古代の律令では死罪を下すにあたり3度にわたり天皇に「覆奏」せねばならなかった。覆奏とは詳しく調べて奏上することをいうが、刑を決する前に1度、当日に2度するのが定めだった。死刑は何度も慎重に検討すべきだとの考えによる▲死刑決定後ですら監察役の弾正が冤罪(えんざい)の訴えを認めた場合、改めて奏上することになっていた。そして「死刑を定むるに三奏す」という言葉は、ずっと後の武家の時代にまで死罪を用いる者への戒めとして言い伝えられる▲むろん現代版の「三奏」にはより時間が必要だ。それぞれに暮らしをもつ6人の裁判員が40日間をかけて審理にあたった鹿児島市の高齢者夫婦強盗殺人事件の裁判員裁判である。結果は、死刑の求刑を受けながら無実を主張していた白浜政広被告に無罪を言い渡した▲現場の指紋などが決定的証拠だという検察と、犯行を否認し続けた被告である。「死刑か無罪か」という究極の判断を迫られた裁判員裁判初のケースだった。その判決は指紋などを被告のものだと認めたものの、犯行の直接的な証拠にはならないと検察の主張を退けた▲いわば「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に市民である裁判員が生命を吹き込んだこの判決である。ただ一転して「未解決」となった事件の真相については、被害者遺族の戸惑いをはじめ、割り切れない思いがくすぶるのも人情というものである▲何より冤罪による死刑を防がねばならないのは、古代の立法者も心したところだ。まして今日の基準での「死刑三奏」にはとても耐えられなかった事件の捜査の甘さと手抜かりは検証も必要だろう。
毎日新聞 2010年12月11日 0時09分
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