【今最も注目すべき思想家・佐々木中に聞く】ニーチェを搾取し、ビジネス書を売りさばく今の出版界は死すべきか?
2010年12月20日11時00分
提供:日刊サイゾー
提供:日刊サイゾー
今、都内の大型書店に行くと必ず平積みで置かれ、文芸、人文思想界隈で話題となっている本がある。佐々木中氏の『切りとれ、あの祈る手を <本>と<革命>をめぐる五つの夜話』(河出書房新社)だ。哲学、現代思想、理論宗教学を専門とする佐々木氏が、文学(本を読み、読みかえ、書き、書きかえること)が、これまでいかに革命を成し遂げてきたか、ルターやムハンマドなどを例に、思想・哲学の専門家にではなく、本を愛するすべての人に語り下ろした良書だ。
今回、著者の佐々木氏に、「若者の活字離れ」「出版不況」が叫ばれる中で、出版点数だけは右肩上がりに増える日本での「本の消費のされ方」をテーマに話を聞いた。
――まず、思想界に衝撃を与えた処女作『夜戦と永遠』(以文社)以来、2年ぶりとなる本書を出版した経緯を教えていただけますか?
佐々木氏(以下、佐) 前作を出版してから、こんな不況のご時世にもかかわらず、ありがたいことに新書や入門書を書かないかというオファーをたくさんいただいたんです。ただ、そういうものを書くと、その後、すべてのものについて、気の利いた一言を差し込むようなワイドショーのコメンテーターのような知識人になってしまうという危惧があり、頑なに断ってきました。そんな中、今年の2月にライムスターの宇多丸さんと対談をする機会があり、その後、朝まで飲んだんです。ライムスターというグループは、ラップで飯が食えるなんて考えられない時代から、ハードコアなまま、いかに売れるかで戦ってきたグループです。そして、KREVAくんやRip Slymeなど、後進をフックアップしてきた。そんな先輩に「『夜戦と永遠』のような学問的にしっかりした本を書いたんだから、もう後から来る人を勇気づけるために間口を拡げることもしないといけないよ。佐々木君は、ハードコアな自分が好きで、売れない自分が好きと言うけど、それは結局、自分のことしか考えてないってことだよ」と諭されて、非常に悩んだんですね。そこで、尊敬する河出書房新社の名編集者・阿部氏に相談すると、「佐々木さんが私的な場で言っていることは、今の若い人たちに、今必要なんだ」と言われ、この本を書くことになりました。
――日本の書籍の出版点数は、右肩上がりで伸びていて、2010年は8万点を超える勢いです。本書の中で、「本を読んでいてわからないと、自分の力が劣っていると言われるような気がしてくる。そうした劣等感や怒りにつけ込んで益体もない入門書やビジネス書を売りさばく。これは読者を搾取している」とおっしゃっています。たとえば、今年は、『超訳 ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がヒットしていますが、これについてはどう思いましたか?
佐 それについては、今度出る宇多丸さんとの対談でも詳しく語っていますが、ニーチェなんてきちんと原作を読めばわかるんです。難しいことなんて言ってないですよ。それを超訳などと言って、よりによってニーチェを搾取している。ニーチェの『ツァラトゥストラ』の最終第4部は自費出版で40部刷ってたったの7部だけ知人に送っただけですよ。それなのに『超訳 ニーチェの言葉』は70万部も売って、大儲けです。こういうのを搾取と言うんです。
――新書ブームと言われている、この今の日本の出版をめぐる状況については、どう思われますか?
佐 よく言われることですが、雑誌に論説というものが載らなくなった、新書がそれを肩代わりしている。どこの出版社も自転車操業で、借金を背負っているから、出版点数を稼ぐために、くだらない本ばかり出している。それで読者の劣等感につけ込んで、入門書やビジネス書を売りさばくような搾取の構造を利用しているわけです。今の出版業界のシステム自体が間違っているんです。だったら、さっさと潰れてしまえば良い。僕はそれで本が出せなくなっても構わない。つい最近までそうだったように、無名の貧しい労働者に戻るだけです。編集者も経営側も著者も皆、出版をめぐる状況はおかしいと思っている。誰も楽しいとは思っていない。利益の配分にしてもそうです。村上春樹さんも、売れっ子作家の定義は担当の編集者より年収が多いことだって皮肉に言っていましたね。僕は、村上春樹を作家としては全く認めません。が、群れないで一人淡々と作品を書く、その孤高の仕事ぶりは尊敬しています。
――出版点数が多いことについては、いかがですか?
佐 出版点数が多い割には、若者が読むべき本が手に入らない。僕が、書店でブックセレクトをすると、半分ぐらいは絶版なんです。エズラ・パウンドやパウル・ツェラン、日本で言えば、西脇順三郎や金子光晴のような20世紀屈指の詩人たちの作品が全然手に入らないんです。これはおかしいとしか言いようがない。
――ただ、今更、出版のシステム自体を変えることは、さらなる出版社の倒産を招くなど相当のリスクが伴うと思います。
佐 出版に限らず、皆、この現在が唯一の現在であって我々には変えられないと思っている。ところが、歴史をよく学ぶと、我々が動かしがたいと思っている現実、あり方、生き方、読み方、書き方なんてものは、たったの100年も巻き戻せば通用しない。今でも国境線を2、3個越えれば通用しない。変えられないなんて、何の根拠もないですよ。
――最近は、速読が流行っていて、いかに情報を多く持つことがすばらしいかというような風潮がありますが、どうお考えですか?
佐 たくさんものを知ってどうするんでしょうか。死ぬんですよ。いくら知識や金銭を稼いでも、生まれた時も裸、死ぬ時も裸なんです。ヘルダーリン(ドイツの詩人・思想家)が言っています。「死すべきものに 歓びは多く 知るべきことは少なく与えられている」と。佐々木はいろんなことを知っているじゃないか、と言われます。それは嘘で、全然知らないんです。僕の引く著者は実に限られている。今回の『切りとれ あの祈る手を』についても、ニーチェが繰り返し出てくる。あとは何人かの書き手と聖典だけです。仕事柄、ピエール・ルジャンドル(フランスの法制史家、精神分析家)は読んでいますが、それだけです。数としては圧倒的に少ないと思います。その割には、情報量が多いと言われる。でも、真の良書を繰り返し読めば、情報量なんてものはあとから付いてくるんです。
――今年は、電子書籍元年などと言われ、注目を集めています。
佐 昔からあることです。大した問題ではない。パピルス(古代エジプトで使われていた文字を書く紙のようなもの)の巻物が本になったみたいなものでしょう。印刷術の発明よりずっと小さなことで、売り方が変わるだけです。キーボードでは味気ないから万年筆で書くという人が少し前までいた。しかし昔、万年筆が出て来たときには、鉄ペンでなくては駄目だという人がいて、鉄ペンの前には、ガチョウの羽でなければ駄目だという人がいた。そんなものですよ。ニーチェは、意外にも新しいものが好きで、彼はMalling-Hansenのタイプライターを注文しているんです。彼はピアニストだったから、文章を弾きたいというのがあったんじゃないですか。現代に生きていれば、iPadとかで書いていたかもしれない(笑)。
――本書を出してからの反響は、どうですか?
佐 僕より後から来る人のために書いたわけですから、若い人に読んでもらうのは一番嬉しい。ですが、僕より年配の方に読まれているという事実が、何より心強いです。出版に限らずあらゆる状況が厳しい時代に、世代間闘争ほどくだらないものはないですからね。あと、作家や画家、ミュージシャン、デザイナー、劇作家のような、クリエイティブな仕事の現場に立っている人々が「勇気をもらった」と言ってくださるのが一番嬉しいですね。
* * *
『切りとれ、あの祈る手を』の帯に宇多丸氏が「背筋が伸び元気が出る」と書いているように、筆者もこの本を読んで、出版に関わる者として背筋が伸びた。本書の内容に関しては賛否両論あるようだが、まずは手に取ってみるべきです。お勧めです。
(文=本多カツヒロ)
●佐々木中(ささき・あたる)
1973年生まれ。東京大学文学部思想文化学科卒業、東京大学大学院人文社会研究系基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、立教大学、東京医科歯科大学教養部非常勤講師。専攻は哲学、現代思想、理論宗教学。著書に『夜戦と永遠ーフーコー・ラカン・ルジャンドル』(以文社、2008年)がある。
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――まず、思想界に衝撃を与えた処女作『夜戦と永遠』(以文社)以来、2年ぶりとなる本書を出版した経緯を教えていただけますか?
佐々木氏(以下、佐) 前作を出版してから、こんな不況のご時世にもかかわらず、ありがたいことに新書や入門書を書かないかというオファーをたくさんいただいたんです。ただ、そういうものを書くと、その後、すべてのものについて、気の利いた一言を差し込むようなワイドショーのコメンテーターのような知識人になってしまうという危惧があり、頑なに断ってきました。そんな中、今年の2月にライムスターの宇多丸さんと対談をする機会があり、その後、朝まで飲んだんです。ライムスターというグループは、ラップで飯が食えるなんて考えられない時代から、ハードコアなまま、いかに売れるかで戦ってきたグループです。そして、KREVAくんやRip Slymeなど、後進をフックアップしてきた。そんな先輩に「『夜戦と永遠』のような学問的にしっかりした本を書いたんだから、もう後から来る人を勇気づけるために間口を拡げることもしないといけないよ。佐々木君は、ハードコアな自分が好きで、売れない自分が好きと言うけど、それは結局、自分のことしか考えてないってことだよ」と諭されて、非常に悩んだんですね。そこで、尊敬する河出書房新社の名編集者・阿部氏に相談すると、「佐々木さんが私的な場で言っていることは、今の若い人たちに、今必要なんだ」と言われ、この本を書くことになりました。
――日本の書籍の出版点数は、右肩上がりで伸びていて、2010年は8万点を超える勢いです。本書の中で、「本を読んでいてわからないと、自分の力が劣っていると言われるような気がしてくる。そうした劣等感や怒りにつけ込んで益体もない入門書やビジネス書を売りさばく。これは読者を搾取している」とおっしゃっています。たとえば、今年は、『超訳 ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がヒットしていますが、これについてはどう思いましたか?
佐 それについては、今度出る宇多丸さんとの対談でも詳しく語っていますが、ニーチェなんてきちんと原作を読めばわかるんです。難しいことなんて言ってないですよ。それを超訳などと言って、よりによってニーチェを搾取している。ニーチェの『ツァラトゥストラ』の最終第4部は自費出版で40部刷ってたったの7部だけ知人に送っただけですよ。それなのに『超訳 ニーチェの言葉』は70万部も売って、大儲けです。こういうのを搾取と言うんです。
――新書ブームと言われている、この今の日本の出版をめぐる状況については、どう思われますか?
佐 よく言われることですが、雑誌に論説というものが載らなくなった、新書がそれを肩代わりしている。どこの出版社も自転車操業で、借金を背負っているから、出版点数を稼ぐために、くだらない本ばかり出している。それで読者の劣等感につけ込んで、入門書やビジネス書を売りさばくような搾取の構造を利用しているわけです。今の出版業界のシステム自体が間違っているんです。だったら、さっさと潰れてしまえば良い。僕はそれで本が出せなくなっても構わない。つい最近までそうだったように、無名の貧しい労働者に戻るだけです。編集者も経営側も著者も皆、出版をめぐる状況はおかしいと思っている。誰も楽しいとは思っていない。利益の配分にしてもそうです。村上春樹さんも、売れっ子作家の定義は担当の編集者より年収が多いことだって皮肉に言っていましたね。僕は、村上春樹を作家としては全く認めません。が、群れないで一人淡々と作品を書く、その孤高の仕事ぶりは尊敬しています。
――出版点数が多いことについては、いかがですか?
佐 出版点数が多い割には、若者が読むべき本が手に入らない。僕が、書店でブックセレクトをすると、半分ぐらいは絶版なんです。エズラ・パウンドやパウル・ツェラン、日本で言えば、西脇順三郎や金子光晴のような20世紀屈指の詩人たちの作品が全然手に入らないんです。これはおかしいとしか言いようがない。
――ただ、今更、出版のシステム自体を変えることは、さらなる出版社の倒産を招くなど相当のリスクが伴うと思います。
佐 出版に限らず、皆、この現在が唯一の現在であって我々には変えられないと思っている。ところが、歴史をよく学ぶと、我々が動かしがたいと思っている現実、あり方、生き方、読み方、書き方なんてものは、たったの100年も巻き戻せば通用しない。今でも国境線を2、3個越えれば通用しない。変えられないなんて、何の根拠もないですよ。
――最近は、速読が流行っていて、いかに情報を多く持つことがすばらしいかというような風潮がありますが、どうお考えですか?
佐 たくさんものを知ってどうするんでしょうか。死ぬんですよ。いくら知識や金銭を稼いでも、生まれた時も裸、死ぬ時も裸なんです。ヘルダーリン(ドイツの詩人・思想家)が言っています。「死すべきものに 歓びは多く 知るべきことは少なく与えられている」と。佐々木はいろんなことを知っているじゃないか、と言われます。それは嘘で、全然知らないんです。僕の引く著者は実に限られている。今回の『切りとれ あの祈る手を』についても、ニーチェが繰り返し出てくる。あとは何人かの書き手と聖典だけです。仕事柄、ピエール・ルジャンドル(フランスの法制史家、精神分析家)は読んでいますが、それだけです。数としては圧倒的に少ないと思います。その割には、情報量が多いと言われる。でも、真の良書を繰り返し読めば、情報量なんてものはあとから付いてくるんです。
――今年は、電子書籍元年などと言われ、注目を集めています。
佐 昔からあることです。大した問題ではない。パピルス(古代エジプトで使われていた文字を書く紙のようなもの)の巻物が本になったみたいなものでしょう。印刷術の発明よりずっと小さなことで、売り方が変わるだけです。キーボードでは味気ないから万年筆で書くという人が少し前までいた。しかし昔、万年筆が出て来たときには、鉄ペンでなくては駄目だという人がいて、鉄ペンの前には、ガチョウの羽でなければ駄目だという人がいた。そんなものですよ。ニーチェは、意外にも新しいものが好きで、彼はMalling-Hansenのタイプライターを注文しているんです。彼はピアニストだったから、文章を弾きたいというのがあったんじゃないですか。現代に生きていれば、iPadとかで書いていたかもしれない(笑)。
――本書を出してからの反響は、どうですか?
佐 僕より後から来る人のために書いたわけですから、若い人に読んでもらうのは一番嬉しい。ですが、僕より年配の方に読まれているという事実が、何より心強いです。出版に限らずあらゆる状況が厳しい時代に、世代間闘争ほどくだらないものはないですからね。あと、作家や画家、ミュージシャン、デザイナー、劇作家のような、クリエイティブな仕事の現場に立っている人々が「勇気をもらった」と言ってくださるのが一番嬉しいですね。
* * *
『切りとれ、あの祈る手を』の帯に宇多丸氏が「背筋が伸び元気が出る」と書いているように、筆者もこの本を読んで、出版に関わる者として背筋が伸びた。本書の内容に関しては賛否両論あるようだが、まずは手に取ってみるべきです。お勧めです。
(文=本多カツヒロ)
●佐々木中(ささき・あたる)
1973年生まれ。東京大学文学部思想文化学科卒業、東京大学大学院人文社会研究系基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、立教大学、東京医科歯科大学教養部非常勤講師。専攻は哲学、現代思想、理論宗教学。著書に『夜戦と永遠ーフーコー・ラカン・ルジャンドル』(以文社、2008年)がある。
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