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2010取材現場から)老夫婦強殺判決

2010年12月21日

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11月5日、裁判員裁判では初めて現場検証が行われた。裁判員はテントやブルーシートで覆った通路から被害者宅に入った=鹿児島市下福元町

 「主文、被告人は無罪」
 12月10日、鹿児島地裁の206号法廷に平島正道裁判長の声が響いた。この判決が言い渡された瞬間を忘れることはできないだろう。
 鹿児島市で昨年6月、老夫婦が殺害された事件の裁判員裁判。強盗殺人罪などに問われ、死刑が求刑された被告に裁判員裁判では初めて無罪判決が言い渡された。
 被害者が複数人など死刑求刑の可能性があるとして、公判が始まる前から注目されていた。さらに、選任手続きから判決まで最長の40日間という日程、裁判員候補者の呼び出し状送付人数が最多の295人、公判中の初の現場検証と裁判員裁判としては異例づくしだった。
 注目の初公判。検察側が冒頭陳述を読み上げると、ところどころ「ん?」と引っかかった。物色と殺害、どちらが先か明確には示されないなど、わかっていないことが多いと感じた。
 公判前、「有罪だろう」と自信ありげだった県警幹部の顔が浮かんだ。捜査段階から判明していた被告の指紋のほかに、強力な証拠があるのだろうと思っていた。1日も欠かさず傍聴したが、結局、有力と思える証拠は指紋とDNA鑑定しかなかった。「無罪も十分ありえる」。そう思うと、この裁判の重大性を改めて気付かされた。
 公判中、「たかが指紋」なのか、「されど指紋」なのか、何度も考えた。どこまで状況証拠の積み重ねによる推認が許されるのか、わからなかった。常識的に考えて、その場に行かなければつかないのではないか。でも指紋があれば犯人なのか、と。
 だからこそ無罪が言い渡された時、鳥肌がたった。判決文では、被告が現場に行ったことは認めながらも、犯行自体は疑いが残るとして「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に基づき、無罪を言い渡した。
 判決から10日。いろんな場所でこの話題になった。「直接証拠がある事件ばかりではない」と判決に不満をもらす警察官もいた。確かに、決定的な証拠が必ず得られるとは限らず、捜査能力の向上は待ったなしの課題だ。
 特に今年は、大阪地検特捜部での証拠改ざん、再審で無罪が確定した足利事件、と検察の捜査のあり方が大きく問われた年でもある。さらに今後、録音・録画による全面可視化が進めば従来のやり方での取り調べは難しくなるかもしれない。裁判員裁判が定着し始めた中で、今回の無罪判決が警察や検察に与えた影響は大きいように思う。
 判決は検察の主張を否定したが、決して捜査批判や検察批判だけではないと思いたい。「捜査を尽くせば真実は必ず明らかになる」「明らかにしてほしい」という、これからの捜査手法のあり方に対する市民の期待が込められていたのではないか。
 検察が控訴できる期限、24日が迫る。(城真弓)

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