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東金の5歳園児殺害:弁護団が方針一転 遺族、強い不快感--初公判 /千葉

 ◇「訳が分からない」

 東金市の保育園児、成田幸満(ゆきまろ)ちゃん(当時5歳)を殺害したとして殺人などの罪に問われた同市の無職、勝木諒被告(23)の初公判が17日、千葉地裁(栃木力裁判長)でついに始まった。被告の弁護団は、冤罪(えんざい)だとしていた当初の主張を撤回し、起訴内容を認めた。この方針転換に、幸満ちゃんの母多恵子さん(40)は「訳が分からなくなった」と強い不快感を表明した。社会に強い衝撃を与えた事件から2年3カ月。注目の審理が始まった。【中川聡子、斎川瞳、黒川晋史】

 「はっきり言って、私も遺族もこの裁判に違和感がある」

 遺族と20年来の付き合いだという遺族側代理人の安福謙二弁護士は初公判後に会見し、被告弁護団に対する強いわだかまりを吐き出すように言った。「無罪を主張するにはそれなりの根拠と覚悟があったはずだ。突然撤回した理由が明らかにされていない」

 逮捕から初公判までを振り返り、「(弁護団の無罪主張で)遺族は部外者のように扱われた。ぶつけようのない怒りやいらだちや不安に襲われ、新たな被害を受けてきた」と遺族の怒りを代弁。今後の公判参加については「何がなんだか分からず消化不良で始まった裁判。弁護側の立証を聞かないと判断できない」と話した。

 弁護団の当初の無罪主張について、多恵子さんも同日のコメントで「一時的にせよ捜査に疑念を抱いた」「幾ら説明されても(方針転換の)意味を素直に受け入れられない」と強い不快感を表した。

 安福弁護士によると、遺族として初公判にただ一人参加した多恵子さんは終了後、疲れた様子だったが「供述の変遷など知らなかった事実を聞けて良かった」と話したという。

 また、今月6日に勝木被告の母親から、弁護士を通じて遺族あてに謝罪の内容の手紙が届いたが、内容や感想は明らかにされなかった。

   ◇  ◇

 被告弁護団の方針はこれまで、揺れ動いてきた。

 当初は前の主任弁護人のもと、勝木被告の供述が自分の体験や記憶に基づかず、取調官の誘導や憶測が入っている可能性が高いとして、犯人性を争う方針だった。被告の知能、身体能力の鑑定結果を地裁に提出。さらには、有力な物証とされるレジ袋の指紋が被告の指紋と一致しない--とする独自の鑑定結果も提出し、検察側と全面的に争う構えで公判前整理手続きに臨んでいた。

 ところが、前主任弁護人は弁護団を辞任。その後、指紋の再鑑定で一致するとの結果が出た。こうした点を踏まえ、弁護側は指紋に関する独自の鑑定結果を撤回。最終的に、起訴内容は認めつつ、訴訟能力と責任能力を争う方針に転換した。

 これについて、弁護団は公判後の会見で、「無罪も含めた検討を行ってきた。公判前整理手続きが終わった段階での見解が最終判断としか言いようがない。ご遺族を振り回す結果になり大変申し訳なかった」と謝罪した。

 また、公判前整理手続きの長期化については「障害のため供述が変わりやすかったこと、(指紋など)私的鑑定に時間がかかったことなどが挙げられる」と説明。独自の指紋鑑定を撤回したことについては、「捜査側と独自鑑定のどちらが正しかったか分からない」とし、弁護団内で、指紋以外の証拠から犯人性は争えないとの結論に最終的に達したことを明らかにした。

 ◇幸満ちゃん母、すすり泣く声漏れ--被告の供述調書朗読に

 千葉地裁での初公判は、午前10時すぎに開廷した。地裁には開廷前、61席の傍聴券を求めて180人が行列を作った。

 勝木被告はノーネクタイの黒いスーツ姿。午前10時すぎ、刑務官2人にはさまれ、目線を下に落としたまま入廷。伸びた前髪が顔にかかり、表情はうかがえない。公の場に現れたのは、逮捕直後の08年12月20日の拘置理由開示の裁判以来。当時よりも幾分ふっくらした印象だ。

 栃木裁判長にうながされ立ち上がり、名前を尋ねられると、はっきりとした声で「勝木諒です」と返答。本籍は「分かりません」、職業は「無職です」と答えた。

 その後、検察側が起訴状を朗読。勝木被告はその間、みじろぎもせず真っすぐ前を向いて聴き入った。終わった後、裁判長から黙秘権を告知され、確認を求められると「はい、分かりました」。さらに、起訴内容について「間違いありませんか」と尋ねられると、「はい、間違いありません」と答えた。

 一方、幸満ちゃんの母多恵子さんがこの日の公判に、被害者参加制度を利用して参加した。検察官席の後ろに設けられた席に座ったが、ついたてで仕切られ、表情はうかがえなかった。しかし、午後の公判で検察官が勝木被告の供述調書を朗読した際には、ついたての向こうからすすり泣く声が漏れる場面もあった。【味澤由紀】

 ◇「粛々と進める」地検次席検事

 軽度の知的障害を理由に訴訟能力が争われる特殊な裁判について、千葉地検の山田賀規次席検事は「粛々と立証を進めていくだけです」と落ち着いた口調で話し、公判への自信をにじませた。

 検察側は午後の公判で、勝木被告の自白調書を読み上げた。公判では調書のほか、幸満ちゃんの着衣と靴が入っていたレジ袋から検出された指紋などの物証、「(事件当日の)昼ごろ(遺体遺棄の)現場近くで女の子を抱えた男とすれ違った」などとする目撃証言などを証拠として提出している。【駒木智一】

 ◇検察・弁護側冒頭陳述要旨

 東金園児殺害事件の初公判(17日、千葉地裁)での検察・弁護側冒頭陳述要旨は次の通り。

 ▼▼検察側▲▲

 ■事件の経緯

 被告は08年9月21日昼、自宅近くの路上で被害者を見かけた。友達になりたいと思い声をかけようとしたができず、周囲をうかがい、ハンカチで口をふさぎ声を出せないようにして抱きかかえ自宅に連れ去った。

 泣き出した被害者に「帰る」と言われ腹を立てた。泣き声が外に聞こえるのを心配し、窓から遠い廊下に連れ出し「帰るな」と言った。だが「ばか」などと言い返されて激しく立腹、とっさに殺意を抱いた。洗面所に連れ込み、浴槽に沈め続け水死させた。水死が警察に分からないようにと、衣服を脱がせバスタオルで遺体をふいた。被害者の痕跡を消そうと、衣服と靴をレジ袋に入れて窓から外に投げ捨て、裸の遺体を抱えて近くの資材置き場に放置した。

 殺人容疑で再逮捕後の09年1月、父の葬儀の斎場で母に「ごめんなさい。怖くて言えなかったんだけど。お友達になりたかっただけなんだよ。それなのにすごくばかにされたから」と話した。

 ■責任能力・訴訟能力

 事件時は完全責任能力があった。被告は軽度精神遅滞だが、幻覚や妄想などの精神症状はなかった。精神鑑定でも(1)殺害の理由は十分理解可能(2)反道徳的行為との認識があったと思われる(3)一貫した行動--などから、責任能力に関し「著しく障害されていない」とされた。

 情状面では、短絡的・自己中心的な動機で、被害感情が非常に激しい。なお、捜査段階では、容疑者としての立場を理解し適切に対応したことなどから訴訟能力が認められる。

 ▼▼弁護側▲▲

 起訴内容に争いはないが▽被告に訴訟能力はない▽仮にあっても事件時は心神耗弱だった▽情状--を争う。

 ■事件の経緯

 被告は知的障害があり、事件1年半前の時点で知能指数は6歳児程度。事件当時は、病院や福祉団体の支援を受けていなかった。同居の両親は、父ががんで入院、母は仕事で手いっぱい。事件約1カ月前に勤務先を欠勤状態になり、昼間の話し相手は父だけだった。

 被害者とは路上ですれ違った。「話をしたい。友達になりたい」と思い、後をつけながら声をかける練習をしたが結局かけられなかった。そこで抱きかかえるようにして自宅に連れ去った。被害者は泣き出し「ばか」と言われた。会社で上司に怒られ続けていた被告にとって特別な言葉だった。混乱と怒りで、言動をやめさせたい一心で殺害した。母に発覚するのを恐れ、死体を遺棄し、衣服はレジ袋に入れ路上に捨てた。

 ■責任能力・訴訟能力

 被告は何度も黙秘権を説明されたが、意味を尋ねると「忘れちゃった」「そうでしたっけ?」と言う。裁判を受ける意味や逮捕された理由、今後どうなるのかも理解できない。一方で、誘導的な質問には無批判に肯定的に答えてしまう。自分にとって有利不利を判断し、自分を防御する能力、そのためのコミュニケーション能力もなく、訴訟能力はない。

 事件時は著しいパニック状態で、泣き叫ぶ被害者の言動を止めたいという思いで殺害しており、心神耗弱状態だった。計画性も再犯の可能性もなく、反省していることなどを情状として主張する。

 ◇東金園児殺害事件の主な経緯◇

 【08年】

 9月21日 午後0時半ごろ、東金市の路上で、心肺停止状態の成田幸満ちゃんが衣服を着けずに倒れているのが見つかる。衣服と靴が入ったレジ袋を近くのマンションで発見

12月 6日 同マンション住人の勝木諒容疑者を千葉県警が死体遺棄容疑で逮捕

   26日 勝木容疑者を殺人容疑で再逮捕

【09年】

 1月 9日 千葉地裁が鑑定留置を決定。約3カ月後、責任能力を認める鑑定結果

 4月17日 勝木容疑者を殺人、死体遺棄、未成年者略取の罪で千葉地検が千葉地裁に起訴

 7月22日 第1回公判前整理手続き

 9月14日 第3回同手続きで、弁護団が無罪主張

12月 3日 勝木被告とレジ袋の指紋が一致しない、との独自の鑑定結果を弁護団が公表(その後撤回)

【10年】

12月13日 同手続き終了。弁護側は起訴内容を争わない意向を表明

   17日 初公判

毎日新聞 2010年12月18日 地方版

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