人が集まれば、必然的にそこに何らかの社会的なシステムが生じることは皆様ご存知だろう。ここでは、社会を二項対立的にどうこう言うつもりはないが、システム維持について少し語らせてもらう。
システムの維持、和の調和を図るためには守らなければならないものがある。聡明な読者諸賢にはこのようなことを、私ごときが説明するまでもないことであろう。
それはルールや法律、倫理といった社会的通念や規範のことだ。人を殺してはいけない。信号無視をしてはいけない。人のものを盗んではいけない。他者に危害を加えるような行動をしてはならない、そんな当たり前の決まりごとであり、これが守られない社会は自壊するこど言うまでもないだろう。
しかし、今日の社会でもそんな当たり前のことすら守ろうとしない輩がいる。否、今日だけではない。過去でもそうだったに違いない。奴等は何事に対しても“俺様ルール”を適用してくる存在だ。
奴とは誰か? 神だ。
あれは……私が恋人のミミの誕生日を、仕事ですっぽかした日のことだった。事務職である私は、日がな一日パソコンと向かい合っていることが多く、息抜きがてらに休憩室で煙草を吹かしに行くことにした。
ミミからの怨念じみたメールを目にして精神的にまいっていたせいもあるだろう。やたらと疲労がたまっていたのである。
10年振りに移動させた冷蔵個の下から出てくる埃並みに鬱憤やら何やらが溜まっていたのだ。
威嚇するように光を発するパソコンから逃げ出すように休憩室にやってきた私は、ハイライトに火を点けた。
そういえば、私がハイライトを吸うようになったのは、営業の宮下君から勧められたことが切欠だろう。ハイライト、もっと日の当たる場所という意味を持つこれを、事務職でパソコン仕事ばかりを押し付けられ、半ば会社で引きこもっている私に対しての皮肉として勧めてくれたのが非常に愉快だったのだ。それからの愛着がわいた一品である。
休憩室ではコーヒーを片手に煙草を吹かしていると、そこにやってくる人がいた。少し性格がキツそうな巨乳の女性だ。歳はおよそ30くらいだろうか、若干化粧が濃いが美人である。目の保養代わりに、と眺めていると、彼女は此方に声をかけてきた。
「お前は、小林益男ですね?」
いきなりそう訊ねられた。しかし、それは私の名前ではなく、可愛くもワイルドさを隠し持つ有能な部下、つまり私を扱き使う部長の名前だった。あの部長にこんな美人が何の用事だろうか。
もしや、愛人なのか。社内で、性格が私の次に悪いとされる部長に愛人?
そんな馬鹿な在り得ない。私ですら、愛人などいないのに、部長ごときに愛人だと? ふざけるな。きっと、この人はあの腹黒に脅されているに違いない。そう思った私は、彼女を部長から解き放つべき口説き始めようと席を立ち上がった瞬間、
「死んでちょうだい」
私は――――――――、「お前は死んだ。 すまん」
気がついたら、
知らないオフィスにいた私は、神と名乗る少年にそう宣言された。彼の話では、どうやら先程の美人は神の部下であり、ある任務のために部長を消そうとしたところ、手違いで私を殺してしまったらしい。色々と突っ込みたいところはある。例えば、部長は何故命を狙われるのかとか。
しかし、だ。それ以上に、私はこの少年の話を信じられなかった。何が神様だ。
「俺を馬鹿にするのもいい加減にしとけよ。 どうやって、俺を気絶させて、こんな所に連れてきたかは知らないが、厨房の暇つぶしに付き合ってやるほど、俺は暇じゃないの」
「おい、猿。 お前、神である俺に向かって、そんな口をきいて許されると思っているのか?」
猿呼ばわりされた。厨房に。頬が引き攣るのが自覚できる。
「――――、上等だ。 中学時代、“鉄拳の来栖”と呼ばれた俺のレジェンドパンチで、お前を教育してやんよ。 言っておくが、礼儀知らずのガキを殴ってでも躾ようともしない大人と、俺は違うぜ?」
「はんっ」
私はそれほど短気という性格ではない。しかし、この少年の言動はイチイチ癪に障るのだ。あまりにカチンときて、思わず一歩踏み出したとき、
「右手から気、左手からは魔力、――――合成」
少年から途方もない力が溢れた。呆然自失とは、今の私のような状態を言うのだろう。頭が真っ白になった私に向かい、神を自称する少年は掌を向けていた。何のつもりだ、と疑問を抱いた直後、背後から爆音を捉えた。振り返ると、
「次は外さない。 俺のアルティメットバーストストリームがお前を粉微塵に吹き飛ばすだろう」
背後の床が爆発していた。いきなりの展開、何が何だかわからない。とりあえず、私は「すんませんでした!!」と、ジャンピング土下座を慣行することにした。この方が神であるかどうかは定かではないが、私では手も足も出ない存在である、ということを理解した最善の行動だった。
「ふん、猿にしてはいい心がけだな。 その素直な心意気に免じ――――」
この方の話を総合するに、殺してしまったお詫びとして「好きな二次元の世界に転生させてやる」と言う。
ふざけた話だ。読者諸賢はこう思われただろう。発想力が乏しい中学生が適当に考えたご都合主義的テンプレート乙だ、と。私もそう思う。こんな展開はご免被る。
そもそも、私は現状の生活に満足していた。家庭環境は良好とは言い難いが、職にも就いていた上に、お互い冷めていたが一応巨乳の恋人もいたのだ。人生に絶望などしていなかった。むしろ、巨乳があった。それなのに転生などと言う。納得がいかなかった。ふざけるなと叫びたかった。
しかし、私はちっぽけな人間であり、向こうは神もどきだ。私ごとき矮小な存在がどうこ出来るわけがない。歯向かっても消されるだけだろう。
「不満そうだな。 二次元の世界だぞ? 何故、もっと喜ばない?」
確かに、【二次元の世界】というのも悪くはないだろう。王道的な夢のある展開は嫌いではない。ただし、私がもう少し若かったらの話だ。私は今年28のいい歳したおっさんだ。私は社会の歯車に組み込まれ、会社のために働くことが楽しいと感じるようになった企業戦士であるのだ。そんな私が二次元世界のワンダフォーで、ファンタジーな環境に適応できるとは考え難い。
だから、私は言った。
「二次元世界に転生とか興味ないので……非常に言いにくいのですが」
「俺が転生させてやるって言ってるんだから、素直に転生されろよ。 なに? ただの代用可能なお前ごときが俺に逆らうつもり? 消去するぞ代用品が」
「そんな、まさか滅相もない。 しかし――――」
「はん? 平凡で退屈、搾取され続ける人生こそが自分の望むものぉおお? おいおいおい、いい加減、自分を偽るのはやめようぜ」
「い、偽ってなど―――
「黒歴史」
その単語を耳にした直後、全身の汗が吹き出る。脳裏で、処分も出来ずに机の引き出しに封印されているノートのことを思い出した。あれは、あれだけは人様の目に晒すわけにはいかない。
聡明な読者諸賢にはわかるだろう。黒歴史ノート、後から見てあれほど鬱になれるものはそうそう無いと、と。
そして、私の黒歴史ノートは所謂最強ものだ。今の私の主義から見たら喧嘩を売っているとしか思えない。
青ざめる私に向かって、神はニヤニヤとした気色の悪い笑顔を向けながら、
「おっと、何故かこんなところに“来栖・高志の伝説”なるノートが」
どこからか取り出したソレを此方に見せる。それは、私の厨二の限りを封じ込めた黒歴史の結晶。姉に「厨二乙!!」と絶賛された悪夢。妹が口を聞いてくれなくなった原因の一つであるそれを、神は実に楽しそうに読み上げる。
「ええとなになに、主人公は、サイキョーのチートボディの持ち主? あらゆる状態異常を無効化する? 女性にチヤホヤされる? 成長の無限化? 魔力等の異能の力を食らい自分の力に出来る能力? 癒し効果も完備――――――……………………うわっ、ないわー」
恥を知れ。しかるのち死ね。
幻聴が聞こえる。胸の内から響くのはまごうことなき己の声。『馬鹿者め』『末代までの恥晒しめ』『どうしてリアル黒歴史ノートなんて作るの? 馬鹿なの? 死ぬの?』『そんなだから、空手の全国選手権で鼻を叩き折られるのだ』『この鼻くそ野郎』『うんこ製造機め』『…………ユニーク』『もしや罵倒されるのが好きなのかね?』『エゴだよそれは』
やめてくれ……。
「お前、なかなかの厨房だったんだな」
硝子の心が砕けそうになった。これほどまでのダメージを受けたのは久しい。最後にこれ同等のダメージを受けたのは、友人がロリコンだったと知った時以来だ。もう駄目だ。私はもう駄目なんだ。やめてくれ。お願いだから止めてくれ。
「やめねぇよ。 お前が望んだチートボディ(笑)で、転生させてやるよ。 おまけに色んな特典をつけてな。 で、どうよ? 転生世界は決まったか? どれでもいいぜ、遠慮すんなよ? 創世日記は、俺の手にあるんだ。 複製した世界はお前にくれてやる。 何をしても自由なんだぜ? 今まで堅苦しい社会人生活で鬱憤とか溜まってんだろ? 弾けてみろよ柘榴みてぇに!」
嫌だ。お願いだ許してくれ。若かりし頃の過ちだったんだ。今の私はそんなことを望んでいない。私はただ平穏に、組織で消費されるような普通のサラリーマン人生を送りたいんだ。ボーナスでミミにメイド服を買うという夢もあったんだ。正月は伊勢神宮に奉納に行く計画を練っていたんだ。
「過去が現在を否定するというのか……っ!?」
「はん、過去があるから現在があるんだろうが。……なんだよなんだよ、決められねーのか? なら、俺が直々に決めてやるまで」
暗い笑みで此方を見下ろしながら、少年は性根の腐った笑みで告げるのだった。
「喜べ、社会人。 お前の願いはようやく叶う――――はっ、これ言ってみたかったんだよねぇ!」
謎の七色の光が少年の手に集束し、此方に向けられる。あれが何なのかは理解できない。ただ、アレに直撃したらお終いだと本能が告げている。おそらく転生してしまうのだろう。そんなものは許容できない。
しかし、思いとは裏腹にひと際、光が強く輝き――――
∫ ∫ ∫
確かに現世は、現実社会は苦しいことや悲しいことは沢山あった。下らない失態で頭を下げるのは当たり前、プライドなんてものはダストボックスにダンクシュートされているような毎日だった。部下の尻拭いの為に取引先のお偉いさんに殴られたこともあった。部長に付き合わされて貧乳女性だらけの合コンに強制参加させられたこともあった。ミミの下着を頭に被ってブレイクダンスしていたら、当人に踵落としを食らって病院に搬送されることもあった。感情に、状況に流されて親父を見殺しにしたこともあった。
もう疲れたんだ僕は、と自分に酔って現実逃避をしてしまう日常だったさ。喘ぎ苦しんだあの日々に頭がどうにかなりそうだったとも。
「だけど、それでも、だからこそ遊びでやってんじゃないんだよォォオオオ!」
「あん?」
謎の七色光線が此方に放たれる前に、私は即座にジャンピング土下座モードに移行して許しを乞うことにした。
「どうか、どうかお情けを下さいましぃいいいい!!」
先ほどの大仰な言葉は一時的に己の感情に酔っていただけであり、二次元転生拒否の理由はもっと邪なものだったりする。
例えば、ミミにメイド服を買ってやってもいないというのに二次元行になぞ誰が行くものかや、今週のアンパンマンも観ていないというのに誰が二次元になぞ行くものかだったり、部長にワンパンも入れていない内に二次元になぞ行けるものかなどである。
それと、先ほどから必要以上に二次元送りを拒否しているが、私は別に二次元が嫌いだと言うわけではない。
問題なのは転生すると二次元が三次元になってしまう点にある。幻想は幻想であるからこそ美しく素晴らしいのである。現実補正なぞクソ食らえだ。想像してみて欲しい。リアル補正のかかったアンパンマンを。お腹を空かせたカバ夫くん達に対し、彼は優しい笑顔でこう言うのだ。
――――僕の顔をお食べ。
やべぇ。超見たい。半ば以上、怖いもの見たさだが。
しかしながら、そうは言っても二次元送りなぞ許容できる筈はなく、言わば「我が家は我が家、他家は他家」「デザートは別腹」「母ちゃんだって頑張っているんだ。 だから、頑張った自分へのご褒美的なものが必要だと思う。 ○○○○やら○○○ン的な意味で」という母ーちゃん理論武装で、少年に対し徹底抗戦したのが功を奏したのか――――。
「わかった。 そんなに嫌だって言うんなら一つゲームをやろうじゃねぇか」
少年から、妥協案とばかりに一つの提案を勝ち取ることが出来た。
これは別に私が交渉云々に秀でていたから掴み捕れた結果、というわけでは断じてない。かつての、最初の職種である営業職での経験を活かした交渉(笑)のおかげというわけでは断じてない。
ただ単に土下座スタイルでお願いしただけである。我ながら情けないにも程があった。【うんこ製造機】を自称する友人から、「社畜臭ェんだよ」と素敵なお言葉をいただているのは伊達ではない。
土下座云々は兎も角として、何とか妥協案をもぎ取った。ゲームというのが、某闇の遊戯的なものだったらどうしようか、と恐怖したが可能性が零ではない分、幾らか救いがあるかもしれない。
「隠れ潜み逃げる者を鬼が追いかける誰もが知っている伝統遊戯、即ち【鬼ごっこ】+【かくれんぼ】=【鬼恋慕】だ。 今まで一度は興じたことはあるだろう? 勝敗条件はアレと似たようなものだ、簡単だろう?」
確かにあるにはあるが……最後に【鬼ごっこ】や【かくれんぼ】をしたのはいつだっただろうか。…………ああ、思い出した。最後に【鬼ごっこ】をしたのは小学校三年生の時だ。小学四年生からは突如としてビジュアル系に目覚めた私は、低俗な餓鬼の遊び如きで汗臭くなることが許容出来ずに、遊びの誘いを受けても――――
『ふん。 下らない級友に、下らない遊戯……まるで、ファルスだな』(※1)
と鼻で笑って拒絶していた。級友が生温かい目で見ているのが見えないのか、この阿呆め。一時的に渾名が【ナルシー君】になったのを忘れたのか。
過去に拳を跳ばせるものなら、そのドヤ顔に時空跳躍拳を飛ばしたい。黒歴史を抱える読者諸賢には、この若さゆえの過ちに対する私の心情は説明するまでもないだろう。
「お前が勝利した場合、つまり、俺を捕まえる事が出来た場合は現世に復活させてやる。 なんなら【無限キャッシュカード】に、【どこでもドア】、【オプーナ】をクリアボーナスでくれてやってもいい」
「逆にお前が敗北した場合、つまり、俺様を見つけることが出来なかった場合は――――」
「黒歴史の体現たるその身体で、その世界に永住してもらうことになる。 ああ、それと中二病を復活させるのも面白いかもな」
黒歴史の一端に触れて意識を飛ばしていた私の耳に恐ろしい言葉が入ってきた。動悸息切れ気味になってきた28歳のおっさん予備軍に、その仕打ちは幾らなんでもあんまりだ。
「なん……だと」
中二病とは、端的に言えば、思春期によくある『自分は他の人間とは違う特別な存在』だと言う思いから発症する病のことだ。
例えば、平凡極まり無い人間社会に埋没しているが、本当の自分は…………天使の生まれ変わりだ、堕天使ルシファーの生まれ代わりだ、伝説の聖剣ケンソードブレイドカタナの担い手だ、と妄想し悦に浸ったりすることで知られている。
これは、人間誰しもが持つ『究極的に自身を肯定したい』という心理からくるもので、古の時代から伝わる伝統文化でもある。神話やら冒険譚からもそれは窺えるだろう。
そして、先達が作製したそういったものに影響された後世の者は、特に男の場合は英雄願望を刺激され、後々に「ひぎぃいいいいいい! らめぇえええ!!」と絶叫しかねない言動を繰り返してしまうのだ。
傘を手にしてアバンストラッシュや九頭龍閃をしてしまう内はまだいい。特に小さい頃ならば、近所のお姉さんにも微笑ましいものを見られる程度で済む。私の場合も近所のお姉さんを相手に『お姉ちゃんは俺が守るんだ!』と傘を剣に見立ててナイトを気取っていたが、避けられる様なことはなかった。それどころかご褒美を頂戴する日々だった。
しかしながら、中学生以降は…………
・――――俺、群れるの嫌いだから。
・――――くっ……右腕の封印が壊れかけているだとッ!? 死にたくなければ近づくな!
・――――悪いが、此処がお前の終点だ。
思考にノイズが走る。駄目だ。駄目だ、駄目だ。ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。これ以上、思い出してはいけない。妹が口を聞いてくれなくなったの原因など思い出せば、無傷では済まない。心的外傷が爆発加速することにより心機能どころか、思考状態もメルトダウナーしてしまう。今の様に黒いものが漏れ出してくるのだぞ、この阿呆め。
「なぁに、要は勝てばいいのさ。 と言っても無期限というわけじゃねぇから勘違いすんなよ。 そうだな……舞台は【東方Project】で期間は、【紅魔郷】から始まって【地霊殿】が終わるまでぐらいが丁度いいか。 そうだなそうしようそれまでにしよう」
ガキでも出来る簡単なゲームだろう、とニマニマした顔で問いかけてくる少年だったが、私は疑問を覚えずにはいられなかった。
というのも、それに付随するルールや条件を聞き及んでいなかったからだ。【鬼ごっこ】というのはある一定の敷地内、時間内であるからこそ成立する遊びであり、そういったルール無しでは追跡者が逃亡者を捕獲するのは困難極まりない。
極端な例ではあるが、「地球内の何処かにいるから探してみろ」「60億人の中から見つけてみろ」「無論、俺は地球内という敷地の中で移動するけどな!」この様な条件では目的達成はほぼ不可能と言っても過言ではない。
そう質問したところ、「悲しいけど、これも現実なのよね」と言われるかと思ったが、幸運なことにそうはならなかった。きちんと条件付けはしてくれるそうだ。私を誤って殺害した原因だと言うのに、「実は良い奴なのではないか?」と阿呆のような錯覚をしてしまうこの心理状態をスコットホルム症候群というのだろうか。
「その点は安心しろ。 お前の転生する世界は一種の閉鎖空間だ。 人口もたかが知れているし、無茶苦茶広大な土地が広がっているわけでもない」
「ただし、このゲームを行うには、または発生するには条件が必要だ」
「条件……だと……?」
「そう条件だ。 無条件だとお互い面倒くさいだろう。 だからその為の条件だ。そして、ゲームが発生する条件は単純だ。 原作の【東方Project】にて発生する異変の間のみ、俺はその異変に大きく関わる登場人物に化けて出現する」
「異変といってもお前には意味不明だろう。 ゆえに、単純かつ広義的に説明する。至極、本当に至極単純且つ突き詰めて言うと、異変というのは、【東方Project】という原作において、妖怪や亡霊やらといったそれに連なるモノの暇つぶしにより起こされる怪現象、怪事件のことだ。改めて言うがこれは究極的に単純化しての説明だと言うのを忘れるな。 詳しいことは現地に行って自分で確認しろ。
空一面が真っ赤な霧に染められたり、春がいつまで経っても訪れなかったり、夜が明けない日々が続くなどの超常現象ばかりだから、直ぐにわかるだろう。 それに、お前のチートボディにも異変感知機能を追加しておくから、それを参考にすればい」
「先の期限と関連する話だが、ゲーム可能期間はこの異変時のみになる。 そのゲーム可能期間の異変は、【紅魔郷】から【地霊殿】の異変までだ。 【紅魔郷】【妖々夢】【萃夢想】【永夜抄】【花映塚】【文花帖】【風神録】【緋想天】【地霊殿】、この⑨つだ。 それ以外の異変はゲーム適応外なんで間違わないように注意しろよ」
「俺はこの期間の異変時に大きく関わっている人物、そうだな……【紅魔郷】で言うなら、フランドール・スカーレットからルーミア、そして解決人である博麗・霊夢、霧雨・魔理沙の誰かに化けて登場する。 また、その場合、異変に直接関わっていない蓬莱山・輝夜や古明地・さとりに化けていることは絶対にない。 ついでに言うと、妖気に当てられて暴走する無個性雑魚に化けていることもねぇ」
「最後になるが、その中から俺を見つけ出し、身体に触って『捕~まえた!』やら『見ぃ~つけた!』と言えばゲーム終了、お前の勝ちだ。 理解したか?」
少年の話を整理、確認すると以下のようになる。
① 【鬼ごっこ】+【かくれんぼ】=【鬼恋慕】というゲームで少年に勝利すれば特典付きで復活できる。敗北すれば厨二魂ごと復活転生。
② 舞台は【東方Project】の世界。そして、活動エリアはその世界の【幻想郷】という一部の隔離地域らしい。
③ ゲームは【紅魔郷】から【地霊殿】と呼ばれる9つの【異変】の間だけに発生し、それが即ち期限になる。尚、異変感知機能は内蔵とのこと。
④ 少年は上記の【紅魔郷】から【地霊殿】に大きく関わる登場人物に化けて登場する。無個性の雑魚妖精の類には化けないとのこと。君の瞳にゾンビフェアリー。
⑤ 確保する際には身体的に接触した状態で、【捕~まえた!】【見ぃ~つけた!】と口にしなければならない。ヘキサゴン。疑問に思ったのだが、無作為にそこら辺の人間に触って『見ぃ~つけた!』と言えば簡単に終わるのではないだろうか。
異変やら何やら言われも、原作の世界観やらそれに類するものを知らないのだからまったく想像できない。何なんだ【東方Project】というものは。企業戦士の私が知っている作品は随分と昔のものしかない上に、最近のものでも某サラリーマンの話だったり、日曜日の夕方からやっているホームアニメだったり、アンパンだったりと極端過ぎる。
もしや……【東方Project】とは某磯野一家的な世界観で日常系の和んだ物語なのかもしれない。それで、町内で殺人事件やら何やらが起きて、その事件の容疑者に少年が擬態しているのだろう、そうに違いない。
東方というのも極東、つまりJAPANのことを指しており、計画というのは恐ろしい計画的なことを指しているのだ。
常識的に考えて、町内で殺人事件が何件も連続して起きることは普通はないが、某探偵物語に登場する死神くん的な存在が世界の歪みを生み出すのだろう。恐ろしや恐ろしや。どうでもいいが、磯野家の猫は襲名性って本当なのだろうか。
願わくば、非暴力的な世界観で…………先ほど、妖怪やら亡霊なんて単語を耳にしたような気がするんだが気のせいだろうか。
妖怪なんてものは昔話を鑑みるに非常にアレなんだが、きっと妖怪というのは、妖怪リモコン隠し、妖怪イヤフォン絡み、妖怪トイレットペーパー隠しだのそういった日常に現れる妖怪だろう。もしくは、クロノ君こと真黒黒助。
「ま、ゲーム云々は抜きにしてお前をチートボディにすることは変わりはないんだがな」
「や、やめろ ショッカー…………ッ!!」
「五月蠅ぇぞ。 さっさとチートボディ化して転生しやがれ」
「それが世界の選択か……!」
「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」
「ミミ、聞こえないだろうが聞いてくれ。 俺、このゲームとやらが終わったら……お前に――――――」
意識が断絶する前に、随分前に亡くなった母を見た気がした。
∫ ∫ ∫
私のサーヴァントである蝙蝠を見てから、妹は何かと使い魔を欲するようになった。おそらく私の真似をしたいのだろう。姉としては悪い気はしない。
しかし、妹は精神が若干不安定、気が触れている気がある。使い魔の世話などできそうにない。どうせ咲夜任せになるのだから止めた方がいい。巨大な蛇やら土竜など呼び出してしめば、餌代だって馬鹿にならない。
いや、いくら言葉を並べたところで、結局私は単純に妹が心配でならないのだ。というのは、自分の能力である【運命を操る能力】にある。
これは、運命に若干の干渉が出来る。簡単な未来視の真似も不可能ではない。もちろん、完全に何でもかんでも視えるわけではない。特に生き物の運命は複雑に絡み合った糸を眺めるかのようであり、漠然としたものになりがちだ。
しかしながら、おぼろげな物事の輪郭というものは視えてくる。長くなり過ぎたようだ。要するに何が言いたいかというと、私は妹の運命をおぼろげに視たのだ。変な使い魔を召喚する、そんな運命を。
だから、散々今夜の使い魔召喚は反対してきたのだ。まるで童話に登場する意地悪な継母や、魔法使いのお婆さんのように口を酸っぱくしてきたのだが、どうも効果を発揮することはなく、予定通り召喚の儀を行うことになった。
「酷いものだわ。 パチェも美鈴も、フランの味方をするんだから。 これじゃあ、まるで本当に私が悪役よ」
魔方陣の上に立ち召喚の呪文を唱える妹を視界におさめながら、そんなことを呟く。
「私はお嬢様の味方です。 妹様の意見に反対するのも何か理由があってのことだと存じ上げております」
「そう言ってくれると嬉しいわ。 はぁ…………なるようになる、なんて言葉消えてなくなればいいのに」
妹が召喚の呪文を読み上げる。すると、パチェの描いた召喚陣が赤く点滅する。室内に満ちるのは赤い魔力と、それにより巻き起こされた突風。どうやら起動は順調のようだ。後は詠唱の儀を通じてゲートから意中の従者を引っこ抜くだけである。
「我が命運を預けるに値する騎士よ。 汝の……これ、面倒くさいわ。 とりあえず、お姉様の使い魔よりも可愛くて強いのがほしい」
何だそれは。私が折角書いた詠唱文だと言うのに、面倒臭いとは。どうやら妹は形式美というものを知らないらしい。
しかし、別に形式美は召喚に必須というわけではなく、召喚魔法は難なく成功したらしい。陣は強い魔力を発している。
「来ます……っ!!」
咲夜が警戒するように、私の眼前に歩み出た直ぐのことだ。召喚陣から表れたものが視界に入った。召喚陣から表れたの、それは熊の縫いぐるみだった。普通の縫いぐるみよりも随分と大きなサイズである。
また特徴的な点としては、『ちーとぼでぃ』と書かれたプレートを首元にさげている。あれは一体何なのだろか。もしや縫いぐるみが使い魔なのか。
前代未聞なんてレベルじゃないが……
「見てお姉様、私の使い魔よ!!」
なんにせよ、妹は嬉しそうだった。それは良い事だ。ならば、素直に祝福しよう。しかしながら、影ながら召喚の件を応援していたとは思われたくないので控え目な祝福にしておこう。私はありとらゆる状況に置いて感情を乱さずに、華麗に立ちまわることの出来る淑女なのだから。そう、平静を保って、表情筋を意識しながら――――
「おめでとう、フラン! 流石は私の妹よ。こんなに立派な使い魔を召喚するなんて天才に違いないわ! 記念にプリズムリバー三姉妹を呼んでパーティよ! パパラッチ天狗に写真を撮らせるのも悪くないわ!! さぁ、咲夜 今すぐ手配してちょうだい!」
Prologue end
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注釈群
※1 『下らない敵に、下らない味方……まるで、ファルスだな』
ACfaの沈没王子、照美人形さんの有難いお言葉。彼との共同任務にて、余程の無様を晒さない限り送られることのないある意味レアなお言葉である。