● 特殊事件の公判
「異議があります。ただ今の弁護人の質問は,誤った前提により証人の証言を不当に導くものです!」,テレビドラマさながらの弁護人との攻防が,特殊事件の公判では日常的に繰り広げられます。
刑事裁判で取り扱う事件の中には,特捜部が起訴した政治的・社会的に耳目を引く贈収賄事件や経済事件,重大な事故の過失を問う事件など特殊事件と総称されるものがあります。こうした特殊事件は,争点が多岐にわたる,関係者が多数に上る,証拠の点数が膨大になる,更には,弁護人によって熾烈に争われることから,検察庁としても,特定の検事を専従させたり,複数の検事や検察事務官を投入してチームを編成するなどその対応に特別の態勢をとることが珍しくありません。
こうした特殊事件の公判では,主任検事は,証拠の全容を把握してどの証拠によってどういう事実をどの段階で立証するのかといった的確な立証計画を構築するとともに,誰にどの証人の尋問を担当させるかなど班員検事の役割分担を明確にしてこれに従事させることにより,公判準備,公判前整理手続(打ち合わせ),公判期日,証人尋問といった一連の裁判手続きで,必要かつ重要な事実を適時,適切に立証するという役目を担います。
たとえば犯行日時にアリバイがあったなど捜査段階では想定されていなかった弁護人の主張が行われることがあり,そうした際に,検事は,その主張の内容を正確に把握しつつ,真相を解明して,その当否を見極め,反証できるようにしなければなりません。そして,段ボール何箱にもなる膨大な証拠を,班員検事や検察事務官と一緒に汗をかきながらもう一度見直すことや,すぐに関係者の事情聴取を行って,「実は,被告人から,・・・というようにしてくれって頼まれていました。」といった話を聞き出すことなどによって,そのアリバイが捏造されたものであったことが判明し,弁護人の主張を粉砕できたときには,公判担当検事の醍醐味を味わえるのです。
また,裁判の中でも,証人尋問は,まさに弁護人との攻防のクライマックスともいうべきもので,特殊事件を担当する検事は,事前に検察側証人からよく話を聞いて尋問の成功を期するとともに,法廷で執拗に争ってくる弁護人に対し,法令によって与えられた異議権や釈明権を行使して,検察側請求証人が正確な証言ができるようにしたり,偽りを述べる弁護側証人や虚偽の弁解を繰り返して罪を免れようとする被告人に対して効果的な反対尋問を行って,公判で真相を解明するという責務を果たさなければなりません。
今年から裁判員制度が始まって,公判活動における検事の役割はますます重要になると言われていますが,私は,市民に親しみやすく分かりやすい公判活動を実践するという新しい公判技術は,これまでの特殊事件や一般事件で蓄積した検事のノウハウをベースにした上で築き上げられるものであって,これにより今まで以上に適切な裁判を実現することができ,社会の治安を守るという検察の職責が全うされるのだと考えています。