2010年10月22日 10時48分 更新:10月22日 16時43分
全国各地でクマの出没が続く。人里や街中に現れ、住民が襲われて負傷するケースも多発、被害人数は過去最悪だった06年度に迫る勢いだ。何が起きているのか。【井田純、武田博仁、浅野翔太郎】
今年度のクマによる死者・負傷者は9月末で全国で84人(環境省)。10月も10人以上が負傷し、被害者145人を記録した06年度以来のペースだ。
NPO法人「日本ツキノワグマ研究所」(広島県廿日市市)の米田(まいた)一彦理事長は「07年のドングリが豊作で08年2月ごろに多くの子グマが生まれたと考えられます。2歳半から3歳のクマは元気で一番危ない」と話す。大量出没した06年度はクマの越冬が遅く、12月や年明け1月にも確認されたといい「今年も同じ傾向なら、まだ警戒が必要」と強調する。
出没増の要因はいくつかあるが、一つとみられるのは餌となるドングリ類の不作。環境省によると、今年は、作柄が周期的に繰り返すブナの実の不作の年。加えて、春先の低温と夏の猛暑の影響などでミズナラの実も少ないため、越冬前に栄養を蓄えるため人里へ出てきているらしい。
クマと人間の生活圏の境があいまいになったことも大きい。森林総合研究所(茨城県つくば市)の大井徹・鳥獣生態研究室長によると、80年代に年間10人程、90年代には約20人だったクマによる被害は、2000年代には平均約50人に急増した。「山に人の手が入らなくなり、耕作放棄地も増えた。河川敷にやぶが茂り、それが回廊となり、街中にまで出てくるようになった」
狩猟人口の減少もある。「人に対する警戒心の薄い、無頓着なクマが増えている。山の中で鉄砲で追い立てられた経験を持たないからではないか」と大井さんは分析する。
大日本猟友会(東京都千代田区)によると、70年代半ばには全国で50万人を数えた狩猟免許所持者は今や約13万人。「野生動物は保護の対象」という空気も広がった。一連のクマ出没でも、自治体の依頼で猟友会が駆除すると、事務所に「あなたたちは最低」などと抗議のファクスが寄せられる。「危険と判断したのは行政。会員は要請に基づいて撃っただけなのに」と職員。
クマの数は地域によって異なり「西日本ではツキノワグマは絶滅の恐れもある」(米田さん)。一方で、「著しく増えている」という説を唱えるのは、長野県・伊那谷を拠点にクマの動向を追い「となりのツキノワグマ」(新樹社)を出版した写真家、宮崎学さん(61)だ。
中央アルプス山ろくのけもの道で82年から3年間、自動カメラで野生動物を撮影した当時、映ったクマは「たった1頭」。ところが05年に撮影を再開すると、あまりにも多くのクマが映る。その姿や食べ跡、ふんなどを撮影してきた宮崎さんは「60~70年代の山林伐採後に植林され、放置されたカラマツ林には広葉樹や実を付ける植物が茂り、野生動物の絶好のすみかになった」と強調する。
同県駒ケ根市の別荘地には、クマが枝を折って実を食べた後、枝を尻に敷いてできた跡「クマ棚」がある。周辺にはホテルもあり観光客も多いが、クマの生息に「誰も気づいていない」と言う。また、「クマは人間の様子をよく観察している」と話す宮崎さん。犬の放し飼いが禁じられ、狩猟者も減り、人が出す物音にも驚かない、里の近くで生まれ育った「新世代」も増えたとみるのだ。
森林総研の大井さんは「野生動物との生活圏を分ける農山村の機能の低下、狩猟人口の減少で状況が変わった。地域ごとに野生動物の管理に取り組む人員を配置するなど対策を整備すべき時期に来ている」と話している。
■最近1カ月の主なクマによる負傷例■(毎日新聞調べ)
<1>9・23岐阜県中津川市=無職男性(74)軽傷
<2>9・26秋田県鹿角市=男性(50代)けが
<3>9・28島根県邑南町=女性(70)軽傷
<4>9・30金沢市=会社員男性(52)軽傷
<5>10・2金沢市=自営業男性(65)けが
<6>10・2山口県岩国市=無職女性(69)けが
<7>10・5福島県西会津町=キノコ採り男性(58)けが
<8>10・6山形県米沢市=男性(70)けが
<9>10・7山形県天童市=キノコ採り男性(28)軽傷
<10>10・12福井県勝山市=看護師女性(56)大けが
<11>10・12富山県魚津市=農作業中の男性(58)軽傷、農作業中の男性(81)命に別条無し
<12>10・16京都府福知山市=自宅にいた男性(81)軽傷
<13>10・19富山市=釣り中の男性(36)軽傷