【ローマ藤原章生】イタリア下院(定数630)は14日、ベルルスコーニ首相に対する不信任決議案を賛成311、反対314、棄権4で否決し、08年5月発足の政権は3票差で辞職を免れた。94年の初の首相就任以来、四つの内閣で8年以上政権を率いたベルルスコーニ氏は危機に追い込まれたが、反対派の懐柔などで過半数の支持を確保した。しかし政権は盤石ではなく、今後も不安定な議会運営を強いられる。
ローマをはじめイタリアの主な都市では14日、政権の教育改革に反発する学生のデモが広がった。政治危機のきっかけはフィーニ下院議長が今年9月、三十数人の議員とともに与党連合を離れたことだ。首相は以来、フィーニ派の切り崩しや野党議員の懐柔を図ってきた。今回の結果は「危機に強い強運者」との定評を強めたと言える。
ベルルスコーニ氏は08年5月、3度目の首相に就任。直後に首相ら4要職者の訴追免責法案を可決させ、「首相自身の公判逃れ」と非難されてきた。また再三、若い女性との関係が伝えられながら反省せず、毒舌癖も重なり、支持率を3割に落としていた。フィーニ派はこれを追い風に首相追放を図ったが、水面下の工作で敗れた。
下院の不信任案採決に先立ち、上院は与党「自由国民」などが提出した首相信任案を可決していた。
ベルルスコーニ氏の強さは資金力と、自身が興した民放テレビや新聞、国営放送のトップに支持者を据えたメディア支配にある。半裸の女性と冗舌な司会者が登場するバラエティー番組を定着させ政治のエンターテインメント化をもたらした。整形手術による若作りや、若い女性との交際が暴露されても悪びれない人間臭さで、「憎めないオヤジという印象を植えつけた」(コラムニストのベッペ・セベルニーニ氏)。
不信任案採決の前も「金で票を買った」と非難されたが、もともと金権のイメージが強く、傷にはならなかった。作家のバレンティーニ氏は、国民のモラル感覚をまひさせたことが16年にわたって政治の中心に居続ける理由だと指摘している。
毎日新聞 2010年12月15日 東京朝刊