気が動転していたからではなかったのか。

 「私は納屋に必死に隠れてたんです。ベルセルクの人はいつの間にかいなくなってましたけど、でも怖くて。浩太郎先輩が来てくれなかったらずっと納屋にいたかもしれません」
 「加藤は、俺たちとあいつらを戦わせたいのか?」
 「…わからない」

 そうでなければいいという願いを込めながら、僕はそう呟いた。

 「ところで、一つ聞いてもいいか?」

 浩太郎がそう言って僕に向かって人差し指を向けた。
 
 「なんだよ」
 「お前とアイカさんは、同じ所からスタートしたんだよな?」
 「そうよ」
 「ありがとうございます。そして、二人は草原の真ん中から歩いてこの町に向かって、そしてついさっきたどり着いた。間違いないよな?」
 「間違いないよ。それがどうかしたの?」
 
 浩太郎が何を言いたいのか分からず、僕は眉を顰めてそう言った。

 「するとだよ、芯太くん?まさかと思うが、昨日の夜二人はずっと一緒だったのか?」

 ぶーと液体が噴出される音がする。
 見ると、ミクが口に含んだ飲み物を噴出していた。
 …僕の顔面に向かって。

 「ご、ご、ごごっごごごごめんなさい!先輩!私ったらなんてことを…!」
 「い、いや、いいよ」

 言いながらミクが僕の顔をごしごしと布で拭く。

 「一緒だったけど、それがどうかしたの、浩太郎君?」

 アイカさんが、何故か好奇心いっぱいの目をきらきらさせて浩太郎を見る。浩太郎もまた、にやりと笑った。

 「いや、アイカさんみたいな魅力的な女性と一晩一緒で、芯太が変なことをしてなければいいが、と思ってね」

 「痛いよ、ミク」
 「あ、ごめんなさい」

 いつの間にかミクの手に万力のような力が込められて僕の顔に布が押し付けられていた。
 しかし、まずいことになった。その、アイカさんは、何も覚えてないですよね?僕は何もしてないですよね?

 僕が恐る恐る布の隙間からアイカさんを見ると、彼女は菩薩のように微笑んだ後、次の瞬間には悪女のように微笑んだ。
 え?

 「どうかしら。私すぐに寝ちゃったから。コアくん、私に何かした?」

 びくっと僕は震える。ミクが子猫の様な目で、浩太郎が野次馬全回の目で僕を見ている。

 「な、なにもしてないよ…」
 「ほう…」

 浩太郎はそう言って目を細める。おっぱいを触ろうとしました、なんて言えるわけがない。
 
 「私はコア君にちゅうしたけどね」

 「ええッ!」
 「そんな!」
 
 僕とミクの驚きの声が重なる。

 「あら、ほっぺたにお休みのチュウよ?弟にはよくしてあげてたから」

 そう言って肩を竦めるアイカさん。その拍子に胸に谷間がよって、それを見たミクが泣きそうな顔をする。

 「私も先輩にちゅうします!」
 「なんで!?」

 僕はびっくりしてミクを見ると、彼女の様子がおかしいことに気付く。
 ほっぺたが赤いし、目もうるうるしている。
 よくよく声を聞けばろれつも回っていないし。
 そういえば、僕の顔にかかった液体。揮発するアルコールの匂いがするような・・・。

 「浩太郎!お前、ミクに酒を飲ませたのか!」
 「おや?そんなつもりはなかったんだが。・・・本当だ。おいミク、これはお酒だぞ?」
 「ふえ?だって先輩がカウンターから持って来てくれたから…」
 「ん?そうだったかなぁー」
 
 貴様…。
 にやにやする浩太郎に全力で嘆息する僕。
 
 「ミク…。あとは明日にしよう。今日はもう寝なさい」
 「わかりました!お休みのちゅうですね!」
 「違うよ!」

 浩太郎とアイカさんにミクとのやりとりを何故か生暖かい視線で見られた後、僕は苦労してミクを宿屋に運び、アイカさんと同じ部屋に放り込んだのだった。

 
 続く



[22311] Episode.8 方針
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/10/24 20:06

 「ふぅ」

 僕は宿屋の一室で床に尻餅をつき、ようやく人心地をついた。
 酔っ払いの相手は父さんで慣れているとは言え、ミクがキス魔だとは知らなかった。父さんはそんな酔い方はしない。…もしされたら親子の縁について考えないといけない。

 「おつかれ」

 元凶がベッドに腰掛け他人事のようにそう言ったので、取りあえず手近にあったクッションを投げつけた。
 余裕の表情でそれを受け止める浩太郎。
 僕は自分でも分かるくらいにむすっとしながら、「それで」と話を切り出した。

 「それで、どうする?」
 「ん?」
 「明日から。僕たちこのままゲームを続けるのか?」

 ふむ、と浩太郎はその整った顎に手を添えてうなる。

 「お前はどう思う?」
 「僕は…」

 どうしたいだろう。このままゲームを続ける?あの恐ろしいモンスターたちと戦いながら冒険を続ける?最後には悪しき神々の一人を相手取って?
 とんでもない。
 僕たちは勇者じゃない。それにはもっとふさわしい役目の人がいるはずだ。
 こんなことは放り出して、普通にこの異世界を楽しんだらどうだろう。
 学校もなければ宿題もない世界。
 いずれ時が来れば、何もしなくてもこの世界からは帰れるに違いない。
 …そう思えたらどんなに楽だろうか。

 「続けたくはない。でも続けないわけにはいかない」
 「まぁな。嫌でもいずれ『審判の時間』が来る」

 僕は浩太郎の言葉を聞いて、げんなりとしながら頷いた。

 一般的なTRPGは、4時間でも5時間でも好きなだけ遊べるように出来ている。実際そのくらいの時間は余裕でかかるくらいにはボリュームがある。
 でも、それだと放課後を利用してプレイする僕らの冒険は、いつも中途半端なところで終わってしまう。
 そこで、僕らはLOSの時間に制限を設けることにした。
 3時間という時間をゲームマスターが必ず計る。そして3時間後、世界は悪しき神が光臨し世界を破滅に導く『審判の時間』に包まれる。
 こうなると善と悪の強制イベントが始まり、善サイドのプレイヤーは悪神と、闇サイドのプレイヤーは選ばれし光の王子と強制的に戦闘させられるのだ。
 それまでにキャラクターを十全に育てていないととてもではないけど、このラスボスには敵わない。どちらのサイドにもラストダンジョンが設定されていて、それは黒蓮城あるいは白水城であるが、強力なユニットが配置されているのでまずラスボスに近付くのが至難の業だ。
 
 現実時間で3時間後。
 審判の時間がやってくる。
 この世界がLOSのルールに沿って運営されるのなら、審判の時間は間違いなくやってくる。

 「だから、俺たちの選択肢は二つだ」

 浩太郎が二本の指を立ててそう言った。

 「一つは、ガンガンレベルを上げて魔王を倒せるように頑張る。それこそがむしゃらにだ。俺が7レベルの弓使いになって魔法使いも5レベルまで上げて、『魔弾の射手(フライシュッツ)』にクラスチェンジするくらいにレベルを上げる」
 「うへぇ。じゃあ僕は…」
 「勿論、剣聖(ソードマスター)」
 「無理だ…」

 現実には無理じゃない。よほどダイスに恵まれてわき目も振らず効率重視で徹底的に経験値稼ぎをすれば不可能じゃない。
 だが、それはTRPGでもしんどい作業。
 生身でやれなんて戦闘狂でもなければ無理。

 「だな。だから俺はもう一つの方法を提案したい」

 浩太郎はそう言って一つ目の指を折った。こいつの本命はこっちの案らしい。

 「何?」

 ふふんと不適に笑ってエルフの男は言った。

 「白水城に行って光の王子を仲間にする」

 その手があったか!
 
 「そっか!そうすれば」
 「そう。漏れなく水鏡の6英雄もついて来るだろ?あいつらのスペックなら魔王だって余裕だぜ?」

 勿論実際には余裕ではない。だがスペックほぼ同等の彼らなら僕らが戦うよりははるかに可能性が高いだろう。
 何せ筆頭たる光の王子は7レベルの聖騎士(パラディン)、6英雄たちも7レベルの剣聖(ソードマスター)やら7レベルの大魔導士(マスターメイジ)やら6レベルの聖舞姫(ホーリーダンサー)やらで、闇サイドのプレイヤーに同情できるくらいの高スペックキャラである。
 人間にこんな高レベルな奴らがほいほいいる方がおかしいが、まぁゲームなので仕方ない。  

 「あ…」
 「どうした?」

 そこまで考えて、僕はこの案の決定的な穴に気付いた。いや浩太郎などは初めから気付いていたのかもしれない。だからさっき、酒場であんな話をしたのか。

 「…光の王子が魔王と戦うのなら、闇サイドのプレイヤーは誰と戦う?」

 そのままだともぬけの殻の白水城が攻略され、闇側の勝利となってしまう。いや、それでもクリアになるのか?
 でも、僕らはクリアすれば現実に帰れることと決め付けて行動している。
 それはそれに縋るしかないけど、でももしそれでもこの世界から帰れなかったら?
 そしてその時、世界が魔王に支配されていたら?

 「俺たちが戦うしかない。強制イベントが始まったら、光の王子には黒蓮城に乗り込んでもらい俺たちは、敵サイドのプレイヤーと戦う」

 浩太郎は毅然とそう言った。でも浩太郎。それで僕たちが彼らに勝ったら、彼らは…。

 「それしかない」

 浩太郎はきっぱりと言い切った。




 「とりあえず白水城にいこうと思う」

 翌朝、四人で朝食を囲みながら、僕はミクとアイカさんにそう言った。
 それに浩太郎が頷く。

 「ええ~!ここにずっといればいいんじゃないですかぁ?」

 ミクが驚いたようにそう言った。
 無理もない。
 ここから白水城に行くにはイーリー海やメスラ砂漠などの難所を越えなくてはならない。そこには当然モンスターもいる。僕はそれらを事細かに覚えてはいるが、覚えているだけで何の役にも立ちそうにない。
 ちなみにミクは昨日の夜のことをさっぱり忘れていた。酔って迷惑を掛けるくせに反省しないタイプの典型である。

 「理由があるんでしょう?」

 アイカさんもそう言って僕の瞳を見る。その目には不安の揺らぎがあった。

 「現実の時間で3時間後。実際の時間では1年かもしれないし5年かもしれないし半年後かもしれないんですが、『審判の時間』というのが来て、僕らが魔王を倒さないと世界が滅亡してしまいます」

 「ええッ!」
 「…それは…」

 ミクとアイカさんの驚きの声が重なる。ミク、お前はおかしいだろ、覚えてないと。

 「それまでに力をつけなくてはいけませんが、僕たちだけで魔王に勝つのは難しいと思います。だから―」

 僕はそこで浩太郎の方をちらりと見る。浩太郎も、二人にはわからないように小さく頷いた。

 「本当はイベントキャラなんですが、光の王子エルロンドというNPCを味方にします。彼の実力は魔王並なので、彼が仲間になれば安心してゲームクリアすることが出来ると思います」

 ぱぁっと、ミクの顔が輝いた。アイカさんの瞳から不安の色も薄らぐ。僕は、しかし罪悪感にきゅっと心が萎んだ。

 「なるほど!先輩頭いい!エルロンドなら魔王だって楽勝ですね!」
 「いや、浩太郎が考えたんだけどね」
 「メイプル君、さすがねー。君はやる子だってお姉さん思ってたわ」

 いやぁ、と満更でも無さそうに頭をかく浩太郎。でも、彼の指先が小さく震えているのが僕には分かった。
 人を、同じ学校の学生を殺さなければいけないかもしれない旅。
 僕たちはその秘密を、二人の女の子から隠したままにすることに決めた。
 胃がきりきりと痛む。
 この選択が正しいかどうか、僕はそれをまだ知らない。

 「よし。取りあえずパーティー結成だね」

 アイカさんがそう言って手を前に出すと、まずミクがはにかみながら、そして僕と浩太郎がその上に手を重ねる。

 「がんばろう。きっと一緒に元の世界に帰れる」
 「はい!」

 ミクが元気よく返事をし、浩太郎と僕が頷く。
 その時、久しぶりに頭の中に声が響いた。

<四人の冒険者達がミナイルの街に集った。彼らの前に広がる道は一本ではなく、そして平坦なばかりではない。それでも。あなたたちは力を合わせてその苦難を乗り越えるだろう>

 頭の中に響く声。
 なぁお前は本当に加藤なのか?
 それとも・・・。
 
<メイプル、ミク、コア、アイカが仲間になった>

 ばたん!

 その時、僕らが朝食をとっていた食堂の扉が勢いよく開く。

 「だ、誰か、助けてくれ!」

 そこには中年のおじさんがいて、誰かと言いながら明らかに僕たちを見ている。

 「あ」

 とほぼ同時に言って、僕と浩太郎は顔を見合わせる。

 「う、うちの子供がモンスターにさらわれたんだ!冒険者がいたら、助けに行ってくれ」
 
 いや、お前が行けよ、とか、もっと頼み甲斐がある強そうな人いっぱいいるだろうとか、疑問に思うことは山ほどあるがしょうがない。
 これは僕らが作ったゲームだ。

<男は子どもの救出を依頼してきた。あなたたちはこれを受けるだろうか>

 その時、時間が止まり視界が幾分暗くなった。まるで戦闘の時みたいに。でも僕は驚きはしなかった。ある程度予想できていたことだからだ。
 
 (忘れてたな)
 (うん。最初の依頼イベントだ)

 ん?

 ((はぁ!?))
 (せ、先輩の声が聞こえます!)
 (どうなってんの?)

 どうなってるもこうなってるも、こうなったら考えられることは一つしかない。
 指一本動かせない止まった時の中で、僕達はお互いの思考が分かってしまうようだった。

 (うそ~!)



続く



[22311] Episode.9 洞穴
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/10/24 19:55





 このゲームのレベルのシステムについて、簡単に説明しておこうと思う。
 ところでTRPGは一番最初のたった一つのTRPGを模倣し、検証し、進化してきたものだ。異論は認めるけど、僕はそう考えている。
 そして一番最初のTRPGはもっとも偉大なファンタジー小説を題材としていた。
 だから、多くのTRPGはファンタジー世界を当たり前の様に舞台にしている。
 そしてその最初のTRPGは、ダンジョンに潜りモンスターと戦う冒険の物語を基本のシナリオとしていた。物語の中では、僕たちは剣士や魔法使いになって、人間なんて簡単に殺されそうな怪物と戦い、金銀財宝を手に入れることが出来る。
 
 そこでは、プレイヤー達が経験を積んで強くなっていくシステムが必要だった。
 
 最初のTRPGでは持ち帰った財宝の量がイコール経験点としてキャラクターを成長させたし、テレビゲームのRPGのようにモンスターを倒すと経験値が手に入るものもあれば、特定のイベントをクリアしないと経験点が加算されないものもある。

 ここで、僕のどうしようもない悪癖の一つを恥ずかしながら紹介しよう。

 モンスターの設定を考えるのが大好きなのだ。
 今回僕がデザインしたモンスターの数が568種類。
 はっきり行って10年ゲームを続けても、その全てと遭遇することはないだろう。おまけにそれらすべてに詳細な挿絵を描いている。
 いっそのことカードゲームを作った方が早いと浩太郎になじられたほどだ。

 加藤は僕のそんな悪癖を気に入っていて、より多くのモンスターが登場できるように、経験点はモンスターを倒すことで得られるようになっている。モンスターと遭遇する回数も呆れるほど多い。
 もともとテレビゲームのRPGが大好きだった僕や浩太郎にはとっつきやすいシステムだった。

 もっとも、遊ぶ時間を3時間+ラストダンジョンとして設定しているLOSでは、どんなにがんばっても5~6レベルくらいにあがるのが関の山だ。
 公平を帰すため、LOSでは初期のパラメータ値にこそ変動はあるが、初期レベルは必ず1から始まる。

 だからプレイヤーは嫌でも、僕が設計したモンスターとたくさん戦わなくてはいけないわけなのであるが・・・。

 「本当に余計なことをしてくれたもんだよな・・・」

 ぽっかりと大穴を空けた洞窟の前で、浩太郎はそう言って溜息をついた。

 「悪かったよ!でも、こんなことになるなんて思わないだろう、普通?」

 モンスターとたくさん戦わされるLOSのシステム。生身でやるのに、こんなに迷惑なシステムは確かになかった。
 この洞窟の先にも、たくさんのモンスターがうじゃうじゃいてボスキャラまで存在する。僕はそれを他の誰よりよく知っている。
 それでも僕たちはこの洞窟を攻略しないことには先に進めない。
 そういう風に設定したのも、やはり僕達なのだ。




 
 (・・・これって、ひょっとしなくても私の考えてること皆に伝わってる?)
 
 げんなりしたアイカさんの声が頭に届く。僕が苦笑いしたいような気持ちで(はい)と答えた。

 (最悪・・・)
 (・・・)
 (どうした、ミク?)
 (話しかけないでください!浩太郎先輩!余計なこと考えないように心をムシンにしてるんですから!)
 (大変だなぁ、お前も)
 (だからうるさいです!)
 
 浩太郎がよく分からないことでミクをからかっているが、これはひょっとしなくても課題の選択肢。

<男は子どもの救出を依頼してきた。あなたたちはこれを受けるだろうか>

 初期イベントの一つ。
 ミナイルでは6つの初期イベントが発生することになっており、その内3つが善サイドの為のものである。
 ”蟹穴からの救出”はそのうちのイベントの一つ。そしてこの男は実は船乗りで、イベント達成すれば僕たちをイーリー海に連れて行ってくれる。
 
 僕達が目的と決めた白水城はイーリー海を越えた先にある。
 このイベントを受けないと言う選択肢はないのだ。

 (と、いうことです)
 (分かったけど、どうにかならないかしら、これ・・・)
 
 とりあえず依頼を受ける方向で方針は決めたが、アイカさんの気持ちも分かる。これって戦闘中もこうなるのだろうか?ともすれば余計なことを考えてしまいそうになる。

 (今、誰かちいさく「おっぱい見たい」って考えなかった?)
 (えぇッ!?)
 
 アイカさんがそう言うとミクがきんきんと耳に響くような強烈な思念を送ってくる。

 (俺は考えてませんよ)
 (ちょっ、浩太郎!僕が考えたみたいに言うなよ)
 (先輩…)
 (ミクッ!違うからなっ)

 丁度その時、硬直時間が終り、浩太郎が男に救出を引き受けると答えた。感謝で涙を流しながら数多をさげるNPCになど視界に入らないように、ミクが僕を睨みつけていた。その後ろでは、アイカさんが悪戯っぽく笑っていた。




 結局、何故か僕がミクに甘いものを奢らされる羽目になり、これまでに得た資金で出来る限り装備を整えて、僕らは洞穴の前にいる。
 奥からはひやりとした空気が流れてきて、背中を怖気が駆け上がる。

 「…行くか」
 「…うん」

 浩太郎に促され、僕は松明に火を灯した。
 ぼっという音ともに、洞穴の入り口が照らし出される。
 風が山肌を撫で、さわさわさわと草が擦れる音がする。

 僕はごくりと生唾を飲み込みながら、洞穴内に一歩を踏み出した。
 硬い岩肌の感触。
 しっとりとしていて滑りやすい。
 
 「足元、気をつけて」

 僕は後ろに続く、ミクとアイカさんにそう呼びかけた。
 しかし、その時―――

<薄暗い洞穴の奥から冒険者の足音を聞きつけ、門番の様に立ち塞がる影。軍隊蟹”スカウト”が現れた。強固な外郭と凶悪な鋏を持つ怪物。さぁ、君達はどうする>

 時が止まる。
 世界が暗くフェードする。

 (いきなりかっ)
 (誰かさんのせいでアホ程エンカウント多いからな)
 (うるさいなっ。っていうかやっぱり普通に考えが分かるんだな)

 浩太郎が僕に文句を呟くことで、図らずも戦闘中も意識が共有されることがわかった。便利だが、ちっとも嬉しくない。

 (何も考えない何も考えない何も考えない何も考えない…)
 (ごめん、ミクちゃんが思考放棄してるんだけど)
 (放っといてあげてください。乙女には色々あるんですよ)

 浩太郎はそう言って器用にも苦笑の思念を浮かべてきた。
 
 (取りあえず、芯太とミクは前衛、俺が後衛。まだ雑魚だからアイカさんの精神値は温存、と。いいな?芯太?)
 (…いやだけどOK)
 (腹括れよ。雑魚で死にはしない)

 そうは言われても、怖いものは怖い。
 僕がデザインした軍隊蟹というモンスター。序列があり、今目の前に現れているのは最弱のスカウトだ。
 それでも大きな大人くらいの大きさがある蟹というのは中々に恐ろしい。
 てらてらと光る甲殻。するどそうな爪。感情などひとかけらも存在しないような無機質な目。
 
 あんな爪で引き裂かれたらどれほどの痛みがあるというのか。
 でも。

 (が、がんばりましょう、先輩)

 震えるミクが僕にそんな思念を送ってきた。
 後輩に励まされる先輩じゃ情けないよな。

<剣士コア、武術家ミクはスカウトに踊りかかる!弓士メイプルは弓を引き絞り、魔法使いアイカは様子を見ている>

 停止空間が解ける。
 その瞬間、僕とミクの身体は、弾かれた様に動き始めた。

 「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 情けない雄たけびを上げる僕とミク。
 そんな僕らとは裏腹に、身体は勝手に動き出す。

 腰の剣を引き抜く剣士コア。その攻撃が鋭くスカウトに襲い掛かる。
 風を切る音。
 攻撃は確実に成功したかに思えた。
 だが。

 ガンッ

 「うわっ」

 剣は蟹の殻に弾かれて呆気なく跳ね返される。
 またかっ。
 何で僕の攻撃の成功率はこんなに低いんだよ。
 蟹がしかし不快気に僕に挟みを向ける。
 ぞくり、と怖気が背中を駆け上がる。

 その時、ミクが拳を振り上げて蟹に一撃を入れようと振りかぶる。
 じゃりっと地面を踏む音がする。
 だがミクの身体はそのまま脚を踏み外し地面に突っ伏してしまった。

 「げ」

 ミクまで失敗?ダイスはどんだけ不公平なんだ?1~10までファンブルなのか?

 僕はミクを何とか助け起こそうと脚に力を込めたいが、システムに縛られた身体は攻撃失敗のペナルティかぴくりとも動かない。
 
 「ミク!」
 
 その時、風を切る音がした。

 シュトッ

 一本の矢がスカウトの胴体に突き立つ。
 驚いたスカウトがそのままカサカサと後ろの下がる。

 「おい!二人して何してる!」
 「知らないよ!ダイスに言ってくれ」

 僕が抗議の声を上げると、再び時間が停止した。
 
<剣士コアの攻撃は弾かれた。武術家ミクの攻撃は脚を踏み外して失敗した!弓士メイプルは正確に弓を引き絞り、その一撃をスカウトにお見舞いした>

 (どうなってると思う?草原のときも頻繁に失敗したんだ)
 (ミクもだ。ここに来るまで散々失敗した。何なんだお前らは?おそろいで貧乏神でもついてるのか?)
 (知りませんよっ!でもどうします?)
 (どうもこうもない。アイカさんは温存。これは譲れない。キングを倒すのにMP足りませんじゃ話にならない。お前ら何とか攻撃当てろよ)
 (やってはみる、けど・・・)

 そんなことを言われても当たらない理由が分からない。気合入れればなんとかなるのか?
 分からないけど、兎に角気力を振り絞ってみる。

 浩太郎の矢を受けて怯んだスカウトは、少しだけ御しやすくなったように見えた。

 そして時間が動き出す。

 「当たれ当たれ当たれ!」
 「当たってぇぇぇぇぇ!」

 まるで神頼みするような僕らの声を受けて、身体が勝手に動き出す。
 剣士コアは再び剣を構え、蟹に向けて袈裟斬りに一閃する。
 
 硬い何かを切りつける音。
 攻撃は成功し、蟹の外郭に切れ目が出来る。
 
 「やった!」

 そこを、ミクの拳が貫いた。

 「きもちわるいぃぃ」

 蟹味噌にでも手を突っ込んだのか。
 びちゃりと何かが弾けとんだ。

 シュトっとそこに矢が突き立って、蟹はばたばたともがいたがその内動かなくなった。

<軍隊蟹”スカウト”を倒した。124の経験値、74Lを得た>

 「・・・おい。モンスター一匹にこの梃子摺りようか?」
 「悪かったよ・・・」

 げんなりした浩太郎の言いたいことは分かる。
 我ながら先が思いやられる。



続く



[22311] Episode.10 穴蟹
Name: ダイス◆5dbd140d ID:31caf33b
Date: 2010/11/05 16:32



 しとしとと地下水が滴る蟹の洞穴。
 松明の灯に照らされた壁面が、てらてらと光る。
 ともすれば滑りそうになるつるつるした地面を踏みしめて歩く4人の目の前に、洞穴は分岐の道を示していた。
 
 「…どっちだ?」
 「わかんないよ」

 浩太郎の呟きに、僕は溜息を吐きながら返す。
 繰り返すけど、僕たちはLOSにおいて詳細なマップを作ってなんかいない。
 街は賑やかな街、とか閑散とした街くらいの表現でしかないし、この蟹穴だってじめじめした蟹の棲家くらいの設定しかない。
  
 ダンジョン内の冒険の成功もまた本来はダイスにかかっている。ゲームマスターがダンジョン内での分岐路などの障害を持ち出し、僕たちがダイスを振ってそれに挑戦するわけだ。
 失敗すれば行き止まりか悪くするとモンスターとのエンカウントが待っている。
 そして―――。

 「順番的には…アイカさんか」
 「私ぃ!?」

 アイカさんが短いスカートの裾を揺らしながら素っ頓狂な声を上げる。渋っていたがやがて諦めた様に「右」と呟いた。
 
 「よし」

 浩太郎がそれに答え、僕らは恐る恐る右へと進路を取る。
 鬼が出るか、蛇が出るか。

<あなた達は右の進路を取った。松明がゆらゆらと心細く揺れる。洞穴の奥から何ものかの気配がする>

 「げ」
 「ええーっ!もう!何でよーッ」

 アイカさんの悲痛な声。あ、ちょっと涙目になってる。

<軍隊蟹”ソルジャー”が現れた。> 

 鬼でも蛇でもなく、蟹が出た。
 ちなみにこれまで4度分岐があり、敵との遭遇はこれが4回目である。
 
 「くそっ」

 僕は腰の剣に手を添える。浩太郎も弓を背中から下ろし警戒の姿勢を取る。ソルジャーとあたるのは2回目。スカウトにすら梃子摺る僕たちには強敵である。
 青い体色のソルジャーは片方の爪だけが異様に発達しまるで剣のように長い。
 あれに貫かれれば、僕たちの身体なんて簡単に引きちぎれそうだ。

 そして、時間が停止した。

 (どうなってるんだ?俺たちのダイスはやたらと1の目が多いのか?)
 (わかんないよ。ランダマイザは何なんだ?)
 (ランダマイザ?)
 
 浩太郎と僕のぼやきの中で、アイカさんが尋ねる。あぁ、そうだった。アイカさんに専門用語は難しいだろう。

 (ランダムを生み出す装置?かな。普通はサイコロのことです。LOSでは20面体ダイスを使うんですけど、攻撃の成功率とか、今みたいな分岐路の成功率とかを決める不確定要素です)

 僕が早口?にそう説明するとアイカさんがなるほど、と思念した。
 
 (弟の部屋にあった矢鱈と角ばったサイコロはその為の道具なのね)

 家族には説明しにくい代物だ。

 (そんなことより!先輩達、蟹です。蟹を何とかしないと…)
 (なんとかと言われてもね…)

 浩太郎が思念で溜息を吐く。はいはい分かってるよ。

 (お前と芯太が攻撃を当てられればなんてことない相手なんだよっ。おい、芯太!ちゃんと当てろよ)
 (ダイスに言ってくれ)

 そして時が動き出す。剣士コアの身体は剣を握り、武術家ミクは拳を握り、弓士メイプルは弓を握る。
 そう言えば、不思議と浩太郎の攻撃は一度も外れていないな。
 そう思いながら、僕は頭の中で流れるゲームマスターの声を聞いた。



 
 それから更に3回の分岐があった。そしてそれが当然のように3回の戦闘があり、僕たちはそれぞれ2レベルまでレベルが上がった。
 最後に遭遇した”クイーン”には温存していたアイカさんの魔法を使ってしまったが。
 
 それにしても運が悪いにも程がある。
 加藤が気まぐれで決めてるんじゃないだろうな?

 そう考えて僕は思いなおした。
 それはない。
 加藤は公平な男だ。
 恣意的にダイスの結果を捻じ曲げることを絶対にしなかった。
 必ず1レベルから始まるシステムも、彼の性格を反映している。
 
 では何だ。
 一体僕たちの何か悪いのか。

 「芯太…」

 僕が歩きながらそんなことを考えていると、浩太郎が僕に声を掛けてきた。

 「なん――」

 だ、とそう言い掛けて僕は口を噤む。曲がり角。その奥から松明とは違う光が漏れている。
 
 「どうやら終点だ」

 浩太郎の言葉に、僕たちに緊張が走る。
 ダンジョンの最奥。
 そこは光ゴケで覆われていて松明は必要ないという設定だ。
 そこに蟹の王、”キング”がいる。

 設定では”キング”は浚った子どもたち(浚われたのは僕たちに依頼した船乗りの子どもだけではない)を泡の中に閉じ込め、先ほど倒したクイーンがその周囲に大量の卵を植えつけているはずだ。
 卵はやがて孵化して子ども達を食べる、というえぐい設定だが、これはつまりなんで蟹が子どもをさらってすぐに害しないかということへのこじつけでもある。
 
 「覚悟を決めよう。アイカさんはすぐに魔法を使ってくれてOKです」

 浩太郎がそう言って僕らの目を見る。
 僕はうん、と頷いた。
 
 こういうとき、こいつは本当に頼りになる。

 「行くぞ!」

 僕たちは一斉に曲がり角を曲がって奥に飛び込んだ。
 僕は剣を抜き、浩太郎は弓を絞り、ミクが必殺の構えを、アイカさんが魔法の詠唱をする、はずだった。

 実際に僕らがしたことは、その光景に目を奪われて絶句することだった。

 「な、なんで…」

 蟹はいた。
 大きな蟹である。
 銀色の体色をした、スカウトやソルジャーの3倍ほどもある大きな身体。それに見合う巨大な鋏で、キングは何かをころころと転がして弄んでいる。

 意味が分からない。何でこんなことになっているのか。子どもたちは生まれてくる子蟹のための大切な食糧なんだろう?そういう設定だっただろう?

 卵は植えつけられていなかった。
 泡まみれの地面が光ゴケでほんのりと光り、紅い、紅い鮮血を浮かび上がらせていた。

 「なんで殺されてるんだっ!!!!!」 
 「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ありえないありえないありえない。
 どうして子どもが殺されている?
 地面には蟹に食い散らかされた子どもの手足が散乱していて、蟹が爪で弄んでいるのは子どもの頭だ。
 僕は胃からこみ上げるものを抑えられず、その場に嘔吐した。
 ミクも同じで、アイカさんはぺたりとへたり込んだ。
 浩太郎さえも呆然とその光景を見ているだけだ。

 こんなシナリオはありえない。
 加藤が、こんなシナリオをしゃべるはずがない。

 何かががたがたと音を立てて崩れる。
 まるで暗黒へと続く床の底が抜けたようだ。

 そこで、時間が無慈悲に止まった。あるいはそれが慈悲なのか。

<最奥に待ち構えていたのは王たる蟹、”キング”だ。キングはクイーンが倒されたのを同族の不思議なシンパシーで感知した。卵を生む前のクイーンを失ったキングは、冒険者達を待ち構えるために、子ども達を平らげたのだ>

 (馬鹿な!)
 (どういうこと!どういうことよぉぉ!!)

 浩太郎とアイカさんが思念の中で絶叫する。
 僕はといえば言葉を失い、ミクからは悲しみの思念しか感じられない。
 
 そんなシナリオはない。先にクイーンを倒したからキングが子どもを食べる?どこの外道がそんな話を書くって言うんだ!

<キングの暴虐にあなたたちは怒りに燃えている。さぁ子ども達の仇を取るのだ>

 (うるさい!勝手な、勝手なことを!)

 子どもはNPCだ。
 そう割り切ることもできるかもしれない。
 でも、鼻を突く死臭。むせ返るような流れたばかりの血の温度。そして壁に染み込んだ悲痛な断末魔。
 それらが僕らの鼻を突き目を覆い耳を劈く。
 
 これは現実だ。
 僕は心のどこかで、いや、正直に言おう。自分でもはっきりと自覚するくらいこれをゲームとしか思っていなかった。
 僕らと同じでこちらの世界にきた加藤のクラスメイトが死んでも、僕はしっかりとは分かっていなかったのだ。

 凶悪な蟹が止まった時の中でじっと僕たちを見ている。
 心が怒りで燃えているだって?とんでもない。
 
 僕の心は芯まで恐怖で震えていた。

 (…戦おう)

 だがそこで、強力な思念を送る奴が一人だけいた。
 暗闇を少しも恐れずにそびえる、灯台の光りのように強固な声。
 
 (戦うぞ。どちらにしてもボス敵からは逃げられない。戦うんだ。芯太、やれるか?)
 (う、う…)
 
 うん、と答えたい。でも、その一言が言えない。震える脳みそが思念を発してくれない。
 浩太郎も怖いはずだ。
 初めて突きつけられた自分が死ぬ積極的な可能性。
 それでも彼は立ち上がる。

 (ミクは…)

 駄目だ。ミクは完全に心を閉ざしていた。その心を悲しみと恐怖と絶望で覆っている。
 やむを得ないことかもしれない。
 僕だってこの様だ。

 (アイカさんは―)
 (戦えるわ)

 力強い思念がここにもあった。

 (許せない。こんなこと!私、戦う。こんなの許せない!)

 それは怒りの思念だった。
 あぁなんて強い人だろう。こんな状況で、殺された子どもの為に怒れるのか。

 (僕も…)

 気が付けば僕は思念していた。

 (僕も…戦う)
 (あぁ)
 (よろしくね)

 暖かい思念が僕を包む。
 だがそれは一瞬のこと。
 次の瞬間には、僕らの心は烈火のごとき激情に捉われる。

 (勝つ!絶対に!)
 (うん!)
 (燃やしてやる!)

 それぞれが気合の声を思念して、時間は再び動き出した。



続く



[22311] Episode.11 変貌
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/10/31 19:57

 本当は僕たちは気が付かなくてはいけなかった。
 平和な時代に生まれて暴力のない世界で育った僕たちが、どうしてこうも攻撃的になれるのか。
 でも、僕たちは時、それが正当な怒りの為だと信じて疑っていなかったのだ。
 それが、正義というものだと。






 「あああああああああああああああああああッ!」

 動き出した時間の中で、僕は自分の身体が勝手に剣を握るのを意識した。しかしそれは最早身体がそう動くだけのことではなかった。僕の心も、剣士コアの行動を支持していたのだから。
 巨大な銀色の鋏を持ち合げて威嚇するキング。
 しかし少しも怯むことなく、僕の体が一直線にキングに向かって駆ける。
 すぐさま鋭い爪が持ち上げられる。
 その巨体からは考えられない速度で振り下ろされる攻撃。
 だが、僕の体はその一撃をするりと避けて、体勢を整える暇ももどかしく、下から掬い上げるように剣を振り上げた。

 まるで鋼鉄を斬り付けた様な甲高い音。
 剣士コアの一撃が、蟹の脚の一本を半ばから叩き切っていた。

<剣士コアはキングの攻撃を掻い潜り、その強靭な脚に狙いをつけた。クリティカルヒット!正義の剣が脚の一本を切り落とした>

 頭の中で響くゲーマスの声。
 クリティカルヒット?
 急に随分と大判振るいになったものだ。

 もし蟹に発声器官があれば大絶叫を奏でていたかもしれない。代わりにキングは両方の鋏をがちがちと鳴らして僕に怒りを伝える。だが。

 「燃えちゃえっ!」

 両腕を豊満な胸の前であわせたアイカさんが、毅然とした表情でキングを睨みつけながらその声を発した。
 瞬間、火炎がキングを包み込む。
 
 濠っ。
 まるでガソリンをぶちまけられたようなすごい勢いの火炎が、銀色の大蟹を覆い隠す。

<魔法使いアイカは炎の棘を詠唱した。炎がキングに襲い掛かる。クリティカルヒット!キングは苦しげにのた打ち回る>

 「やったっ!」

 アイカさんが思わず声を発した。しかしその目は未だ油断なくキングを見据えている。
 そこに…。

 シュトトトト、という軽快な音ともに、数本の矢がキングの銀色の甲殻に突き立った。
 勇敢なるエルフの弓士メイプルたる、浩太郎の攻撃だった。

<弓士メイプルは弓を引き絞った。クリティカルヒット!4本の矢が相次いで放たれキングを追い詰める>

 「…よし」
 
 突然始まったクリティカルの連発にキングは焼け焦げた外殻を震わせている。怒りか、あるいは恐怖か。
 そして、再び時間が停止した。

 (いける)
 (うん、効いてるよ)

 浩太郎の言葉に僕は答え、

 (やろう。絶対に許せない)

 怒りに震えるアイカさんの思念に同調した。その時、とても心細そうな、弱弱しい思念が僕達に届く。それはまるで冬の日差しの様な頼りなさだった。

 (せんぱい…)
 (ミク?)
 (私、怖い…)

 ミクは縋るように僕に向かって思念を飛ばす。ミクの心はまだ震えていた。無理もないと思う。無残に子ども達が食い殺されて、僕だって恐怖に震えていたんだ。
 でも今は怒りが勝る。

 (大丈夫。ミクはそのままでいい。後は僕たちに任せて)

 僕は極力優しい心でミクにそう思念を送った。そして時間が元通りに動き始める。
 正義に高揚した僕の心は、だからミクの本音を聞き漏らした。

 (先輩達が、こわい…)

 剣士コアの脚が、血で濡れる洞穴の地面を踏みしめた。




<キングを倒した!1018の経験値、8000Lを手に入れた>

 「やった!」
 
 一時間も戦っていただろうか。僕たちはついに銀色の大蟹、キングを仕留めることに成功した。

 「仇…討ったからね……。ごめんね。間に合わなくて…」

 アイカさんが地面に転がったままだった子どもの頭を胸に抱き、その目をそっと閉じさせる。
 僕は胸が熱くなるとともに、怒りで指先が震えるのを感じた。
 
 一体、誰が悪い?
 子ども達は何故殺されなくてはいけなかったのか?

 僕はLOSの設定を思い出す。
 モンスターたちが現れたのは、悪しき神々の一柱、つまり魔王が降臨した為だ。

 魔王さえいなければ、子ども達は死なずに済んだはずだ。
 
 そこまで考えたとき、僕と浩太郎の目が合った。
 交わされる視線。

 僕は真剣な浩太郎の目を見ながら、うん、と頷いた。
 アイカさんがすっと僕の隣に立つ。

 三人が、決意を持って頷き合った。

 僕たちの心は正義に燃えていた。
 だから誰一人、この時には気が付かなかったんだ。

 ミクが、何か恐ろしいものを見る目で震えているのも、子ども達の死に際して怯えたままなだけだとそう思っていた。
 ミクが僕たちに怯えていたなんて、僕には分かるはずもなかった。



 
 「そうか…。わかった。子ども達の亡骸はこちらで葬るよ…」

 船乗りの男はそう言って失望に顔を歪ませた。無力感が僕の心にずしりともたれる。

 「本当にごめんなさい。私たちが、もっと早くついていたら…」

 アイカさんがそう言ってその綺麗な顔をしかめる。
 いいんだ、と言って男は僕たちに礼を言ってその場を去った。

 ただのNPCだとは、僕にはもう思えなくなっていた。
 最愛の子どもを失った父親は、力ない足取りで歩く。
 彼の悲しみに対して、僕たちは無力だ。
 出来ることは一つだけ。
 
 もう、こんな思いをする人がいなくなるように一刻も早く魔王を―――

 「先輩!」

 その時、ミクの震える声が僕の思考を遮った。

 「どうした?ミク」

 可愛そうに。まだ怯えているのか。
 そう思って僕は真っ青なミクの頬にそっと手を当てる。

 「せ、先輩!?」

 驚いたミクがびくりと震える。
 不思議だ。
 いつもならこんなこと恥ずかしくて出来ないだろうに、今は自然と体が動く。

 「わかるよ、ミク。僕たちは子ども達を助けられなかった。もっと強くならなくちゃいけない。もう、悲しむ人が現れないくらいに」
 
 そんな僕の真摯な態度に、しかしミクは悲愴な顔をして叫ぶ。

 「違う!おかしい!こんなの、おかしいよ!」
 「どうした?ミク?」

 ミクがおかしい。いや、おかしいと言っているのか。何がおかしい?

 「先輩達、おかしいです!どうしちゃったんですか!これは…。これはゲームなんですよっ!」

 コレハげーむナンデスヨ

 分かってる。これはLOSだ。僕たちは作ったゲーム。
 そうだ。

 「ゲーム、だよな。そうだ…」

 ぽつりと浩太郎が呟く。

 「そ、そうよね」

 アイカさんもはっとしたように目を開ける。
 そうだ。これはゲームだ。
 魔王を倒す? 
 確かにそれはゲームの目的だ。
 でも、僕たちは違う方針を立てたはずだ。

 「…どうしちゃったんだ。僕達…」

 さっきまでの正義の心に燃えていた自分を振り返り、僕は愕然とした気持ちで、ほっと息を吐くミクを見ていた。





 「ロールプレイだ」

 宿の一室で、浩太郎はそう言った。「俺としたことが」とかなんとか言いながら頭の後ろを掻いている。
 
 「俺たちは”役割”に嵌っちまってたんだ。光の戦士の正義感とか悪に対する怒りとか、そういうのにさ」
 「どういうこと?」
 
 アイカさんがばつが悪そうにミクを見ながらそう訊ねる。
 安心したのか、ミクは泣き笑いの顔で僕達を見ていた。

 「最初に言いましたよね?加藤のクラスメイトだった奴らに、俺はリンチに遭うとこだった。とんでもない奴らだと思ってましたけど、やっぱりあいつらも”役”に引きずられているんだと思う。世界を滅ぼす”悪役”に」
 「そうか!私たちも正義の味方になりきってたってわけね。ミクちゃんがいなかったら、私たちもすっかり操り人形になってたのか。ありがとう、ミクちゃん」
 「え?ううん、いいんです。私、ただ急に皆が変わって怖かっただけだから」

 恐怖心がミクに役を演じることを拒ませたのだろうか?
 そうだとして、しかし、何で。

 「何で、こんなことをやらせるんだろう?」

 僕の問いに、浩太郎とアイカさんが沈黙する。

 「加藤は、いや、加藤って決まったわけじゃないけど、この世界に僕達を連れてきた奴は、一体何をしたいんだろう?」

 僕の声が一人事の様に響く。
 そんなつもりではなかったけど、アイカさんが肩を奮わせるのが痛々しい。
 浩太郎も俯くだけだ。
 その問いかけに、答えられるものがいるとすれば、それはゲームマスターだけなのだろうから。

 「…まぁ問題はどうするか、だな」

 浩太郎がそれを言葉にする。
 僕ははぁと溜息をついた。

 「依頼に失敗しちゃったからね。船乗りは船を出してくれないだろう」

 本来なら、この穴蟹のイベントをクリアしてイール海を渡らせてもらうはずだった。
 だが、その目論見は完全に外れたことになる。

 「…続けるんですか?やっぱり…」
 
 ミクが少し怯えたように僕達を見る。
 浩太郎は僕と目を合わせて、苦笑しながらミクに向き合った。

 「悪かった。もう、役に引きずられないようにするから」
 「あ、そういう意味じゃないんですけど」
 「ミク。気持ちは分かるけど、審判の時間までになんとかしないと…」
 「そう……ですよね」

 ミクはそれでも不安そうに頷く。
 僕も不安ではあった。もっともそれは、僕が今発した言葉が、光の戦士の役柄を演じているんじゃないってことに、確証が持てないという不安だったけど。

 「時間的にはぎりぎりだけど、エアーラの街に行くしかない、かな」

 僕が不安を振り切るようにそう言うと、浩太郎がああ、と言った。

 「なるほど。まぁそれしかないか。竜の森を通るとか、生身でなるのは本気でごめんだけどな」

 浩太郎がそうぼやくと、話についていけないアイカさんがひとり頬を膨らませる。
 
 「コアくん、説明」
 「はいはい。エアーラの街には飛空挺があるんです。それに乗れれば、光の王子の城まで一直線にいけるんですよ」
 「なんだ、他に行きかたがあるのね。…ちょっと待って。そもそもそっちの方が船よりぜんぜん楽じゃない」
 「いや、それがですね…」

 僕が言葉を濁すのをアイカさんが不思議そうに見る。

 「その、竜の森っていうのが大変なの?でも、さっきの蟹のところで、みんなレベル3に上がったんでしょ?そんなに危なくないんでしょ?」
 
 アイカさんが無垢な瞳でそう言うと、浩太郎とミクがゆっくりと僕に視線を寄越した。
 …僕が悪いのか?
 ううん、と咳払いして浩太郎が投げやりに言った。

 「俺たちが森に立ち寄ると、どっかの馬鹿が竜の森に配置した飛竜が出てくるから、それを倒さないといけないんですよ。ちなみに飛竜と戦う適正レベルは5以上です」
 「え゛?」

 アイカさんが思わず目を見開く。
 
 僕のせいじゃないと思いますよ、はい。
 


続く



[22311] Episode.12 兆候
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/10/31 19:58


 
 「傷薬を補給して魔石を買ったし、魔導書はミクとアイカさんで買ってきてもらうんだから…。あと何か買うものある?」
 「…そうだな」

 軍隊蟹のイベントに失敗した僕たちは、とにかく経験値を稼ぐために旅に出ることにした。
 竜の森を攻略するには今のままではとても無理だ。
 時間がかかるけど、せめて5レベルくらいまでレベルを上げて、クラスチェンジくらいしとかないと飛竜には勝てそうにない。
 
 しかし時間はないのでなるべく経験値の効率がいいところに行かなくてはいけない。その点、このゲームをよく理解している僕らは有利かもしれない。

 「出来ればお前の剣を、いいの買っときたいけどな」
 「うーん、そうだよなぁ」

 軍隊蟹を倒したので資金には結構余裕がある。だが、万が一にも戦闘に負けて死ぬわけには行かない僕たちは、まず防具を揃えることを優先させることにしていた。

 「やっぱり、防具優先でいこうよ。武器は”悪女の迷宮”で魔法の剣が手に入るわけだし」
 
 僕たちは”悪女の迷宮”と名づけた最寄のダンジョンを標的と決めていた。古代文明の魔女が古代の宝物を隠す為に作り上げたと言う設定のそのダンジョンには、有用な武具がたくさん配置されている。

 すぐに手に入れられるかどうかはダイスが決めるので、はなはだ不安ではあるが。

 「仕方ないか。そろそろ二人と合流して防具屋行くか」
 「コア!」

 浩太郎がそう言った時、誰かが僕に声を掛けてきた。びっくりして振り返ると、そこにいたのは最初に僕が声をかけて酒場の場所を聞いた、NPCの男だった。

 「うわっ、お前エルフの知り合いなんていたのか?」
 「ま、まぁね」

 矢鱈となれなれしい男にどぎまぎしながら僕が言葉を返すと「まぁいい」と言って男が言葉を続ける。

 「軍隊蟹を倒したって聞いたぜ。流石だな」
 「…子ども達は、助けられなかったけど」
 「それは、まぁお前のせいじゃねぇよ。気にするな」

 まるで十年来の友人のようなその言葉に僕は不覚にも涙ぐむ。まぁ、向こうは本当に十年来の友人のつもりなんだろうけど。

 「それで、その、どうしたの?」
 「あー、悪い。お前いよいよ前から言ってた冒険の旅に出るんだろ?ずっと夢だったもんな」
 「ま、まぁね」

 ずっと夢だったらしい。

 「それでちょっと悪い噂を聞いたから、お前の耳に入れとこうと思ってな」
 「悪い噂?」
 「そうだ。ダークエルフの二人組みと、ベルセルクが一人、それにオークが二人って言う異様な組み合わせのならず者が最近暴れてるらしい」
 「え?」
 「もう、商隊がいくつも襲われてて、すごい被害だって言うぜ。お前も旅に出るなら気をつけろよ」

 その、組み合わせって。

 「人は死んでるのか?」

 それまで口を閉じていた浩太郎がふいに男に尋ねる。エルフに話しかけられたからか、NPCの男は驚いたようだが、やがてそれに答えた。

 「あ、あぁ。もう十何人も殺されてるらしい。奴らはそのまま北に上がっていったらしいから、会うことはないかもしれないが、気を付けるにこしたことはないぜ」
 「ありがとう…。気をつけるよ」

 じゃあな、そう言ってNPCが去っていった。
 これは、ゲームマスターからのメッセージなのだろうか?

 「…どう思う?」
 「奴らだと思う。NPCとは言え、人を殺してるとはな」

 浩太郎が暗い表情でそう言った。
 闇の陣営に属す、加藤のクラスメイト達に用意された課題は、どれも人類に敵対するものばかりだ。
 達成しようとすれば、僕たちが軍隊蟹を倒したように、人間の兵隊を倒さなくてはいけない。

 「北に行くって言ってたな」
 「うん…」

 北には魔王の住まうイギリア山脈がある。
 十中八九、彼らはそこを目指しているのだろう。

 「相当役割に引きずられてると思って間違いない。本気で自分達が悪役だと信じてるかもな。説得とかは通じないと思う。いつかは、戦わなくちゃいけない」
 「うん…」

 僕はその時のことを思い、憂鬱な気持ちで俯いた。


 

 「遅い!」
 「ごめんごめん」

 防具屋の前で憤慨しているアイカさんに僕と浩太郎は謝った。…闇側のプレイヤーの話はしなかった。聞いてどうにかできるものでもない。
 取り敢えずは目の前のことだ。
 飛竜を倒せるようにならないと、冒険を進めることも出来ないのだ。

 理想を言えば、奴らが魔王のもとに辿りつく前に、光の王子を味方にしたい。
 奴らがゲームの進行を知らない以上、頑張れば僕たちが先んじることが出来るはずだ。

 「じゃあ、防具はさっき決めたとおりで。資金的にも足りるはず」

 僕たちはミナイルで購入できる防具とその性能を把握していたので、あらかじめ予算が許す防具の組み合わせを考えておいた。
 僕たちの記憶のとおりの防具が置いてあれば、あとはここでそれを買っていくだけである。
 まぁ、アイカさんには怒られそうだが。怒るならミクを怒ってください。

 「じゃっ、入ろう」

 買い物が好きなのか、アイカさんは率先して防具屋の中に入る。
 ミクがデザインした女性用の防具が、趣味全開なことも忘れて…。 

 「お客様これを御所もうとはお目が高い!これは水霊の魔着と申しまして、お客様のような魔法使いには最適の―――」
 「ちょ、ちょっとまって!こ、これが防具?」

 NPCの店主が持ち出した防具を見て、アイカさんが素っ頓狂な声を上げる。
 ちなみに僕は普通にプレートアーマー。浩太郎は鉄の胸当などの狩人装備を購入して身に着けている。
 ミクは男の装備にあまり関心がないから僕たちの装備は普通だ。アイカさんに差し出された露出度全開の水着のような、変な装備は男装備にはない。

 「こ、これ、なんでハイレグビキニなの!?まんま水着じゃない!こ、こんな格好してダンジョン行けって言うの?」
 「そうです!水の精霊の守りがありますから、見かけ以上の防御力が――」
 「無理無理無理無理!海でもないのにこんな格好無理だって!」

 今のミニスカ魔女っ子スタイルですら、大人の体を持つアイカさんの魅力を全然隠せてないのだ。あんな格好したら、僕などは目のやり場に困って戦闘にならないかもしれない。
 ・・・それでも着てほしくないかって言われたら、返答に困るけど。

 「おまたせー!先輩、みてみて!すっごいかわいい!」

 しゃーっと試着室のカーテンが開いて、無邪気な声とともにミクが出てきた。

 獣耳がついた獣人であるミクは、しっぽをぴょこぴょこさせながら、ばっくりとスリットが入ったチャイナ服の様な衣装を着て出てきた。
 ちなみに胸元も開いているが、あいにくとあるべきものは見当たらない。ただ白い壁があるだけだった。

 「…先輩、何か言いました?」
 
 滅相もありません。
 胸部に色気が足りないとは言え、スリットは腰まで入っていて太ももなど丸出しである。こいつは意外と露出趣味があるのだ。
 コスプレとか結構平気でやってくる。
 
 「わー!アイカさん着てみてくださいよー。絶対に似合うと思う!」
 「ぜったい、無理!これ着るくらいなら今の防具の方がましだわ!」

 気持ちは分かります。でもその防具じゃこの先無理なんです。

 「えー、絶対似合いますってー」
 「そういう問題じゃなくって」
 「じゃーこっちはどうですかー」

 そう言ってミクが防具屋の親父からワンピースをひったくる。
 
 「え?あら、割と普通――」

 なわけがない。それはやたらとすけすけの布で出来た、魔透しの服と呼ばれる防具で。

 「却下!」
 「じゃー、これで」
 「だから何で基本的に胸が見えるのよ!」

 すみません。仕様です。
 結局事前に決めた通りにはぜんぜんならず、更にすったもんだがあった後、予算を若干オーバーしたもののアイカさんの装備は決まった。

 シャーっと試着室のカーテンが開く。

 「わー、すっごい似合います!アイカさん」
 「…」
 「…」

 僕と浩太郎はその様子を無言で見ていた。

 ぴったりと体に張り付くような布地が首から胸の下くらいまでを覆っている。布地の面積こそ大きいが、ぴったりとした素材のため形のいい胸の起伏がはっきりと分かる。
 ストレッチ素材の恐ろしく丈が短いタンクトップって感じだ。
 肩は完全に露出していて、白い肌が目にまぶしい。
 下半身にはなんと足元まで棚引く布がお腹のあたりでビーズで結わえられ、前と後ろに揺れているだけ。
 風が吹くだけで下着が見えると言う素晴らしい格好です。

 「…コアくん。何も言わなくていいからね」
 「はい…」

 羞恥で課を尾真っ赤にするアイカさんときゃっきゃとはしゃぐミク。
 言われるまでもなく、そこに僕がかける言葉は存在しなかった。



 続く



[22311] Episode.13 迷宮
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/11/05 16:31



 <迷宮を歩くあなたたちの前に、凶悪なモンスターが立ち塞がる。地を這う地獄の蜥蜴イルベラサウルスだ。あなたたちは―――>

 (中略!僕とミクが前衛、アイカさんは待機でいいよね?)
 (コアくん任せた。もう精神値ないのよー)
 (俺も矢の残りがやばい。温存で)
 (もう!ゲームには矢の残数なんて設定なかったのにぃ…!)

 僕たちは”悪女の迷宮”を訪れていた。ぶっちゃけレベル上げと魔法の武具の回収が目的だ。
 あまり時間を掛けられないから、さっさとレベルを上げて竜の森にいかないと、闇側の奴らに先を越されてしまう。
 だが、やはりと言うべきか。
 ダイスはなかなか僕らの思う通りには転がらず、うんざりすればうんざりするほど余計にうんざりするような目に遭う。
 ただ、今回の目的はレベル上げだから、選択肢の度にモンスターとエンカウントしようがそれは良いことだ考えることにしている。
 …肝心の装備は全然見つからないが。

 「くらえええええええええッ!」
 
 硬直時間が解け、剣士コアが馬鹿でかいトカゲの化け物に剣を振り下ろす。
 迷宮の選択肢とは違い、戦闘中の行動については、あの軍隊蟹との戦い以降大分ましになってきた。
 ランダマイザの匙加減は、未だに何が理由かさっぱりわからないが。

 「やぁぁぁぁぁぁッ!」

 勇ましいんだか何だか分からない掛声を上げて、ミクもまたその拳を蜥蜴に叩きつける。豪快にスリットが入ったチャイナ服で戦うミクは、『見えてもいい下着』という男子にとっては永遠の謎である所の下着(ピンク)を垣間見せながら、蜥蜴の前足をへし折った。

 <剣士コアの攻撃が―――>

 (中略!このまま一気に行こう)
 (おお、がんばれがんばれー)
 (何様!?)

 中略、と叫べばゲームマスターの声が中断されることがわかったのは、この数日で一番の収穫だった。

 イルベラサウルスを倒した僕たちは、ここで一旦野営をすることにした。三日月が天井のない巨大な迷路の空にかかる時間になったからだ。
 ”悪女の迷宮”を訪れたのは昼前だったから、かれこれ5,6時間は迷宮に潜っていることになる。
 装備は全然見つからないが、その分異様なエンカウントに恵まれた僕たちは、それぞれ4レベルに上がっていた。
 
 「こんなにレベル上がるのが速いなら、いっそのこと私たちで魔王倒せるんじゃないの?」
 
 キャンプの準備をしながらアイカさんがそう言うと、ぎくりとした僕を浩太郎が楽しそうに見ていた。
 
 「だそうだよ、芯太くん?どうだ?その方が速そうだと俺も思うが?」
 「…悪かったな。魔王をデザインしたのが僕で!」
 「どういうこと…?」

 焚き火も慣れたもので、その上に鉄製の五徳を置くアイカさん。
 
 「魔王の強さって、7レベルの戦士でもダイス次第じゃ簡単に全滅するくらいなんですよー」

 と言いながら、ミクがたっぷりと水が入った鍋を五徳の上に置いた。

 「レベルは5レベル超えると上がりにくくなってますしねー」
 「…聞いておきたいんだけど、普通にゲームをプレイしたとして、時間制限があるこのゲームで魔王って倒せるの?」
 「…た、倒せます。設計上は」
 「ほう。そうなのか、芯太くん。ちなみに数字関係は俺が調整したけど、全員7レベルの戦士が4人いて、ダイスが全てクリティカルの目を出して、魔王の攻撃のターンもクリティカルで防いで、それでやっと勝てるくらいの設計だった気がしたが?」
 「…だろ?ほら、勝てないわけじゃない」
 「勝てるか、阿呆!」

 浩太郎が僕を阿呆呼ばわりするが、それは魔王の設計をしているときに突っ込んで欲しかった。
 だって、簡単にクリアできるゲームを作っても面白くないじゃないか。
 それもあって時間制限を設けたわけだし。

 「まぁ救いがあるとすれば、最終ダンジョンに入ってからは特に時間制限がないことだな。3時間たてば強制的に最終ダンジョンに放り込まれる、てことは、逆に言えばそこから先は好きにしていいってことだからな」
 「まぁ、とは言っても、街には戻れないから実際には時間は有限ですけどねー」

 ですよねー。
 はぁ。こんなことならもっとイージーなゲームにすればよかった。

 そんなことを話していると、ことことと鍋が沸騰してきたので、僕たちは干し肉や乾燥させた野菜や米、今日の戦闘で手に入れた食べられそうな戦利品を放り込んでいく。
 アイカさんが味を見て、調味料を足してくれて、僕たちはようやくそれを器によそった。

 「ところで、浩太郎?お前もう矢がないんだろ?」
 「え?あぁ、あんまりな」
 「明日からどうするんだよ」
 「うーん。それなんだけどな」

 お腹いっぱいになった僕らはひとまず箸をおいた。
 浩太郎はまんぷくになった腹をさすりながら「実は」と言葉を切り出した。
 
 「クラスチェンジをしようかと思っている」
 「クラスチェンジ?あぁ、魔弓士って4レベルからだっけ?」
 「エルフはな。精霊魔法の才能があるから。それだったら地味に精神値使うけど矢の残数は多分気にしなくていいはずだ。だいたい魔法を習得できないエルフの精神値なんて、いくらあっても無駄なだけだしな」
 「確かに」
 「どういうこと?」

 僕と浩太郎の会話にアイカさんが怪訝そうな声を挟む。
 どうでもいいけど、焚き火の光に照らされるアイカさんの際どい格好がすごいです。炎の陰影のお陰でぴったりした服に強調された胸の起伏が良く見えるし、大胆に露出されたお腹とか太ももの白さも目に飛び込んでくるようで…。
 ミク、グッジョブって感じだなぁ。
 思わず見蕩れていると、アイカさんがどうしたの?って視線を送ってきたので、僕は慌てて言葉を返した。 

 「ええっと、今アイカさんが魔法使いっていう”クラス”なのは分かります?」
 「ええ。コアくんが剣士。ミクちゃんが武術家、メイプルくんが弓士でしょう?」
 「そうです。このクラスは条件さえ満たせばいつでも変更できますが、レベルが上がったり、何らかの条件を満たすとランクアップさせることも出来ます。そのどちらの場合もクラスチェンジと言います。魔弓士って言うクラスは弓士をランクアップさせるとなれるんですが、普通弓士で5レベルまで上げて、なおかつ魔法使いで2レベル以上にしておかないといけません。
 ただし、エルフにとっては少し条件が緩和されていて、4レベルでなれるんです」
 「へー」
 「アイカさんにもそのうちクラスチェンジしてもらいますよ」
 「なんか楽しみね」 
 「そこでだ、芯太。問題があるんだが」
 「何?」
 「クラスチェンジってどうやってやるんだと思う?」
 「はぁ?そりゃあゲームマスターに申告して…、ってあれ?」

 そう言えば…どうやるんだ?
 このゲームには気軽に相談に乗ってくれるゲームマスターはいない。
 これは盲点だった。
 まだまだ先のことだと思ってたから何も考えてなかった。
 うーん。
 すっかり黙りこんでしまった僕達。そこで―――

 「…呼んで、みよっか」

 沈黙を破ってアイカさんが口を開いた。

 「もし、もしも、弟が本当にこの現象の元凶だったら、姉の、私の声にくらい答えてくれるかもしれない」 
 「いや、でもそれは――」
 「じゃあ、お願いします」
 「浩太郎!」

 あっさりと肯定する浩太郎にうろたえる僕。
 
 「なんだ、芯太?」
 「いや、お前なぁ」
 「いいのよ、コア君」

 アイカさんがにっこりと微笑んでいる。でもその笑みには力がない。当たり前だ。ずっと普通に振舞っているけど、気にしてないはずがないんだから。

 「お願い。やってみたいの」
 「アイカさん…」

 アイカさんはもう一度悲しげに微笑むと、多分この世界に来て初めて、僕たちの大切な仲間である弟の名前を呼んだ。

 「竜也…聞こえてる……?」

 静寂が、耳に痛い。
 夜の迷宮は静かで、何の声も聞こえてこない。
 
 「竜也…」

 もう一度、本当に泣きそうな横顔で加藤を呼ぶアイカさん。
 その時、誰かの声と息遣いが迷宮の中に響いた。

 「くそっ」と、悪態をつくような声。遠く微かな声だが、確かに人間の声がした。

 「芯太!」
 「う、うん。何だろう。NPCか?」
 「迷宮内にか?そんなイベントはないぜ。奴らなんじゃないか?」
 「待ってください!よく考えたら、私達以外にも元の世界から来た人間もいるかもしれないじゃないですか」
 「そういう可能性もあるか」
 
 ミクの指摘はもっともだった。もしそうなら、迷宮内で途方に暮れているところかもしれない。
 僕は浩太郎と視線を交差させる。

 「…とりあえず、行ってみよう。やばそうだったら逃げる」
 「わかった…」

 浩太郎が不承不承ながらもそれに頷く。
 可能性に過ぎないとは言え、人を見殺しにすることはできない。

 「走るぞ」
 「うん」

 浩太郎と僕を先頭に、ミクとアイカさんが続く。
 月が照らす迷宮の床に、僕たち4人の影が長く延びた。



続く
 



[22311] Episode.14 加入
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:31caf33b
Date: 2010/11/12 21:17


 僕たちがたどり着いた時、三日月がかかる夜空を背景に、その人はモンスターに向けて長い槍を振り回していた。
 
 「くそっ」

 モンスターの名前はバジリスクロード。この迷宮には多くの爬虫類型モンスターが出現するが、バジリスクロードはその中でももっとも身体が大きいボスクラス。
 真っ黒なボディに不気味な一つ目を持った凶悪なモンスター。推奨レベルは4レベル以上ってとこだろうか。
 早々遭遇する敵ではないが出会ってしまえば恐ろしく強い。
 どうやら僕らよりダイス運がない奴がいたようだ。

 「おい!大丈夫か?」

 浩太郎が男に声を掛ける。男はこっちを振り向いて一瞬安堵の表情を浮かべた。

 「いや、駄目そうだ。悪いけど手を貸してもらえるかな?」
 
 良く見れば彼は僕たちとそう年の変わらない少年だった。
 茶色がかった短い髪にとび色の瞳。なかなかの美少年だ。
 種族は人間。法衣のような裾の長い動きにくそうな格好ながら、なかなかの身のこなしをしている。

 「”僧兵”か?」
 「正解。ドレイクって言う。探し物をしに来たんだけど、運悪く迷宮の主に見つかった」
 「どうだった?」
 「えぇっと、その人って…」

 アイカさんとミクが追いついたとき、不意に世界が暗くなって止まった。

<僧兵ドレイクがバジリスクロードと戦闘している。あなたがたは彼を手助けするだろうか?>

 (いや、まぁするよね?)
 (そりゃあ、流石に放っとけないよ)
 (ぎりぎり倒せますよね?)
 (浩太郎。まさか反対しないだろう?)
 (何言ってるんだ。当たり前だろう。あれは僧兵だぞ?戦士の上位職の一つだ。あいつに聞けばクラスチェンジの方法が分かる可能性がある)
 (なるほど)
 (ってことで行くぞ。芯太。頼むから当ててくれよ)

 「ダイスに言え!」
 
 世界は元の光景に戻り、バジリスクロードに向かって、剣士コアが駆け出した。

<剣士コアは―――>

 「中略!当たって!」

 僕の身体は頼み込むような僕の声に答えてくれたのか、黒蜥蜴の胴体に素早く剣を打ち込んだ。傷口からわずかばかり傷が噴出す。

 「硬いっ」

 迷宮の主は伊達ではない。
 バジリスクロードは一つ目で僕を睨みつけ、その凶悪な口を開く。

 シュトっ!

 軽快な音がして一本の矢が蜥蜴に突き立つ。

 「ミク!」
 「わかりました!」

 そこを、チャイナドレスを翻して脚を振り下ろすミク。
 精神値を使い果たしたアイカさん以外の攻撃が炸裂したが、バジリスクにはあまり効いた風な感じがない。

 「うおお!」

 そこを、ドレイクの一撃が閃き、バジリスクの胴に槍が突き立つ。

 「ぎぃぃあああああああああ!」

 絶叫を上げるバジリスク。
 流石は僧兵!
 戦士職からのクラスチェンジ要件5レベルは伊達ではない。
 ちなみに僕は信仰値がかけらもないと思われるので僧兵にはなれません。

 「よし、次だ次!」

 浩太郎の声を合図にしたように再び世界は時を止める。
 バジリスクは凶悪な表情を凍らせたまま、こちらを射すくめるように睨んでいた。




 「ふぅ」
 「ありがとう。助かったよ」

 三十分くらいかけてようやくバジリスクロードを倒した僕たちに、ドレイクは恐縮しながら歩み寄ってきた。

 「改めて僕はドレイク。この先のディールの街で傭兵をしてる。わけあってこの迷宮に入ったんだけど、一人ではさすがにしんどくて。本当に助かった」
 「災難だったな。俺はメイプル。こっちはコアにミクにアイカだ」
 「よろしく」
 「はじめまして」
 「よろしくね。ちなみにこの恥ずかしい格好は趣味じゃないから」
 
 その大きな胸をぴちぴちの布地で覆い、長い足を惜しげもなく晒すアイカさんは念を押すようにそう言った。
 
 「別に?普通の格好だろう?」
 「・・・まぁね」

 アイカさんはひくひくと頬を吊り上げた。
 
 「それで皆は何をやってるの?」
 「冒険者をやっている」
 「冒険者?目的は何だ?」
 
 ドレイクがそう言うと、浩太郎は探るようにその目を見ながら「光の王子と面会することだ」と言った。

 「へぇ。大それたことを考えるんだな。会ってどうする?仕官するのか?」
 「まぁ、そんなところだ。それで竜の森を抜けようと思ってここで経験を積んでるんだ」
 「ふぅん」

 ドレイクは話しながらも槍に付着した蜥蜴の血液を布で拭って背に負った。

 「もしそちらさえ良ければ、しばらく同行させてもらってもいいかな。さすがに僕一人では荷が重い」
 
 浩太郎が振り返り、僕たちと顔を見合わせる。時が止まれば相談が出来るのに、と思っていると、丁度世界の帳が下りた。

<”僧兵”ドレイクが仲間になりたいと言っている。ドレイクは何かの理由があって迷宮を訪れたようだ。あなたがたは彼を仲間にするだろうか>

 (どう思う?)
 
 浩太郎が口火を切る。

 (どうやら僕たちと同じ感じじゃないよね。NPCなのかな?)
 (と思いますけど、こんなイベントキャラいなかったと思います)
 (着てる服はミクちゃんがデザインしたもの?)
 (はい。間違いないです)
 (うーん)
 (穴蟹のイベントの例もある。俺たちの知ってるシナリオとは少し違ってきているのかもな)
 (ゲームマスターの自由度か?)
 (勘弁してほしいよ)

 僕たちは色々話し合ったが、それでも彼を仲間にして損はないという話に落ち着いた。

 (いい人そうだし、いいんじゃないでしょうか?)
 (可愛いしね)
 (可愛い?)
 (あれ?コア君妬いてるぅ?)
 (妬いてませんよっ)

 何てこと言うんだこの人は。何故かミクから鋭い思念が叩きつけられる。

 (まぁ、いいから仲間にしようぜ)

 浩太郎がうんざりしながらそう言うと、不意に世界が時間を取り戻した。

 「こちらこそ、よろしく。それで、ドレイクさんには何か目的があるんだろう?」

 浩太郎が握手しようと手を出すとドレイクがその手を握り返した。

 「ありがとう。ドレイクでいいよ。僕はこの迷宮のどこかに生えている”魔女の涙”って薬草を探しに着たんだ。ディールのとある貴族の娘が病でね。とってくるようにって依頼を受けた」
 「なるほど」

 そういうイベントはディールで発生した気がする。
 時間が惜しい僕たちはディールの街は飛ばしてきたが。

 「僕は勝手に薬草を探すから、皆は普通に探索してくれていいよ。どこに生えてるのか。検討もつかないしね」
 「了解。ところでドレイク。一つ聞きたいことがあるんだが」
 「何?」

 ドレイクは小首を傾げる。浩太郎はやましいことなど一つもないと言った感じで何でもないことの様に言った。

 「クラスチェンジってどうやってやるんだ?」
 「へ?」

 ドレイクの間抜けな声が迷宮内に響いた。





 「まさかこんなことを人に教える日が来るとは・・・」
 「ごめんね。私たち、すっごい田舎の出身なの」

 元の野営場所に戻った僕らは、火を囲みながらドレイクのレクチャーを受けていた。

 「まず、自分の名前とクラスを神に宣言するんだ。その後、代えたいクラスを宣言する。神が君の実力を認めてくれればクラスチェンジできるよ」
 「そんなことでいいの?」

 僕が思わず聞き返すと「そうだよ」とドレイクが返した。

 「簡単だろ?メイプル、やってみなよ」
 「よし。・・・何て言って始めたらいい?」
 「ええっと、そうだな。宣言します、とかでいいと思うよ」
 「なんか恥ずかしいな。・・・まぁいいや。宣言します。俺は”弓士”メイプル。”魔弓士”となることを宣言する」

 すると不思議な変化が起きた。白い光が浩太郎を包み込み、ぼんやりと光った後、その光を強く瞬かせて霧散した。

<4レベルの”弓士”メイプルは1レベルの”魔弓士”へとクラスチェンジした>

 「何も、代わってないけど、成功したんだよな?」
 
 自分の身体を不安げに見る浩太郎に、ドレイクはにっこりと笑った。

 「成功だよ。でもクラスチェンジの仕方も知らなかったのに、クラスチェンジに必要な実力は知っていたんだね?」
 
 ドレイクの無邪気な言葉に、僕たちは苦笑いを返すことしか出来なかった。


続く



[22311] Episode.15 接触
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2010/12/19 08:35

 「これが、そうか?」
 「たぶん」

 翌日。
 ドレイクをパーティーに加えた僕たちは、レベル上げと薬草の捜索を平行して行った。途中で何とか目的の魔法剣”トリニティ”を手に入れたので、冒険は大分楽になりそうだ。
 ”トリニティ”は竜への攻撃に補正がつくし、クリティカルの確率にも補正がつく。
 つく・・・よな?いまいち信用できない所がこの世界にはあるけど。

 ”魔女の涙”はダンジョン内の何気ない一角で見つかった。同じ場所に魔導書が一冊あり、そちらはアイカさんが貰う事になった。
 
 「剣にしろ魔導書にしろ、僕には使い道がないからな。こいつが手に入っただけで御の字さ」

 ドレイクはそう言ってにこりと笑った。こいつ、本当にいい奴だ。まぁ、NPCだから性格に裏表とかないのかもしれないけど。
 ちなみにドレイクと一緒に戦闘状態になっても、彼との意識の共有は発現しなかった。彼がNPCだからだろう。

 「俺たちのレベルもそこそこいいだろう。時間も読めないしそろそろ行くか」

 浩太郎の言葉に、僕達は重々しく頷いた。ドレイクだけが、きょとんとして首を傾げた。
 
 コア 剣士 5レベル
 メイプル 魔弓士 2レベル
 ミク 武術家 4レベル
 アイカ 魔法使い 5レベル 




 「ここがディールの街だ」

 NPCお決まりの台詞で、ドレイクが僕たちに街を紹介した。活気があって賑やかな街だ。だけど。

 「なんだか騒がしいわね」

 アイカさんが眉をひそめる。
 街は喧騒というだけでは説明できない、ざわざわした浮ついた気配で満ちていた。お祭でもあるのか。

 「何だろうな?まぁ、ちょっと見物でもしててくれ。僕は薬草を届けて報酬もらってくるから」
 「わかった」

 ドレイクはそう言って人ごみの中に消えていく。僕達は竜の森に向かう準備をする為、そわそわした街の中に入っていった。

 「装備変える?」
 「俺は変えたほういいだろうな。クラスチェンジしたし。お前らクラスはどうする?」
 「うーん。”騎士”って柄じゃないんだよなぁ。それなら”戦士”を7レベルにして”剣聖”目指すよ」
 「あのなぁ。まともにゲームやるんじゃないんだからな。最優先事項はこの世界からの脱出。間違えるなよ?」
 「わかってるけどさ」
 「ねぇねぇ」
 
 僕と浩太郎が言い合ってると、アイカさんが僕たちの袖を引く。

 「どうしました・・・って、すごい人だかりだな」
 「ねぇ。なんだろう?」

 アイカさんが見ていたのは数十人の人の垣根だった。どうやら街がそわそわしている元凶らしい。
 僕達が近付いてみると、7人の男女が、人々の歓声に包まれながらにこやかに手を振っている。
 アイドルか何かか。一瞬そんなことを考えたが、彼らの招待に気付いて僕は頬を引きつらせた。

 「こ、浩太郎・・・あれ?」
 「あぁ。なんでだ?」
 「どうしたんですか?」
 
 ミクがきょとんして不思議そうに聞く。お前は少しはシナリオを覚えておけ。
 シナリオ・・・あ!

 「しまった!ディールの街!これ、闇サイド側のイベントだ!」
 「!」
 「どういうこと?」

 アイカさんが眉を顰めて僕の顔を覗き込む。そんなことをすると豊満な胸の谷間が僕の視界に入ってしまうわけだけど、どうにか意思の力を振り絞って見ない振りをした。全身凶器のような人だ。

 「あそこにいるのは、光の王子エルロンドと暁の6英雄なんです。うっかりしてた。これは闇サイド側のイベント”商業都市ディール”襲撃だ!」
 「君達・・・」

 その時、興奮する僕に水を差すように声が掛けられた。しん、と喧騒が静まり返り、人垣の視線が僕に集中している。
 なんで?

 光の王子エルロンド―白い鎧を着た金髪碧眼の美丈夫―は素早く人垣を掻き分けて僕の側に来ると、何事かを耳打ちした。
 
 「・・・場所を変えよう。こんなところでそんなことを口にするものではない」
 
 エルロンドの有無を言わせぬ視線に僕は口をぱくぱくとするだけで、隣の浩太郎が僕に代わって頷いた。
 僕が不安げに浩太郎を見ると、ウインクを返してくる。普通男のウインクなど見れたものではないが、こいつは様になっていて逆にむかつく。
 だが、確かにそうだ。
 僕は浩太郎の意図を感じて頷いた。
 光の王子と繋ぎを持つ絶好の機会である。
 
 「領主の家に部屋をお借りしている。そこでいいかい?」
 「はい」
 「どういうこと?」

 そこにアイカさんが眉を顰めたまま割り込んでくる。いや、あとで説明するから、今は大人しくしてください。
 僕がそう言おうとすると、光の王子がアイカさんを振り返り、そして、数瞬言葉を失った。ん?どうしたんだ?
 首をかしげていると、王子の後ろから綺麗で清楚な女性が声を掛けてきた。

 「少し、お話を伺うだけです。ご同行を」

 笑顔の発現だが、言外にプレッシャーがかかっている。間違いない。6英雄の一人、”聖女”リューダ。光の王子との悲恋の末、別の英雄と結婚するという裏設定を持つ。どうでもいいが。

 こんなイベントはない。イベントはないが、僕達は光の王子に連れられて、この街の領主の家に、半ば連行されたのだった。
 

 

 「・・・ということで、この街は闇の一族の襲撃に曝されています。我々はあなた方にそれをお伝えするために来たのです」

 浩太郎の言葉に、6英雄達はなるほど、と頷きを返した。ひとり、エルロンドだけがぼーっとこちらを見ている。
 すごい嫌な予感がする。

 浩太郎の説明はこうだ。
 冒険者をしていた僕達は、たまたま旅先で商人を襲撃するゴブリンの一団と遭遇した。撃退して尋問すると、早晩、商業都市ディールを襲撃する計画があることを知る。僕達はそれを光の王子に伝える為竜の森を越えるつもりだったが、運命のいたずらか女神の加護か、ここで王子たちに出会えた。
 浩太郎は作家か詐欺師になれると思う。僕としては後者に一票。

 「して、襲撃はいつのことになるのか?」

 英雄の一人、壮年の”大魔導士(マスターメイジ)”ガルディンがそう尋ねる。これに僕達は曖昧に首を傾げるしかない。
 このイベントは実は、光の王子たちと闇サイドのプレイヤーの初顔合わせの意味を持つイベントだ。
 このイベントに限り、闇サイドプレイヤーは敗北してもゲームオーバーにならない。辛くも脱出して、復讐を誓うのである。

 しかしそれはゲームのシナリオの話である。こうして王子たちと会っていることがすでにシナリオ外のこと。
 うまくすれば、ここで闇サイドプレイヤーを倒すことが出来るかもしれない。
 ずしり、と僕の胸に何かが重くのしかかるのを僕は気が付かない振りをした。僕と同じ現実世界からの来訪者である彼ら。
 僕は一体彼らをどうしたいのか。

 「時に、エルロンド様。さきほどから私を見つめていらっしゃるけど、何かおかしなところでもございますか?」

 そう言ってアイカさんが首を傾げて王子に質問する。自分のぴちぴち魔女っ子衣装を気にするアイカさんからしたら当然の疑念かもしれないが、たぶんそういうんじゃない。だがその仕草はいかにも愛らしく、王子はたじたじになって「い、いや」と弁解するように首を振った。
 
 自らフラグ回収に来た!さすがアイカさんである。容赦が無い。
 どうしてこんなことになったのか。
 アイカさんはおそらく、光の王子にフラグを立ててしまっている。これがこの先にどういう影響を及ぼすのか。
 浩太郎は、だが何事かをアイカさんに耳打ちする。それを聞いてアイカさんは、にやりと口元を歪ませた。
 うわぁ。
 絶対ろくなこと考えて無い顔だ。

 「お話はこのくらいでよろしいかしら?」
 「まぁ、いいでしょう」

 隻眼の”剣聖”ローザリオンが渋い声でそう言った。浩太郎は一礼してその場を辞そうとする。するとアイカさんが浩太郎を呼びとめ、その耳に何事かを囁く。
 浩太郎はわざとらしくびっくりした表情でアイカさんを。
 つづいて光の王子を見た。
 役者としては3流だな。
 アイカさは思いつめたような表情で、浩太郎を、そして光の王子を見つめた。
 
 「殿下。少しだけ。少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか。その・・・もっとお話がしたくて」

 ぼん、と音を立てて王子の顔が真っ赤になる。ぴき、という音がして”聖女”リューダの笑顔が凍りついた。
 
 「も、もちろんです」
 「殿下!」
 「は、話をするだけだ。別にいいだろう」

 それを聞いてきっとこちらに視線を寄越すリューダ。それに気付かない振りをして、ありがとうございます、と花もほころぶ笑顔を向けるアイカさん。

 こっちは1流だ。女は皆女優です。怖いなぁ。

 「私は違いますよ、先輩」

 ミクがそう言って、心外そうに僕の服の袖を引いた。
 どうなるんだ、この先?



[22311] Episode.16 急襲
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2010/12/21 22:45

 「領主様のお嬢様はご病気とお伺いしました」
 「え、えぇ。一人娘とのこと。不憫に重います」

 白いクロスが敷かれたテーブルに向かい合い、会話を重ねる女と男。一方は優美な仕草で。一方は手に持つカップが震える程に緊張して。

 「お優しいのですね。殿下は」
 「い、いえ。・・・ただ、私も妹を幼くしてなくしておりますので、その、気持ちはわかると言うか・・・」
 「すみません!私、無神経なことをお聞きして・・・」
 「いや、いいのです。もう十年も前の話ですから」

 男はそう言うと、憂いを込めた瞳を伏せたままの女に優しく笑いかけた。

 「どうか顔を上げてください」
 「殿下。許されるなら・・・」
 「?なんでしょう」
 「ご尊名をお呼びしてもよろしいですか」
 「え、えぇ。もちろん。か、堅苦しいのは元から苦手なのです。仲間たちもエルロンドとそう呼びます」

 すると女はそっとテーブルに置かれたエルロンドの手に己の白い手を重ねる。びくんと男の肩が震えたのが分かった。

 「エルロンド様」
 「は、はい」
 「エルロンド様は本当にお優しいですね」

 女―アイカさんの笑顔に真っ赤な顔でたじろぐ光の王子。
 話がしたいと言うアイカさんの希望でテーブルが用意され、紅茶が振舞われたわけだが、僕達は完全に空気となっていた。

 「どうするんだよ、浩太郎?」
 「うん?」

 すっかり二人の世界を作り出す二人を見る暁の6英雄の反応も様々だった。にやにやして見る者もいれば、興味が無さそうな者もいて、”聖女”リューダなどは空恐ろしい笑顔を湛えてアイカさんをじっと睨んでいる。

 「どうするかは、まだ考えてない」
 「おい」
 「だが、勇者を味方にしとくに越した事はないだろう?魔王を倒してもらわなくちゃいけないんだ」
 
 確かに、あの中学生でも相手にしてるような色仕掛けで魔王が倒せるなら、安いものだが。
 
 「アイカさんにからかわれてる時のお前も大して変わらんけどな」
 
 うるさい。今は棚に上げさせろよ。

 「あの・・・」
 
 その時、僕達とともに空気と化していたミクが小さく声を発した。だが僕らに話し掛けたわけではない。

 「どうしました?可愛いお嬢さん」
 「え、えと。そのお顔が近いかなぁ、なんて」

 見れば暁の6英雄の一人、金髪でどうにもちゃらちゃらした印象がある貴公子、閃光のイザークがミクの椅子の背に手を回し、恋人同士のような急接近を敢行していた。
 確かにイザークは女たらしと言う設定があったなぁ、ってそんな場合じゃない。

 「い、イザーク殿。お戯れが過ぎるのでは?」
 
 僕はそう言ってミクの椅子を引いてイザークから離す。すると貴公子は「ほう」と口に出してからにこりと笑って見せた。白い歯が綺麗なモデルみたいな笑顔である。

 「失礼。二人は恋仲かな。無粋なことをしたね」
 「こ、こここここ・・・・・」
 「そうなんですよ。悪いですね」

 奇声をあげるミクを尻目に、イザークの指摘を浩太郎があっさり肯定する。僕が目線で非難すると、まぁ任せておけとでも言うように自身たっぷりに頷く浩太郎。
 いや、全然安心できないんだけど。

 「二人は将来を誓った仲なのです。式は、平和な世の中が訪れてからと、そう決めているようですが」

 ぷしゅうーと音がするほど真っ赤になったミクが俯いたまま固まってしまった。浩太郎。お前面白がって無いか? 

 「エルフ殿?平和な世の中とは?今の世が平和ではないと?」

 だが意外にも、聞き捨てならぬと言うように、隻眼の男が浩太郎の話に割り込んできた。そこで浩太郎は小さく「しめた」と口を動かした。
 浩太郎はそれこそ我が意を得たりとばかりにその男、”剣聖”ローザリオンに微笑みかける。

 「ローザリオン殿、でしたね。確かに表面上は平和に見えます。だが、我々エルフ族は気付いている。世界には、邪悪な意思が迫っています」
 「ほう・・・。メイプル殿、と仰ったか。それは具体的にはどんな危機かな?」
 「それを私の口から申し上げるのは、少々気が引けるのですが・・・」
 「いい。言って見てくれ」
 
 では根拠はここでは申し上げられませんが、と前置いて、浩太郎は短くきっぱりとその一言を発した。こいつのこういう度胸は、本当に尊敬に値すると思う。

 「魔王の降臨です」
 
 ざわざわざわっと一同がざわめく。あ、違った。雰囲気作ってる二人以外がざわめく。おい。それでいいのか光の王子。

 「それは・・・」
 「大変です!」

 ローザリオンが何事かを返そうとしたとき、しかし唐突に扉が開かれる。そこにいたのは、血相を抱えて慌てふためくドレイクの姿だった。

 「え?コアに、メイプル?なんでここに・・・?」
 「いや、色々あって・・・」

 きょとんとするドレイクに僕がそう返すと、ドレイクは一度被りを振ってそうだそれどころじゃない、と叫んだ。

 「闇の一族の軍勢がこの街に向かっています!ゴブリンやオーク、一部ダークエルフの姿も目撃されています。その数、およそ千!」
 「千・・・・!?」

 それを聞いて、さすがのエルロンドも椅子から立ち上がった。反射的に腰の剣の柄に手を添える。

 「奴らは、どのくらいで、この街に着く?」
 「恐らく・・・数時間後には」
 「そうか・・・」

 エルロンドは残る6人の英雄達に目配せする。彼らは大きく頷き、席から腰を上げた。

 「少なくとも襲撃の話は本当だったということかな、エルフ殿?」
 「さぁ?私は偽りを申したことは一度もないつもりですが」

 いけしゃあしゃあという浩太郎は本当に心臓に剛毛が生えているに違いない。

 「まぁ、いい。伝令の者よ。領主殿はこの事を知っているな?」
 「はい。すぐに皆様にお伝えするようにと」
 「うむ。エルロンド。すぐに領主と作戦の会議を行わねばならん」
 「そうだな。あなた方からの情報が活かせず申し訳ない」
 「いえ。私たちもこんなに敵が早いとは思いませんでしたから」
 
 浩太郎がそう言うと、光の王子は苦笑してから顔を引き締めた。
 その隙に浩太郎がアイカさんに目配せするのがちらりと見えた。

 「行くぞ」
 「お待ちください」

 王子を呼び止めるアイカさんに眉を潜めるリューダ。さすがのエルロンドも困ったように苦笑して、すみませんが急ぐのです、と口に出した。

 「そうではないのです。私たちも、一緒に会議に参加させてもらえませんか?これでも腕には覚えがあります」
 「なんですって!」

 アイカさんの言葉にエルロンドが素っ頓狂な声を出す。するとずいっと前に出たメイプルが、正義感に溢れる青年だとでも言うように、情熱を込めた目でエルロンドや6英雄に話し掛けた。
 僕から見たら、滅茶苦茶胡散臭いけど。

 「闇の一族の襲撃。冒険者としてとても見過ごせるものではありません。それにこれは、先ほど申し上げた災厄の前触れかもしれません!私たちも迎撃に参加させていただきたい」
 「しかし・・・」
 「エルロンド。事ここに来れば戦力は一人でも多いほうが有難い。事情を知っている味方となれば尚更だ。メイプル殿。信用してもよろしいのだな?」
 
 己をじろりと睨むローザリオンに、魔弓士メイプルは芝居がかった口調で答えるのだった。

 「もちろんです。三女神の御名に誓って」

 こうして僕たちはこの世界に来て初めて、シナリオの外の行動を取ることになった。本来これは闇サイドのプレイヤーのイベントで、僕たちが関わるシナリオではない。
 そしてLOSは、本来光と闇のプレイヤーが同時に存在するようには出来ていない。
 これがどんな影響を及ぼすのか。
 僕たちにはまだ少しもわかってはいなかった。


続く


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