記者の目

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記者の目:日米同盟深化のために=大貫智子(政治部)

 11月に横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため来日した米国のオバマ大統領は、期待された被爆地・広島への訪問を今回、見送った。解決の道筋が見えない沖縄の米軍普天間飛行場移設問題が影を落とし、同盟深化の協議が遅れている。こうした状況の中での被爆地訪問は時期尚早という認識で両国は一致していた。今年は日米安全保障条約改定50年で、これまでタブー視してきた歴史問題の「和解」に踏み込み、同盟を深化させる機運があっただけに残念だ。来年のAPECは日米開戦の地・真珠湾のあるハワイで行われる。日本の現職首相がこれまで真珠湾を訪問したことはない。日本政府は1年後を見据え、歴史問題を含めた日米同盟の新たな姿を描くべきだ。

 ◇被爆地訪問の期待空振りに

 「両方ともありません」。11月13日の日米首脳会談後の説明で、福山哲郎官房副長官は即座にそう述べた。大統領の被爆地訪問や、8月のルース駐日米大使の広島平和記念式典出席に対する日本側の「返礼」に当たる行動について、会談で言及があったか、私の質問への答えだ。首脳会談では機微に触れる内容は伏せられることもあるが、通常は「あったことをなかったとは言えない」(外務省)。手元のメモを見ることもなく答えた福山氏の様子から、そのようなやりとりは全くなかったのだろう。昨年11月、鳩山由紀夫首相(当時)がオバマ大統領に被爆地訪問を要請、大統領が「任期中に訪問できれば名誉なことだ」と強い意欲を示していたのに比べ、大きくトーンダウンした。

 被爆地と真珠湾の日米首脳の相互訪問という構想は、太平洋戦争開戦50年(91年)、戦後50年(95年)、戦後60年(05年)という節目のたびに検討されては見送られてきた。だが今回はオバマ氏の「核なき世界」構想によって期待感が高まっていた。

 実現しなかったのは、米国内で原爆投下を是とする世論が今も多数を占めるうえ、11月初旬の中間選挙で民主党が敗北したことも影響した。だが、首脳会談に携わった外務省幹部によると、日米間では少なくとも9月の菅直人内閣改造後、実現に向けて具体的な協議はしていないという。ある日米外交筋は「そもそも菅政権になって、オバマ氏に絶対広島に行ってもらうべきだという雰囲気はなかった」と話す。鳩山前政権で揺らいだ信頼関係修復に手いっぱいで、ルース氏の被爆地訪問を次につなげる環境は整っていなかったということだろう。

 「核なき世界」には、日本国内にも慎重論がある。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件や、北朝鮮による韓国砲撃などに見られるように、東アジアの安全保障環境は緊張しており、核抑止力低下によって同盟の力を弱めかねない、という懸念だ。

 しかし、同盟関係は菅政権で改善したとはいえ、そもそも盤石ではないという声を、日本政府内でしばしば耳にする。10月末のハワイの日米外相会談の数日前、ある外務省幹部は同盟の実態について、「日米同盟をつなぎとめているのは中国が『悪人』だということ。『善人』になれば、いつでも見捨てられる可能性がある」と表現した。普段、日本外交について悲観的な見方をしない幹部だけに印象に残った。ハワイで、クリントン米国務長官は「尖閣諸島は日米安保条約5条の適用範囲」と明言したが、日米同盟重視というより中国けん制の意味が大きいとの冷ややかな見方が少なくない。

 ◇「普天間」解決へ求められる行動

 今の日米同盟に真に必要なものは何か。菅政権は、(1)安全保障(2)経済(3)文化・人材交流--を日米同盟深化の3本柱と位置付けているが、現状のような安保環境だからこそ、私は3本柱に共通の理念として「日米の相互信頼醸成」の重要性を訴えたい。古傷のように今もうずく原爆投下と真珠湾攻撃という最も難しい過去に向き合うことが、同盟の基盤を強固にすると考える。

 今回の首脳会談では、来春の首相訪米の際、新たな共同声明を発表することで合意した。これはオバマ氏の提案だ。会談の出席者の一人は「早くトゲを抜いてくれというメッセージだ」と受け止めた。「トゲを抜く」とは普天間問題の解決を指し、同盟深化に向けた日本側の一層の行動が求められている。

 まずはホノルルAPECに向け、首相の真珠湾訪問を早急に検討すべきだ。菅政権は硫黄島での遺骨収集、韓国併合100年の談話など、歴史問題に取り組む姿勢を示している。支持率低下にひるむことなく、次の好機こそ生かすことを期待したい。

毎日新聞 2010年12月8日 0時29分

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