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基地の島・OKINAWAの現実はどれだけ変わっただろうか。「アメリカ世」の中で繰り返された米兵による人権侵害に対する、沖縄人の怒りが爆発したコザ騒動から満40年がたった。
騒動の内実をさまざまな角度から検証し、今の沖縄に重ね合わせて意義を見詰め直す市民レベルの多彩な取り組みがなされ、深みを増している。沖縄戦後史で、米軍の圧政に対して実力を行使した唯一の大規模な民衆蜂起の意義は色あせず、今も多くのことを問い掛けている。
なぜだろうか。
沖縄の民意が軽んじられ、民主主義国家であるはずの日本の政治に反映されない状況が全くと言っていいほど、変わらないからだ。
今年、沖縄の基地問題は激動した。9万人が結集して、普天間飛行場の国外・県外移設を求めた県民大会が開かれたにもかかわらず、民主党政権は一顧だにせず、名護市辺野古崎への移設に回帰し、日米で合意した。その後、県民に充満した思いは「悲憤」と「沖縄差別への告発」であった。
4カ月後、夏の甲子園で、興南高校が春夏連覇を成し遂げた時、多くの県民が歓喜し、「シタイヒャー(よくやった)」と叫んだ。
コザ騒動の現場でも発せられた言葉である。県勢の初快挙を通し、あくまで沖縄に基地を押し付けようとする日本政府と傍観している本土の人々に対する情念を交錯させた県民も多かっただろう。
沖縄の基地重圧は、米軍統治下の人権侵害の歴史を縦糸に、爆音や米兵事件など、今も拡大再生産されている被害を横糸にした重層的構造になっている。
40年前に米軍の圧政に向けられた怒りは、構造的な沖縄差別を温存する日本全体に矛先を変えつつあり、血脈のように息づく。政府はそれを見過ごしてはなるまい。
騒動のきっかけとなった威嚇発砲をした米陸軍の元憲兵のブルース・リーバーさんは、過重な基地負担が解消されない状況を目の当たりにし、「なぜ第2のコザ騒動を起こさないのか」と語っている。
日米合意の後の県民世論調査で、日米安保を「維持すべきだ」との回答はわずか7%に落ちた。沖縄の民意はいつ発火してもおかしくない。安保の名の下に一地域に犠牲を強いる悪循環を断ち、民意を反映した政治に立ち返ること。それが歴史が残した教訓だ。
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