「1日7000円の薬で命をつないでいる。障害年金も却下された」(乳がんの60代女性)。「抗がん剤治療を勧められているが、経済的な問題で治療をするか迷っている」(食道がんの50代女性)。NPOが08年に開設した「がん電話情報センター」(東京都文京区)に寄せられる相談のうち、最近増えているのが経済的負担に関するものだ。
血液がんの患者支援団体「血液情報広場・つばさ」理事長、橋本明子さん(59)は同センターで相談主任を務め、患者の切実な声に胸を痛める。「経済的な問題で治療をあきらめてほしくない。支援できないだろうか……」
今年10月、橋本さんらは製薬企業の寄付などを基に慢性骨髄性白血病患者を支援する「つばさ支援基金」を設立。この病気は治療費の窓口負担が月10万円を超すこともあり、治療中断する患者が後を絶たない。月2万円の助成を求め問い合わせが殺到、10月だけで約160件に上った。
国の高額療養費制度の負担軽減策が進まない中、民間基金は治療継続を支える柱の一つだ。一方、つばさ支援基金の規模では対象者は約100人まで。橋本さんは「支援を広げるためにも、より多くの基金への寄付を集めなければ」と語る。
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「恥ずかしいが、命の長さがお金で決まってしまう現実を理解していなかった」
大手生命保険会社で営業の現場責任者を務める河野幸彦さん(47)は今年1月にがんで亡くなった北海道の金子明美さん(当時41歳)を取り上げた本を読みショックを受けた。金子さんは6年半に及ぶ闘病生活で治療費負担に苦しみ、自ら患者会を設立。亡くなるまで国などに経済的負担の軽減を訴え続けた。
河野さんは金子さんの姿を社内で紹介し、「がんなどの診断後に支払われる保険金が、治療によっては500万円必要な場合もあるなどと、経済的な厳しさを顧客にしっかり伝えるよう職場で話すようになった」という。
生命保険の特約やがん保険などは病気になった際の負担軽減手段として期待されるが、従来の保険は入院や手術への給付が中心で、治療実態とのギャップが大きくなっていた。生保各社は昨秋以降、入院や通院の回数を問わず抗がん剤治療に給付する保険など、新商品を登場させている。
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高齢化に伴い病気の治療期間が延びる一方、景気の低迷で国民の収入や雇用は不安定化している。国の高額療養費制度、障害年金など従来の制度だけでは、患者の真の支えにはならない時代だ。
厚生労働省の研究班は今年度、がん患者の経済的負担に関する大規模調査を始めた。約3000人に医療費のほか、病気にかかわる全費用、発症前後の収入の変化などを聞く。主任研究者の濃沼信夫・東北大教授(医療管理学)は「国民皆保険制度で誰もが平等に医療を受けられるという前提があり、経済問題に光が当たってこなかった。安心して治療を続けるための策を国は早急に検討すべきだ」と話す。
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河内敏康、大場あいが担当しました。
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毎日新聞 2010年12月9日 東京朝刊