何処とも知れぬ世界の何処とも知れぬ薄暗い不気味な研究所。
其処に一人の科学者の姿があった。
「ふっ、ふふふふふふ!! 遂に、遂に見つけたぞ!! “ ”を!!」
薄暗い研究所内に笑い声が木霊する。
科学者は笑う。
自身の理論が間違っていなかった事に歓喜し。
科学者は笑う。
玩具を見つけた子供のように。
ただひたすら笑い続ける。
曰く、犯罪者でなければ歴史に名を残すような科学者。
曰く、変態医師。
曰く、マ○ド。
曰く、キチ○イ。
数多の異名を数多の次元で轟かせる男。
人は彼を広域次元犯罪者ジェイル=スカリエッティと呼ぶ。
そんな彼が声をあげて笑っていた。
その原因は彼の目の前に広がる、宙に浮かびし巨大な空間モニターに映るソレ。
闇そのものとも云うべき穴の中にポツンと浮かぶソレ。
そこには“白いナニカ”が映っていた。
時は新暦72年某月某日。
本来の歴史、StrikerSが始まる3年前のことである。
スカリエッティはウキウキしながら実験の準備を進めていた。
そして思う。
そう、すべては三年前のあの日、あの時、あの瞬間から始まったのだ、と。
三年前のある日、スカリエッティはあまりにも部屋が汚いという理由でなれない片付けをウーノと共にしていた。
当時は、なんで私が? と不満に思いつつ、怠けると後から五月蝿いのでてきぱきと掃除したものだ。
すると四年前“エースオブエース”こと、高町なのはが関わった『ジュエルシード事件』
又の名を『PT事件』と呼ばれている事件の資料を発掘した。
ついつい懐かしい気持ちになったスカリエッティは、その発掘した資料を読み返していった。
空を翔る幼き魔導師二人。
両者が賭けるは、願いを叶えし数多の『宝石の種』。
放たれる雷の槍衾と星の光。
自身と同じ狂気に侵された科学者。
そして・・・プロジェクト<F.A.T.E>。
掃除なんぞそっちのけで、スカリエッティはそれらの資料に見入った。
その内、奇妙な写真を見つける。
それは、今は亡きプレシア=テスタロッサの本拠地『時の庭園』
その内部で発生した『虚数空間』の写る写真であった。
「・・・? 何だ、コレは?」
この時、スカリエッティの目にはその写真に写る『虚数空間』の中にポツンと“白いナニカ”が見えた。
無論、最初は画面に付いたゴミだと思った・・・・・・けど違った。
目をこすって見直してみた。
焼き増しして見直してもみた。
画像解析して見直してもみた。
だが、何度見直しても“白いナニカ”は変わらずスカリエッティの目には見えた。
さすがのスカリエッティも不思議に思い、ウーノやドゥーエにも尋ねてみたが答えは等しく「何も見えない」の一言。
それだけならまだしも「熱でもあるのか?」と言われ、あまつさえ可哀想な人を見る目で見られたのだから堪ったものではない。
それからの三年、スカリエッティはウーノの説教を右から左へと聞き流しつつ並行して研究を進めた。
そして今、遂に「虚数空間」内に漂う“白いナニカ”を発見したのだ。
その瞬間、この3年間は決して無駄では無かった事を実感し、喜びの念が沸々と湧き上がる。
そう、私は間違っていなかったのだと、そう感じて。
そして、居ると分かった以上、回収して解剖して実験体にしてみたいと思うのが科学者の逃れられぬ“性”だ。
ましてやスカリエッティは『アンリミテッドデザイア』なんてコードネームまであるジェイル=スカリエッティなのだ。
その探求欲たるや凡俗の科学者達を遥かに上回る。
と云っても今回に限って云えば、そもそも上回って当然なのだ。
あらゆる魔法の行使を無力化する『虚数空間』。
その場については未だに謎な点が多い。
ましてやそんな『虚数空間』の中で漂っているモノなど、御伽噺でしか聞いた事が無いくらいだ。
その謎を解明できる可能性。
それが目の前に転がっていながら手を出さないなど科学者ではないとすら、スカリエッティは思っていた。
生物か、それとも機械か?
生物なら生きているのか、それとも死んでいるのか?
もし生きているのなら、『虚数空間』内において最低でも三年以上の生命活動を維持できる、その秘密は何か?
何故私だけに見えるのか?
そもそも何故そこ(『虚数空間』内)にいるのか?
etc.と疑問は尽きない。
姿格好から“白いナニカ”は“侍”と呼ばれる管理外97世界における絶滅人種に“酷似”する 存在であると推測し、スカリエッティは以後、彼を暫定的に“白い侍”と呼称することにした。
そしてスカリエッティは着々と回収作業の準備を整え、満を期してガジェットを『虚数空間』内への突入兼回収実験を始める。
「・・・さて、始めようか・・・ではウーノ、実験中の瑣末事への対処は任せるよ?」
『・・・かしこまりましたドクター、健闘をお祈ります・・・・・・では』
はぁ、と溜め息を吐きながら一礼するウーノを見届け、スカリエッティは通信モニターを閉じた。
唯一の光を失い暗くなった部屋の中でスカリエッティは少しの間、眼を閉じる。
再び眼を開いた時、意識は既に切り替わっていた。
―――世紀の大実験開始。
「PHASE-1、“ジュエルシード”共鳴作用による『虚数空間』の展開を開始」
流れるような速さでスカリエッティの指は動き、キーボードを撫でる。
その様は、さながら音楽を奏でているかの如く。
次々と文字を文へ、記号を数式へと変化させ、ガジェットに搭載したオリジナルの“ジュエルシード”を暴走させる事無く起動させていった。
それに比例して青い輝きが部屋を照らす。
その光景はどこか神秘的ですらあった。
そして“ジュエルシード”による共鳴反応を利用し『虚数空間』への道が開かれていく。
「―――完了。 続けてPHASE-2、開かれた空間の維持を開始・・・以後実験終了まで継続。
このままPHASE-3、回収作業に移行する」
作業は何の問題も無く順調に進んだ。
世話しなくスカリエッティの手は動いているが実験も終盤へ突入し、開かれた『虚数空間』へアンカーで繋いだガジェットを送り込む段階となっていた。
ふぅ、とそこで漸くスカリエッティは一息吐いた。
―――実験に焦りは禁物。
今更それを理解していないスカリエッティではなかったが、三年にも及ぶ研究の成果がもうすぐ出るのだと思えば心は逸るもの。
とはいえ、焦りが失敗を生んでは元も子もない事も理解していた。
息を大きく吸って、吐く深呼吸を繰り返し、スカリエッティは気を引き締めなおす。
―――万が一にも失敗することの無いように。
「―――突入までのカウント五秒前! 四・三・二・一・突入!!」
号令の下、アンカーで繋がれたガジェットが『虚数空間』への突入を開始した。
スカリエッティは突入したガジェットから送られてくる映像を見つめる。
軌道がずれていないか随時チェックしながらガジェットを遠隔操作し、どんどん“白い侍”へ近づかせていった。
そして遂に、カジェットが“白い侍”を回収すべく接触しようとした瞬間
―――研究所が揺れた。
「何事だ!」
突然の異常な揺れ。
スカリエッティは驚きつつ、急いで通信モニターを展開してウーノに状況の説明を求めるべく通信モニターを開く。
モニターに映るウーノも突然の事態に混乱していた。
だが、すぐに通信モニターに映るスカリエッティに気が付き、端的に謝罪と状況を説明する。
『も、申し訳ありませんドクター!! 次元震が発生しました!!』
「次元震だって!? そんな馬鹿な!!」
ウーノから齎された情報。
それはスカリエッティにとって想定外の事態であった。
スカリエッティとて今回の実験の危険性を考えていなかった訳ではない。
下手に出力計算をしくじれば、自分も『虚数空間』に呑み込まれてしまうかもしれない実験なのだ。
当然、そうならない為にも次元震が起こることも想定し、何度も対策をシミュレートしてきた。
その結果、次元震が起こる可能性は限りなく零にしたという自負があったのだ。
ギリッとスカリエッティは歯を噛み締める。
そうでもしないと自身を抑えられそうに無かったからだ。
「一時実験を中断!! 次元震への対処を最優先に・・・・・・!?」
『ドクター・・・・・・!?』
即座に次元震の発生を抑え込むようスカリエッティはウーノに指示を出そうとした瞬間、膨大な光が発生し全てを覆う。
光が収まったその時、その場に“ソレ”はいた。
深く暗い闇の中、ハクメンは思う。
一体、どれほどの月日が流れたのであろうか?と。
幾百、幾千年の長き時であろうか?
はたまた、ほんの数秒、ほんの一瞬といった短き時であろうか?
意識を散逸させぬよう、ただ只管にハクメンは考え続けた。
だが・・・・・・今もそれは分からない。
無限にも等しい時間が流れる、一切の光なき場『狭間』。
そこは並の者では耐えられず気が狂ってしまう様な場所だ。
その中で、ハクメンは何時もの様に『化け猫』に回収されるのを待っていた。
そんな最中、ハクメンは何者かが空間を抉じ開けて自分に近づいて来るのに気づく。
とはいえ、この時は“何時も”とは違う回収の仕方に呆れていた。
長い間『虚数空間』にいたハクメンを『現世』に“定着”するためにはハクメンという存在に“事象干渉”する必要があり、直接回収しようとしても意味が無いのだ。
なら“事象干渉”すればいいのかと言えばそうでもない。
たとえ“事象干渉”・・・刹那の間であるが神になれる術を以ってしてもハクメンという存在への干渉は難しいのだ。
伸ばした手は届かず・・・ただ空を切るのみ。
今までハクメンが幾度と無く経験してきた事であった。
(・・・ふんっ、『化け猫』め。 この調子では此度は随分な“ズレ”が出ているようだな)
ハクメンハは忌々しい感傷を振り払う。
その間に、見た事の無い機械がハクメンに接触しようとしていた。
(無意味な事を・・・)
掠りもせずすり抜けるというのにと、ハクメンはふとそう思った。
だがそう思った次の瞬間、ハクメンは圧倒的な光の奔流に呑み込まれていた。
そして気がつけばハクメンは『現世』に“定着”していた。
いつの間にかスカリエッティは拍手をしていた。
“白い侍”
その一言で表せる程『虚数空間』より出てきた(と思われる)彼は『白』かった。
白き長髪を九本に束ね、仮面のついた白い甲冑に身を包み、静かに佇むその姿。
その姿はまるで一本の名刀の如く美しく・・・・・・
そして“恐ろしかった”。
“恐怖”
言葉にすればたった二文字の感情。
だがそれはスカリエッティに理解できないものであった。
信じられない事であった。
この世に生まれてからこれまで、感じたことの無いモノであった。
―――故に
ジェイル=スカリエッティは歓喜する。
生まれて初めて“恐怖”という感情を知った事を。
それを教えてくれた相手と出会えた事を。
ただ只管に歓喜する。
そして確信する。
ただ目の前に立っているだけの存在・・・“白い侍”こそ、自身の“敵”であるのだと。
“敵”足りえるのだと。
「“白い侍”君」
気がつけば、スカリエッティの口は勝手に開いていた。
知りたいと。
この感情を・・・“恐怖”という名の『未知』を教えてくれた彼の事を。
自身の“敵”の事を。
もっと知りたいと、そう思ったのだ。
それは好奇心が恐怖という名の未知を上回った瞬間である。
「私の名はジェイル=スカリエッティ。 君の名を聞かせて貰えないかな?」
それが“彼”とスカリエッティ“達”の最初の会話であった。
「“白い侍”君。 私の名はジェイル=スカリエッティ。 君の名を聞かせて貰えないかな?」
ハクメンは聞こえてきた声の方へと振り向く。
そこには如何にも科学者と思わしき“見た事の無い”男がいた。
同時に男から世界に災いもたらす者が持つ『マガト』
それに繋がる“線”もハクメンには見えた。
男は、自らの名をジェイル=スカリエッティと名乗る。
嘘名か真名か、どちらにせよハクメンにとって聞いた事の無い名であった。
だが“線”が見えた以上、目の前にいる男が『世界』へ災いを呼ぶ存在であるという事。
それだけは確かな事であるとハクメンは思う。
故に本来であれば、脆弱なる人間に向けて振るう事なきハクメンが刃。
振るう理由となりえる。
―――何にせよ、再び『現世』に戻ってきた以上、やるべき事は一つ。
(その前に後顧の憂いを断つとしよう!!)
ハクメンは背より太刀を抜き放ち、正眼に構える。
何時ものように、誓いを立てたあの日のように。
―――私は“私”を否定する。
「我は空!」
研究所に凛とした声が木霊する。
「我は鋼!」
それは全ての悪を滅すると誓う、英雄の儀式。
「我は刃!」
声に呼応するかの如く。
「我は一振りの剣にして全ての罪を刈り取り、悪を滅す!」
場は清められ、空気は幾度となく震えた。
「我が名は『ハクメン』!」
九本に束ねし髪が一瞬舞い上がり。
「推して参る!!」
闘いは始まる。
時は新暦七十二年某月某日。
本来の歴史、StrikerSが始まる三年前の事。
この日、異世界最強の剣士は姿を現し・・・・・
“無限の欲望”ジェイル=スカリエッティ“達”生涯唯一無二の“宿敵”となるのであった。
あとがき
更新不定期ですが、完結目指して頑張ります。