しかし、ここではあえて、石原知事の主張する、「変態を是認するようなものに限られており、執筆や出版を禁じるのではなく、子供の目に触れないようにしただけだ」という部分に絞って議論を進めたい。
個人的には、筆者は、中学生の娘を持つ父親だ。
石原知事が言うように、一部の漫画に正視に堪えないものが存在するのは事実だし、そういうものを我が子の目に触れさせたくないという親の気持ちは理解できる。
しかし、だからと言って、いきなり、今回の条例案が規定したような方向の規制に向かうのは、あまりにも問題が大き過ぎる。
というのは、この条例は、規制の対象にする漫画を、「知事」が判断して指定する仕組みとなっているからだ。対象になった漫画は事実上、流通面での制約を受けるし、従わない流通業者には罰金などの処分が科される可能性がある。
行政は万能ではない
ここで、おおいに考慮しなければならないのは、本来、行政は、様々な言論からのチェックを受ける立場にあるということだ。
その意味で、日本政府であれ、東京都であれ、行政機関は自らの行司・審判・評価役である言論に固有の「表現・言論の自由」の規制する任務には不向きなのである。
では、どうすればよいのだろうか。経済紙の記者として4年余りワシントンに駐在し、取材してきた経験から、筆者が参考になると感じるのは、米国で通信や放送、インターネットを所管する連邦通信委員会(FCC)の組織のあり方だ。
FCCは米国に50前後ある「独立行政委員会」の一つだ。この場合、何からの独立を意味しているかと言うと、行政機関である「大統領府」からの独立なのだ。そして、FCCは、立法府である議会の意向を尊重し易い組織となっている。
換言すれば、時の大統領が放送や無線の免許を付与する権限や、政治的公正を審査する権限を乱用して、自分に有利な言論操作を行うことができないように、採用された仕組みがFCCの独立行政委員会方式なのだ。
この成り立ちこそ、FCCが、中立かつ客観的な存在として広く米国内で認知され、放送やインターネットの規制に果敢に取り組むことができる制度的な根拠となっている。
外形標準課税の導入失敗や、新銀行東京の事実上の経営破たんといった初期の石原都政の躓きが、突き詰めれば、行政の役割を逸脱したことに取り組んだことが原因だったことを思い出してみてほしい。行政は万能ではない。例え、動機や趣旨が正しくても、責任を果たせる役割は自ずから限られているのである。
「表現・言論の自由」の規制に、誰が相応しいか。ここは今一度の再考に値するタイミングにあるのではないだろうか。
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