尖閣諸島問題を機に、レアアース問題が急に世間の注目を集めるようになった。その対策として、1)供給元の分散・確保、2)再利用(都市鉱山)、3)代替物の開発が言われているが、もう一つ別の視点を提案したい。もっとも私がこれまで考えてきたことはレアメタル問題であって、ネオジムなどのランタン族のレアアースに適用できる意見かどうかは検討していないので、共通部分は相当あるとは思っているが、とりあえずはレアメタル問題として書きたい。
私が提起する視点は、安全性に関する規制の見直しである。あるいは、規制に対する受け止め方の見直しである。
そのことを強く思い始めたのは、RoHS指令(電気・電子機器に関する特定物質の使用制限に関するEU指令)が出され、鉛、カドミウム、六価クロム、水銀と2種の臭素を含む難燃剤群を含む製品がEU内では販売停止になったことから派生したさまざまな現象を目にしたときからである。一定含有率の定義さえ不明確だったこともあって、ねじなどにいたるまで化学分析し、これらの金属の含有を禁止していった経緯がある。
そのEU指令に真っ先に対応したのが日本企業で、鉛フリーはんだの開発・販売はその典型例である。鉛フリーはんだとして最初に出されたのは、鉛の代わりにインジウムを含むものだった。インジウムは、液晶やプラズマのフラットパネルディスプレイの透明導電膜などに用いられ、まさに引っ張りだこのレアメタルである。価格は猛烈な勢いで上がっているし、原料入手が難しい時もあるので、さすがに、はんだに使われることは少なくなっているようだが、その他の鉛フリーはんだの性能にはかなり問題があると聞いている。
鉛のような多量元素を捨てて、レアメタルに転換する方針をとること自体、時代が見えていないなという思いを強くしたのだが、実は、鉛がインジウムより有害性が高いということもなかったのである。産総研では鉛のリスク評価を行い、わが国では鉛によるリスクは非常に小さいことを証明している。ここに1枚だけ結果を示そう。鉛の場合、最も問題なのは小児の血中濃度であり、国際機関や米国など管理目標値を決めているが、その中で一番厳しい値が10μg/dL(100 ppb)である。わが国の小児の値はそれよりはるかに低い。
米国では太陽電池にカドミウムテルルを使っていて、一定の管理対策とセットで使えば健康や環境への影響はないと評価しているようだ。紙幅が限られているこの欄で、水銀とカドミウムについて論ずることは誤解を招きかねないのでやめるが、六価クロムと鉛は大いに使うべき金属と私は位置づけている。
レアメタルの対策の3番目に代替物の開発という項目を挙げたが、この代替物開発の研究対象から、こういう金属を含む化合物が外されてしまっている。そのことが、代替物の可能性を非常に狭くしている。しかも、それがここに挙げた四種の金属だけでなく、有害性があるかもしれないという噂だけで外される動きすらある。その傾向が特に日本で強いことが非常に問題だと思うのである。
それを認めて有害影響は大丈夫か、と疑問に思う方もあろう。
もちろん、鉛も六価クロムも使い方によっては有害影響が出る。しかし、使う量や方法を制御することで、有害影響を非常に小さく抑えることができる。それこそが、物の使い方の本質のはずである。そのために、リスク評価が必要なのである。リスク評価は何よりも、ものを上手に使うためである。何のために上手に使うか、それは、そのことによって、皆の生活が楽に、楽しくなるし、地球環境保全にもプラスになるからである。
レアメタルの代替物の開発は必須である。今後のエネルギー戦争を乗り越えるためには新規物質の開発は必須である。合金や有機金属化合物は最も有望な候補である。そのときに、しっかりリスク評価をすることを前提にして、今は禁止されている金属を使っていくことが是非必要だと考える。
私は鉛の問題からレアメタルのことを考えるようになった。金属錯体の18電子則とかあったなあ、鉛の錯体でレアメタルの代わりになるものはないのかなあ、と漠然と考えていたとき、ふと思い出した。昔の錬金術は鉛を貴金属に変えようという研究だった。とすると、私の考えは新錬金術と言ってもいいのではないか。錬金術みたいに失敗させてはならない。
産業技術総合研究所安全科学研究部門長。東京大学工学系大学院博士課程修了。工学博士。東京大学教授、横浜国立大学大学院教授などを経て現職。専門は環境リスク論。水問題からナノテクノロジーまで、幅広いテーマに目を向けてきた。『環境リスク学』(日本評論社)で毎日出版文化賞。2010年、文化功労者に選ばれた。