NHKでは大河ドラマ「龍馬伝」が終わり、秋山好古、秋山真之兄弟、正岡子規らを通じて近代日本の開明期を描いた司馬遼太郎の「坂の上の雲」が始まっている。
坂本竜馬は政治家が「平成の竜馬」などとの宣伝文句にも使うほどの歴史上のトップ級ヒーローである。当然のことながらドラマの中では菅直人首相の尊敬する長州の「奇兵隊」の創設者、高杉晋作も登場した。
「坂の上の雲」は、国会議員へアンケートをとれば必ず上位にランクされる政治家にとってバイブルに近い小説である。自分の出世、すなわち自分が頑張ることが国家のためになるという確信に満ちた時代。闘志にあふれた軍人、政治家が生き生きと描かれている。
菅氏もまた愛読した。夫人の菅伸子さんの著書によれば、菅氏は小説に登場する陸軍の大幹部、児玉源太郎に感心し、長男の名前にも源太郎と付けたほどである。
NHKの歴史ドラマが支持されるのは、難局を引っ張るリーダーへの待望とともに、先が見えない時代だからこそ、過去を振り返り「今はきっとあの時代と似ている、我慢すれば光明を見出せる」という切なる心情なのかもしれない。
イラク戦争で疲れ、リーマン・ショックを浴びた米国の1国支配が終わった。中国、インドの台頭が著しく、欧米先進国からアジア新興国へ富が大きく移動している。政治経済構造の大転換期にあり、各国とも激しい生き残り競争を強いられている。
日本は未来の国家像を見出せず競争に後れを取り、国力の低下で自信を喪失している。尖閣諸島沖の衝突事件の対応、メドベージェフ・ロシア大統領の北方領土訪問を防げなかった日本外交もまた、自信喪失を加速させる結果になった。
米韓両国が自由貿易協定(FTA)締結で合意した。両国間の工業製品や消費財で95%以上の関税が5年以内に段階的に撤廃される。韓国と激しくシェア争いをする日本の産業界は危機感を強めている。
韓国は人口が日本の半分の約5000万人で外需に依存せざるを得ず、輸出立国への生き残りの道をかけた。それを先導したのは大統領以下、政治家たちである。中国の迫力に圧倒され、韓国に対する焦りを募らせるというのが、悲観論が蔓延する日本国内の雰囲気ではないか。
ところが、菅氏は所信表明演説でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加の検討をぶち上げたものの、足踏み状態で菅政権の政治力ではとても強い反発が予想される農業団体への説得など国内調整はできないとの観測も根強い。
ある民主党の中堅幹部は「民主党政権が置かれている状況は厳しく、自民党にとって代わられるかもしれない。しかし自民党も長くは続かないだろう。民主党が再び政権の座につき、その時こそ今回の反省を生かして本当の意味での民主党政権を運営すればいい」と話していた。
革命期において簡単には政権は安定しないということを言いたいのだろう。明治維新は1867年の大政奉還を経て、1871年廃藩置県、77年西南戦争と安定するまでに10年かかった。1945年敗戦の混乱期を経て、55年の保守合同、社会党の左右統一で55年体制が確立した。
「自民党の負の遺産が大きすぎる」と鼻柱が強かった民主党議員は、政権交代から1年3カ月を経て、自民党政権への責任転嫁はできなくなっている。しだいに強気の弁は薄れ、中堅議員の言葉には一種の敗北主義さえ漂っている。
2000年代初頭には「失われた10年」と言われ、最近では「失われた20年」、このままでは20年には「失われた30年」と論じているかもしれない。
この危機感が菅政権にはあるのだろうか。首相は何らかの手を打つべきである。10年末から通常国会が始まる11年初めまでの1カ月足らずが菅首相にとってのラストチャンスのように思う。
民主党政権の失敗は「ねじれ国会」を簡単に考えたことである。小沢一郎元代表との権力闘争にエネルギーを使い果たし、代表選から臨時国会に入るまで何の準備もできなかった。
かつて公明党や自由党との連立による政権維持に首相、小渕恵三首相は命を削った。安倍晋三首相も体調を崩し辞任、福田康夫首相は大連立に走った。評価はさまざまでも「ねじれ国会」という難局打開の必死さが伝わってくる。
12月3日閉幕した臨時国会では、補正予算は成立したものの政権の衰弱だけが残った。政府の新規提出法案の成立は20本のうちわずか11本。小沢氏の国会招致は実現せず、仙谷由人官房長官、馬淵澄夫国土交通相の問責決議で両者は参院から不信任を突きつけられた。
民主党議員は正月に地元に帰れば、支持者から「何をしているんだ」と突き上げられ、針のむしろだと思う。最近の地方選での苦戦が示すように民心がはなれ、政党支持率では自民党と互角、または下回る状況だ。
自民も公明も両氏の出席する委員会は拒否する構えで、閉幕日の衆院本会議で両党は国交省と仙谷氏が大臣を兼務している法務省の計4委員会に関する同意人事案の採決を欠席した。このまま通常国会に突入すれば国会は混乱し、政権運営は暗礁に乗り上げる。「熟議」に向けては、政権党が環境を整えるべきであり、間違っても「ほうっておけば世論は審議拒否の自民ではなく、民主党に同調する」などと考えてほしくない。
菅氏は「私が正しい。力を与えよ」と解散する自信はないだろうし、選挙になれば民主党は政権の座から落ちる可能性が強い。それならば総辞職して新しい首相に委ねるか。
さすがに菅氏にはまだ政権維持への気力は残っているだろうし、政権の実績が補正予算成立だけではさみしすぎる。
現実的には仙谷氏らを更迭するための内閣改造が考えられる。また野党の要求を飲み小沢氏の国会招致に厳しく対応し、小沢カードと改造カードで自民党、公明党との軟化を促し、「熟議」を模索していくしかない。その先に民主と自民両党の大連立という選択肢が生まれるかもしれない。
国家的な危機にあって何もしないことは罪である。
2010年12月13日