というのは、参謀役がいる可能性を完全には否定できないものの、今年に入って開かれた石原知事の記者会見の議事録を読み返してみると、他の誰でもない、石原知事自身がこの問題を放置できないと対策に意欲を燃やしていた様子が伺えるからである。
その証左をいくつか上げてみよう。
第1に、東京都は今年に入ってから本稿執筆段階(12月19日)までに、全部で44回分の石原知事会見の会見録(ビデオを含む)を公開しているが、そのうち実に8回で石原知事がこの問題に言及している。本人の意欲が乏しければ、これほど熱心に質疑に応じることはないだろう。
第2に、最初の条例改正案の廃案が濃厚になっていた6月11日の記者会見で、「否決された場合、次なり、その次の議会に再提出する考えがあるか」と訊ねられて、「ああ、もちろん」と即答。さらに「この悪しき状況を改良するためにも、目的を達成するための新しい制約というのは必要だと思います」「1回、NHKで、画面に映して出してみてくれよ。みんなたまげるよ、本当に」とも語り、断固たる姿勢で取り組んでいることを露わにした。
さらに、第3としては、条例可決後の12月17日の記者会見があげられる。このときは、週刊誌の記者から、石原知事が1972年発行の自著「真実の性教育」の中で、「いかなる書物も子供を犯罪や非行に教唆することはない」と記し、「表現・言論の自由」を規制することはナンセンスとのスタンスをとっていたことを指摘されたのに対して、「その頃、私は間違っていました」と一瞬も躊躇することなく、以前の持論を修正。今回の条例改正こそが適切な処置と正当化して見せたのだ。
価値観を大転換した石原氏
いつも歯切れのよい発言で注目を集める石原知事だが、原点は、一橋大学在籍中に執筆した短編「太陽の季節」で芥川賞を受賞して鮮烈なデビューを飾ったことにある。
そして、この「太陽の季節」は、当時の若者たちの型破りで奔放な風俗とモラル、生活ぶりを、過激な性描写をまじえて扱った小説だ。作品の中の「勃起した陰茎を外から障子に突き立てた」という文書を記憶している人は多いかもしれない。
つまり、石原知事は「表現・言論の自由」が保証された社会の恩恵を受けて、人生のスタート段階で名声を博し、その後の人生を歩むことになった人物なのだ。
繰り返すが、その石原知事自身が、記者会見の場で、「その頃、私は間違っていました」と過去の持論をあっさりと捨てて、「表現・言論の自由」の規制の必要性を訴えるという行為は、石原氏個人の歴史において、大変な価値観の転換というべきことだろう。
そこで、次に焦点を当てなければならないのが、石原知事が、規制の対象にしようとした内容だ。
石原知事が「変態を是認するようなものに限られており、執筆や出版を禁じるのではなく、子供の目に触れないようにしただけだ」と強調しても、条例改正案の中身や議論の経緯には素直に頷けない。
例えば、東京都は今回、これまで、この種の規制でとってきた自主ルール重視の姿勢をアタマから放棄し、漫画家や零細出版社の自主規制を促す努力を怠った。加えて、書籍流通業や、携帯電話関連業界に対する東京都の規制強化も行われており、焼け太りの感が拭えない。
そうしたことは、関連する多くの業界が今回の条例改正にそろって異を唱えていることからも明らかだろう。
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