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人権と外交:死刑は悪なのか/1 姦通罪で石打ち刑、イラン再検討

 ◇死刑廃止へ国際圧力 孤立する日本、論議自体を拒絶

 女は肩まで、男は腹まで地中に埋められ、5~10人のイスラム教信者に死ぬまで石を投げつけられる。罪状が重いと石は小さくなる。大きすぎると、即死してしまうことがあるからだ。逃げられたら死なずに済むが、助かった話を聞いたことはない--。

 パリで会った亡命イラン人のムスタフェ弁護士は、苦い表情で石打ち刑の様子を説明した。非公開なので執行現場を見たことはないが、遺体を確認しに刑場へ入ったことがある。血まみれの石や人肉が散乱していた。

 7年前にイラン国内で石打ち刑反対の活動を始めた。以来、7人は刑を執行されたが、10人の判決をむち打ち刑などへ変更させ、現在14人が石打ち刑の執行を待つ身だ。

 サキネさんもその一人。恋愛関係になった男が夫を殺害。殺人には関与していなかったが、姦通(かんつう)罪で石打ち刑を言い渡された。

 ブログや英紙を通じたムスタフェ氏の訴えに、欧州で反響が広がった。身の危険が迫ったムスタフェ氏は8月、ノルウェーに亡命して活動を継続。カーラ・ブルーニ仏大統領夫人が「フランスは見捨てない」と署名を呼びかけ、サルコジ大統領も外交演説で非難し、クシュネル外相(当時)は欧州連合(EU)全加盟国で圧力をかけるよう求めた。

 ◇反イスラム警戒

 反発していたイランが、適用する刑の再検討を明らかにしたのは10月。ムスタフェ氏は「イランは欧米のイスラム嫌いが広がるのを気にしている。政府は石打ち刑廃止の法改正も検討しているが、いずれは死刑廃止につながっていくのが怖いのだ」と解説する。

 姦通罪も石打ち刑も宗教に基づく法律も、日本とは別世界の出来事に映る。同じ死刑のある国とはいえ、日本の場合は罪状といい司法手続きといい処刑方法といい、全く異質だ。だが、その差をどう言い表せばいいのか考えると、実は難しい。イランよりは文明的な死刑……。はるかに人権を尊重した死刑……。

 死刑廃止をめざす欧州の非政府組織(NGO)の集まりで、01年から3年ごとに世界大会を開いているECPM(本部・パリ)。事務局長のシュニュイアザン氏が語った。

 「死刑は犯罪者より市民を怖がらせるためにある。イランの街角で人々の声を集めると、実は死刑反対が多い。国家が抑圧に利用していると理解しているのだ。核問題で国際社会が圧力をかけると、政府は世論の反発をあおって国粋主義に走るが、人権問題では国内世論の後ろに隠れることができない」

 イランは特異な死刑国家として、集中的に死刑廃止の国際圧力にさらされるが、外交の駆け引きを通じて、死刑の正否を自問している。日本が「世論の支持・安定した運用」を盾に、世界の廃止論議とほとんど没交渉なのとは対照的だ。

 日本でも裁判員裁判で死刑への関心が高まったかに見えるが、評決に加わる一般人のストレスを気遣うくらいで、死刑の是非をめぐる論議が起きているとは言い難い。

 ◇「特殊な国」

 一方、欧州では、嫌でも死刑廃止運動の世界的な勢いを実感する。今年だけでも、

 2月=ジュネーブで第4回死刑廃止世界大会。約100カ国の約1900人が参加。日本の死刑も議論に。

 5月=ピレー国連人権高等弁務官が訪日し、千葉景子法相(当時)に死刑の一時停止を要請。2カ月後、千葉氏は死刑を執行。

 8月=石打ち刑を巡り、イランとフランスなどEUが応酬。

 10月10日=世界死刑廃止デー。各地で集会。

 11月=国連人権理事会(ジュネーブ)の定期審査で、EU諸国が米国に死刑廃止を勧告。国連総会第3委員会(ニューヨーク)で、2年ぶり3回目の死刑執行の一時停止決議(日本は反対)。

 「死刑外交」と呼ぶべき世界があり、日本は廃止論議自体を拒絶している。「死刑は内政問題。自国のことは自国で決める」という立場だが、これは人権問題で非難される国が釈明する時の決まり文句にほかならない。

 廃止運動の側からも「日本は死刑が文化に浸透している」(シュニュイアザン氏)「社会の風景になっており、議論がないので別の観点で見ることができない」(仏社会学者ガイヤール博士)と半ば突き放した言葉が漏れる。

 死刑反対派と称していた千葉前法相による唐突な死刑執行は、事後に十分な説明や議論がないこともあって、「話が通じない特殊な国」という日本異質論に輪をかけた。

 「死刑国家の中の優等生」の座に安住するうち、日本は世界の流れの外に置かれている。論理は正しくても、持説に固執するあまり変化をとらえ損ねると、孤立していくのが外交の現実だ。

 日本の常識は、世界の潮流とどうすれ違っているのか。「死刑外交」のうねりと向き合えるのか。理解と議論の糸口を探る。【ジュネーブ伊藤智永】=つづく

毎日新聞 2010年11月22日 東京朝刊

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