3日、臨時国会が予定通り閉会した。日韓図書協定や郵政改革法案、労働者派遣法改正案、地域主権改革関連3法案など多くの法案を継続審議として、2011年の通常国会に積み残しとなった。
それにしても、発足から半年を経た菅内閣の迷走ぶりはどうだろう。鳩山内閣から引き継いだ普天間飛行場の移設問題や小沢一郎の「政治とカネ」問題はいまだくすぶり続け、これに続く参院選の大敗やねじれ国会、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件への不適切な対応、尖閣ビデオ流出や閣僚の相次ぐ失言など、支持率の急落もやむを得ないと思わせるほどの惨状である。
しかし、野党第1党たる自民党の支持が上昇しているかといえば、必ずしもそうではないようだ。自民党は7日、同党に反感を抱く有権者が6割に上り、民主党の5割弱を上回っているとする有権者の意識調査の結果を公表している(朝日新聞8日付朝刊)。
このまたとない与党の「敵失」に乗ずることができないのは、自民党もまた旧来の古い政治体質を脱却したとはみなされていないためだろう。
そんなおり、海部俊樹元首相の回顧録「政治とカネ」(新潮新書)が出版された。タイトル通り、実に生々しい政治とカネのエピソードがちりばめられている。
かつての自民党総裁選は、当然のように“実弾”が飛び交っていた。
「クリーンと謳(うた)われた三木(武夫)さんだって、実際には各派に金を配った。何人もの議員が、私から金を受け取った。それなのに、彼らは裏切った」
金権政治の総元締めのような政治家・田中角栄には「政治は数、数は力、力は金」との“名言”があった。この当時、政治にはそうした「裏」があるのは当然であり、カネはいわば政治の潤滑油だった。
おそらく自民党は当時のイメージにいまだ苦しめられている。利益誘導型の口利き政治と金権腐敗、族議員の跋扈(ばっこ)する利権構造、談合政治、料亭政治、根回し、腹芸、その他いろいろ……。自民党の政権復帰を待望する声がいまひとつ高まらないのはこのためだろう。
逆に民主党が辛うじて与党でいられる最大の理由は、かつての自民党政権のような「裏」のなさ(クリーンさ、とはあえて言うまい)ゆえではないか。例の「事業仕分け」にしても、そうしたパフォーマンスの一環だったはずだ。「金権政治だけはごめんだ」という民意に基づく消極的支持。
しかしここへ来て、「裏」のなさゆえの問題が見えてきたようにも思う。
その兆候は鳩山由紀夫前首相の時代からあった。「国というものがよくわからない」「世襲が日本の政治をゆがめてきた。世襲の私が言うのだから間違いない」などの迷言の連発には、裏表のない「人の良さ」がにじみ出ていたが、政治家としての信頼感にはつながるどころか逆効果だった。
さらに印象的だったのは、11月に報道された国政報告会での失言「法務大臣とはいいですね~」で辞任に追い込まれた柳田稔前法相である。柳田氏の発言は、本来ならそれこそ料亭などメディアの目の届かない「裏」でなされるべきものだ。
この“事件”は、もはや民主党内閣には「表」と「裏」を使い分ける意図ないし能力が欠けていることを意味しているのではないか。
そこへ追い打ちを掛けるのはインターネットだ。警視庁などの内部資料とみられる国際テロ関係の情報がネット上に流出したり、最近では尖閣ビデオが動画サイトに投稿された事件でも明らかなように、もはや情報を完全に「裏」だけに封じ込めることはできない。
もっとも、こうした事態は日本だけに限った話ではない。
国際的内部告発サイトである「ウィキリークス」は、すでにアフガニスタン、イラク両戦争におけるアメリカ軍の戦闘記録約49万件を公開して全世界に波紋を投げかけたが、今回は各国の米国大使館、領事館とワシントンの国務省との間で交わされた外交公電約25万件の一部を公開した。アメリカ外交の本音が公開されたわけで、ヒラリー・クリントン国務長官は情報漏洩(ろうえい)の謝罪対応に追われている。
もちろん、これらはまだ兆候に過ぎない。政治や外交からそう簡単に「裏」が消えるはずもない。ただ、はっきり言えることは、もはやかつてのように、政治家だけが「表」と「裏」を使い分けることは決定的に不可能な時代になりつつあるということだ。
政治から「裏」が消えたとき、果たして何が起こるのだろうか。徹底したポピュリズムに基づくキャラクター政治か。すべての情報を公開しつつ、ネットを介して政策ごとに投票がなされるような直接民主制か。いや、そもそもその時、私たちは「政治家」という存在を必要とするのだろうか。
いずれにせよ、いま私たちに必要なのは、単に「裏」を切り捨てることではない。その醜悪さにひるむことなく、「裏」の果たしてきた機能を十分に検証しておくことではないだろうか。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2010年12月12日 東京朝刊
12月19日 | 2.0の時代=東京大教授・坂村健 |
12月12日 | 政治の「裏」=精神科医・斎藤環 |
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