国営諫早湾干拓事業(長崎県)訴訟の上告断念を決めた菅直人首相は15日夜、同事業について「国会議員の中でもよく知っている一人」と記者団に語り、野党時代から開門を主張してきた自負をみせた。「いろんな意味で象徴的な事業。歴史的には反省があってもいい」とも述べ、「無駄な公共事業」を批判してきた民主党による政権交代の成果として強調。内閣支持率の低迷に苦しむ中、「首相決断」によって指導力をアピールし、政権浮揚のきっかけとしたい思惑もにじむ。【野口武則】
15日午前、首相は鹿野道彦農相と仙谷由人官房長官に上告見送りを指示。鹿野氏は「理屈上、上告すべきだ」と食い下がったが、首相は「政治判断です」と押し切った。首相に近い政務三役は「諫早は首相の思い入れが強い課題。ここで意思を通さないと何もできなくなる」と説明。首相が就任半年間を「仮免許」とした発言に絡め「本免許の第1号だ」と強調した。
首相は政権運営の反省点として「発信力の不足」を認め、政策課題で自身の決断を前面に出し始めた。消費増税を念頭にした税制改革案を11年半ばまでにまとめる方針を決めた10日の政府・与党の会合では「幾多の政権が越えられなかった課題。なんとしても越えていく」と意欲を示した。13日夜には首相公邸で野田佳彦財務相と玄葉光一郎国家戦略担当相に法人税率引き下げを指示。直後に記者団に「最終判断を示してくれと言われた。思い切って5%下げる」と表明した。
ただ、野党は「安倍内閣のように政権が危うくなると『私の内閣』とか言って指導力発揮の場面を作りたくなる」(公明党幹部)と冷ややかだ。自民党の石原伸晃幹事長も「政権末期の悪あがき。支持率向上パフォーマンス」とこき下ろした。民主党内でも小沢一郎元代表に近い幹部が「首相就任後すぐ開門すれば支持率も上がったかもしれないが、裁判所に言われて渋々開けた形だ」と皮肉った。
仙谷氏は記者会見で「従来首相が最終判断した例は随分多い」と擁護したが、記者団から他の決断例を問われると「突如そういう質問を受けても。明日までに思い出しておきます」と具体例を挙げられなかった。
仙谷氏はこれに先立ち、経済同友会との懇談会で、法人税率引き下げを例に、「(首相が)決断した瞬間に、今度は財源がないとか総批判を浴びる。何をやっても批判する。じゃあどうすればいいんだ」とメディアへのいらだちも口にした。諫早問題でも、上告断念を歓迎する佐賀県などと、反発する長崎県の対立があり、どう乗り切るかで決断の真価が問われることになる。
毎日新聞 2010年12月16日 2時32分