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こうのとり追って:第1部・不妊治療の光と影/2 施設選び、判断難しく

 ◇公的基準なく、技術に差も 転院で即成功「驚いた」

 不正出血が続き、おなかが張る感覚が消えない。首都圏の主婦(47)は昨夏、転院先の医師の言葉にショックを受けた。「排卵誘発剤の影響ですね」

 44歳で結婚し、ほどなく地元の不妊治療クリニックに通い始めた。妊娠するには高齢のため、医師は「時間との勝負。体外受精の成功率は数%」と告げ、主婦は「そんなに低いのか」と驚いた。しばらく人工授精を試みたが、昨年6月に体外受精に踏み切った。その際、卵子を採取するため排卵誘発剤の投与を受けた。

 だが、妊娠はせず、体調も回復しない。医師に体調不良を訴えても「様子を見ましょう」と言うばかり。「私には時間がないのに治療できない」。焦りを感じながら本やインターネットで情報を集め、排卵誘発剤に副作用があると知った。転院先で、卵子を包む卵胞が大きくなったまま卵巣に残り、次の排卵を妨げていることが分かった。

 地元のクリニックでは、治療内容や副作用が書かれた書類を渡されたが、詳しい説明はなかった。卵胞が残っていることは診察時のエコー検査で分かったはず。「なぜ説明してくれなかったのか。治療で体を痛めるとは思いもしなかった」。今も不信感が消えない。

    ◇

 1978年に世界初の体外受精児が誕生して以降、不妊治療は急速に広がった。日本でも日本産科婦人科学会に登録している治療施設は1985年の30カ所から15年間で500カ所を超えた。現在は大学病院や専門クリニックなど約600カ所で、欧州全体の数に匹敵するとも言われる。

 「日本の治療施設は飽和状態」。首都圏の大学病院で不妊治療に携わる医師は指摘する。「治療器具や薬剤のセットが購入できるため、不妊治療の経験がない医師でもクリニックを開業できる」という。東京都内の大手クリニック関係者は「治療の成功率は、採取した卵子の質に左右される面が大きい。だが、体外受精の実施例が年間100件に満たない施設と多い施設とでは、技術に差がある」と指摘する。

 日本には治療施設の公的な規制や基準がない。治療成績を公表している施設も患者数や年齢層が異なり、比較は難しい。地域による偏在も大きく、日産婦の登録施設は東京都が70カ所と最も多く、最も少ない佐賀県は1カ所だ(10年7月現在)。都内の大手クリニックにはスーツケースを手に、遠方から通う患者もいる。

    ◇

 福島県白河市の主婦(39)は来年2月に出産を控えている。昨春、都内のクリニックに転院し、1回目の体外受精で妊娠した。喜びよりも「私でも妊娠するんだ」という驚きが大きかった。それまで別の施設で10年間、不妊治療を続けてきたからだ。

 自宅近くには専門の治療施設がなく、片道1時間かかるクリニックに通っていた。人工授精を13回、体外受精を5回繰り返したが妊娠できず、医師は「原因不明」と言った。「子宮に問題があるのか。卵子の質が悪いのか」。治療が失敗に終わるたび、思い悩んだ。

 5回目の体外受精では排卵のタイミングを逃し、採卵すらできなかった。排卵誘発剤の注射の痛みを我慢し、全身麻酔で採卵に臨んだのに、時間もお金も体の痛みも無駄になったことに悲しみがこみあげた。

 思い切って転院したクリニックでは、排卵誘発剤を長年使うと採卵しにくくなると聞き、衝撃を受けた。「もっと早く転院すればよかった」。でも、今は日ごとに大きくなるおなかと胎動に喜びを感じている。=つづく

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 ◇排卵誘発剤

 卵巣を刺激して排卵を促す薬。比較的刺激が少なく脳に働きかける経口薬と、卵巣に直接作用する注射薬の2種類がある。排卵の機能が不十分な場合や、体外受精で多くの卵子を採取するために使う。刺激が強いと多数の排卵が起き、多胎妊娠となる可能性がある。腹痛や吐き気などの副作用を伴うことがあり、卵巣が腫れる卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の原因となる。重症化すると、脳梗塞(こうそく)や心筋梗塞を引き起こすこともある。

毎日新聞 2010年12月21日 東京朝刊

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