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[16534] 【ネタ】 ろくでなしテディベア 【東方Project】
Name: 2nd◆e08db760 ID:9f2446cc
Date: 2010/12/18 07:03
本作は東方Projectの二次創作であり、

転生、オリ主、神様(笑)、能力授与といった具合に世間一般で地雷と呼ばれる要素を幾つも含んでおります。
また、中二病やそれを見下す高二病や御高くとまった大二病も氾濫しております。「皆で歩けば怖くない! ただし地雷原!!」 を地で行く作品を目指しています。


【12/6】
もうどうなってもいいや と思い好き勝手に書き直すことにしました。

【タグ】
ネタ オリ主 神様(笑) ○乱テディベア かくれんぼ 鬼ごっこ 妹様 ファーファ







[16534] 序章
Name: 2nd◆e08db760 ID:2098ea6a
Date: 2010/12/16 05:59
人が集まれば、必然的にそこに何らかの社会的なシステムが生じることは皆様ご存知だろう。ここでは、社会を二項対立的にどうこう言うつもりはないが、システム維持について少し語らせてもらう。
システムの維持、和の調和を図るためには守らなければならないものがある。聡明な読者諸賢にはこのようなことを、私ごときが説明するまでもないことであろう。
それはルールや法律、倫理といった社会的通念や規範のことだ。人を殺してはいけない。信号無視をしてはいけない。人のものを盗んではいけない。他者に危害を加えるような行動をしてはならない、そんな当たり前の決まりごとであり、これが守られない社会は自壊するこど言うまでもないだろう。

しかし、今日の社会でもそんな当たり前のことすら守ろうとしない輩がいる。否、今日だけではない。過去でもそうだったに違いない。奴等は何事に対しても“俺様ルール”を適用してくる存在だ。

奴とは誰か? 神だ。

あれは……私が恋人のミミの誕生日を、仕事ですっぽかした日のことだった。事務職である私は、日がな一日パソコンと向かい合っていることが多く、息抜きがてらに休憩室で煙草を吹かしに行くことにした。
ミミからの怨念じみたメールを目にして精神的にまいっていたせいもあるだろう。やたらと疲労がたまっていたのである。
10年振りに移動させた冷蔵個の下から出てくる埃並みに鬱憤やら何やらが溜まっていたのだ。

威嚇するように光を発するパソコンから逃げ出すように休憩室にやってきた私は、ハイライトに火を点けた。
そういえば、私がハイライトを吸うようになったのは、営業の宮下君から勧められたことが切欠だろう。ハイライト、もっと日の当たる場所という意味を持つこれを、事務職でパソコン仕事ばかりを押し付けられ、半ば会社で引きこもっている私に対しての皮肉として勧めてくれたのが非常に愉快だったのだ。それからの愛着がわいた一品である。

休憩室ではコーヒーを片手に煙草を吹かしていると、そこにやってくる人がいた。少し性格がキツそうな巨乳の女性だ。歳はおよそ30くらいだろうか、若干化粧が濃いが美人である。目の保養代わりに、と眺めていると、彼女は此方に声をかけてきた。

「お前は、小林益男ですね?」

いきなりそう訊ねられた。しかし、それは私の名前ではなく、可愛くもワイルドさを隠し持つ有能な部下、つまり私を扱き使う部長の名前だった。あの部長にこんな美人が何の用事だろうか。
もしや、愛人なのか。社内で、性格が私の次に悪いとされる部長に愛人?

そんな馬鹿な在り得ない。私ですら、愛人などいないのに、部長ごときに愛人だと? ふざけるな。きっと、この人はあの腹黒に脅されているに違いない。そう思った私は、彼女を部長から解き放つべき口説き始めようと席を立ち上がった瞬間、


「死んでちょうだい」


私は――――――――、「お前は死んだ。 すまん」


気がついたら、

知らないオフィスにいた私は、神と名乗る少年にそう宣言された。彼の話では、どうやら先程の美人は神の部下であり、ある任務のために部長を消そうとしたところ、手違いで私を殺してしまったらしい。色々と突っ込みたいところはある。例えば、部長は何故命を狙われるのかとか。

しかし、だ。それ以上に、私はこの少年の話を信じられなかった。何が神様だ。

「俺を馬鹿にするのもいい加減にしとけよ。 どうやって、俺を気絶させて、こんな所に連れてきたかは知らないが、厨房の暇つぶしに付き合ってやるほど、俺は暇じゃないの」

「おい、猿。 お前、神である俺に向かって、そんな口をきいて許されると思っているのか?」

猿呼ばわりされた。厨房に。頬が引き攣るのが自覚できる。

「――――、上等だ。 中学時代、“鉄拳の来栖”と呼ばれた俺のレジェンドパンチで、お前を教育してやんよ。 言っておくが、礼儀知らずのガキを殴ってでも躾ようともしない大人と、俺は違うぜ?」

「はんっ」

私はそれほど短気という性格ではない。しかし、この少年の言動はイチイチ癪に障るのだ。あまりにカチンときて、思わず一歩踏み出したとき、

「右手から気、左手からは魔力、――――合成」

少年から途方もない力が溢れた。呆然自失とは、今の私のような状態を言うのだろう。頭が真っ白になった私に向かい、神を自称する少年は掌を向けていた。何のつもりだ、と疑問を抱いた直後、背後から爆音を捉えた。振り返ると、

「次は外さない。 俺のアルティメットバーストストリームがお前を粉微塵に吹き飛ばすだろう」

背後の床が爆発していた。いきなりの展開、何が何だかわからない。とりあえず、私は「すんませんでした!!」と、ジャンピング土下座を慣行することにした。この方が神であるかどうかは定かではないが、私では手も足も出ない存在である、ということを理解した最善の行動だった。

「ふん、猿にしてはいい心がけだな。 その素直な心意気に免じ――――」

この方の話を総合するに、殺してしまったお詫びとして「好きな二次元の世界に転生させてやる」と言う。
ふざけた話だ。読者諸賢はこう思われただろう。発想力が乏しい中学生が適当に考えたご都合主義的テンプレート乙だ、と。私もそう思う。こんな展開はご免被る。

そもそも、私は現状の生活に満足していた。家庭環境は良好とは言い難いが、職にも就いていた上に、お互い冷めていたが一応巨乳の恋人もいたのだ。人生に絶望などしていなかった。むしろ、巨乳があった。それなのに転生などと言う。納得がいかなかった。ふざけるなと叫びたかった。
しかし、私はちっぽけな人間であり、向こうは神もどきだ。私ごとき矮小な存在がどうこ出来るわけがない。歯向かっても消されるだけだろう。

「不満そうだな。 二次元の世界だぞ? 何故、もっと喜ばない?」

確かに、【二次元の世界】というのも悪くはないだろう。王道的な夢のある展開は嫌いではない。ただし、私がもう少し若かったらの話だ。私は今年28のいい歳したおっさんだ。私は社会の歯車に組み込まれ、会社のために働くことが楽しいと感じるようになった企業戦士であるのだ。そんな私が二次元世界のワンダフォーで、ファンタジーな環境に適応できるとは考え難い。

だから、私は言った。

「二次元世界に転生とか興味ないので……非常に言いにくいのですが」

「俺が転生させてやるって言ってるんだから、素直に転生されろよ。 なに? ただの代用可能なお前ごときが俺に逆らうつもり? 消去するぞ代用品が」

「そんな、まさか滅相もない。 しかし――――」

「はん? 平凡で退屈、搾取され続ける人生こそが自分の望むものぉおお? おいおいおい、いい加減、自分を偽るのはやめようぜ」

「い、偽ってなど―――

「黒歴史」

その単語を耳にした直後、全身の汗が吹き出る。脳裏で、処分も出来ずに机の引き出しに封印されているノートのことを思い出した。あれは、あれだけは人様の目に晒すわけにはいかない。
聡明な読者諸賢にはわかるだろう。黒歴史ノート、後から見てあれほど鬱になれるものはそうそう無いと、と。
そして、私の黒歴史ノートは所謂最強ものだ。今の私の主義から見たら喧嘩を売っているとしか思えない。

青ざめる私に向かって、神はニヤニヤとした気色の悪い笑顔を向けながら、

「おっと、何故かこんなところに“来栖・高志の伝説”なるノートが」

どこからか取り出したソレを此方に見せる。それは、私の厨二の限りを封じ込めた黒歴史の結晶。姉に「厨二乙!!」と絶賛された悪夢。妹が口を聞いてくれなくなった原因の一つであるそれを、神は実に楽しそうに読み上げる。

「ええとなになに、主人公は、サイキョーのチートボディの持ち主? あらゆる状態異常を無効化する? 女性にチヤホヤされる? 成長の無限化? 魔力等の異能の力を食らい自分の力に出来る能力? 癒し効果も完備――――――……………………うわっ、ないわー」

恥を知れ。しかるのち死ね。
幻聴が聞こえる。胸の内から響くのはまごうことなき己の声。『馬鹿者め』『末代までの恥晒しめ』『どうしてリアル黒歴史ノートなんて作るの? 馬鹿なの? 死ぬの?』『そんなだから、空手の全国選手権で鼻を叩き折られるのだ』『この鼻くそ野郎』『うんこ製造機め』『…………ユニーク』『もしや罵倒されるのが好きなのかね?』『エゴだよそれは』

やめてくれ……。

「お前、なかなかの厨房だったんだな」

硝子の心が砕けそうになった。これほどまでのダメージを受けたのは久しい。最後にこれ同等のダメージを受けたのは、友人がロリコンだったと知った時以来だ。もう駄目だ。私はもう駄目なんだ。やめてくれ。お願いだから止めてくれ。

「やめねぇよ。 お前が望んだチートボディ(笑)で、転生させてやるよ。 おまけに色んな特典をつけてな。 で、どうよ? 転生世界は決まったか? どれでもいいぜ、遠慮すんなよ? 創世日記は、俺の手にあるんだ。 複製した世界はお前にくれてやる。 何をしても自由なんだぜ? 今まで堅苦しい社会人生活で鬱憤とか溜まってんだろ? 弾けてみろよ柘榴みてぇに!」

嫌だ。お願いだ許してくれ。若かりし頃の過ちだったんだ。今の私はそんなことを望んでいない。私はただ平穏に、組織で消費されるような普通のサラリーマン人生を送りたいんだ。ボーナスでミミにメイド服を買うという夢もあったんだ。正月は伊勢神宮に奉納に行く計画を練っていたんだ。

「過去が現在を否定するというのか……っ!?」

「はん、過去があるから現在があるんだろうが。……なんだよなんだよ、決められねーのか? なら、俺が直々に決めてやるまで」

暗い笑みで此方を見下ろしながら、少年は性根の腐った笑みで告げるのだった。


「喜べ、社会人。 お前の願いはようやく叶う――――はっ、これ言ってみたかったんだよねぇ!」


謎の七色の光が少年の手に集束し、此方に向けられる。あれが何なのかは理解できない。ただ、アレに直撃したらお終いだと本能が告げている。おそらく転生してしまうのだろう。そんなものは許容できない。
しかし、思いとは裏腹にひと際、光が強く輝き――――




     ∫ ∫ ∫




確かに現世は、現実社会は苦しいことや悲しいことは沢山あった。下らない失態で頭を下げるのは当たり前、プライドなんてものはダストボックスにダンクシュートされているような毎日だった。部下の尻拭いの為に取引先のお偉いさんに殴られたこともあった。部長に付き合わされて貧乳女性だらけの合コンに強制参加させられたこともあった。ミミの下着を頭に被ってブレイクダンスしていたら、当人に踵落としを食らって病院に搬送されることもあった。感情に、状況に流されて親父を見殺しにしたこともあった。
もう疲れたんだ僕は、と自分に酔って現実逃避をしてしまう日常だったさ。喘ぎ苦しんだあの日々に頭がどうにかなりそうだったとも。

「だけど、それでも、だからこそ遊びでやってんじゃないんだよォォオオオ!」

「あん?」

謎の七色光線が此方に放たれる前に、私は即座にジャンピング土下座モードに移行して許しを乞うことにした。

「どうか、どうかお情けを下さいましぃいいいい!!」

先ほどの大仰な言葉は一時的に己の感情に酔っていただけであり、二次元転生拒否の理由はもっと邪なものだったりする。
例えば、ミミにメイド服を買ってやってもいないというのに二次元行になぞ誰が行くものかや、今週のアンパンマンも観ていないというのに誰が二次元になぞ行くものかだったり、部長にワンパンも入れていない内に二次元になぞ行けるものかなどである。

それと、先ほどから必要以上に二次元送りを拒否しているが、私は別に二次元が嫌いだと言うわけではない。
問題なのは転生すると二次元が三次元になってしまう点にある。幻想は幻想であるからこそ美しく素晴らしいのである。現実補正なぞクソ食らえだ。想像してみて欲しい。リアル補正のかかったアンパンマンを。お腹を空かせたカバ夫くん達に対し、彼は優しい笑顔でこう言うのだ。

――――僕の顔をお食べ。

やべぇ。超見たい。半ば以上、怖いもの見たさだが。
しかしながら、そうは言っても二次元送りなぞ許容できる筈はなく、言わば「我が家は我が家、他家は他家」「デザートは別腹」「母ちゃんだって頑張っているんだ。 だから、頑張った自分へのご褒美的なものが必要だと思う。 ○○○○やら○○○ン的な意味で」という母ーちゃん理論武装で、少年に対し徹底抗戦したのが功を奏したのか――――。

「わかった。 そんなに嫌だって言うんなら一つゲームをやろうじゃねぇか」

少年から、妥協案とばかりに一つの提案を勝ち取ることが出来た。

これは別に私が交渉云々に秀でていたから掴み捕れた結果、というわけでは断じてない。かつての、最初の職種である営業職での経験を活かした交渉(笑)のおかげというわけでは断じてない。
ただ単に土下座スタイルでお願いしただけである。我ながら情けないにも程があった。【うんこ製造機】を自称する友人から、「社畜臭ェんだよ」と素敵なお言葉をいただているのは伊達ではない。

土下座云々は兎も角として、何とか妥協案をもぎ取った。ゲームというのが、某闇の遊戯的なものだったらどうしようか、と恐怖したが可能性が零ではない分、幾らか救いがあるかもしれない。



「隠れ潜み逃げる者を鬼が追いかける誰もが知っている伝統遊戯、即ち【鬼ごっこ】+【かくれんぼ】=【鬼恋慕】だ。 今まで一度は興じたことはあるだろう? 勝敗条件はアレと似たようなものだ、簡単だろう?」



確かにあるにはあるが……最後に【鬼ごっこ】や【かくれんぼ】をしたのはいつだっただろうか。…………ああ、思い出した。最後に【鬼ごっこ】をしたのは小学校三年生の時だ。小学四年生からは突如としてビジュアル系に目覚めた私は、低俗な餓鬼の遊び如きで汗臭くなることが許容出来ずに、遊びの誘いを受けても――――

『ふん。 下らない級友に、下らない遊戯……まるで、ファルスだな』(※1)

と鼻で笑って拒絶していた。級友が生温かい目で見ているのが見えないのか、この阿呆め。一時的に渾名が【ナルシー君】になったのを忘れたのか。
過去に拳を跳ばせるものなら、そのドヤ顔に時空跳躍拳を飛ばしたい。黒歴史を抱える読者諸賢には、この若さゆえの過ちに対する私の心情は説明するまでもないだろう。



「お前が勝利した場合、つまり、俺を捕まえる事が出来た場合は現世に復活させてやる。 なんなら【無限キャッシュカード】に、【どこでもドア】、【オプーナ】をクリアボーナスでくれてやってもいい」



「逆にお前が敗北した場合、つまり、俺様を見つけることが出来なかった場合は――――」



「黒歴史の体現たるその身体で、その世界に永住してもらうことになる。 ああ、それと中二病を復活させるのも面白いかもな」



黒歴史の一端に触れて意識を飛ばしていた私の耳に恐ろしい言葉が入ってきた。動悸息切れ気味になってきた28歳のおっさん予備軍に、その仕打ちは幾らなんでもあんまりだ。

「なん……だと」

中二病とは、端的に言えば、思春期によくある『自分は他の人間とは違う特別な存在』だと言う思いから発症する病のことだ。
例えば、平凡極まり無い人間社会に埋没しているが、本当の自分は…………天使の生まれ変わりだ、堕天使ルシファーの生まれ代わりだ、伝説の聖剣ケンソードブレイドカタナの担い手だ、と妄想し悦に浸ったりすることで知られている。

これは、人間誰しもが持つ『究極的に自身を肯定したい』という心理からくるもので、古の時代から伝わる伝統文化でもある。神話やら冒険譚からもそれは窺えるだろう。
そして、先達が作製したそういったものに影響された後世の者は、特に男の場合は英雄願望を刺激され、後々に「ひぎぃいいいいいい! らめぇえええ!!」と絶叫しかねない言動を繰り返してしまうのだ。

傘を手にしてアバンストラッシュや九頭龍閃をしてしまう内はまだいい。特に小さい頃ならば、近所のお姉さんにも微笑ましいものを見られる程度で済む。私の場合も近所のお姉さんを相手に『お姉ちゃんは俺が守るんだ!』と傘を剣に見立ててナイトを気取っていたが、避けられる様なことはなかった。それどころかご褒美を頂戴する日々だった。

しかしながら、中学生以降は…………


・――――俺、群れるの嫌いだから。

・――――くっ……右腕の封印が壊れかけているだとッ!? 死にたくなければ近づくな!

・――――悪いが、此処がお前の終点だ。


思考にノイズが走る。駄目だ。駄目だ、駄目だ。ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。これ以上、思い出してはいけない。妹が口を聞いてくれなくなったの原因など思い出せば、無傷では済まない。心的外傷が爆発加速することにより心機能どころか、思考状態もメルトダウナーしてしまう。今の様に黒いものが漏れ出してくるのだぞ、この阿呆め。



「なぁに、要は勝てばいいのさ。 と言っても無期限というわけじゃねぇから勘違いすんなよ。 そうだな……舞台は【東方Project】で期間は、【紅魔郷】から始まって【地霊殿】が終わるまでぐらいが丁度いいか。 そうだなそうしようそれまでにしよう」



ガキでも出来る簡単なゲームだろう、とニマニマした顔で問いかけてくる少年だったが、私は疑問を覚えずにはいられなかった。
というのも、それに付随するルールや条件を聞き及んでいなかったからだ。【鬼ごっこ】というのはある一定の敷地内、時間内であるからこそ成立する遊びであり、そういったルール無しでは追跡者が逃亡者を捕獲するのは困難極まりない。

極端な例ではあるが、「地球内の何処かにいるから探してみろ」「60億人の中から見つけてみろ」「無論、俺は地球内という敷地の中で移動するけどな!」この様な条件では目的達成はほぼ不可能と言っても過言ではない。

そう質問したところ、「悲しいけど、これも現実なのよね」と言われるかと思ったが、幸運なことにそうはならなかった。きちんと条件付けはしてくれるそうだ。私を誤って殺害した原因だと言うのに、「実は良い奴なのではないか?」と阿呆のような錯覚をしてしまうこの心理状態をスコットホルム症候群というのだろうか。



「その点は安心しろ。 お前の転生する世界は一種の閉鎖空間だ。 人口もたかが知れているし、無茶苦茶広大な土地が広がっているわけでもない」



「ただし、このゲームを行うには、または発生するには条件が必要だ」

「条件……だと……?」



「そう条件だ。 無条件だとお互い面倒くさいだろう。 だからその為の条件だ。そして、ゲームが発生する条件は単純だ。 原作の【東方Project】にて発生する異変の間のみ、俺はその異変に大きく関わる登場人物に化けて出現する」



「異変といってもお前には意味不明だろう。 ゆえに、単純かつ広義的に説明する。至極、本当に至極単純且つ突き詰めて言うと、異変というのは、【東方Project】という原作において、妖怪や亡霊やらといったそれに連なるモノの暇つぶしにより起こされる怪現象、怪事件のことだ。改めて言うがこれは究極的に単純化しての説明だと言うのを忘れるな。 詳しいことは現地に行って自分で確認しろ。
空一面が真っ赤な霧に染められたり、春がいつまで経っても訪れなかったり、夜が明けない日々が続くなどの超常現象ばかりだから、直ぐにわかるだろう。 それに、お前のチートボディにも異変感知機能を追加しておくから、それを参考にすればい」



「先の期限と関連する話だが、ゲーム可能期間はこの異変時のみになる。 そのゲーム可能期間の異変は、【紅魔郷】から【地霊殿】の異変までだ。 【紅魔郷】【妖々夢】【萃夢想】【永夜抄】【花映塚】【文花帖】【風神録】【緋想天】【地霊殿】、この⑨つだ。 それ以外の異変はゲーム適応外なんで間違わないように注意しろよ」



「俺はこの期間の異変時に大きく関わっている人物、そうだな……【紅魔郷】で言うなら、フランドール・スカーレットからルーミア、そして解決人である博麗・霊夢、霧雨・魔理沙の誰かに化けて登場する。 また、その場合、異変に直接関わっていない蓬莱山・輝夜や古明地・さとりに化けていることは絶対にない。 ついでに言うと、妖気に当てられて暴走する無個性雑魚に化けていることもねぇ」



「最後になるが、その中から俺を見つけ出し、身体に触って『捕~まえた!』やら『見ぃ~つけた!』と言えばゲーム終了、お前の勝ちだ。 理解したか?」



少年の話を整理、確認すると以下のようになる。

① 【鬼ごっこ】+【かくれんぼ】=【鬼恋慕】というゲームで少年に勝利すれば特典付きで復活できる。敗北すれば厨二魂ごと復活転生。

② 舞台は【東方Project】の世界。そして、活動エリアはその世界の【幻想郷】という一部の隔離地域らしい。

③ ゲームは【紅魔郷】から【地霊殿】と呼ばれる9つの【異変】の間だけに発生し、それが即ち期限になる。尚、異変感知機能は内蔵とのこと。

④ 少年は上記の【紅魔郷】から【地霊殿】に大きく関わる登場人物に化けて登場する。無個性の雑魚妖精の類には化けないとのこと。君の瞳にゾンビフェアリー。

⑤ 確保する際には身体的に接触した状態で、【捕~まえた!】【見ぃ~つけた!】と口にしなければならない。ヘキサゴン。疑問に思ったのだが、無作為にそこら辺の人間に触って『見ぃ~つけた!』と言えば簡単に終わるのではないだろうか。


異変やら何やら言われも、原作の世界観やらそれに類するものを知らないのだからまったく想像できない。何なんだ【東方Project】というものは。企業戦士の私が知っている作品は随分と昔のものしかない上に、最近のものでも某サラリーマンの話だったり、日曜日の夕方からやっているホームアニメだったり、アンパンだったりと極端過ぎる。

もしや……【東方Project】とは某磯野一家的な世界観で日常系の和んだ物語なのかもしれない。それで、町内で殺人事件やら何やらが起きて、その事件の容疑者に少年が擬態しているのだろう、そうに違いない。
東方というのも極東、つまりJAPANのことを指しており、計画というのは恐ろしい計画的なことを指しているのだ。

常識的に考えて、町内で殺人事件が何件も連続して起きることは普通はないが、某探偵物語に登場する死神くん的な存在が世界の歪みを生み出すのだろう。恐ろしや恐ろしや。どうでもいいが、磯野家の猫は襲名性って本当なのだろうか。

願わくば、非暴力的な世界観で…………先ほど、妖怪やら亡霊なんて単語を耳にしたような気がするんだが気のせいだろうか。
妖怪なんてものは昔話を鑑みるに非常にアレなんだが、きっと妖怪というのは、妖怪リモコン隠し、妖怪イヤフォン絡み、妖怪トイレットペーパー隠しだのそういった日常に現れる妖怪だろう。もしくは、クロノ君こと真黒黒助。

「ま、ゲーム云々は抜きにしてお前をチートボディにすることは変わりはないんだがな」

「や、やめろ ショッカー…………ッ!!」

「五月蠅ぇぞ。 さっさとチートボディ化して転生しやがれ」

「それが世界の選択か……!」


「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」


「ミミ、聞こえないだろうが聞いてくれ。 俺、このゲームとやらが終わったら……お前に――――――」


意識が断絶する前に、随分前に亡くなった母を見た気がした。




     ∫ ∫ ∫




私のサーヴァントである蝙蝠を見てから、妹は何かと使い魔を欲するようになった。おそらく私の真似をしたいのだろう。姉としては悪い気はしない。
しかし、妹は精神が若干不安定、気が触れている気がある。使い魔の世話などできそうにない。どうせ咲夜任せになるのだから止めた方がいい。巨大な蛇やら土竜など呼び出してしめば、餌代だって馬鹿にならない。

いや、いくら言葉を並べたところで、結局私は単純に妹が心配でならないのだ。というのは、自分の能力である【運命を操る能力】にある。
これは、運命に若干の干渉が出来る。簡単な未来視の真似も不可能ではない。もちろん、完全に何でもかんでも視えるわけではない。特に生き物の運命は複雑に絡み合った糸を眺めるかのようであり、漠然としたものになりがちだ。
しかしながら、おぼろげな物事の輪郭というものは視えてくる。長くなり過ぎたようだ。要するに何が言いたいかというと、私は妹の運命をおぼろげに視たのだ。変な使い魔を召喚する、そんな運命を。

だから、散々今夜の使い魔召喚は反対してきたのだ。まるで童話に登場する意地悪な継母や、魔法使いのお婆さんのように口を酸っぱくしてきたのだが、どうも効果を発揮することはなく、予定通り召喚の儀を行うことになった。

「酷いものだわ。 パチェも美鈴も、フランの味方をするんだから。 これじゃあ、まるで本当に私が悪役よ」

魔方陣の上に立ち召喚の呪文を唱える妹を視界におさめながら、そんなことを呟く。

「私はお嬢様の味方です。 妹様の意見に反対するのも何か理由があってのことだと存じ上げております」

「そう言ってくれると嬉しいわ。 はぁ…………なるようになる、なんて言葉消えてなくなればいいのに」

妹が召喚の呪文を読み上げる。すると、パチェの描いた召喚陣が赤く点滅する。室内に満ちるのは赤い魔力と、それにより巻き起こされた突風。どうやら起動は順調のようだ。後は詠唱の儀を通じてゲートから意中の従者を引っこ抜くだけである。

「我が命運を預けるに値する騎士よ。 汝の……これ、面倒くさいわ。 とりあえず、お姉様の使い魔よりも可愛くて強いのがほしい」

何だそれは。私が折角書いた詠唱文だと言うのに、面倒臭いとは。どうやら妹は形式美というものを知らないらしい。
しかし、別に形式美は召喚に必須というわけではなく、召喚魔法は難なく成功したらしい。陣は強い魔力を発している。

「来ます……っ!!」

咲夜が警戒するように、私の眼前に歩み出た直ぐのことだ。召喚陣から表れたものが視界に入った。召喚陣から表れたの、それは熊の縫いぐるみだった。普通の縫いぐるみよりも随分と大きなサイズである。
また特徴的な点としては、『ちーとぼでぃ』と書かれたプレートを首元にさげている。あれは一体何なのだろか。もしや縫いぐるみが使い魔なのか。

前代未聞なんてレベルじゃないが……


「見てお姉様、私の使い魔よ!!」


なんにせよ、妹は嬉しそうだった。それは良い事だ。ならば、素直に祝福しよう。しかしながら、影ながら召喚の件を応援していたとは思われたくないので控え目な祝福にしておこう。私はありとらゆる状況に置いて感情を乱さずに、華麗に立ちまわることの出来る淑女なのだから。そう、平静を保って、表情筋を意識しながら――――


「おめでとう、フラン! 流石は私の妹よ。こんなに立派な使い魔を召喚するなんて天才に違いないわ! 記念にプリズムリバー三姉妹を呼んでパーティよ! パパラッチ天狗に写真を撮らせるのも悪くないわ!! さぁ、咲夜 今すぐ手配してちょうだい!」












                       Prologue end
――――――――――――――――――――――――――――――――――

注釈群

※1 『下らない敵に、下らない味方……まるで、ファルスだな』

ACfaの沈没王子、照美人形さんの有難いお言葉。彼との共同任務にて、余程の無様を晒さない限り送られることのないある意味レアなお言葉である。







[16534] 東方紅魔郷 1-1
Name: 2nd◆e08db760 ID:2098ea6a
Date: 2010/12/18 06:48
最近になって嬉しいことがあった。それは妹のフランに関してのことだ。
その危険な能力【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を持つがゆえに、様々な点を考慮し、妹を軟禁していた。それには理由がある。だが、それは言い訳に過ぎない。幾ら正当な理由があろうとも妹を軟禁し、寂しい思いをさせたことに変わりはない。それは事実だ。
そして、能力が原因で昔から不安定であったが、それが更に拍車をかけることになった。どうすることも出来ない。どうすることが最善なのかわからない。時間が解決する問題でもない。悩んだ結果がどうすることも出来ずに現状維持を貫くことしか出来なかった。間違っているのか間違っていないのか、客観的に見てそれを二項対立的に判断は出来ないないだろう。
しかしながら、主観的に判断すると、私は自分の為したことが正しいとは思えない。

そうやって長年に渡り悩んできたが、どうやら…………

「お嬢様。 妹様のご様子なのですが、最近になって随分と精神的に安定してこられたようです」

そう安定してきたのだ。今この瞬間にでも我がことのように飛び跳ねて喜びたい。

「大変喜ばしいことです。 ご自分の能力を上手く制御できるようになられたのでしょうか」

「さぁね。 私自身のことじゃないからわからないわ。 けど、あのテディベアが関係しているのかも。 見た感じ相当なアーティファクトだったみたいだし。 精神安定の効果でもあるんじゃないのかしら」

「パチュリー様が大層興味を抱いておられました。 あれがあれば、肩こり頭痛も解消でき疲労回復の助けにもなるそうで」

「パチェがそう言うんだから、やはり何かしらの異能を有しているんだろう」

人間から魔法使いになった存在ではなく、種族としての生粋の魔女である上に、膨大な書に目を通してきた彼女にとってみれば、アーティファクトの効果を読み解く程度のことは容易いのだろう。

「そこで提案なのですが、今夜ささやかなパーティでもどうでしょうか? 妹様を主賓としての」

「悪くはない。 けどね――――、」

「お気持ちはお察しいたします。 ですがお嬢様、それでよろしいのですか? 妹様は、お嬢様とお食事をなさることを楽しみにしていると思われますが」

「…………う」

「最後にご一緒したのは何時になるのでしょうね。 私の記憶が正しければ、およそ10年程前かと」

「今日の咲夜はよく喋る。 そんなに口やかましいと老けるわよ」

そこまで口やかましいと嫌味の一つでも言いたくなるというものだ。結果として微笑みながらも色のない瞳で見られることになったわけだが。しかし、パーティねぇ。本当にどうするべきなのだろうか。


     ∫ ∫ ∫


今冬の不景気真っ只中、読者諸賢の皆様いかがお過ごしだろうか。恋人とよろしくやっておられるのだろうか、子どもと旅行にでも出かけているのだろうか、親孝行をなさっておられるのだろうか。冷たい雪が降りしきるこの師走、私は文字通り“子どもの玩具”になっております。

より具体的に言うと、現状の私は愛らしい熊の縫いぐるみ、テディベアの身になっているのです。
確かに熊というのは私の個性に適合した動物であろう。それは認めよう。ああ、素直に認めようではないか。残忍かつ獰猛な性格に反し、妙に愛嬌があり可愛らしい様は良いチョイスだと言わざるを得ないとも。

しかしながら、誰が好き好んで人間の身からテディベアという縫いぐるみになろうなどと宣う物好きがおろうか。いや、そんなメルヘン願望を持つ物好きなどおろうはずがない。無論、独断と偏見に基づいた自己中心的な私見だが。

さて、転生事件から幾ばくか経ったここで、自身の状況を少しばかり説明しておこうと思う。

① まず先ほども述べたが私の身体はテディベア化してしまった。

② 転生されると同時に、この世界の住人である【ご主人様】に強制召喚される。

③ その後、テディベアに内蔵された最強のチート能力群が覚醒するほんの僅かな間に。主従の強制契約を結ばされることになった。

④ そして、能力覚醒後も何故か契約破棄できないご主人の下でヒモ生活を送っている。

どうせ、異変とやらが起こるまではやることがないのだ。内蔵された【異変感知機】も無反応ということもあり、大したアクションを起こすでもなく自身の(能力の)現状把握に努めて、日々食ッチャ寝の生活を送っている。

その際、
判明した私の能力なのだが、非常に香ばしいので、精神安定のためにせめて【~程度の能力】と記すことにしよう。分不相応な能力など捨てられるものならば捨ててしまいたいものだ。


第一【共通認識を操作する程度の能力】

第二【他者と同調する程度の能力】

第三【外部から向けられる状態異常を否定する程度の能力】

第四【他人のやる気を削ぐ程度の能力】

第五【略奪する程度の能力】

第六【“力”を貯蔵することが出来る程度の能力】

第七【女心を擽る程度の能力(癒し効果完備)】


上記で非常に抽象的な表現をしているのは単に派生形と応用性を考えると莫大な数になるからである。
例えば、【色欲】ならば【リラックス効果を提供する程度の能力】【肩こり疲労等を解消する程度の能力】などといった様なものが、本当に無数にあるのだ。あまりに香ばし過ぎる。

これらの黒歴史の結晶を、私は七つの大罪と呼ぶことにした…………ありえない。何だこれは。嫌がらせにも程があるだろう。チートってレベルじゃない。ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう! を馬鹿に出来ない。

「クラウスはモフモフていて気持ちいいね」

ちなみに、クラウスとは私のことだ。敬愛するご主人から【クラウス・ソ―ラス】の名を与えられ、今現在はそう呼ばれている。自分自身でも、テディベア=たかし とは思いたくなかったので、これも縁かと有難く頂戴することにした。

それにしても、熊の縫いぐるみにそんな名前を名づけて悦に浸るご主人の将来が少し心配であった。というのも、縫いぐるみ相手に名前を与えるばかりか、(四六時中)話しかけては一人悦に浸るという行為を繰り返してやまないからだ。常識的に考えたら、控え目に言ってもかなり痛いだろう。
『○○ちゃーん。 ご飯でちゅよ~』などと、いい歳したババアがそんな醜態を晒していたら意味もなくシャイニングウィザードをかましたくなるに違いない。

救いはご主人の容姿が幼いことだろうか。そうだ、私のついでにご主人のことを簡単に説明しておこう。
この世界への転生エンドを迎えた私をタイミングよく強制召喚した張本人…………だけでは寂しいので少しばかり付け加えておく。と言っても、私とご主人の関係は日も浅いこともあり、大したものではないし、とりわけ貴重な情報を有しているわけでもないのだが。

端的に言うと、ご主人は化け物である。それも比較的メジャーな化け物である。七色に輝く宝石のような翼、血のように赤く染まった瞳、幼く華奢な身体からは想像もつかない怪力、スカーレットデビル(妹)の名を冠する吸血鬼なのだ。
名を【フランドール・スカーレット】といい、私達が滞在しているこの【紅魔館】の主の妹である。特筆すべき点ではない余談なのだが、ご主人の筋金入りのボッチ・ヒッキーちゃんだった。

さて、

そんな化け物である彼女に召喚され主従の契約を強制的という形とはいえ交わしたのだが、私は積極的に彼女に関わろうとは思わなかった。具体的には意思疎通が可能でありながらそれを行わないで、動きも会話も出来ない縫いぐるみを演じているわけなのだった。余計な人付き合いは計画の支障になりうるし、四六時中話相手になるのが面倒そうだったからだ。

「クラウスはどう思う?」

しかし、こう健気に話しかけられると辛いものがある。何故辛いのか?

ご主人、フランドール・スカーレットには親しい友達がほとんどいないボッチだからである。本当はいるかも知れないが、私が知る限り…………といっても一ヶ月ほどしか接していないのだが、ご主人は【紅魔館】の住人以外とコンタクトを取ったことがない。加えて、ご主人は自室である地下室、まるで牢獄のようなこの部屋から、必要な時以外は出ようともしない引きこもりでもあるからだ。

であるからに、その境遇に流され いっそのこと……と思うが踏みとどまる。それは駄目だ。一時の感情に流されるというのは悪手だ。リスクを管理し、より調和がとれた美しい生活のために、心を鬼にする必要がある。人間というのは自分が一番可愛くて大切なのだ。他人のことなど二の次、三の次なのだ。意思疎通が可能となり、親しい存在となるのは危険である。
昔、大学の教授が言っていた。殺人の大半は知り合いや親族による犯行だ、と。無用なトラブルに巻き込まれたくない私は、昔から極力他人と関わりを持たないように生きてきた。リスクを管理し調和のとれた美しい人生のためにだ。ゆえに、私はただの縫いぐるみを演じておけばいい。それが最善だろう。私は日々そうやって心中は戯言で満たしていた。

「それでね、それでね?」

だが、【調和】か【一時の感情】かと頭を悩ませる私に更なる追い討ちをかける要素があった。周囲の妖精メイドの話だ。なんと、ご主人は自身が保有する特殊能力の影響もあってか若干気が触れており、精神が不安定だと言うのだ。

「でね? お姉様ったら可笑しいのよ。 実は――――」

私を胸に抱いて、何回も同じ話を聞かせてくれる様に、思わず視界が滲んだ気がした。嗚呼、私がロリコンでいちいちリスクを気にするような性格でなければ、ご主人の力になれただろう。
しかし、私は不倶戴天の敵であるロリコンではなくグラマラス巨乳好きで、付和雷同とは無縁且つリスク管理が趣味の事務職野朗だ。私が力になれるとすれば、色欲に付随する常時発動型のチート能力、【心を癒す程度の能力】くらいだろう。

「もきゅもきゅ」

ご主人の話はこんな程度でいだろう。そんなころよりも私の好物の話、クッキーの話をしよう。クッキーが好きなんて女の子みたいとよく言われるが、男がクッキー好きで何が悪いと言うのだ。私ほどクッキーに心奪われた存在などいないというのに。

市販のものだと森○の月光が割と好みだ。いや、自分の人生の中であのチープでホロ苦い味は大きなウェイトを占めていた。スーパーに行った際に菓子コーナーで最後の一個を巡って幼女と大喧嘩をするくらいには。世間の目だとか、社会的な体裁とか、プライドとかを放り投げて奪い合ったものだ。

『バーカバーカ! 世間はよぉ……弱い奴は強い奴に淘汰される仕組みになってんだよォオオオオ』

『えぇえええん! えぇええええええええん!!』

身長差を活かし「フフフ! 馬鹿め届かないだろう?」攻撃を実行するも背後から、幼女の友人であるクソガキに『ゴムゴムのォオオ斧!』など意味不明な言葉と共に股間を蹴りあげられて、悶絶している間に略奪されたのだが。

さてさて、そんな大のクッキー好きの私の前には、咲夜と呼ばれる少しキツそうな性格をした侍女が持ってきたクッキーがある。告白しよう。我慢できようもなかった。ご主人の胸元から抜け出し、ドラえもんのような手で好物を掴み租借する。


「もきゅもきゅ」


無論、その行為がどういう結末を招くのかは容易に想像できる。ゴキブリを丸めた新聞紙で全力殴打すると、どうなるか以上に容易に想像できた。当然、当初は目をまるまるして驚いていたスカーレット妹は興味を持って、コミュニケーション可能だと思って話かけてくる。

「美味しい?」

「…………」

余程、使い魔のテディベアが動くのが嬉しいのか、声が嬉々としていた。


「クッキーが好きなの?」

「………………」


「どうして今まで動かなかったの?」

「……………………」


「あなたはどこから来たの?」

「…………………………」


矢継ぎ早にやってくる問い。しかし、そんなものは目の前にあるクッキーに比べると些細なことだった。ご主人など視界になかった。巨乳好きが貧乳に対してノーサンキューなくらいアウト・オブ・眼中であった。

「ふふふ、あなた可愛いわ。 抱っこしてあげるね」

人間が犬猫を相手にする感覚なのだろう。目を弓にしたご主人が此方を抱っこしようと手を伸ばしてくる。私はこの時、犬猫に代表される愛玩動物の気持ちがわかった気がした。
即ち、食事を楽しんでいる時に邪魔されるのは、たとえ相手がご主人様でも鬱陶しいものだ、と。
感情は自然と行動に直結した。向けられる腕を振り払い、機能するのかどうか不明な声帯で、この何とも言えない気持ちを口にすることにした。

「ガキは糞して寝ろ」

この時のご主人の顔を一生涯忘れることは無いだろう。例えるなら、サンタさんの正体を知った子どもの表情。阿呆のように口を開けと思うと、目尻が痙攣を始め、怒りと混乱とその他の感情が入り混じった笑みを浮かべ、

「…………ッ」

直後、視認不可能な攻撃を食らい私は壁へとめり込んだ。下らない疑問なのだが、この様なヒロインにぶん殴られて吹き飛ぶ漫画的な展開時に、どんなリアクションを取れば適切なのだろうか。スイーツ、とでも言っておけばいいのだろうか。


     ∫ ∫ ∫


精神の成長は社会経験の数に比例する、とは誰の言葉だっただろうか。著名な社会学者だっただろうか、それとも、少し社会学を齧った程度で学者を気取る阿呆学生の言葉だっただろうか。
情報の発信源はさておき何故か知らないが、我が親愛なるご主人と接していると、脳内に記憶されていたそんな言葉が浮かび上がってきた。

というのも、500歳を自称する割には言動が幼過ぎる。

そもそも人間と同じ尺度で測ること自体が問題なのかもしれないが。成長速度やら何やら違うのかも。
例えば、ご主人の100年が人間の1年相当だったりする可能性もある。また、奇抜過ぎる翼に代表される特徴を持つ人外のご主人のことだ。生物学的身体構造もヒトのそれとは大きくかけ離れているかもしれない。脳が少しばかりエクストリームな作りになっていたりする可能性はゼロではないのだ。はたまた、500年も生きているのに未熟な身体を鑑みるに、中身の成長もそれに比例して幼いのかもしれない。可能性なんてものは無限にある。言いだしたらキリがない。
であるからに一概にご主人がヒッキーのボッチであることが、精神的未熟さの原因だとは必ずしも言い切れないわけだ。

しかし、
私としては、ご主人の精神的幼さの原因は社会と絶縁状態にあるこの環境に原因がある説を強く推したい。一応言っておくと以上のは、全て暇つぶしの脳内戯言である。別に大事な話でも、後々の伏線でも何でもない。間違っても「大人になったら……結婚してくれるって言ったよね?」的な伏線になることはあり得ない。そんなご都合主義的なフラグは今日ティラノサウルスである。

さてさてさて、我が敬愛するご主人にコミュニケーション可能だと見破られたわけだが、あれから一カ月。
私は自分でも驚くぐらいに子どもの玩具に成り下がっていた。ご主人が暇な際には下らない会話を交わし、ご主人が眠る際には夢の共となり、ご主人が食事をする際には…………といった風にだ。そんな環境、とある趣味の連中とは違い私のようなボイン好きには目が死んだ魚の様になるほどのストレスを与えてくれる素敵な環境なのだが、流石に一か月もすると慣れてしまった。
人間の適応能力とは恐ろしいものだ。こうして現代社会で問題となっている冷めた夫婦関係だの、セックスレスの問題に繋がっていくのだろう。無論、極論だが。

「そこんとこどう思うご主人?」

「そんなことより、さっきの話の続きを聞かせないよ」

「すまん……脳内妄想に気を取られ過ぎた。 何の話だっけ?」

「【黴菌VSアンパン男!! ~ ヒャッハー、てめぇを消毒してやるぜ!! ~ 】の続きよ。 ルンルン♪相手に無双したカバ夫くんが生き倒れになったところをアンパン男が見つけたところから」

「ああ…………そんな話だったね。 腹を空かせたカバ夫くんに彼はこう言ったんだ」

「何て?」

「お腹が空いているのかい? なら、僕の顔をお食べ……とね」

「なにそれ恐い」

一か月前までは【調和のとれた美しき人生のためにリスク管理を!】と偉そうなことを口にしていた癖に、結局はご主人と意思疎通を行うことになっていた。その契機がクッキーのせいだなんてあまりにもお粗末な話である。私自身思うこともある。しかし、しかしだよ私にはどうしても彼(クッキー)を責められない。

結局、悪いのはリスクの管理が為せなかった自分自身なのだ。矜持を投げ出し、より良い人生の為にはリスク管理が必要不可欠だと謳っておきながら何とも情けない。これでは閻魔様に、一時の快楽に屈してしまった軟弱者の烙印を押されるのは免れないだろう。誇りある企業戦士として恥ずかしい限りだ。

しかし、しかしだ。
何日も沈黙を保ち、一切微動だにすることなく過ごすということはかなりの苦痛だ。果てのみえない単調な日常、代わり映えのしない生活の連続は、変動の時代を生きてきた私には耐えられなかった。飽きという概念は実に恐ろしい。何年も性格最悪の部長の陰湿でねちっこい嫌がらせに耐えてきた私でさえも、どうしようもない飢餓感に苛まれ、なにもかもがどうでもよくなる衝動に駆られるのだ。
そう例えるなら、中学生男子が煩悩と理性の狭間で葛藤するも、やはり煩悩には逆らえずに翻弄される様に正常な判断が出来ない状態にあったのだ。
超自我とか、暴れ馬とか、自我とかフロイト的に説明すると、

自我が「僕はどうすればいんだ……」と葛藤するところに、

超自我が「駄目だよ! リスク管理をしないと大変なことになるんだよ!!」と自我を諭すも、

暴れ馬が「ヒャッハー! 欲望に従ってブンブーンしようぜ! それこそが悪の流儀!」と悪の勧誘を猛烈にしかけてくるのだ。

至極単純に言ってしまうと、私はただの縫いぐるみの振りをし続けることに飽きてしまったのであるが。別に大義名分が欲しかったわけじゃないんだからね、と言えば一昔前に話題になったツンデレっぽくなるな、と阿呆なことが脳裏に浮かんだ。

「ねぇクラウス。 アンパンの話を特によくしてくれるけど、好きなの? その話」

どうなのだろうか。確かに他の話よりも頻繁にアンパンをチョイスしたことが認める。けど、それは個人的な好意が反映されたからというわけではないと思う。そもそもそれを聞いてご主人はどうするつもりなのだ。私にアンパンでも御馳走してくれるのか。

「変なの。 好きなら好きって言えばいいのに」

「素直に自分の感情を吐露できるほど若くないんだよ。 ご主人みたいなベイビーには理解できないだろうなぁ」

「し、失礼ね。 私はベイビーじゃないわ、立派なレディよ。 だいたい、私を子ども扱いするけどクラウスは何歳なのよ」

「およそ30歳」

「ベイビーはあんたじゃない。 私はおよそ500歳」

「フルフルビイビーみたいな顔してる癖によく言う」

「意味はわからないけど凄く腹立つわね。 ほんとっ、クラウスの癖に生意気だわ」

むぎゅうと抱きしめられる。客観的に見れば、幼い子どもが無邪気に熊の縫いぐるみに抱きついている微笑ましい光景に見えることだろう。しかしながら、此方を締め付けるその力はまるで万力のように強烈である。人間の身体のように骨やら内臓を有しているわけではなく、おそらく私の中身は柔らかい綿のはずだが、身体が軋みを上げる音を発して止まない気がした。見た目はアレの癖して、ゴリラ以上の力の持ち主だ。これからゴリランドールと呼んでやろうか。

「ところでご主人、今夜のディナーなどうするつもりなんだ? 君の大好きなお姉様からのお誘いなんだろう? 」

「…………わかんない」

「わかんない? どうして? 侍女からその旨を聞いた時、とても嬉しそうな表情してたじゃあないの。 参加したいんだろう?」

「私は参加しない方がいい。 いつも、この前も……参加してないし」

「何で?」

「色々、壊しちゃうから」

「壊しちゃう? なんだかよく事情が飲み込めないけどさ結局、お姉様とのディナーはいいの?」

思えばおかしかった。こんな地下室に住んでいるのは吸血鬼だからだと思っていた。だけど、名前をパープルと言う、やたらとお喋りで噂好き妖精の話を聞く限り同じ吸血鬼であるお姉様は普通の部屋で生活しているらしい。この差異はどういうことだ。多くの妖精メイドがご主人に対して異常に脅えているのはどういうことなのだ。まるで、化け物を閉じ込めておく牢獄のようなこの部屋はどういうことなのだ。

「…………別にいい」

なんにせよ、この話は地雷に違いない。先程まで楽しそうだったのに、目に見えてご主人が意気消沈した。実にテンションの起伏が激しい吸血鬼だ。見た目同様に心も幼いからだろうか。だが、私には関係のないことだ。主従の契りを交わしたとはいえ、ご主人の問題はご主人のもので私のものではない。他者がどうこう言ったところで、自己の悩みを踏み越えていけるのは自分自身でしかないのだから。それに私のような自己中心的快楽追及者な人間にどうこう出来そうな問題ではなさそうだ。そもそも私自身にも【隠れんぼ】の件がある。わざわざ介入している時間なぞない。

しかし、自分も騙せない嘘をつく様は見ていられないな。助けるつもりは毛頭ないが。

「別にいい? 本当に?」

「本当よ」

「本当に本当に?」

「本当に本当」

「本当に本当に本当に?」

「本当に本当に本当にって言ってるじゃない! 何回も同じこと言わないでよ」

震える声が返ってくる。怒りと悲しみ、参加したいのに参加してはいけないという思いにより生じた癇癪の混ざったような声。

「すまんすまん。 ところで、ディナーに参加しなくていいの?」

「……!!」

怒気が強まった気がした。これ以上やれば流石に危ない。胸に抱かれているのでご主人の表情は見えないが真っ赤に染まっていることだろう。無論、怒りでだ。

「クラウス……ッ! あんたは私に喧嘩を売ってるのね」

「…………」

「クラウス!! 何とか言いなさいっ」

両脇に手を差し込まれ面と合わせになった。怒気と共にご主人の身体からは赤い魔力と呼ばれる力が滲み出ている。赤い瞳も鋭さを増し、威嚇するような広がった宝石の翼も禍々しさを増している。流石は化け物だ。この威圧感は部長に匹敵する。恐ろしい。

「何とか言えって言ってるでしょ!!」

「にゃおーん」

「ク、ラウスぅうううう……ッ!」

ご主人の圧力が増した。どうやら、本心ではきっと行きたいのだろうが、どうにも行けない理由があるのだろう。しかし、それにわざわざ付き合って私がこの部屋に残っている必要は無い。確かに主従の契約は交わされてはいるが、四六時中も一緒にいるのは流石に面倒臭い。

「テンションが上がってるところ悪いが――――」

丁度いい機会だ。ご主因の代わりに私がディナーに参加しようではないか。そのように、旨を伝えたところ、

「な、何ですって!?」

思わずと言った感じで驚くご主人の拘束が緩んだその瞬間、中学時代に【横浜の閃光】と呼ばれた私はそこからすり抜ける。昔から回避やら逃走だけは得意だったんだ。今回もいとも簡単に抜け出せた。

「君と違って俺には行かない理由なんてないだろう? どうせ君が行かないのなら一つ席が空いているし? 君のお姉ちゃんにも会ってみたかったし? 実に都合がいいだろう?」

しかし、背を向けて部屋を出ようとした時だ。ムンズと頭を捕まれた。恐ろしい握力だ。ゲームセンターに設置されているUFOキャッチャーのアーム5000倍以上の力は確実にあるだろう。
首が捩じ切れそうだった。本当に子どもは残酷だ。平気な顔でアリの巣に熱湯を流し込み、実験と称し蜘蛛の巣に蝶を投入し、自分勝手な理由で玩具を傷つける。ご主人もそうだった。見てくれ同様、苛立った時の私に対する扱いの悪さがまさにソレだった。そんなだから最終鬼畜妹だと言われるのだ。

「…………」

「…………」

「………………何、この手」

「………………ほら、クラウスの話に出てきたUFOキャッチャーごっこ?」

「流石は敬愛する我がご主人。 細かい話までよく覚えている。 けど俺はね、幼稚園時代のオママゴトに代表されるごっこ遊びって大嫌いだから今すぐ放して」

「こ、故障中だから河童の連中が修理に来ない間は無理ね」

「なるほど、500年も使ってる年代物だからアームにガタがきたんだろうなぁ。 河童の人等が来たら言っておいて。 古くなって動きが悪いから油でも指しておいて下さい、って」

「何ですってッ!?」

子ども故に沸点が低いのか。それともテディベア如きに馬鹿にされるのが気に食わないのか、はたまた使い魔に置いていかれるのが嫌なのか、それとも嫉妬からくる怒りなのか。

「ご主人。 俺がパーチィに出るのはそんなに駄目なことかね?」

「ずるい! ずるい! ずるい! そんなのずるいじゃない!!」

「ずるくなどない。 ご主人も来たいのなら来ればいい。 君にはディナーに参加する権利があるのだろう?」

「そ、それは…………そうだけど」

「はん。 優柔不断だなご主人。 そんなだから、尻の蒙古斑が取れないベイビーなんだよ」(注1)

「も、蒙古斑なんて無いわよ!!」

流石にレディに言う言葉じゃなかったのか不評を買った結果、ご主人の右ストレートが頬に突き刺さることになった。だが、この身体は黒歴史の結晶【ちーとぼでぃ】ゆえかダメージは無いに等しい。肩で息をするご主人が疲れるだけに終わった。

「で、蒙古斑娘は結局どうするの? 行くの? 行かないの? さっさと決めろよ蒙古斑」

真っ赤になったご主人の顔を最後に私の記憶は断裂する。次に気がついたのは、豪華な食事が並ぶディナーの席だった。別にご主人を此処に連れてくるつもりはなかったが、当初の目的通りに食事にありつけることができたのでそれで良しとしよう。べ、べつにご主人のためなんかじゃ……ないんだからねッ! いい!? 勘違いしないでよね!? とでも言えば私が善良なテディベアに見えるのかもしれないが、生憎ながら、私は自分の欲望を満たすことにしか興味の無い悪性テディベア、フォースの暗黒面に堕ちたテディベアなのである。
だから勘違いしないでよね、と言わせていただこう。無論こんなことは読書諸賢には言うまでもないことだろう。


     ∫ ∫ ∫


妹は結果的に言えばディナーに参加してくれた。その表情に若干の不安が見え隠れしているが、比較的に安定してる。現状では暴走の兆候は見受けられない。私はそのことに良かった、と胸を撫で下ろした。

「どうフラン? 美味しい?」

妹が笑顔で頷く。それを見れただけでも今夜の食事会を開いたのは間違いではなかったと思える。

「ところで、それは?」

「私の使い魔。 どうしても参加したいって言うこと聞かないから連れてきちゃった」

フランの隣の席には、件の縫いぐるみが座らされている。珍しく図書館から出てきたパチェは興味津々といった感じで、縫いぐるみに視線を送っている。余程興味があるのでしょうね。

「フラン、食事の場に縫いぐるみを持ってきたら汚れてしまうわよ?」

「お姉様。 この子はね、クラウスっていうのよ。 それにクラウスは汚くならないわ。 何でも無敵の【ちーとぼでぃ】があるらしいから」

縫いぐるみに名前をつけるあたり何とも愛らしいではないか。流石、私の妹ね。しかし、どうしてクラウス?

「それとねクラウスのことなんだけど、お姉様、咲夜もパチェも美鈴も仲良くしてあげてね?」

「ええ、是非とも。 ところで妹様、今夜クラウスと語り合いたいのだけど借りても構わない?」

あのアーティファクトに余程の興味があるのだろう。パチェは獲物を狙う狩人のような目でクラウスを見つめている。

「駄目よ。 クラウスは私に嘘をついていたから、今夜はちゃんとお話をしないといけないの」

「嘘ですかー? クラウスはどんな嘘をついていたのですか?」

クスリと思わず笑みが零れる。可愛らしいことを言ってるわね、と。美鈴もそう思ったのだろう。優しい微笑みを浮かべている。彼女もフランが安定して、こうした平穏な時間を過ごせることが嬉しいに違いない。

「クラウスはね、喋れるのに喋れない振りをしていたのよ。 ね、クラウス?」

全員の視線が思わずといった感じでクラウスに集まる。しかし、彼の表情は微動だにしない。フランが言う様に喋れない振りをしているのか、本当に喋れないただの縫いぐるみなのか判断がつかない。

「フラン。 クラウスは返事をしないようだけど? 機嫌が悪いのかしら?」

意地の悪い笑顔でそう告げてみると、フランはムッとした表情で、

「さっき殴ったことを根に持ってて反応しないだけ。 今は皆に紹介してるんだから返事くらいしないよクラウス」

フランが彼の座っている椅子を揺らす、すると、その拍子にクラウスの首をカクンと落ちた。その姿は糸の切れたマリオネットのようで、まるで、「誰が喋るかバーローが」と馬鹿にするかのようにも見えた。

「いい度胸だわ……蒙古斑のことといい、あんたには少し教育が必要ね」

穏やかだった表情から一転、妹の表情からは苛立ちが見て取れる。先程まで安定していた時と違い、いつ癇癪を起こしても不思議ではない。これは拙いかしらと思ったところ、

「妹様。 クラウスは喋ることが出来ると仰られたようですが、一体どのような会話をなさったのですか?」

咲夜が放しを逸らすようにそう訊ねた。すると、妹の怒気は若干和らぐことになった。私は心の中で喝采した。よくやった咲夜と。

「えーと、咲夜の性格が少しキツそうだとか」

「…………」

背後で咲夜の気配が揺れた。後ろを見ないでもわかる。頬が引き攣ってるに違いない。

「美鈴が好みなんだって、キョニューだから」

「…………」

純粋無垢なはずの妹は今何と言ったのだろうか。脳が「キョニュー」という単語の意味を理解することを拒否いている。美鈴もそうなのだろう、笑顔のまま表情が固まっていた。

「パチュリーは雰囲気が昔の恋人に似てるから苦手意識があるんだって」

「…………」

「あと、お姉様は守備範囲外だそうよ」

「…………」

何とも言えない雰囲気が流れ、その場を紛らわすかのようにグラスを呷る。私に習うように美鈴とパチェも同じ行動に出た。

「ワインの御代わりをちょうだい」

「あ、咲夜さん。 私もお願いします」

「咲夜。 私も――――――――」

私もお願い、とそう言おうとしたところ変な光景が視界に入ってきた。クラウスが一瞬だけ動いた気がしたのだ。

「もきゅもきゅ」

「…………」

気のせいだろうか。この縫いぐるみ、クラウスは皿の上にあったムニエルを口に頬張ったように見えたのだが。もしかしたら疲れているのかもしれない。昨日は博麗の巫女で遊ぶべく、異変でも起こそうと色々と計画していて眠るのが遅かった。もしかしたら、それが原因かもしれない。

「もきゅもきゅ」

いや、気のせいではない。今のは現実に起こったことに違いない。間違いなく、あれは何かを租借している。ねぇ、と咲夜に確認をとってみる。

「咲夜、クラウスが今何か食べてるように見えるんだが気のせいか?」

「? クラウスは縫いぐるみですが……」

しかしながら、咲夜は不思議そうな表情を浮かべるだけだった。それほど度数の高いワインではないのですが酔いがまわりましたか、と心配された。酔っていると思われたらしい。心外だ。この身は500の歳月を経てきたのだ。たかが、ワインを一口嘗めた程度でどうにかなる程軟ではない。

「もきゅもきゅ」

「…………ッ」

お前馬鹿じゃねーのと言わんばかりに嘲笑された気がした。落ち着けアレはただの縫いぐるみだ。所詮は被害妄想に過ぎない。クラウスの瞳が此方に向けられたのも偶然に過ぎない。背後で咲夜から心配するような視線を送られているような気がしたが、気のせいだ。周囲に目をやったところ、クラウスの様子に気がついているものはいない。皆は普通に食事を楽しんでいるようだ。


「もきゅもきゅ――――――ふんっ」


何故誰も気がつかない……っ!?











――――――――――――――――――――――――――――――――――


注釈

蒙古斑はモンゴロイド系が一般的で、西洋系の人にはあまり見られない。またそれに関して知識を有していない場合が多いです。本作では、ネタとして割り切っていただけると幸いです。






[16534] 東方紅魔郷 1-2
Name: 2nd◆e08db760 ID:2098ea6a
Date: 2010/12/18 06:46


微温湯を漂うかのような心地よさの中、私は夢を見ていた。生前は非才の身でありながらも私は唯一他人に誇れるものがあった。それは夢を自覚できるという才能だ。
こういう夢、明晰夢を見れるということは楽しいもので上級者になれば夢の内容をコントロールすることも可能になるらしい。生前の上司である部長はこの明晰夢マスターらしく夢の中では、貧乳女性のハーレムを形成していたらしい。
今でも思う。あの男は私には辿り着けない局地の最前線に立っていたのだと。それに対して、私は部長ほど変幻自在に夢をコントロールすることが出来ない。夢の内容は快楽であったり、恐怖であったりと常にランダムなのである。
更に、通常では私を含め人は睡眠時に毎回明晰夢を見ることは無いと言われているのに、部長は毎日明晰夢を見、操るのだ。時々、あの人が本当に人間なのか疑いたくなる。

兎も角、私は今回も明晰夢を体験しているのだが、その内容は到底望むものではなかった。

「おいたん。 おいたんは橙のことが好きなんだよね?」

「違いますよねおじ様。 おじ様は椛のことが好きなのですよね?」

忌々しい熊の縫いぐるみ状態ではなく、かつてのヒトの姿である私の腕を引くもの達がいた。猫耳娘と犬耳娘だ。それもまだ幼い容姿のだ。夢というのは記憶の整理だったり、自身の欲望が表れるものだとよく聞くが、果たしてこれが私の望んだ欲望の結晶なのだろうか。
私は間違ってもロリコンではない。あのような唾棄すべき存在は敵だ。理解も共感も出来ない不倶戴天の敵なのだ。

連中とだけは相容れない。

奴等の悪魔の所業をどうして許容できようか。悪魔の所業、それは迷惑極まりない布教活動。猫の眉間ほど狭い私の交友関係においても、奴等は有難くもないロリ趣味を押し付け共感を得ようとあれやこれやと構ってきたのだ。

自身の好みを述べて断ろうにも、それが通用しない執拗な勧誘をするものもいた。今でもあの鼻くそ野郎の言葉を鮮明に思い出せる。連中は巨乳好きを称する私にこう言ったのだ。

『ロリ巨乳というジャンルもあるんだが?』

リスク管理を是とする私だが、後先考えずに拳を放ったのはアレが初めてだろう。ロリ巨乳などというジャンルは、三輪車にニトロエンジンを組み込むようなものだ。私の中でそれは絶対的なタブーであり、混ぜるな危険という言葉の筆頭格である。極大のプラスにマイナスを掛けると極大のマイナスが生まれる、まさにそれがそうだ。

兎も角だ。私は大人の胸が大きな女性が好みであり、子どもにそういう感情を万が一にも抱けるような人間ではなかった。

「悪いけど」

「おいたん……?」「おじ様……?」

子ども達の不安そうな声が鼓膜を振るわせる。やけにリアルな夢だ。こんなのご免被る。どうせならば、もっと大人な女性に相手をしてほしい。ボン! キュッ! ボン! 且つ昼は淑女の様に慎ましく、夜は娼婦の様に情熱的なオトナの女性に。

「俺――――、大人の女性が、それもボインが好きだから」

犬耳と猫耳は唇を噛み締め瞳に涙を溜め、感情が爆発しそうになる直前、私の前から消失した。しかし彼女達に代わり、その場に現れるものがいた。どこか虚無感に支配されたような表情と、胸元に目玉のようなものを携えた少女だ。

「言葉など幾らでも偽れます。 その言が真と仰るなのら、貴方の暗いところを見せて下さい」

少女の胸元にある目玉のようなものがギョロリと私を補足した。その瞳は、私の内にあるあらゆるものを俯瞰するようであり、自身の本質を覗きこむそれに言い知れぬ不快感を抱き始めたところ、それと私の瞳が交差した。その瞬間、脳内に電撃のように言葉が過ぎる。

――――こ の ロ リ コ ン め !

まさに疾風迅雷。きゅぴーん、というものである。自分で何を言っているのかわからないが。

「違う! 私はロリコンなどではない!」

「ならば、先ほどの娘達は何だと言うのだ。 猫猫娘と犬犬娘に腕に抱きつかれて何とも思わなかったのかね?」

「何事にも意味を見出そうとする目的論はナンセンスだ。 科学で例えると、アリストテレスの目的論的自然観でこの世の事象全てが見通せないのと一緒だ!」

「馬鹿め。 学問と色恋事を同列に並べること自体がナンセンスよ。 素直に認めたまえ、『あるがままに』肯定し自然を観測する自然魔術師の様に、揺るぎなき事実を受け入れろ。 貴様のその欲望が先ほどの事象を、そしてフランドール・スカーレットの――――――」


「五月蠅い黙れ! 私は違う、断じて違う!!」


否定の叫びを上げ、気づく。先ほどまで憂鬱な夢の世界にいたこと。そして、いつの間にか夢の世界から現実へと叩き出されていることに。叫びが契機になったのだろう。

「嫌な夢だ…………」

環境が原因で精神的疲労が蓄積している気がする。慣れたと思ってはいたが、心の何処かで無理をしているところがあったのかもしれない。そのせいか最近は嫌な夢ばかり見る。

先日もバ○コさんに『てめぇ……何呼び捨てにしてんだ。 さんを付けろ、さんを』と夢の世界で発酵食品犬と共に説教されたものだ。結構末期なのかもしれない。

ただ、憂鬱なのは夢だけではなかった。遅れて気づく。今自分がどういう状態なのかを。今、私がいるのは就寝中であるご主人の胸の中。テディベアという子どもの供役らしく抱かれているのだ。現状に溜息を漏らせずにはいられなかった。

可笑しな感覚だ。感情がざわざわする。望郷の念、とでも言おうか。リスク管理のために余計な人付き合いを極力避け、孤独な生活するようになって以来、こうして人の温もりに触れる機会などほとんど無かったからだろうか。
かつて、ミミという女性と恋人関係ではあったが、肌を重ねることは無かった。私達は互いに利己的で打算的な関係であり、それ以上の関係ではなかったのだ。
だから、こうして他人と接触することで胸に言い様のないものが去来する。訳のわからない切なさともどかしさと、居ても立ってもいられない焦燥感に苛まれるのだ。所詮こんなものはシナプスに微電流が流れた結果でしかないというのに。

「むぅ」

人肌が恋しかった、という訳ではないと思う。そもそも私はそういった感情よりも実益を優先する人間だ。自身の利の為に父親を見捨てた親不孝ものである私如きが、今更そんなものを求めるはずが無い。純粋に私を必要として大切に扱ってくれるご主人の抱擁が途方もなく、もどかしい。かつて母にされたような抱擁を思い出す。忌々しい。子どもに、それも人間ですらない吸血鬼に抱きしめられ、僅かとはいえ心が満たされたというのか。どうかしてる。
憂鬱な夢を見たせいで心がナーバスになっているのだ。だから、らしくもない思考に陥り可笑しな錯覚をすることになる。吊り橋効果なんだ。

「そう、結局は――――――


「クラウフ……もふもふ」


少し影のある主人公を演じてみようと思ったところ、我が敬愛するご主人が迷惑なことに、この身を安眠枕か何かと勘違いし強く抱きしめてくる。そう拷問器の万力のように。きりきりときりきりと。御蔭さまで私の痛い演技は中断されることになった。語りを邪魔されると少々以上に癪に障ると学習した今日この頃。

「…………妖怪南瓜パンツめ。 阿呆面をして眠ってやがる。 鼻に唐辛子でも詰め込んでやろうかしら」

「私……? そうね……納豆には葱を入れるタイプかしら?」

「何を寝ぼけているんだ君は。 納豆に葱など邪道よ、鶉の卵こそが王道なり」

寝る子は育つとはいえ、体感的にもう直ぐご主人の活動する時間だろう。幾ら彼女がニートだと言ってもいつまでも眠っているのは不健康だ。不本意ではあるが、使い魔としては窘める必要があるな。本当に不本意だが。そう、心を鬼にした愛の鞭を振るう必要があるわけだ。不本意ながら。

「早寝早起き、淑女の基本ぜよ。 おらおら、もふもふハンドの連打で御座いますことよ。 おーっほほほ!!」

奥義【往復猫パンチ】を食らわせてやった。その顔は非常に見ものだ。寝惚けて最初何をされたのか理解できていない表情に段々と怒りの朱がさしてきて、涙目になるのが堪らない。どうでもいいが『おーっほほほ!!』なんて言葉生まれて初めて使った記念すべき瞬間だった。今日を『おーっほほほ!!』記念日にしよう。昨今の高校生カップルの一カ月記念日級に下らないが。

「俺のことはお姉タマとお呼びっ!」

「…………何すんのよ」

「おいおいおい、折角痛いギャグに走ったんだから突っ込んでケロご主人。 スルーされるのが一番辛いんだ。 ほら、ほら、ほら!! サラダ記念日! サラダ記念日!」

「五月蠅い黙れ」

「おやおや、寝起きは弱いタイプかね 我が親愛なるご主人?」

「…………いつもはそうでもないけど、今はいくらクラウスでも【きゅっとしてどかん!】 したくなるくらいには苛立ってるわ」

ご主人は時たま【きゅっとしてどかん!】のような意味不明な言葉を使う時がある。意味を訊ねてもはぐらかされるばかりで一向に教えてはくれないのだが、別に大したことではないだろう。私の人生を支えてきた超優秀な直感がそう言っているのだから大丈夫だ問題ない。
もしくは【ぼくのかんがえたひっさつわざ!】とかだったりしたら嫌だから触れないでおこう。それが優しさだ。それが大人の男たるものの務めだ。

「さておき、随分とお早い起床だねフランドール、この分じゃあ淑女への道は遠いことだろう」

「起床した主人に直ぐ皮肉を言うことがクラウスの挨拶なのかしら?」

「これでもご主人が立派な淑女になるために心を鬼にして言ってるんだから、そこら辺を察してほしいなぁ」

「あのね? そういう台詞はもう少し感情を込めて言うから意味があるのよ。 あんたみたいな棒読み信用できるわけないじゃないの」

「……ご主人は自分の使い魔が信用できないと?」

「嘘つきじゃないあなた」

それは認める。しかし、これと皮肉癖は私の処世術のようなものなのだ。今更直そうと思ってもそう簡単に直せるとは思えない。ゆえに、一つの個性だと納得してほしい。

「それよりも今日は屋敷を案内してあげるわ。 クラウス、前に行ってたでしょ? 見て回りたいって。 だから案内してあげるね」

「あ、うん、わざわざ有難う。 流石は我が敬愛するご主人。 ジャイアンみたいなところもあるけど意外に優しいんだ。 あれか、普段はジャイアニズム全開だけど、映画版になると一皮剥けて綺麗なジャイアンになる現象かね?」

「色々無視するけど来るわよね?」

「行けたら行くよ」

非常に便利なものだ。行けたら行くよ、という言葉は。面倒臭い時や気が乗らない時に好んで使う誘い殺しの一種で、私もかつて幾度となく迷惑な誘いに誘われたときに、これを使ってきたものだ。基本的には行かないと同義だが、相手の面目を丸潰れにしないような、真っ向から否定しない若干の配慮があることが利点だろか。

「駄目よ。 駄目なんだから。 あなたは私の使い魔でしょう?」

そう言って、むーと頬を膨らませて見せるご主人。まるで漫画やアニメに登場する女の子みたいな仕草だ。実際に目にした瞬間に浮かんだ感想は饅頭みたいな顔だ、だったが。そして、

「妖怪饅頭女め」

そんな偽りざる本心を漏らしたところ、タコ殴りにされた。我が無敵のチートボディには掠り傷一つ付けることは叶わなかったようだが。

「兎も角、ご主人――――」

今日は気分じゃない。外に出ていいのなら一人で行きたい。私は孤独を好む男なんだ。餓鬼のお守なんて御免だね。以上のような理由で適当に拒否の姿勢を見せ、私は先ほど、咲夜ちゃんが運んできたクッキーと相対することにしたんもだが、

「断ったらクッキーは二度とあげないから」

横暴な悪魔チビに恋人を取り上げられることになった。現在のテディベアの身長では、いくらご主人がチビだとはいえ、持ち上げられたクッキーまで到底届くものではない。
それに対して抗議活動を行うも、ご主人は私の言葉なぞ聞こえないのか、行儀の悪いことに立ったまま、クッキーを見せつけるように食べ始めたのだった。

そう、見せつけるように食べ始めたのだ。私の身長が届かないのがいいことに悠々とした動作で、【フフフ! 馬鹿め届かないだろう?】攻撃を仕掛けてきたのである。最低だ。人として信じられない。それがアラウンド500歳のすることなのだろうか。大人気ないにも程があるだろうに。

しかし、私はそのような卑劣行為には屈しない。断固とした態度で抗議させていただこう。こんな腐った社会だからこそ、真っ直ぐ前を向いて歩きたい。ゆえに貫き通そう。自身の信念を誇りを、そしてその他諸々のカッコイイ感情を。

さぁ、私が卑劣に屈すると思っているご主人よ。いざ活目せよ。我が生き様を。


「ボク、フランドール様ダイスキ! 案内シテホシイナァ!」


プライド? 何それ? 美味しいの? そんなもので飯が食えるか。


     ∫ ∫ ∫


私は自分でも非才という言葉とは無縁の存在であると自負している。身体能力、魔法がその最たる例だろう。今よりも纏まりがなかった幻想郷において猛者達を打ち破り、今やパワーバランスの一角を担うまでに至った。この地にて【レミリア・スカーレット】の知らぬ者などいないだろう。
そんな非凡とは無縁の私だが、実は夢を自覚できるという才能も有している。またそれはある程度の夢の内容に干渉することも可能であった。パチェ曰く、このような状態や夢のことを明晰夢といい、自身の深層に潜む心の状態、または欲求などを知る上で丁度良いらしい。

そして、今日もまた明晰夢の世界に迷い込んでいた。

「もっきゅもっきゅ」

さて、どんな夢なのだろうか。恐怖なのだろうか、それとも娯楽的な内容なのだろうか。状況を把握するために周囲を見渡す。薄暗い森の中。月明かりだけが頼りだと言わんばかりの森があった。どこにでもあるような陳腐な森ね、というのが感想だ。

「まさか、延々と森の中をさ迷う夢なのかしら」

前にも似たような夢があった。終わりの無い単調な連続。辟易したのを覚えている。またそんな夢を見るのは御免よ、と思っていると、森の奥から何かを租借する音が聞こえてきた。粘ついた何かを引き千切るような音だ。どうせ、妖怪が食事をしているのだろう。

「とんだ幸運ね、今日は。 品の無い食事風景に遭遇できるなんて、下らな過ぎて泣けてくるわ」

どうせ夢だ。スペルカードルールも関係無い。苛々した感情に従って暇つぶしついでに引き裂いてやろうか。

「ん? お前は…………フランの使い魔、クラウスか」

前方、そこには私の身長よりも少し小さいくらいの熊の縫いぐるみが存在していた。

「もきゅもきゅ、ぺっ」

此方の呟く声に、食事に専念していたクラウスが反応を示した。今まで口にしていた何かを投げつけてきたのだ。スペルカードルールが適用され、【弾幕ごっこ】が揉め事を解決する手段として主流になって以来、それ対策に訓練を続けてきたこともあり、この程度の飛来物を回避することに何の問題もなかった。
無数の、それも複雑な弾幕を避けるのと比較したら、それを避けることは造作もない。スッと横に移動するだけで事足りる。そして、私という目標を外れた投擲物が地面に落ちる。グシャリと音がし赤い染みが広がる。思わずそれに視線がいく。投擲物、それは人間の死体だった。

「驚いた。 あなた人食いだったのね」

忌避感はそれほど無いが、可愛らしいテディベアが人を食らう様は予想外であった。しかし、夢の内容だ。所詮ここでのことは必ずしも現実と合致しているわけではない。

「クマー」

「なに? 私を食らうつもりなのか?」

敵愾心、飢餓感を瞳に宿しながら此方に向かってくるクラウス。本物の熊の四足歩行と違い、二足歩行で此方に迫ってくる様が酷く滑稽であった。まぁ所詮は夢の中のことだ。

「ふん」

魔弾を放つ。それは思惑通りクラウスの額に命中し、彼を転倒させることに成功した。どうやら戦闘能力はさほど高くないのかもしれない。

「弱い、弱いわ。 その程度で私を食らうつもりなの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

挑発し、彼の足元に牽制を放つ。驚き飛び跳ねる様に嘲笑が漏れる。なんて無様なんだ、と。

「ほら、避けないと当たったちゃうわよ?」

「く、くまー!」

鈍重な動きで逃げ惑っていたクラウスだったが、何を思ったのか突如反転し、「クマー」と一鳴きした。すると、何故か経験したこともないような倦怠感が此方を襲った。敵が迫っているというのに身体が動かない。何をするのも面倒だ、まるで怠惰の概念を叩き込まれたかのようだ。怠惰の状態異常。油断が過ぎた結果だった。

状態異常を解除し、反撃しようにも遅すぎた。

「くっ……何を!?」

クラウスが目の前にまで来ていたのだ。そして、小さな頭だけを巨大化させた。その頭部は私のおよそ5倍以上はある大きさだ。そこから死んだ魚のような目が此方を見下ろしている。捕食者の、それも蛇や蜥蜴といった爬虫類のような目。

「胸元がセクシーだね、レミリアちゃん?」

喋れたことに驚きつつも、言われた内容に、ぶち殺すぞテディベア!! と叫ぶ。実際には怠惰に支配されたせいか蚊の鳴くような声だったが。

「【怠惰の概念】攻撃をそこまで受けてそこまで動けるなんて、流石はレミリア・スカーレット。 なんにせよ、優れた餌だ。 是非とも我が糧になってくれたまえ」

頭を上げると、クラウスは子どもの体躯など一呑みにできる大蛇のような口を開けた。本当に捕食するつもりなのだろう彼の歯のない顎が迫る。続いて、


「ばいばい」


身体を抱きかかえられるような感覚が身を襲う。それはよく知っている感覚。それは浮上。それは夢の目覚め。


「…………なんて、夢」


夢は無意識の願望やら欲求を表すというが、一体あの夢にどんな意味があるというのか。いや、夢など所詮は支離滅裂なものだ。あらゆるものに意味を求めるべきではない。しかしなんにせよ、思い出すだけで不愉快な気分になるのは確実だった。悪夢が原因で息を乱すなど何年ぶりだろうか。

「お嬢様、冷たいお飲み物で御座います」

内心で毒づいていると何時の間にか現れた咲夜がグラスを差し出してくる。確かにあの夢のせいで喉が渇いており、有難かった。黙って受け取りそれを嚥下する。

「悪夢ですか? 随分と魘されておられるようでしたが」

不愉快な悪夢よ、と前置きし、

「実はクラウスが人食いテディベアでな? 何らかの能力で私を無力化して、後一歩で食われそうになる夢だった」

ああ、そうだ。あと一歩で食われそうだったんだ。あの程度の矮小なる存在に。思わずグラスを握り潰しそうになった。忌々しい。

「お嬢様、その縫いぐるみというのは―――――――」

急に咲夜の声のトーンが低くなった。何か変なことでも言っただろうか。私はこの時、悪夢から目覚めて初めて咲夜の方へと視線をやる。

「こんな顔をしていなかったかぁい、レミリアちゃん?」

夢の中で見たクラウスがいた。咲夜の顔だけがおぞましい縫いぐるみのそれになっていたのだ。そして夢の内容と同じように大きな口を開き、


「――――っ!」


意識が覚醒する。それはただの夢だった。悪質な夢だ。荒い息が漏れる。頭が真っ白になって上手く回転していない気がする。おばけ怖い。違う冷静になれレミリア・スカーレット。素数を数えるのよ。そして堂々と胸を張れ。私は誇り高きノーライフクイーン、永遠に幼き紅き月なのだぞ!

タカが夢に何を恐れているのだ。あんなものは只の妄想だ。そう、私は何も怖くない。おばけなんて恐くな――――――

「お譲様?」

「ッ!? 誰だぁ貴様! 癖者めっ!!」

暴れたら咲夜に怒られた。


     ∫ ∫ ∫


ご主人達に【紅魔館】を案内してもらうことは決定した。だが、屋敷をうろつく際は姉の許可がいるらしい。だったら、許可を貰うついでにお姉さんと朝食を一緒したらどうだい、とアドバイスしてみるとご主人はハミカミながら頷いた。

先日のディナーで味を占めたのだろうか。何でも本人曰く、私の存在が精神安定になるらしい。流石は七つの大罪が一つ【ラスト】さんである。癒し効果は身体だけでなく精神にも作用するようだ。大人の男は心まで癒せるようになって一人前ですねわかります。頭が混乱しているようだ。私も思ったより寝起きが弱いのかもしれない。


さて、吸血鬼にとって寝起き一番の食事を朝食というには不適当だが、とりあえず、起床後初めての食事が行われている間、私は何故かレミちゃんに異様に警戒された。ああ、レミちゃんというのはご主人の姉である【レミリア・スカーレット】のことだ。特別な理由はないが何となくそうそう呼んでみることにした。
で、そのレミちゃんに先程も述べたように何故か異様に探るような、訝しむような視線を終始向けられていたのである。先日の食事会でこっそりと摘み食いしたのがバレたことが原因かもしれない。とりあえずコンタクトを取ったら面倒になりそうだったので擬態しておくことにした。当然、ご主人の問いかけも全て無視した結果怒らせてしまったが些細なことだろう。

先程まで散々怒っていたご主人は、まるで諦めた風に溜息をついた。まるで、仕様のない子ねと言われたのがアレだったので思わず、ゴリラの癖にと口にしそうになったが気合で堪えた。

ともあれ、こうしてご主人主導による有難くもなんともない【紅魔館】探検ツアーが開始されたのである。







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