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2010年12月20日(月)付

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TPPと農業―衰退モデル脱却の好機だ

 守るべきは輸出産業か、それとも国内農業か。菅直人首相が表明した「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP)への参加検討の方針が、そんな対立を生んでいる。だがこれは、二者択一の問題ではない。

 関税撤廃で自由貿易圏をつくろうという構想がTPPである。米国など9カ国が推進している。日本にとって、そこに参加することは自由貿易協定(FTA)戦略の出遅れを一気に取り戻すチャンスである。そうする中で農業との両立をさぐるのが筋だ。

■改革こそ両立の道

 韓国が米欧とのFTAを来年発効させれば、日本の輸出産業は韓国企業に比べて不利になる。TPP参加はその不利を打ち消す。日本企業の海外移転圧力を和らげる効果もある。

 資源に乏しい日本は通商国家として生きるしか道はない。さりとて国民生活を守るには食糧の安全保障も重要だ。いずれも切り捨てられない。

 難問を解くカギは農業改革にある。

 農林水産省や農協は、TPP参加で高関税という防護壁を失えば、「国内農業は壊滅的打撃を受ける」と主張する。だが、改革による生き残りと再生への道を歩むべきではないか。

 TPP問題が浮上するずっと前から、農業は改革の必要に迫られてきた。働き手が平均66歳と高齢化し、後継者不足も深刻で、あと10年もすれば国内農業は自壊しかねない。

 こうなった要因の一つが農政の基軸だった減反政策だ。米価維持のためにコメの需要減に合わせて水田の作付面積を減らす官製の生産調整策である。40年間で総額7兆円の税金が投じられたが農業所得は20年前から半減した。

 減反の最大の罪は、創意工夫と大規模化で自立しようと努力する主業農家の足を引っ張ってきたことだ。

■危うい食糧確保

 減反政策ではコメの販売実績によって翌年の生産枠が決まる。しかも今年から始まった民主党政権の目玉政策、農家への戸別所得補償制度では枠が大きいほど補償額も増える。このため各地の農協がコメを安売りしてでも枠の拡大を競うようになり、米価の下落に拍車をかけている。

 こうなると、主な所得が他にある兼業農家より、農業で稼いでいる主業農家の方が苦しくなる。

 戸別所得補償が農地の集約を阻害し、細切れ化を促すという弊害も出てきた。すべての販売農家を対象にしたために、退出するはずの零細農家も補償を得ようと、貸していた農地の「貸しはがし」に走る傾向がある。

 これでは日本の農業の大規模化によるコスト削減はままならない。

 コメ余りを避けようと、政策的に生産を抑えこむのに四苦八苦する日本だが、世界に目を転ずると、別の光景が広がる。現在69億人の世界人口は2050年に91億人まで増える。増加の一途をたどる穀物需要は、今後もまちがいなく膨張する。

 経済学者マルサスが「人口論」で予言した深刻な食糧不安は、幸いこれまでは無用の心配だった。耕地面積を広げ、肥料などの技術革新で単位収量を増やせたからだ。

 これからはどうか。穀物市況はわずかな需給の変化でも激変する。輸出国が自国供給を優先して、国際不安を呼ぶことも珍しくない。3年前にはインド、中国などの穀物輸出制限、今夏もロシアが小麦の一時輸出停止で輸入国に波紋を広げた。

 多くの先進国は食糧不安に備え、穀物生産力を高めてきた。それを可能にしたのは農産物の輸出政策である。たとえばドイツは小麦や乳製品で完全自給を超過する分を輸出している。

 日本はその道を選ばず生産量を減らし、半世紀前に80%近くあった自給率はいま40%だ。全国各地の農業試験所では、コメの収量を増やすための品種改良はずっと御法度だった。世界の潮流とかけ離れた政策である。

■失敗農政の大転換を

 本来、高品質で定評のあるコメは今後ふくれあがるアジアの富裕層向けに輸出できる潜在力がある。遅ればせながら農水省は今月上旬、中国の国営企業とコメの対中輸出について覚書を交わした。今後、大いに期待できる。

 778%というコメの高関税をなくし輸入米に門戸を開いても、日本のコメが国内市場から締め出されるようなことは考えにくい。反対論者が反対理由に挙げる内外価格差は接近してきた。国産米価格は60キロ当たり約1万3千円だが、中国産米の輸入価格も10年前の3倍となって1万円超だ。

 大規模農家の中には「絶対反対」の農協と一線を画す動きもある。コメどころ新潟県の農業生産法人や大規模農家らの団体は、TPP参加に伴って中長期的な農政がどう変わるのか、早急に示すよう政府に求めたいという。「TPPに反対しているだけでは、日本の農業の再生はもはやできないからだ」と団体代表の一人は話す。

 展望が描けなければ、若く有望な後継者は入ってこない。それに逆行する減反政策は廃止すべきだ。戸別所得補償もすべての販売農家を対象にする制度から、意欲ある主業農家に絞った直接支払い制度に変える必要がある。

 「農業が輸出産業の犠牲になる」という発想を乗り越えたい。グローバル市場を相手に日本農業を再設計すれば、貿易自由化はけっして怖くない。

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