次の日、再びベルシー体育館を訪れると、フリーに備えた朝の練習で、真央さんは、昨日とは変わってあまり元気がないようだった。昨日、あれだけ切れていたアクセルジャンプも、この日は「スパッ」という音が聞こえるようなことはなくなって、曲を流しての練習も、途中で打ち切ってしまったほどだった。
練習がこんな調子だったので、本番はあまり期待できないような雰囲気があったのだが、今度は逆にそう悪いできというわけでもなく、最終的な結果は5位となった。
試合を観戦し終えたぼくは、真央さんが今のこの調子、あるいは成績をどう見ているかというのが気になった。ぼくとしては、多くのマスコミが悲観しているのに反して、真央さん自身はそれほど気にしていないように見えたのだ。もちろん、外側からは窺い知れない部分もたくさんあるだろうから、そのことを聞いてみたいと思ったのである。
試合での真央さんは、ぼくの目からは、あえて跳ぼうとしていないように見えた。特にフリーの本番では、跳ぶ直前にちょっとした躊躇いがあって、トリプルアクセルを成功させることはもちろん、挑戦することさえ最後までなかった。
そこには、ショートプログラムの練習の時にはあった、跳ぶ直前のゆっくりとしたモーションや、直前の「ため」といったものがなかった。だから、もし仮に跳んだとしても、成功には終わらなかったように思う。
真央さんはこう言った「滑るのが好きなんです」
だから、ぼくには、真央さんもそれに気づいていたから、直前になって力をセーブし、跳ばなかったように見えたのだが、果たして実際はどうだったのか?
その質問をしてみると、彼女はこう答えた。
「自分でも、ウーンという感じでもどかしいんです」
それから、彼女が言ったのは、「ここまで一日の無駄もなく、悔いのない練習を積めてきた」ということだった。
真央さんは、練習までは、自分でも「いけるかも」という好感触をつかんでいた。だから、本番での自分にも期するものがあったらしいのだが、しかしそれが実現しなかったことに、もどかしさを感じているということだった。
真央さんは、胸の辺りに手を当てて「この辺まで来ているのに、試合でだけ跳べないんで、すっきりしない感じ」と言った。
それでぼくは、多少失礼かも知れないと思ったが、こう尋ねてみた。
「今シーズンは捨てる――つまりオリンピックまでの捨て石にする――という意識はないのですか?」
すると彼女は、少し考えた後、しかしすぐにこちちらを真っ直ぐな眼差しで見つめ、こう答えた。
「それはありません」