もし成功の見込みがあるのであれば、短期戦で台湾を軍事的に併合するか、あるいはそれが可能であるという脅しでもって外交で併合に持ち込もうとするだろうと考えられます。もし台湾がかつての
チベットのように弱体な軍備しか持たないならば、とうの昔に武力侵攻をうけて併合されているでしょう。
2005年3月に中国が制定した「反国家分裂法」の第8条は「分離独立勢力が……台湾の中国からの分離という事実を引き起こした場合」などには、北京は「非平和的手段」を行使することが出来る、いいかえると武力侵攻してOK、と規定しています。これによって中国政府は自らを追い込み、国内に対しては正当性を強め、台湾をふくむ国外に対しては「独立するなら戦争だ」という明確なメッセージを発信したといえます。
中国が戦争にうってでるレッドライン
しかし台湾軍の防衛力と、アメリカとの同盟が、そんな中国を抑止してきました。現時点での観測によれば、中国自身も性急に台湾を併合できるとは考えていないとみられています。本書のほか、近年の分析でも同様です。
台湾に対する中国の現在の戦略は、近い将来での解決の追求というより、むしろ台北による法的独立への如何なる動きをも防止することであるように見える。
「ペンタゴン報告書:中華人民共和国の軍事力 2009年版
」p9
しかしそんな現状にあっても、いくつかの条件下では、断固として台湾侵攻に踏み切るでしょう。その条件、中国にとっての「レッドライン」は、以下のように分析されています。
北京は、海峡間の関係が統一こ向かっている限り、また、紛争のコストが利益を上回ると信じている限り、武力の行使を遅らせる用意があるように思われる。……(しかし)人民解放軍の短距離弾道ミサイルの展開、高度の水陸両用戦闘能力、台湾をにらんだ近代的で先進的な長距離対空システムの配備は、北京が武力の行使を放棄する気はないことを物語っている。
武力を行使すると大陸中国が歴史的に警告してきた……「レッド・ライン」には次のものが含まれる。
・台湾独立の公式宣言
・台湾独立へ向けての定義されていない動き
・台湾内部の動揺
・台湾の核兵器取得
・統一に関する海峡間対話再開の際限のない遅延
・台湾の内政問題への外国の介入
・外国軍隊の台湾駐留
「ペンタゴン報告書:中華人民共和国の軍事力 2009年版
」p47-49
上に挙げられたような事態、わけても台湾の独立宣言や外国軍(アメリカ軍)の駐留、核武装などが発生すれば、中国はあらゆる犠牲を覚悟して台湾に侵攻するでしょう。経済的に大打撃を受けようが、アメリカと戦うことになろうが、やむをえません。なぜならば、そういった事態を看過したら、将来の台湾併合が不可能になってしまい、すなわち現体制の崩壊につながるからです。また、その覚悟を示すことによって、独立への行動を抑止することが、中国の狙いだ、とも言えるでしょう。
まとめ
本書「THE COSTS OF THE CONFLICT」で述べられているように、中国は台湾に侵攻すれば経済的なコストが多大な損害をうけます。アメリカと戦争になるであろう、ということも中国は認識しています。
しかし中国にとって台湾の独立は自国の死につながるため、絶対に看過できません。よって、これまでの歴史上の国家がそうしたように、経済的損失も軍事的劣勢も看過して、生き残りのために戦争に賭けることは十分に考えられます。お金よりも命、経済より生き残りの方が大事だからです。
また、もし台湾の防備が弱体であれば武力併合するか、その可能性をカードとして外交併合に持ち込もうとするでしょう。よって台湾とアメリカは、中国から台湾を守る軍事力を持ち、台湾侵攻を抑止してきました。そのため中国自身、すぐに台湾を併合できるとは考えていません。いつかは併合するため、とりあえず今は台湾の法的独立を抑止することを狙っています。そのためにも、台湾が独立に向けて性急に動いたときに武力侵攻する軍事力を持っています。そしていつかの日のため、さらに増強しているのです。
中国とて決して戦争を望んでいるわけではありません。しかし、いざその時には、含むとてつもない「紛争の代価」を支払い、戦争に打って出るでしょう。なんとなれば、経済的な損失よりも生き残りの方が大事であるし、生き残るために必要なら戦争をためらわないことこそが、戦争をせずに目的を達する法だからです。