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WEBRONZA+ 科学・環境

科学者は温暖化交渉から離れたらどうか
中西準子

2010年12月15日

cop16の会場同士はバイオディーゼル油を燃料とするバスで結ばれた

拡大cop16の会場同士はバイオディーゼル油を燃料とするバスで結ばれた

 COP16が12月11日閉会した。京都議定書後について、しっかりした合意もないまま終わったことで、地球環境問題に熱心に取り組んできた政治家、学者、市民団体から落胆と日本政府への批判が聞かれる。環境問題そのものを研究してきた積もりではあるが、温暖化問題についてはやや離れた立場にあった筆者は、COP16の成り行きを当然の帰結と受け止めた。

 温暖化問題は科学者がこつこつと研究してその現象を見つけ、警告を鳴らすことから始まり、やがて国際的な共通認識に至るという経過をたどった。その意味で、科学者の努力の成果であり、科学の力を示す良い例であると思っていた。しかし、京都議定書を議決したCOP3(1997年)の前交渉の当たりから、明らかに国の利益のための主張が目立ちはじめ、ここ5年ぐらいは非締約国の自己主張がやたら目立つようになった。それと連動するかのように、温暖化の脅威を示唆する“科学的”根拠が洪水のように押し寄せてきた。しかも、予測気温上昇をゼロ近くに抑えるために、X億トンの排出量を減らすべきというように、推定値が政策目標と直結するような構造になっていった。

 こういう中で、クライメートゲート事件が起きた。これを、私は科学の悲鳴と受け取った。複雑な現象の予測だから、不確実性はIPCC報告書の記述よりはるかに大きいだろう。それを、そのまま見せると説得力がなくなる。世界の人を動かすためには確実な“科学的”根拠がほしい、その重圧に科学は負けたに違いない。

 クライメートゲート事件が示唆するような不正があったからと言って、二酸化炭素の人為的排出による温暖化のメカニズムがすべて崩れたわけではない。温暖化の可能性は高いと言える。では、どう考えるべきか。

 ここまでの科学者の努力で、おおよその予測値はでていることを共通認識にし、しかるに、この予測値は相当不確実性が高いことと、温暖化効果はゼロであるべきという考えで目標をたてることは、この地球に数十億の人間が生活していることを考えれば無理なことを認め、であるにもかかわらず、温暖化問題はリスクマネージメントという視点からすれば、割合易しい問題だという側面も理解しつつ、科学と政治の役割を分担しつつ進めるべきだというのが筆者の考えである。

最終日に開かれた委員会の一つ

拡大合意に向け議論が続いたcop16の委員会

 ここまできたことで科学は一定の役割を果たした。今後は、温暖化交渉などから離れ、これまでの予測の検証と温暖化被害が大きいと予想されている地域での観測と対策に力を集中する。そして、一定の知見が集まった段階で、必要があれば、市民や政策担当者に政策の再検討を求める。こういうスタンスでいい筈である。

 他方、政治の側は、温暖化を防ぐ必要があるという前提の下で、純粋に経済的な側面から負担の分担を討議すればいい。次の段階で見直すことができるから、全体の削減目標は高くても低くてもいい。まずは、公平な分配原則をたてることではなかろうか。

 リスクマネージメントの視点からは、割合容易な課題であることは勇気づけられる要因である。何故、容易か?逆に、難しい問題とは何かを考えてみよう。それは、滅多に起きないが、一度起きたら取り返しがつかないような事象である。温暖化は基本的に徐々に進行し、その過程で、突発的なことが起きることが予想されるとは言え、それは、人類が災害として経験した範囲である。こういうこともよく考えて、落ち着いて対処すればいいと思うし、科学の政治への関与は必要だが、その責任を負いすぎてはいけないと言いたい。

プロフィール

中西準子
中西準子(なかにし・じゅんこ)

産業技術総合研究所安全科学研究部門長。東京大学工学系大学院博士課程修了。工学博士。東京大学教授、横浜国立大学大学院教授などを経て現職。専門は環境リスク論。水問題からナノテクノロジーまで、幅広いテーマに目を向けてきた。『環境リスク学』(日本評論社)で毎日出版文化賞。2010年、文化功労者に選ばれた。

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