2010年12月18日11時38分
政治でも外交でも経済でも浮かない話の続く2010年だった。そんな中、文化の領域では、どのような営みが積み重ねられたのだろう。分野ごとに、今年を振り返ってみる。
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論壇の景色が変わったと感じさせられる一年だった。
象徴的なシーンの一つは、マイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』の大ヒットだ。正義や善について考察する政治哲学の本が60万部も売れた。
千葉雅也は、1990年代に起きたもう一つの哲学書ブームと比較しつつ、こう述べた。『ソフィーの世界』ブームが「自分探し」現象だったとすれば、今回の底流にあるのは「社会探し」を求める気分だ、と(文芸・冬号)。
身近に貧困が広がり、国内総生産で中国に追い抜かれることも確実視される2010年。経済成長という戦後日本人の共通目標は、効力を失った。「私たち」を互いにつなぐものは何か。社会の基盤を見直したいと願う“自分たち探し”が、切迫した課題として体感されつつある。
論壇で今年、ベーシック・インカム(BI)が注目を集めた理由も、それと無関係ではないだろう。BIは、国民全員に無条件で一律に現金給付することを特徴とする。「国民であること」だけを条件に同額が配られるのだ。
原田泰は、すべての成人に月額7万円を給付することは財源的に「十分に実現可能だ」と説いた(中央公論6月号)。他方で萱野稔人は、BIは失業の問題を深刻化させるとして導入に反対した(POSSE vol.8)。
賛成論の中で福祉重視派と新自由主義派の“呉越同舟”が起きたことも話題になった。後者の象徴とされるホリエモン(堀江貴文)は、福祉はBIに絞って後は「民間に任せればいい」と語った(エコノミスト5月4・11日号)。新自由主義と福祉重視の対立構図が基本的な風景だった少し前を思えば、時代が一つ回った印象がある。