限りなく広大な次元の海を、目的の世界を目指して進む次元航行艦ウルスラ。
その艦長席に威風堂々と座り、前方の大型モニターに移る目的地の詳細データを眺めながら、ミリー部隊長は不敵な笑みを浮べていた。
この人に出会ってからまだ一日しか経っていないが、これ以上無いというくらいに楽しそうな顔をしているのが分かる。
何がそこまで楽しいのだろうか。両端を吊り上げて白い歯を覗かせる口からは、獲物を見つけた獣がその味に思いを馳せて今にも襲いかかろうと牙を剥き出しているような、そんな雰囲気すら感じる。
いや、きっとその通りなのだろう。ミリー部隊長はモニターに映るデータと睨めっこをすることで、頭の中でこれから行われる任務の戦況をシミュレートしているのだろう。
だとするならば、モニターに釘付けの目はさながら狼の瞳か。明らかに狩る者の目だ。
「ソフィー」
マルコちゃんに呼ばれた私は、ミリー部隊長から視線を外した。
「なあに?」
「その……だな。一言謝りたくて…………」
隣にはジージョちゃんも並んでいて、二人して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
なんでそんな顔をしているの? と、訊いたら意地悪になるだろうか。
ただ、二人の言いたいことが分からないわけではないのだが、それでも今の私は謝ってもらうことなど無いと思っている。
「その……あれだ。ソフィーの気持ちを考えず、調子に乗り過ぎてしまった。ごめん」
「…………マルコちゃん」
「…………ごめん」
「ジージョちゃんまで…………二人とも謝ることはないよ」
私は笑っていた。きっと、なのはさんに元気付けられるよりも少し前の私なら、謝られても文句さえ言えず、二人を信じられずに目の前から逃げ出していただろう。
だが、今はミリー部隊長が私の気持ちを汲み取ってくれて、目の前の二人やブラント君とウィンディーヌちゃんも、私を支えようとしてくれている。
謝らなくちゃいけないのは、感謝しなくちゃいけないのは私の方だ。
「私のワガママに付き合ってもらってるんだから、こちらこそごめん」
「いや、ボク達も一応管理局員だし…………それに、ソフィーの気持ちに気付いてやれなかった」
マルコちゃんがポツリと零した。
「ボクは生まれてすぐに捨てられたみたいで、両親もいなかったから。失くす必要が無いのに失くしてしまうってことの悲しさがいまいち解らなくて…………。正直言うと今でも、管理局員という自分の立場に、ソフィーみたいな志(こころざし)を持つことが出来ないでいる」
失くして悲しいものが、彼女には最初から無かったのだ。だから任務に対してあんなにも軽薄だったのだろうか。
長いこと、守るものも救われたことも無いままでいた彼女に、私の気持ちを知る術は無かった。そう、私から動くまでは。
なのはさんの話は、本当に大切なことを教えてくれていたんだ。マルコちゃんに本気でぶつかり合っていなかったから、きっと一生彼女のことを軽蔑していただろう。
それなのに彼女は、私のために今ここにいてくれている。
本当に、感謝しなくてはいけないと思った。
「皆、ありがとう…………」
私は深く頭を下げていた。今出来ること、したいことはこれだったから。
しばらくそうしてから、私は頭を上げて皆の顔を見た。
皆は驚いた顔をしているけれど、すぐにそれも変わった。気合の入った、引き締まった顔に切り替わっている。
たぶんそれは、頭を上げた時の私の顔がそんな表情だったからじゃないかと思う。
だって今私は、俄然やる気に満ちているのだから。
「第二十五無人世界ヒデオウト到着まであと五分です」
オペレーターを務めてくれている三課の人が、ミリー部隊長に告げた。
「あの、ミリー部隊長…………」
「キャプテン・ミリーと呼べ!」
「キャ……キャプテン・ミリー、到着後の指示を願います」
ミリー部隊長は「おう!」と一言返事をした後で、私達の方を向いた。
やっぱり楽しそうに笑っている。
「ソフィー」
「は、はい!」
「楽しいか?」
楽しい? それは無いと思う。
緊張はしている。だが、これからの任務は訓練ではない。ましてや遊びでもない。実戦だ。場合によっては敵を魔法攻撃によって倒さなければならない。もちろん魔法攻撃をする際には、物理的ダメージは与えずに相手の魔力値にのみダメージを与えるという、非殺傷設定を施しての攻撃をするつもりだが、それでも危険性が無いわけではない。ましてや犯罪者グループからの攻撃は、非殺傷設定なんて優しい配慮はなされていないだろう。
場合によっては本当に命のやり取りとなってしまう。
私はそれを楽しいと呼べない。呼べる人がいるなどと信じたくも無い。
「楽しいか楽しくないか…………そういった判断は、私には下せません」
「……そうか」
「到着まで二分です!」
ミリー部隊長が楽しそうに微笑んでいた顔を思い出した。
この人が楽しんでいることとは、一体何なのだろう。
それを考えた時、初めてこの人を恐いと感じた。
「…………聞け! 本艦はヒデオウトに到着次第、巡航艦の送ってきた座標、密輸組織のアジトがあるポイントの上空に出現する! 敵は組織の上層メンバーを逃がす為に、違法魔導師で構成された護衛部隊を我々に仕向けると思われる! 機動三課の武装魔導師はポイント上空にウルスラ出現後、迅速に密輸組織のアジトに向かい、逃走しようとする者を残さず逮捕だ! 交戦はする必要無し!」
そこまで話を聞いて、隅っこでしょぼくれていたノイズ曹長が口を挟んだ。
「ま、待ってください! 敵の護衛部隊はどうするのです!?」
「我々ホカン部がいただく!」
この瞬間、ミリー部隊長はさらに笑みを増したのだ。
「…………信用しないわけではありませんが、私はアジトには向かいません。あなた達の監視をさせていただきます」
「ふんっ、監視ときたか……いいだろう。邪魔はするなよ」
ノイズ曹長も心配なのだろう。指揮権をミリー部隊長に奪われたからと言っても、三課はホカン部の手駒ではないということを示しておかなければならない。
いや、理由は本当にそれだけだろうか。もしかしたら、ノイズ曹長も私と同じ気持ちを抱いているのではないだろうか。
ミリー部隊長は戦いたくて仕方が無い。彼女にとっての戦いとは、緊張感に興奮し、狙われる恐怖に笑み、討ち取る悦楽に酔うものなのではないだろうか。
間違っている。そんなのは狂気の沙汰だ。
もしミリー部隊長が本当にそんな人だとしたら、ノイズ曹長はそんな彼女に目を届かせていたいのかもしれない。
「キャプテン・ミリー、私はどうしますか?」
なのはさんが言うと、ミリー部隊長は自分の隣を指差した。
「えっ?」
「留守番だ。少しホカン部の実力とやらを見てもらおう」
「到着まで一分です!」
時間が迫り、私は少し震えている。
今は余計なことを考えるのは止めた。
「ホカン部、聞け!」
「はい!」
四人の声が揃った。
「直接戦闘はお前達に任せる。しくじるなよ」
始まったばかりの私。想いへの第一歩だ。
私が生まれ育った世界は、理由も無く消えていい世界なんかじゃなかった。
「出撃順はソフィー、ジージョ、ブラントとウィンディーヌ、マルコの順だ」
夢があった。友達もいた。幸せに溢れていた。悪意もあったけれど、それを上回るくらいに思いやりがあった。
「ソフィーが斥候! 正確な情報を送れ! お前が突破口を作れば後は他の奴らが合わせる!」
消えていい理由は無かった。消えなければいけない理由は無かった。
失くす必要の無い、かけがえの無いものだった。
失くすことが許せないんじゃない。
“不必要に”失くすことが許せないんだ。
「いいか! 古代文明のオーバーテクノロジーとは言え、ただ容量が馬鹿でかいだけのメモリが何故ロストロギア指定なのかを考えろ!」
失くして泣く人がいる。明日を奪われて立てない人がいる。
そんな人達の悲しみを消せるなら、涙を拭えるなら、絶望を変えられるのなら、ほんの少しでも救えるのなら、私がホカン部にいる理由はある。
「プリズンが危険視されているのは中身が問題だからだ! 黒い立方体という外壁のせいで中身の危険度が計れない! 事によってはその中身によって次元世界が失われるかもしれん!」
「絶対に失くさせませんっ!」
そうだ。それこそが私がここにいる理由だ。
「いいぞぉ! 出撃準備! 全員バリアジャケットセットアップ!」
私達はそれぞれのデバイスを取り出し、変身していく。
マスタースペードの光は私を包み、バリアジャケットの構築と同時に勇気をくれる。つま先から頭まで、体中を何かが走るのがはっきりと伝わった。血管が、神経が、細胞の一つ一つが温かい。届いてくる、相棒の気持ちが。この子もはりきっている。
そうだね、がんばろう。
隣では皆も変身を終えていた。
ジージョちゃんのメイド服風バリアジャケット。ブラント君は真っ青なハーフパンツとフローティングベストに黄色いラインを走らせた、随分と軽装なバリアジャケットだ。そしてマルコちゃんは昨日と同じ、バリアジャケットもデバイスもなのはさんの親友であるフェイト執務官と全く同じ形状のものを装備している。
「よし、では高町一尉はここで私と一緒によく見ていてほしい」
「はい」
そしてウルスラは、ヒデオウトの地表出現準備に入った。
第二十五無人世界、ヒデオウト。
密輸組織のアジトを発見したチームから送られてきた座標の周辺地域は、大きな森を抱えた大自然の中だった。
大地一面に広がる緑の絨毯を突き破るようにして、裸の岩山が空を穿つ。
その岩肌に見える小さな洞窟。送られてきた座標はその洞窟を示していた。
次元という海を越えて、ウルスラが青く晴れ渡った大空にその姿を現した。雲よりも低く現れたそれは、大きな影を緑の絨毯に落とす。
この世界に棲息する鳥が森の中から騒がしく飛び立ち、それを合図に座標の示す洞窟から人影がちらちらと見え隠れしていた。
その様子を映したモニターを見て、ミリー部隊長がノイズ曹長に合図を送る。
「機動三課、地表へ転送!」
合図を受けたノイズ曹長の指示を受け、ウルスラ内の転送ポートに待機していた三課の面々がその姿を消していく。
直後、モニターには岩山目掛けて落下していく三課メンバーが映された。
同じタイミングで、岩山の洞窟や森のあちこちからデバイスを手にした魔導師が浮かび上がってきた。数は思っていた以上に多い。それでも全員ではないだろう。足止めとして立ちはだかる彼等とは別に、逃走する者達の護衛を務める魔導師が地表にいるはずだ。
ミリー部隊長がもう一つ合図を送った。
私達ホカン部メンバーがすぐさま転送ポートの上に立つ。ノイズ曹長も一緒になってポートに立ち、ブラント君を羽交い絞めにした。
「何してるの?」
「僕、空飛べないんだぁ」
ブラント君が照れながら言う。
「ノイズ! ブラントに変な真似したら溺死させるから!」
「しねえよ! あと“曹長”を付けろよ!」
ウィンディーヌちゃんの一言にノイズ曹長が反論している。なんだか緊張感が切れそうだ。
「ソフィー」
そこへミリー部隊長が言った。
「はい!」
「私から命令を出そう。今回、三課が受けた任務を我々は強引に奪ってしまった。ここまでしたからには失敗は許されないぞ…………いいか、私の顔に泥を塗るんじゃないっ!」
「はい!」
力一杯の返答を返す。
「いい返事だ! …………我々、Worthless(役立たず)の底力を見せ付けてこい!」
「了解っ!」
全員の声が重なった後、足元が白く光りだし、それが強さを増して、私達の体を船外へと送り出した。
眩しさに一瞬だけ目を閉じ、それからすぐに開くと、もうそこはウルスラ艦内では無かった。
緑の海と蒼い海が地平線一本を挟んで世界を二分している。こんな壮大な景色の中に極めて不釣合いな異物ウルスラは、私達の頭上で浮遊していた。
空中に浮く違法魔導師の集団は、その視線を一斉に私達の方に向けてきた。無数の針が全身に突き刺さるようで、思わず息を呑んだ。
斥候。私の役割は決まっている。
右手に握った金色の杖の、スペード型の先端を頭上に掲げた。
「マスタースペード、広域サーチ! タイプ一号三型!」
「All right, search operation」
足元に描かれた魔法陣の上で、索敵魔法を展開する。マスタースペードを中心に波紋が広がり、半径数キロ四方の空間を満たす。
そして反射が私を叩く。下方の森から、頭上のウルスラから、飛び交う鳥から、流れる風から、後方の仲間から。
そして、前方の敵陣から五十を超える反射が。
その全てを読み取る。
敵の数は六十二。各々の魔力値にはバラつきがあり、敵陣形の右翼に比較的高魔力反応が集合。
足りない、もっと詳細に。
敵全体の視点位置が散漫している。ウルスラに二十、私たちに三十二、地上に五、アジト入り口に五。心理状態はいずれも興奮状態。六十二人のうち、約七十パーセントに心拍数の乱れ有り。
まだ足りない、もっと詳細に。
聞こえるのは彼等の声。小さく、だが確かに。「やべえよ、管理局だ」、「バレてたんなら教えろよ!」、「俺達捨て駒じゃね?」、「ぶっ殺してやる!」、「やられる前にやってやるよ」、「ずらかろうぜ」、「捕まりたくねえよ!」、「てめえ一人で行けよ!」。
解る、彼らの状況が。
この陣形は無作為なもの、打ち合わせられたものではない。故にコンビネーションは考えられない。彼等は統率がとれていない。右翼に比較的高魔力を保持する者が固まっているのは単なる偶然。
まるで鳥の為の撒き餌だ。ならば、喰らうしかない。
右翼の敵に攻撃をされては厄介かもしれない。ならば先に散らすか。手を出させる前に叩くべきだ。
あまり時間は無い。
ついに敵側が動きを見せた。それぞれのデバイスに魔力を込め始めている。攻撃の前兆が見える。
「右翼に道を作ります! ジージョちゃん、準備を!」
ジージョちゃんが掃除機型デバイスを構える。
それと同時に、私はマスタースペードの先端を敵陣形の右翼に向けて、砲撃魔法発動の準備に入る。それほど大きな力は要らない。敵が一瞬怯んでくれればいい。
素早く、そして確実に先手を取る。
「マスタースペード、バスターモード!」
「Buster mode!」
マスタースペードの先端に薄紫の魔力球、発射台(スフィア)が浮かび上がり、そこへ魔力が急速に集まっていく。
「“単砲・天龍”、発射用意! 構えぇ――……撃てぇ!」
声に合わせてスフィアから光線が放たれる。一直線に走るその閃光は、餌目掛けて飛ぶ鳥か、獲物を目指す獣か。
いや、贄(にえ)を喰らう龍だ。
龍は敵陣右翼を貫いた。先手は奪った。緊張と恐怖と焦りで困惑気味な違法魔導師達は、私の初弾を目の当たりにして更に混乱している。
やらなければやられる。そんな直感が、大した覚悟も抱かずに空に出た彼等の思考を更に追い詰めた。狙いもつけず、スフィアも充分に練れず、お世辞にも攻撃とは言えぬ攻撃を放ち始めた。
上手くいった。この戦況の支配権はこちらにある。
私の砲撃が築いた道を、ジージョちゃんが辿り始めた。大丈夫、敵の弾は当たらない。
赤紫のバリアジャケットを靡かせて、彼女はその視線を一点にしながら突き進む。
途中、掃除機型のデバイスを前方に差し出した。
「…………クリンリネス、“バキューム”」
「Yes, with pleasure」(かしこまりました)
正面に立ち上がった赤紫の魔法陣の中央に、ジージョちゃんはデバイスの先端を突き出した。スフィアが発生していない。攻撃ではないようだ。
と、その時、敵陣から放たれたヤケクソの魔法弾が軌道を変えた。狙いも知らずに方々に飛んでいた魔法弾は、全てが引き寄せられるかのように湾曲の軌道を描き、ジージョちゃんの方に進路変更をした。まさか敵の魔法弾は追跡タイプだったのだろうか。
いや、そうではない。全ての魔法弾はジージョちゃんのデバイス先端に向かっていた。
そう、敵の魔法弾は全て吸い寄せられていた。そして、掃除機型のデバイスは引き寄せた魔法弾を一つ残らず飲み込んでいく。
なおも止まらないジージョちゃんの進行。
「ブラント!」
「オッケーだよぉー!」
ジージョちゃんの飛び去る姿に目を釘付けていた私は、突如背後から聞こえた声に驚いて肩を跳ねさせた。
声の方を見ると、ウィンディーヌちゃんが水色の光を纏いながらブラント君の胸に溶け込んでいく瞬間に遭遇した。
「融合(ユニゾン)!?」
ウィンディーヌちゃんの姿が完全にブラント君の中に消えた時、ブラント君はその容姿に少しだけ水色を漂わせた。
初めて見た、ユニゾンデバイスとの融合を。
「ノイズ、放して!」
「“曹長”を付けろ!」
ノイズ曹長はそう言いながら、羽交い絞めにしていたブラント君を手放した。
落ちてしまう! そう思って目を丸くしたのは私だけだった。
落下しながらブラント君が右腕のブレスレットに言い放った。
「ジェームスクック! 乗っていくよぉ!」
「O.K! Take off!」
突如、ブラント君の足元には魔法陣と共に、細長な楕円形に近い板状デバイスが出現した。
初めて見るタイプだ。武器型でないのは明白だが、かといって杖のように手に持てるような大きさでもない。全長はブラント君の身長の一・五倍はある。
「ウィンディーヌ! “ウォータースライダー”!」
ブラント君が内にいるウィンディーヌちゃんに呼びかけると、魔法陣が突然水飛沫を上げた。更にそこから大量の水が噴き出し、重力に逆らって空を走る。勢いは留まることなく、その距離をぐんぐん伸ばし、ジージョちゃんを追うように伸びていく。
空に川が流れている。
幻想的なその光景に見惚れていると、次はもっと信じられない光景に遭遇した。
ブラント君が板状デバイスに両足で乗り、その川の上を滑っていく。これは波乗りと言うのだろうか。空を走る水の道を滑り行く彼は、とても気持ち良さそうだった。
水の道に乗るブラント君は、ジージョちゃんに近づきながら右手にもう一つのデバイスを構えた。
細くて長い。先端には矢印型の刃。あれは銛か。
「アームドデバイス、ポリビウスだよ」
ノイズ曹長が教えてくれた。
ブラント君は波乗りをしながらジージョちゃんに更に近づいていく。それを確認したジージョちゃんが、クリンリネスを指で数回叩く。
「The cartridge filled」
合図を受けたクリンリネスが、T字型の先端とホースで繋がれた反対側、丸いボディー部分から蒸気と共に小さな何かを幾つも射出した。
「何ですか? あれ?」
ノイズ曹長に聞くと、きょとんとした顔でこう言った。
「知らないわけないだろ? カートリッジを」
もちろん知っている。小指ほどの大きさのそれは、魔力を篭めた弾薬だ。カートリッジシステムは、その弾薬をデバイスがロードして内部に篭められた魔力を起爆剤として使用することで、魔力総量の底上げや瞬間的な攻撃力強化等を行うものだ。
「ジージョのクリンリネスは、吸引した魔力を空っぽの薬莢に充填出来るんだよ」
高速でジージョちゃんに近づくブラント君は、左手をいっぱいに広げて更に速度を上げた。
ジージョちゃんの側を横切る瞬間に、空中に吐き出された魔力を篭めたばかりの弾薬(カートリッジ)を掻っ攫い、それをポリビウスに装填していく。
「いっくよぉー!」
ポリビウスがその柄を上下に伸縮し、空っぽになった薬莢を排出しながらカートリッジの中身を自身の内で開放する。それと同時に、跳ね上がるブラント君の魔力。
ポリビウスの先端にはいつの間にか発射台(スフィア)が形成され、それをブラント君は敵陣に向けた。ジェームスクックはブラント君を乗せたまま周回軌道を描く。
敵陣を囲うようにして飛び回り、その輪から逃げようとする敵をポリビウスが撃つ。束ねられた藁のように、逃げられない敵が徐々に輪の中央に密集し始めた。
そんなに密集しては危険だ。大型の砲撃が来れば、一網打尽にされてしまうだろう。
「…………そっか!」
私がすぐにマルコちゃんの方を向くと、彼女は今にも飛び出しそうな気迫を纏いながら言った。
「ソフィー、砲撃に最適なポイントを教えて欲しい。それと敵の行動予測を踏まえて、最適ポイントまでの移動コース、それとポイント到達までの許容時間を」
「りょ、了解!」
マルコちゃんが飛び立った。
私は波紋の反射を再度読み取った。敵全員の視点位置、心理状態、行動可能範囲内での行動予測を割り出し、敵を一網打尽にする砲撃の発射タイミングを算出。砲撃のベストポジションを探し、発射タイミングを逃さずに砲撃ポイントへ到着する為の最長許容時間を打ち出した。
私は念話を送った。
――マルコちゃん! ブラント君の周回軌道に重なって今の位置からちょうど正反対まで飛んで! 許容時間は十四秒!――
――ははぁー! こんな塊をぐるりと回り込むのに十四秒しかないときたか!――
確かに時間が足りない。現在のマルコちゃんの速度では間に合わない。
「レプリカストロ、“メタモルフォーシス”! モデル、“ストラーダ”!」
「O.K, baby! Model “Strada”!」
突如、マルコちゃんの姿が光に包まれた。そしてその中から再び姿を現した彼女は、フェイト執務官の装備とは全く違う、槍状デバイスと真っ白なロングコートのバリアジャケットを身に着けていた。
変身? あれがマルコちゃんの本当の装備だと言うのだろうか。
彼女が空を飛び、一旦ジージョちゃんの横を通り過ぎる。その直前、ジージョちゃんのデバイスからは再びカートリッジが射出され、マルコちゃんはそれをブラント君と同じように拾った。
カートリッジを装填した槍状のデバイスは、すぐさまカートリッジをロード。デバイスの各部から勢いよく蒸気が噴き出し、猛りを見せている。そしてマルコちゃんの魔力もまた、ブラント君の時のように飛躍的向上を見せた。
「突撃いいいぃぃっ!」
「Yahoooooooooooooooo!」
マルコちゃんとデバイスが大声を発しながら、爆発的加速を見せた。
速い。これなら充分間に合う。
若草色の魔力光を噴射し、水の道を貫き、その推進力は風さえ寄せ付けない。
――ソフィー! カウント!――
私は念話を通じてカウントダウンを始めた。
――9…………8…………7…………――
止まらない。到着地点まであともう一息。
槍状デバイスがカートリッジを再ロード。ロケットの噴射のような魔力は更に大きくなった。
――6…………5…………4…………――
間に合った。ロケットの砲撃ポイントに到着寸前、待ち合わせたブラント君の手がマルコちゃんと繋がり、急ブレーキを掛ける。
――3…………2…………――
「レプリィ! モデル“レイジングハート”!」
再び光に包まれたマルコちゃんの体。そして次なる姿は、私も良く知っている人だった。
「なのはさんっ!?」
マルコちゃんの握るレイジングハートはバスターモードの形状をしていた。そして、スフィアの形成も早い。
――1…………――
「ディバイィィィン――――」
タイミングはバッチリ。敵も一塊のまま。ブラント君とジージョちゃんが撤退。
今しかない。
「――――バスタアァァァァッ!」
若草色の柱が伸びる。その光に敵陣が飲み込まれる。なおも伸びる光線は、地平線を掴もうとどこまでも走った。
やがて光は細り、それと同時に落ちていく敵魔導師達。地上では三課の人達がクッションネットを魔力によって作り、広げていた。
戦果、密輸組織の構成員及び護衛に付いていた違法魔導師、全員逮捕。
時空管理局遺失物管理部機動三課及び遺失物保護観察部、任務完遂。
時空管理局本局に帰ってきた私達を出迎えたのは、ウルスラの貸し出しを許可してくれた局員の人だった。
「さすが機動三課、といったところか?」
ノイズ曹長が誇らしげに笑顔を返すと、彼の脇腹をミリー部隊長が小突いた。
「…………あ、あとキャプテン・ミリー率いるホカン部の活躍もお忘れなく」
ノイズ曹長が笑顔を引き攣らせながら付け足した。
何を言っているのだと怪訝な表情を浮かべている次元航行部隊のその人は、一度大きく咳払いをしてから、ウルスラ内からゾロゾロと連行されていく密輸組織の面々を見て言った。
「ま、こういうのは今回だけだ。“陸”は地上の治安維持にこれからも励みなさい」
内心ではやはり陸と海の確執に拘っている人だったと知った。それならば、なぜウルスラの貸し出しを許可したのか、本当に理由が解らない。
ちなみに密輸組織の所持していた密輸品の対処には本局が当たることになったが、プリズンだけは機動三課が引き受けた。ノイズ曹長は「当然だ」と言って胸を張っていた。
私はノイズ曹長に近づいた。
「あの」
「ん?」
ノイズ曹長が角刈り頭をこちらに向けた。が、途端にバツの悪そうな表情を浮かべて視線を逸らした。
「な、なんだ?」
なかなか顔を合わせてくれない。
「一言、お礼が言いたくて」
「いいよそんなの。ホカン部のいつもの同行任務だろ?」
「でも…………今日はありがとうございました」
こちらを見てくれてはいないが、私は頭を下げた。
ウルスラへの同乗を承諾、無理矢理だったとは言え最後までホカン部のワガママに付き合ってくれたこと。それら全てに、私は感謝した。
「…………お、俺も、一言言いたい」
「へ? ……はい」
「…………司書室では悪かった。それと、君の索敵魔法はたいしたもんだ」
意外な言葉だった。驚きのあまり言葉が出てこない。
「確かに仕事は不真面目だが、ホカン部の力を認めていないわけではない。クセのある力を持った奴ばかりの部署だが、それ等はまるで部隊員全員で一つのシステムのようだと、以前から評価はしていた。君が加わって更に完成度を増したとも思っている」
これは、褒められているのだろうか。
要らん部と言われた私達が。役立たん部と蔑まされてきた私達が。
「だから…………役立たん部は言い過ぎた。すまなかったな」
私は思わず駆け出して、再度お礼を言いながらノイズ曹長の背後に飛びついた。
嬉しさのあまりついついとってしまった行動だったが、ノイズ曹長を随分と驚かせてしまったみたいで、彼は「うひゃあぁぁんっ!」という変な大声を出していた。
でも、本当に嬉しかった。
「ソフィー」
声の方に向き直ると、なのはさんが私に近づいて、頭を撫でてくれた。子供っぽくて少し恥ずかしい。
「ソフィー、すごかったよ」
「いえ、私だけじゃないです」
そうだ。今日はホカン部の皆で成し遂げた任務だ。
今ならはっきりと言える。私はこの部署でもっと頑張れる。
なのはさんがそうだったように、私はこの部署での自分にやりがいを感じ、私の居場所に誇りを持っている。そして、周りの仲間の力に支えられている力強さを感じている。
だから私は今、こんなにも胸を張っていられる。
少しだけ憧れの人に、そう、貴女に近づけた気がします。
To be continued.