N64はなぜマスクロムを採用したのか

01/09/12ver1.6
02/12/25ver2.5

任天堂はなぜCD-ROMに比べてビットあたり単価の高いマスクロムを選んだのだろうか?
ビジネス読み物や雑誌などでは高額な委託生産料を維持するため」などといったワケのわからない解釈がされている。
 結論から言えば、マスクロムはアクセスタイムがCD−ROMに比べて断然早いからである。
具体的には、CD-ROMはシークタイム(*)だけでも数百ミリ秒(ミリは1/1,000)かかる。対して、マスクロムは数百ナノ秒(ナノは1/1,000,000,000)であり、 その差は1,000,000倍である。
しかも、この差は単に起動時間が短いといった部分だけではなく、ゲームの様々な部分に影響を及ぼす。
例えば、サッカーゲームの『実況Jリーグ・パーフェクト・ストライカー』(コナミ・N64)は選手の1万7千個のポーズを数十枚つなげて一つのモーションにしているが、マスクロムだとそのつどデータを読み込めるので、多様なモーションが出せる。しかし、CD-ROMだとシークタイムがかかるので、そのつど読みこんでくることはできない。そんなことをしていたらゲームにならないのだ。そこで、結局一度読み込んだデータだけでモーションを作らなければならず、選手に多様な動きをさせることができなくなってしまう(コナミ・長江勝也氏)(*1)。
また、「格闘ゲームでキャラクターを表示しようとすると大量のモーションデータが必要になる。媒体が(マスク)ROMを使っているハードならモーションが切り替わったと瞬間に、先読みした少量のデータを1フレーム以下の時間でRAMへ転送しなおせば、プレイヤーは違和感なくゲームを続けられる。しかし、CD―ROMのゲーム機では、モーションが切り替わるたびにCD―ROMを検索し、読み直し、RAMに展開していたのではとても間に合わない。攻撃ボタンを押すたびに1秒も待たされていたのではゲームにならない。そのため全てのモーションデータをRAMに収める必要がある。」(ナムコ・柳原孝安氏)(*2)との証言もある。
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(*)シークタイム
CD−ROMドライブのデータ読み取りヘッドがデータを読み取るために移動する時間。なお、ここからさらにデータ読み込み時間もかかる。
(*1)電撃NINTENDO64





(*2)宮沢篤・武田政樹・柳原孝安「コンピュータゲームのテクノロジー」岩波書店
さらに、宮本茂氏は『マリオカート64』はマスクROMでなければ出来なかったと言う(*3)。
(*3)「任天堂公式ガイドブック・マリオカート64」小学館
カートが8台出てくるとか、4人でやるときは16台出てくると言うのは、ROMに絵が準備されているからなんです。キャラのアニメーションや声などを、ふんだんにROMから持ってきて、リアルタイムで書き換えて動いている。1秒間に30枚とか絵を描くわけですが、そのたびにROMからデータを持ってきて、絵を描いたりしゃべらせたり出来るというのは、カセットならではなんですね。CD-ROMだとそうはいかないんですよ。CD-ROMから読んできたデータを、いったん本体RAMにとりこんで、その容量だけでゲームを作る。CD―ROM自体の容量が大きくても、本体にとりこんでおけるデータの量は限られているので、作れるものに限界があるんです。構造的には昔のディスクシステムと同じなんです。だから、ディスクシステムと同じ失敗をしやすいのはCD―ROMだといってるんですが、なかなか理解されない(笑)。
『リッジ・レーサー』(ナムコ・PS)はレースが始まってしまえば、CDを外せた。これは、ゲーム中はまったくCD-ROMから読みこんできていないということである。つまり、PS本体RAM(合計3.5メガバイト)以下しか同時にデータを使っていないのである。また、実際には演算の中間結果やフレームバッファなどにメモリをとられるから同時に使っているプログラムやデータの量はもっと少ない。


昔のハードはマスクROMのデータを直接実行していた

SFCまでのゲーム機ではマスクROMのプログラムをいったんRAMに読みこむのではなく、直接実行していた。プロセッサのクロック周波数が低かったため、マスクROMのアクセスタイムが100ns〜200nsでも十 分追いつけたからである。
ところが、N64クラスになるとプロセッサのクロックは100MHz近くなって、アクセスタイムとのアンバランスが生じた。物理的には直接実行する事も出来るが、そうなるとプロセッサにウエイト(*)がかかってパフォーマンスを発揮できなくなる。またデータを圧縮してマスクROMに置くようになったため、いったんRAMに展開しなければ、実行できなくなったのである。よって、将来的にはマスクROMが復活する可能性もある。半導体のビット当たり単価は時間軸に対して反比例する。コストの問題が解決すれば、同時に使えるデータが容量分だけ増えるマスクROMの方がゲーム作りに適しているからである。
(*)ウエイト
wait、遅延.。
この場合、演算機の処理速度にメモリが追いつけず演算機に待ち時間が発生するということ。


SCEはなぜCD−ROMを採用したのか

ではPSにCD−ROMを採用したSCEは「大容量」についてどう考えていたのだろうか
久多良木健氏(SCE取締役開発本部長・当時)(*4) (*4)月刊アスキー1994年6月号
なぜ、JPEG、MPEGを持ってきたかというと、何もムービーを出したいから持ってきたわけではありません。データがもったいないから圧縮してもとうということです。
(中略)
パターンをベースバンドで持っていると高くつく、VRAM上には当然持っていなくてはいけないけれど、ソースとしてメモリ上に持っているのはバカげているので、メインメモリ上には圧縮した状態で持とうということです。
(中略)
まず、僕らはCD−ROMというのを、大容量で画像とか音声のデータがたくさん入るからといって、そういう用途だけでは使わないでくださいというスタンスなんです。
どうしてかというと、ただでさえ遅いのに、子供たちは待ってくれない。マスクROMでゲームした世代にはそんなものは待てない。
基本的には最初の立ち上げ画面で1回読んできたら終わりというのが一番よろしい使い方だと考えてます。
佐伯雅司(SCE執行役員)(*5)
CD−ROMを選んだ理由はデータ容量の問題よりも、圧倒的に流通上の問題だったんですよ。 (*5)「ゲーム・マエストロ VOL5」毎日コミュニケーションズp73
とのことであり、SCEでさえCD−ROMを採用した理由として「大容量」を重要なものとしていないのである。


次に、任天堂がマスクROMを採用した理由として、「マスクROMの納期は受注してから2ヶ月を要し、この期間資金を運用できるためだ」(*6)というものもある。
しかし、そもそも2ヶ月間運用できるという根拠はない。任天堂が半導体メーカーに対して前払いしている可能性もあるからである。つまり、資金は右から左に流れているだけということである。
もっとも、本当に運用できている可能性も否定できないので、2ヶ月運用できるとして、任天堂にどの程度利益が入るのか計算してみる。
受注1,000億円、年利3%ととして2ヶ月だと1,000億円*3%*2ヶ月/12ヶ月=5億円
一方、任天堂の経常利益は1,000億円以上。対して2ヶ月運用で得られる利ざやは以上の様にわずか5億円。
1,000億以上も利益を挙げる企業がわずか5億円のためにマスクROMを採用したと考えるには無理があるだろう。
(*6)山名一郎「キング・オブ・ゲームの未来戦」日本実業出版社


最後にSFC時代に対してN64時代の利益はどうなったのかをみてみよう。

売上総利益 営業利益 経常利益
SFC時代(91年3月期から96年3月期までの5年間の平均 197,907 119,226 125,659
N64時代(97年3月期から01年3月期までの4年間の平均 214,881 115,746 146,562
(単位は百万円)

以上のように、ほぼ変化はない。N64時代はほとんど任天堂ブランドソフト専用機と化していたにもかかわらずである。
このように様々な観点から見ても任天堂がマスクROMを採用した理由として「高額なロイヤリティービジネスを維持するため」とする根拠は薄弱であるといえる。

参考文献
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