第0撃「忘れた頃にまた会える」
高町なのはの幼少時代は独りぼっちだった、家族が居なかった――訳じゃない。周りから見れば暖かで幸せな家族、父が居て母が居て兄が居て姉が居て自分。可愛がられていたし、なのはもそんな家族が好きだった。
それなのに今のなのはは独りぼっち、理由は簡単で不条理で悲しい事。お父さんがお仕事で大怪我をした、それからだ、それから家族がなのはに構わなくなった。それぞれの出来る事をしていた、兄は母の店の手伝い、姉は父の見舞いと家事、母は言うまでもなく軌道に乗り始めていた自営業喫茶店〈翠屋〉の経営、必然的になのはは独りになる。
未だ幼い手では何かを手伝おうにもうまく行かない、なのはは其の事をちゃんと理解していた。だから良い子でいようと笑顔で居た、家族が安心できるように自分は良い子で居るから大丈夫だと。“寂しくなんかないよ”と。
その笑顔は笑っていたけれど、瞳の奥には寂しさの光。それに家族は気付いていた、母の桃子はそんな作り笑顔をさせてしまった娘の状況に胸が痛む。何とか娘と交流しようとするが忙しく手が回らない、それにやっと取れた時間でなのはと過ごそうとしてもなのはは“お店は大丈夫?私の事なら心配しなくてもいいよ”と言うばかり。
桃子は何も言えなくなった、良い子になってしまったなのはの姿に。こうしてしまったのは自分達の責任、兄の恭也も姉の美由希も同じ見解。客観的に見れば誰も悪くない、それぞれが出来る事をしただけ。怪我をした父の士郎を支えるための切っ掛け、その切っ掛けが良い子のなのはを生み出してしまった。まだ幼い子だ我儘を言ってもいい年頃、なのにそれもない。
ただ時間だけが過ぎていく、そんなある日の事。
何時ものように良い子でいたなのはは海鳴公園で遊んでいた、一人ブランコを漕いだり砂場で砂山を作ったり。これがなのはの過ごし方、最初は寂しかったけど慣れれば楽しいと思えるようになってきた。
そんななのはに声を掛けたのは、長い金髪をリボンで纏めた人。男の人でも女の人でも通じそうな顔と声、優しそうな雰囲気。
「独りで遊ぶのは楽しいかな」
本当は寂しい、楽しくなんかない。家族の皆と遊びたい、だけどそれを見知らぬ人に言っても仕方ない。それに知らない人には注意しろと言われてる事もあって、なのはは砂場で作っていた砂山から一歩下がり何時でも逃げ出せるように答える。
「楽しいですよ?」
警戒するなのはの様子にその人は苦笑し、なのはの嘘を見破った。
「うん嘘だね、瞳の奥は寂しそうな光がある。何より……君の心は泣いている、そう感じるよ」
「ッ!!」
図星だった。桃子からも似たような事を言われていた、それを他人に言われるなんてそんなにも分かりやすいのだろうか。
「……貴方には関係ないの」
少し苛立ちの交じった声、なのは自身も戸惑っている。それを見たその人は頷き、なのはを安心させるように魔法の言葉を言った。
「大丈夫だよ、今は辛くても君はいつか掛け替えのない大切なものに出会える」
「え?」
「リリカルマジカルってね、魔法の言葉だ。揺るぎない不屈の心を持てる呪文だよ」
「にゃ?」
思わず猫のように首を傾げ答えるなのは、見知らぬ人から魔法とか本やゲームに出てくる単語が飛び出してきた事に疑問。なのはだって現実と非現実の区別はつく、この人は大人なのに大丈夫なんだろうか。
「いや大丈夫だよ、正気も本気だ」
「私の心が読めるの!?」
「顔に書いていた」
「うう、私そんなに分かりやすいのかな……」
何げに落ち込むなのは、不審者との会話。知らない人には気を付けなさいと言われてるけど、何故かこの人は安心できる。そんな気がした、その後も他愛無い話で打ち解ける二人。陽が落ちそろそろ帰る時間、金髪の人はなのはと手を繋いで家まで送り帰路についた。
その後ろ姿を見てなのはは声を掛ける、また会えるかと。それにその人は振り向いて答えた。
「そうだね、君が《忘れた頃にまた会える》よ」
忘れた頃にまた会える、その言葉だけは頭に響くように聞こえた。それになのはは驚く、その人に意味を問おうと見たらもう居ない。影も形も見えない、まるで消えてしまったようだった。
「ええぇぇぇっ!?」
目を離した隙はほんの一瞬、その場に残されたなのはは不思議な人だったなと思う。
これがなのはと不思議な人の出会い、あれからなのはは公園で遊んでいたりその人を待ったりしていたが結局二度と会うことはなかった。
忘れた頃にまた会える、その意味をなのはが知るのは数年後の事。