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みかん。さんの御書拝読  

2010年 12月 18日

◇御書の全編拝読を果たしたみかん。さんのお話。

創価の森ブログのスタート当初から、お付き合いのあるみかん。さん。
そのみかん。さんが、御書の全編拝読に挑戦され、ついにその大願を成就されました。
その挑戦のプロセスと今の心境を、当ブログで発表させて頂きたいとお願いし、このたび原稿を頂きました。
それでは、みかん。さんの体験談を以下にご紹介いたします。

    「継続の旅の先に“1mmの成長”」  みかん。

学会創立80周年の11.18。
この3週間前、私は、生まれて初めて、御書の全編拝読を達成しました。1年8ヶ月の「継続の旅」でした。振り返れば、2009年2月に、この途方もない目標に向かってスタートしました。
きっかけはインターネットでした。
ある同志の方のブログでコメントをやり取りしていた時、「御書は根本です。教学を身に付けないと退転してしまいます」「まずは御書に親しむことから始めて下さい」という壮年部の方の言葉が物凄く心に響き、早速御書を開き、読み始めました。
最初は1~2行。やがて10行となり、1ページ、3ページと増やしました。
最初の4ヶ月は、ただただ苦痛でした。
古文が超苦手な自分には読めない漢字が多い上、意味がさっぱりわかりません。
「これで本当に価値があるのかな・・・」と複雑な気持ちでした。しかも、思いつきのようにスタートした全編拝読。やめようと思えばすぐにでもやめられるし、誰にも迷惑はかかりません。
そんな風にモチベーションが保ちにくくなった時に、創価の森ブログで、菊川さんの御書の体験談に出会いました。「やっぱり御書って凄いんだ!拝読を続けよう!そして自分も体験を掴みたい!」と情熱の炎がメラメラ。

しかし、全編拝読の道のりは、平坦なものではありませんでした。
途中、大小の宿業が幾つか起こりました。今年の1月には自身最大の宿業が起こり、苦悩の渦に飲み込まれました。真剣にお題目をあげながら御書を拝しました。特に「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給ふべし」の御文を身で読む思いでした。
さらに、教学3級試験に力の限りに挑戦&合格(1問不正解)。
グループ長としてアイディアをひねり出しながらの、ひまわりグループの会合、活動。
法戦も信心を軸に戦い切りました。
これらの一つ一つと共に、御書の全編拝読を果たしました。

この御書の拝読で、私が得た財産は沢山あります。
その一つに、世帯主様(夫)と「信心の同志」「広宣流布の戦友」として、初めて向き合えるようになったことです。3世同士の私と旦那様は、信心のレベルと組織での立場が違いすぎて、何年も心身共にすれ違いで悩んでいました。
“すくすく大樹”のご主人様は、仕事以外は全力で学会活動。家族で過ごす時間も、子供と遊ぶ時間もありませんでした。
「何が“一家和楽の信心”だよ!」と猛反発の連続。それが、御書が半分くらいになった頃、自身最大の宿業として夫婦間の出来事が起こり、信心を軸に乗り越えた瞬間から、「広布の戦友」となり、初めて(!)夫婦の絆が出来ました。お互いの活動の報告をし合い、価値観と進む方向が一致するようになったのです。
さらに、『御書をひもとく』が大好きな自分が、御書の一節を引用して他の人を励ますことができるようになりました。そして、池田先生のことを今まで以上に大好きになりました。
新聞や衛星中継での先生のご指導や言葉が、迷ったり悩んだりしている自分へのダイレクトな激励として受け止められるようになり、「先生と繋がっている」と実感しまくりです。

他人や環境に振り回されて、すぐに信心を弱くしていた自分。
そんな自分が、御書の全編拝読という大きなチャレンジをしていく中で、色んな事を乗り越え、確実に「1mmの成長」を成し遂げ、物凄い信心のエネルギーを蓄えることが出来ました。
今、信心の芯が太くなったという実感があります。
「御書をわかろうとするんじゃない。大聖人のご精神に触れて感動する事だ」という戸田先生のご指導通りの姿勢で、これからも2回、3回と御書を読んで、もっともっと「1mmの成長」を積み重ねていきたいです。

追伸:『御書をひもとく』というのは、男子部教学室編の「御書の解説本」みたいなもので、『御書をひもとく・要文123選』が正式タイトルっす。(123の御文の通解と詳しい解説、池田先生のご指導が載っていて、わかりやすくて便利です)
「みかん。みたいな奴でも御書を一通り読んで、御書を引用して人を励ましたり、なにやら奴なりに成長してるんだったら、自分もやってみようかな」って思って下さる方が一人でもいらっしゃれば、本当に幸せです。
私、ネット始めた頃は「内部アンチ」だと思われていたくらい、組織や幹部の不満やプチ批判を書き込んでいましたから、その頃の私を知っている方が記事を見たら、「マジかよ?!」と思うかも。(笑)
本当は菊川さんに原稿を読んで頂けるだけで十分だったのですが、このような形で、ブログをご覧になる同志の方々に向けて尽力して頂けたことに、心から感謝を表します。

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# by sokanomori | 2010-12-18 23:01 | 体 験 | Trackback | Comments(5)

特装御本尊  

2010年 11月 08日

               ◇創立80周年記念御本尊授与式と決意
11月7日のこと。
私は、3圏合同で行われた御本尊授与式に参加して特装御本尊(とくそうごほんぞん)をお受けした。創立80周年の栄光の11月。身に余る出来事であった。
私と妻は、この日の夕方、長年護持してきた御形木御本尊(おかたぎごほんぞん)に、感謝の勤行・唱題をして、ふくさにお包みし、授与式の会館に出向いた。
私たちは、御形木御本尊を返却した。手続きを終えて、授与式の会場で待機した。
PM7:30開式であったが、20分前には、ほぼ全員の関係者が集まっていた。
背広やきちんとした服装の人が多かった。中には、晴れ着のご婦人もいた。その姿と表情に、信心の深さと決意を見た。
そんなとき、私の真後ろから声がかかった。
「菊川さん、おめでとう」
振り向くと、以前お世話になった地区の婦人部のMさんがいた。
「あっ!Mさんもですか」というと、にっこり微笑まれ、私の右方向を指差した。
「Yさんもよ。よかったね」
見ると、私が10年の眠りから覚め、あの窓際族のときに一緒に祈り、様々な信心を教えてくれた元白ゆり長のYさんがいた。私にとって、この2人のご婦人は大恩人であったし、こうして、一緒に特装御本尊を頂けることに身が引き締まる思いがした。
他に、地元の同志であるTさんも、Kさんも一緒だった。
様々な美しい想い出が、私の心から湧き出してきた。大好きな人々と、同じ時に、この場にいる自分自身が不思議でならなかった。
感動が全身を包み、感謝が涙となって溢れ出た。
やがて、会場の一角から唱題の声が広がり、全体がお題目に包まれた。
唱題の中で、私の感謝の心は、決意へと変わっていった。
アナウンスが流れた。授与式が開催された。
厳粛な勤行、唱題の後、個々人の名前が呼ばれ、全員が新しい御本尊様をお受けした。
今回の授与式では、特装御本尊を受ける人と、お守り御本尊を受ける人がいた。
どの人々も、歓喜に満ちていた。
授与終了後、幹部挨拶があった。
「ここにお集まりの方々は、信力、行力の強い人ばかりです。どうか、これから100周年に向けて広宣流布を果たしてください。お守り御本尊は、他宗のような『お守り御本尊に守ってもらう』というものではありません。『御本尊をお守り申し上げることで、結果として我が身が守られる』ということです。そのことを正しく理解して、出発していただきたいのであります」
MさんとYさんに挨拶して帰路についた。
妻と2人で、特装御本尊をご安置し、3度目の勤行をした。
「100周年に向けて、今日がスタートなんだ」
私は、御本尊を見つめながら、遠い未来を模索した。

追伸:コメント欄に、「御本尊の違いによって功徳は違いますか?」という質問がありました。違いはございません。私、御形木御本尊様から、沢山の功徳を頂きましたよ。^^
その御形木御本尊の功徳の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2010-11-08 21:36 | 体 験 | Trackback | Comments(29)

300万遍唱題と御書拝読の功徳  

2010年 11月 07日

◇「おにのかくれ部屋」に掲載された体験談②

以下の文章は、おにゆりさんのHP、「おにのかくれ部屋」に掲載されていた、もう1つの体験談です。
この体験談は、HPの内容と少し異なる点があります。
その理由は、当時のおにゆりさんに対する私のパソコンメールが現存しないからです。
この体験は、元々、私が3圏合同の壮年大会で体験発表したもの。今回、その元原稿を、当ブログの保管用に修正いたしました。

       ◇御書の功徳(御書拝読2回・本流2世帯・300万遍唱題の功徳)

私は26歳の時に、仕事に悩み、100万遍のお題目をあげたことがあります。
その功徳で、次の会社に入社、研究室を任される立場になりました。
やがて会社は、社員数2000名を超える一部上場企業へと発展。しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、私は10年以上も「勤行もしない、活動もしない、聖教新聞も読まない」という、完全な退転生活を続けてしまいました。そして、福運が切れて、やがて大変な事態に遭遇することになりました。
39歳の時のこと。仕事の研究過程で、私は会社が「導入・販売している商品」の1つに、重大な欠陥があることを発見しました。
それは発覚すると社会問題化する商品でした。改善の余地のない欠陥でしたから、私は、その商品の「取り扱い中止」を会社に求めました。しかし、その商品が当時、良く売れていたということもあり、会社は販売を続けました。
私は、幾度も、事業部門とその責任者である常務に商品の問題を指摘し続けました。
私の行動に対し、追い詰められた常務と事業部長は、「菊川は乱暴な発言をするヤツだ」とか、「組織を乱すヤツ」だとか、陰湿な悪いうわさを流すようになり、あげくの果てに、頼りの社長までが黙認してしまったのです。
このことが原因して、私は「窓際族」になりました。
ある日、組織から突然外され、出社しても、何も仕事がない日々が、2年以上も続きました。
本当に辛い、本当に苦しい生活でした。
当時、悩みを抱えていたのは、私だけではありません。
妻も同時期に、隣人からイジメられ、苦しんでいました。
隣の家の奥さんが、うちの妻と隣の旦那が浮気をしているという妄想に取り付かれ、妻に罵声を浴びせたり、ゴミを投げつけたり、おちおち自宅の庭にも出られない状況になってしまったのです。
妻は悩み、食事も喉を通らなくなりました。
夫婦そろって、私は会社で、妻は自宅でと、2人してイジメられる生活になったのです。
この大きな悩みの中で、私は40歳から、信心を再開いたしました。
朝晩の勤行・唱題、折伏、御書の拝読を忍耐強く続け、300万遍の唱題と、2世帯の本尊流布、御書全集2回の拝読を果たしました。

さて、3年間の信心で、何がどのように変わったのか、どのような現証が出たのかを以下にお話します。

まず、会社がどうなったのかということですが、私が窓際族になって1年後から傾き始め、やがて経営状態が極度に悪化、何と上半期売上げが全年度対比50%近くにダウンという最悪の事態となったのです。
そして、私をイジメた事業部長が退社、問題商品を黙認した社長が業績不振の責任を取って辞任に追い込まれ、さらに、全社員の四分の一に当たる約400名が、業績不振のあおりを受け、リストラされてしまいました。
これに対し私は、不思議なことにリストラの対象にはならず、むしろ窓際族になったお陰で、御書をまるまる2回も読むことができましたし、法華経二十八品の他、様々な学会書物を、職場でじっくりと勉強することができました。
このことに加え、本当に驚いたのですが、新社長の就任に伴い、私は研究所の責任者として正式な任命を頂き、完全な職場復帰を果たすことができました。
この時、新社長は、「私の懐刀として頑張ってもらいたい」とまで言ってくれました。
妻のイジメの問題に関しては、隣のオバさんの病気が直らないので引越しをしようと思い、まだ、窓際族の渦中、家を売ることにしました。
結果、たった一週間で、希望価格で家が売れました。そして、新しい土地に、2件目の家を建てることができました。不動産会社の人は好条件での家の売買に「こんなことは、まったく珍しいことなんですよ」とビックリしていました。
家の売却の時、会社の持ち株も同時に全て売りに出しました。株は売却した後、一時高値を付けましたが、結果として当時の5分の1以下の価格になりました。
この平成不況の真っ只中で、「窓際族」が家を建て直し、完全な職場復帰ができたことは、不思議なことでした。この仏法が「おとぎ話」ではなく、本当に力ある宗教であるということを、私は身をもって知りました。
まさに、「仏法とは道理なり。道理とは主に勝つものなり」又「わざわいの幸はこれなり。騒ぎが大なる幸となるなり」のご金言の通りでした。

以上が、私が実際に壮年大会で発表した体験談です。
このように、大きな現証を得た私でしたが、私の本当の功徳は、次にお話しする「心の変化」にあったのです。

               ◇私の心の変化に関する功徳のお話

私には子供がおりません。
子供がいないことは、他と比べる相対的な生き方しか知らない人間にとって、虚しさや後ろめたさが影のように寄り添うものです。
先に申し上げた職場での窓際生活の中で、馴れない御書を四苦八苦しながら読んでいるとき、国府(こう)入道夫妻への二編の御書に出逢いました。
佐渡の夫婦。跡目のいない夫婦は辛かったはず。周囲から、信心しているのに子供ができないではないか、と悪口も言われたのです。
何故、この夫婦は大聖人に赤誠を尽くしたのか。否、何故、尽くせたのか。何を望み、何を得て、一生を終えたのか。
深海のように静かな部屋の窓際で、私は、じっとこの二編の御書に目を凝らしました。
そのとき、私は気付いたのです。
「嗚呼、この2人は、子供のいない夫婦、あるいはお子さんを亡くされた夫婦に、大聖人のご指導を末法万年に残すために生まれてきたんだ」と‥。この時、私の眼から涙が溢れ出て、子供がいないという悩みが、一瞬にして心から消えました。
私は悟りました。「自分は、今の自分でいい」と。
心のモヤモヤが晴れ、帰郷した正月。田舎の母と2人で話し合いました。
「お母ちゃん、俺、子供いないけど、いいよネ」と聞くと、母はにっこり微笑んで、答えてくれました。「いいんだよ。子供が生まれても、悪い子もいる。いないというのも気楽でいい。そう思うことにしましょう」と。
私は、抜苦与楽の功徳を、確かに国府入道の御書から頂きました。

私はこの大きな体験を得て、さらに御書を読み進めました。
3度目の拝読を始めたとき、私の心には、1つの疑問が生じたのです。
「大聖人は、御書を通じて何を言われたのか。仏法の目的とは何か。幸福とは何か」という疑問でした。
御書には、幸せな結婚をして、子供が学業優秀で、十分な財産があり、健康で、皆が笑顔で生活している‥というような幸福論は述べられていません。
大聖人は、繰り返し、人生の目的を「成仏」と述べられていたのです。
「ともかく大聖人は、人生の目的を仏になることだと言われている。
成仏とは何だろう。一生を仏と成って生きるということか。まてよ…。他のために、幸せを作る行為の中に悦びがあるな…。私は窓際族だ。会社のためを思って戦った結果、こうなった。今、何の利益も生んでいないようでも、少なくとも薬にはなっている…」
そんなことを考えながら、一生成仏抄の表題を見ているときでした。様々なモヤモヤしたものが忽然と消えて、私の心の中に太陽が昇ったのです。
「そうか。仏になることが幸せなんだ!」
一瞬にして眼前が開け、私は美しい光に包まれました。
私は拳を握りしめて、一人、孤独な部屋の中で叫んだのです。
「等身大の広宣流布の人生を歩もう!」と。(完)

以上が、おにゆりさんのHPに投稿した私の体験談です。
元原稿とは少し違うかも知れません。
この記事は、過去、「御書の功徳」という記事を書いたとき、おにゆりさんが「この体験談を私のHPに掲載させていただけませんか?」という打診があり、過去の体験談を膨らませて作成したものです。

このシリーズの最初の記事は、→ここをクリック!
創価の森版「御書の功徳」の記事は、→ここをクリック!
創価の森版「300万遍の功徳」の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2010-11-07 00:09 | 体 験 | Trackback | Comments(2)

百万遍の功徳(変毒為薬)  

2010年 11月 06日

◇「おにのかくれ部屋」に掲載された体験談①

おにゆりさんのHP、「おにのかくれ部屋」には、私の2つの体験談が掲載されていました。
今後のことも考え、当ブログにも体験談をそのまま記録に留めることにします。
以下の内容は、私のパソコンの元原稿と、当時のおにゆりさん宛てのメール文書です。
私にとっては、5本の指に入る大型体験です。^^

◇百万遍の功徳(変毒為薬)

私の人生の最初の試練と、生まれて初めての100万遍唱題挑戦についてお話いたします。
26歳の時のことです。私は、学会員の女性と結婚しました。
幸せな結婚をして半年後、彼女は家出をしたのです。
テーブルの上のメモ用紙に、「探さないでください」と書いてありました。
その経緯や具体的内容はここでは語りませんが、要するに捨てられたのです。
以来、ショックで食事も喉を通らなくなりました。
パンの半分も食べられない。加えて、眠れない。
不眠症と拒食症になり、加えて、顎(がく)関節症になりました。悩みで、寝ているときに歯を食いしばっているようで、それが原因して、アゴが痛むのです。指がやっと1本しか入らない口になってしまいました。
60kg近くあった当時の体重は、みるみる下がり、ついに体重は50kgを切りました。
あばら骨が見えるほどになりました。惨めでした。世界一不幸な人間になりました。
涙は枯れ、ボロボロの自分があるだけ。心は氷のようでした。
修復しようと考えていたので、親にも周囲にも相談しませんでした。
苦しくて、その苦しみから逃れるために100万遍を5ヵ月で唱えました。ひたすらに‥。

年末になり、私は大石寺に向かいました。親には、「妻と旅行に行く」とウソをつきました。
1人では帰郷できません。それこそ、両親を驚かせ、悲しませるだけですから。
大講堂で丑寅勤行をしました。そして、大客殿で朝まで唱題。
もう、何時間、祈っているのだろう‥。
その時、40歳代と思われるご婦人が私に声をかけてきたのです。
「何か重大な悩み事があるのではありませんか。よろしければ、お聞かせいただけませんか?」
私は、一部始終を話しました。
ご婦人は頷き、にっこりとほほ笑んで言いました。
「私、あなたと同じことになった人知っているわ。あなたの奥さん、帰ってくるかも知れないし、帰ってこないかも知れない。でも、あなたなら絶対に大丈夫です。もし、離婚になっても、あなたに相応しいお嫁さんがきます。そのとき、今の奥さんは、いつか必ず惨めな姿を見せにくるでしょう」
その後、私は100万遍を唱え切りました。しかし、彼女は戻りませんでした。
でも、その中で私の心は清らかに輝いていたのです。
100万遍を唱え、得たものとは「獅子は伴侶を求めず」との決意でした。

私は、この100万遍唱題で、たった2つのことを祈ったのです。
1つは彼女との関係の修復、2つには月給30万円を稼げる会社への就職でした。

私は安月給な上、お金に無頓着なタイプでした。若い時に金などいらないと平気だった。
稼げないくせに、買いたいものを買った。だから貧しかった。
ワガママだったし、他を思いやる心もなかったのです。
今から思うと、私は、欠点だらけの人間でした。
100万遍を唱え終わった2ヵ月後、私は願い通り、給与30万円の職場に転職することができました。その職場で、今の妻と出逢ったのです。
新しい奥さんは学会員ではありませんでしたが、結婚の時に入信してくれました。
正式に前妻と離婚し、新たな彼女と再スタートを切ったのです。

以来、私の人生は劇的に、180度変化しました。
会社では最も得意な仕事を任され、トントン拍子に出世。30歳で課長になり、35歳で部長になりました。活躍は社内外に轟き、社長賞まで頂いた。
すなわち、離婚した27歳を前後して、私の人生は全く別物になったのです。

前妻と離婚して7年目のある日、以前の彼女から、会社に電話がありました。
会って欲しいとのことでした。
迷いましたが、電話のかかってきた当日の昼過ぎに会いました。
渋谷の安っぽい喫茶店で見た彼女は、少しケバケバしくなっていました。
見て、何だか、悲しくなりました。
彼女は伏目がちに言いました。「後悔しています。あのときのことはごめんなさい」
以来、別れた彼女とは会っていません。どこに生活しているのかも知りません。
ただ、私は、別れた彼女に、今も心の中でつぶやくことがあるのです。
「あなたが私に100万遍を唱えさせたのです。ワガママで、愚鈍な1人の男が、あなたに縁して変わったのです。ですから、感謝しています。むしろ、謝罪しなければならないのは私です。どうか、新しい人生の勝利者になってください!」と。

                 ◇おにゆりさんへのメール文書

体験ですが、掲載していただければ幸いです。
何故なら、悲惨な境遇の人々の励みになるからです。
あのときは、本当に辛かった。必死でお題目をあげましたよ。
「御本尊さま、助けてください。私は過去世に何をしましたか?」って。
泣きながらお題目をあげたんです。
食事もできず、やせ衰えながら、仕事をしながら、死んでもいいやと思って祈ったんです。
そうしたら、人生ががらっと変わった。
もう、乞食と王様ぐらいに変わった。闇が光に変わった。
本当に何不自由ない生活になった。
たったの5ヶ月、たったの100万遍です。
お題目だけの功徳です。

創価の森版「百万遍の功徳(変毒為薬)」の記事は、→ここをクリック!
もう1つの掲載体験談の記事は、→ここをクリック!
私の今の奥さんの記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2010-11-06 23:23 | 体 験 | Trackback | Comments(0)

嬉しいこと  

2010年 09月 23日

◇非公開コメントさんの勝利!^^

一昨日、非公開コメントで嬉しい報告がありました。
以下に、そのコメントをご紹介します。^^
(抜粋です)
----------------------------------------
>ご無沙汰しておりました。
>今年の2月末に会社を辞めてから約半年間、転職活動をしてきましたが、面接にすら進むのが困難な状況でした。
>毎日のように信濃平和会館に通い、唱題をしてきました。
>そして、先週の土曜日に100万遍を達成しました。
>と同時に、同日に面接を受けた会社から本日、採用との連絡がありました。
>採用人数が1名という状況で再就職を勝ちとれました。
>明日、本部へ先生に手紙を持っていこうと思います。
----------------------------------------
この方は、過去、当ブログに「就職のアドバイスを下さい」とコメントされていた人だったのです。そこで、私は「売り物は自分という商品」という記事を書きました。
その過去のアドバイス記事は、→ここをクリック!
方法論であるが、何かしら参考にして欲しかった。
その人からの勝利の報告でした。100万遍を唱えての就職。しかも、たった1人の採用という狭き門を突破された。絶対に、報われる職場に違いありません。
非公開コメントさん、本当におめでとうございました!^^
1人の学会員の偉大なる勝利。嬉しいことです。
私が職を失ったときには、今度は、非公開コメントさんの体験を糧にして頑張りたいと思います。(笑)
一方で、今も就職活動に挑戦されている人もいらっしゃる。
あるいは、長く就職できない人もいるかも知れない。
でも、私たちの信仰は、人間革命、家庭革命、生活革命の宗教です。
どうか、次に続く人たちも、「深い祈り」と、「最高の作戦」と「最高の行動」で、「自分という商品」をピカピカに輝かせて、新しい職場を勝ち取っていただきたいと願っております。
私も、厳しい不況の世の中ですけれど、一歩一歩乗り越えて行きます。
お題目の秋、仏法対話の秋で、お互いに頑張りましょう!^^

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# by sokanomori | 2010-09-23 06:27 | 体 験 | Trackback | Comments(18)

悩める友へ  

2010年 08月 30日

◇苦難を乗り越える信心です。

私のブログへのコメント欄には、何人かの悩める方からのコメントがあります。
記事にはしていませんが、「会って欲しい」と言われ、過去、お会いした人も数人います。
思うのですが、苦難や悩みがなければ、本当の意味で信仰というものは理解できません。悩んだときこそ、御書です。
日蓮大聖人が直接励ましてくださいます。
祈り、実証を掴んでください。この仏法が、「ウソ」か「真実」か。「おとぎ話」か「本物」か。自らの体験と実感から掴むことです。その苦しみからしか、本当のこの世の苦悩は見えない。
私、泣きながらお題目唱えましたよ。貪るように読んだ御書。池田先生の書物。聖教新聞や大白の体験談。読んで、「これが事実だとするなら、私にだって同じことがあるはずだ」と思った。本当に困難な状況の時は、自分と御本尊様しかない。真剣勝負です。
宿業というのは凄まじいものです。本当の不幸とは恐ろしいものです。
けれど、それを乗り越えるために、この宗教はある。その自らの宿業と戦うのです。
創価学会の宗教は、大聖人を筆頭にした体験と実証の宗教です。幾百万の実証が、創価の根幹です。戸田先生は言われた。「百発百中の宗教である」と!
掴んでください。掴めますよ。「この信心しかない」と思えたら大丈夫です。
私のこの体験は、真実です。→ここをクリック!
当時、まさか、私が幸せになれるなんて、想像もできなかった。
勝ってください!納得してください!大丈夫です!

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# by sokanomori | 2010-08-30 22:28 | 体 験 | Trackback | Comments(24)

人生のプロジェクト  

2010年 08月 07日

              ◇歓喜という薬が、辛さと疲労を吹き飛ばす。^^

一昨日、私は歓喜の心で大都会の空を見上げていた。子供の時に夢見た未来都市東京が眼前に広がっていた。
美しい列車がプラットホームに停車し、高層ビルが天空に輝いていた。
私が少年部の時、池田先生は「大いなる希望」という詩を書いてくださった。少年部の私は、この「大いなる希望」を繰り返し読んだ。
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大いなる希望 高らかな暁鐘(ぎょうしょう)
二十一世紀まであと三十年
その時 君たちは 人生の最も充実した年代になっている
僕は 二十一世紀をすべて君たちに託したい‥‥
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この冒頭の文章から始まる長編詩。
あれから40年もの歳月が流れ、今、私は21世の大都会に生きている。
私は、池田先生に未来を託された。振り返れば、池田先生が指し示された今日である。
(大いなる希望の過去の記事は、→ここをクリック!

私は、一昨日、3ヶ月に及ぶ社内プロジェクトを終えた。
完成品を数十名の関係者に披露し、解説を加えた。
受け取った人々の口から漏れ聞えた声は、「素晴らしい出来だ」との評価であった。
納期を半月近くオーバーしたしたが、ついに私の大仕事が終わったのである。
本年を振り返れば、挑戦に次ぐ挑戦の日々であった。
50歳。その佳節を新しいスタートラインと捉えた私。創価の森ブログの本を出版し、300人の友人に贈った。フルマラソンを走った。国政選挙も戦い抜いた。
そして、この困難な仕事を完成させた。
創価の森ブログの本製作の記事は、→ここをクリック!
フルマラソン完走の記事は、→ここをクリック!

苦しく辛い日々が続いた。けれど、乗り越え、勝利した時、その苦しみは全て歓喜に変わった。歓喜とは、何と凄い力を持っているのだろう。今までの疲労という疲労を、辛さという辛さを、全部吹き飛ばす力を持っている。
過ぎ去ってみれば、何と爽快な人生だろう!
創価学会の「広宣流布という巨大プロジェクト」に育まれた私であった。
私は勝利した。私に悔いはない。今の私にあるのは、歓喜のみである。
さあ、しばしの休息の後に、私は再び歩み始めるだろう。
不思議なるかな、我が人生。
我を支えし、一切の人々に深く感謝したい。
創価学会万歳!池田先生万歳!!

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# by sokanomori | 2010-08-07 23:13 | 体 験 | Trackback | Comments(4)

功徳  

2010年 03月 18日

                 ◇真実の功徳とは、即身成仏である。

この写真は、私が会社の取り扱い商品の不正を発見し、抗議した結果、2年3ヶ月間、窓際族となったときの唱題表とご祈念帳である。
唱題表は手作り。1つのマルが1時間である。
300万遍の唱題表には、当時の出来事がびっしりと書き込まれている。私の闘争の3年間の苦闘と勝利の証明書である。
ご祈念帳は全部で6冊。願いが叶ったものから線を引き消していった。私の3年間の祈りは約500項目に及ぶ。その一切の祈りは叶った。
「祈りが叶わない」という人がいるが、何故だろう。私も叶わないこともあったが、叶う必要もなかったことだったし、悩みが悩みでなくなったのである。おそらく、祈りの叶わない人は、祈っていても行動していないか、真剣に祈れていないのではないか。
私は、3年間で300万編を唱えたに過ぎない。これは、多いようで、今から思うと平凡である。
寿量品には、「まるで大火に焼かれると見える時も・我が土は安穏にして・天人常に充満せり・園林諸(もろもろ)の堂閣は・種々の宝に荘厳せり」と説かれている。
結果として、私の人生は安穏となり、2件目の家(堂閣)まで新築することができた。業火に焼かれたのは、結果として私を苛めた人々である。まさに、寿量品に説かれた通りになった。
功徳について、日蓮大聖人は、以下のように述べられている。「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり・功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり」(御書762頁)
究極の功徳とは、即身成仏であり六根清浄である。
今、地獄の底でもがいている人もいるだろう。だが、その時こそ、この仏法が、架空の夢物語か真実かの証明の時である。是非、勝って欲しい。貴方だけの驚くべき体験を掴むことだ。信じ、祈り、行動することだ。苦難とは、仏になるための滑走路である。
寿量品の一文一句は真実であった。私は寿量品を読経するたびに、この2年3ヶ月の窓際族で掴んだ功徳の幸せを噛み締めているのです。^^
別の具体的な体験記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2010-03-18 22:41 | 体 験 | Trackback | Comments(35)

臨終只今  

2010年 02月 17日

                   ◇人生何があるか分かりません。^^
上写真は、6年前のもの。真夏で日焼けMAXです。(^^)
これは、私が3週間入院していた時のもので、点滴をしている写真です。
当時、私は、ある恩人の方の裁判を支援していました。司法の矛盾に激怒し、大きなストレスを抱えていた。ある朝、顔半分の神経がまったく動かなくなった。
ビックリして病院へ。病名は、顔面神経麻痺でした。
医師が、「95%の方は回復します。ですから、心配いりません」と言う。
「えっ、先生‥。残りの5%の人はどうなるんですか?」
「後遺症が残ります。でも、ほとんどの人は大丈夫です」
私は、この医者の言葉に愕然とした。5%に入ったら、どうするのか。
入院すると、点滴を1日中打ち続けられた。注射針が怖いので、腕を動かせない。
2週間を経過したころ、首に大きな注射器で麻酔を打たれた。これには閉口した。首の正面からズブッと刺されるのである。麻酔を打つと血の巡りが良くなり、神経の回復に役に立つとのこと。この恐ろしい注射が続いた。耐えたが、苦しかった。
2ヵ月後、ほぼ回復。しかし、次に耳が聞こえなくなった。神経マヒの後遺症である。左耳がまったく聞こえない。右耳も10分の1ぐらいになった。結局、左耳の鼓膜を切って手術した。
このとき分かったことがある。それは、耳が聞こえないと、この世に生きていられないということである。対話が一切できない。第一、自分の声すら聞こえない。
ある人に、「耳が聞こえなくて大変だった」と話した。すると、「菊川さん、耳だからいいじゃないか。人間の情報は目が9割の情報源だというよ。耳はまだ何とかなるさ」
耳が聞こえないということが一体どういうことなのか、この人は何も知らないのです。
でも、いい経験をした。苦しまない限り、苦しんでいる人の気持ちは永遠に分からない。
生死一大事血脈抄に、「臨終只今」、「臨終正念」(御書1337~1338頁)が述べられている。
人生の終焉は、間違いなく訪れる。
しかし、家族や自分、あるいは友人の死を、遠い出来事として傍観していないか。
「人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露」(御書1173)
「いつか」という安易な人生の油断が、結局、「何も出来なかった」という悲しい結末を作る。
いつ何時、何が起こるか分からないのが人生です。
ゆえに、「いつか」でなく、「いま」が大事なのです。

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# by sokanomori | 2010-02-17 06:49 | 体 験 | Trackback | Comments(12)

「過去の私」から「未来の私」への手紙  

2009年 10月 27日

                   ◇こんなの出てきましたけど。^^

先日の体験談「変毒為薬」の記事を語ろうと、当時の重要な証拠品「大講堂の入場券」を仏壇の引き出しで探していると、偶然にも、上写真の封筒が出てきた。何と、「2007年11月1日に開封せよ」と書いてあった。すでに2年を経過しているではないか!(笑) 
裏を見ると、「本物の宗教なれば、私は満足な人生を歩んでいることだろう。2003年10月10日、菊川広幸」と書いてある。
どうやら、私の獄中闘争の終了後に書いたものらしい。昨日、恐る恐る開封してみた。
封筒の中には、5枚の便箋が入っていた。その内容を以下に抜粋する。

冠省 信仰して1000日が経過した。(中略)
私はB長となり、今20世帯30余名の人々をサポートする立場になった。私はただひたすら300万遍を祈り、学び、行動して、凶悪な敵に勝利した。私の体験は、偉大な実験証明となった。
けれど、一切が順調とは言えない。今、会社は瀕死の状態にある。まさに、再生不能の状態にまで、会社は破壊されている。(中略)
発心から2000日後の未来の君よ。君は今、何をしているか。
私は、君が発心から築いた清流を濁流に変えていないかが心配だ。
瑞々しい歓喜を忘れ、多くの人々の惨めなる心情を忘れ、仏として最も大切な同苦を忘れてしまわないか心配だ。
君よ、幸福とは何かを断じて忘れるな。
蓮祖云く、「一生成仏なり」と。(中略)
およそ、人として最大の幸福とは、正に地獄の中にいる人々を救済することである。
2000日の未来の君よ。
未来に、今の会社はないかも知れない。あるかも知れない。
もし、なくなっているなら、次の会社の第一人者であれ! 草々

2000日後の菊川広幸様        1000日の菊川広幸より

不思議だ。このような手紙を書くことも珍しいことであるが、創価の森ブログを開始し、私の赤裸々な体験手記を述べるとき、この手紙が仏壇の奥から出てきたのだ。
振り返れば、若かりし頃、離婚という運命の打撃に翻弄され、その中で100万遍の題目で宿命転換をした。職場で成功し、新しい妻を迎え私の人生は一変した。
しかし、順風に見えた私の人生も、ある日、会社の不正を発見してからイジメられ、窓際族として転落した。再び発心して、300万遍の唱題で宿敵と戦い勝利した。その後も、様々、泣き笑いはあったが、私は致命的な敗北をすることなく、今日を迎えている。
人生には、とても危険な現実がひしめいている。生活環境に潜む様々な問題‥事件や事故、病気、経済、憎愛、離別、敗北‥次々に苦難と苦悩とが現れる。その波濤を、信仰という船の切っ先で打ち破りながら、私たちは大海原の航海を続けている。
ありがたいことだ。私たちには最強の信仰がある。
さあ、新たなる未来に向けて前進しよう。美しい人生の旅路を、愉快に溌剌と歩もう。
先生と共に、創価の同志と共に!^^

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# by sokanomori | 2009-10-27 23:59 | 体 験 | Trackback | Comments(18)

続・変毒為薬  

2009年 10月 25日

             ◇100万遍唱題で生活革命&宿命転換を果たす。
彼女の家出から5ヵ月。
私は100万遍を唱え切った。しかし、現実は何も変わらなかった。彼女とは幾度か話し合ったが、修復はできず、27歳のとき離婚となった。未練は消えていたので、次なる100万遍への挑戦はしなかった。私は瑞々しい心で、未来を見据えて歩き始めた。
私は、この人生初の100万遍唱題で、たった2つのことを祈ったのです。
1つは彼女との関係の修復。2つには月給30万円を稼げる会社への就職。
私は安月給だった。私はお金に無頓着だった。若い時に金などいらないと平気だった。稼げないくせに、買いたいものを買った。故に貧しかった。私は、欠点だらけだった。
100万遍を唱え終わった2ヵ月後、私は願い通り給与30万円の職場に転職した。
その職場で、今の奥さんと出逢った。
新しい奥さんは学会員ではなかったが、結婚の時に入信してくれた。
私の人生は劇的に、180度変化した。痩せこけた惨めな男は、強くたくましい1人前の男になった。仕事は、最も得意な仕事を任され、トントン拍子に出世した。30歳で課長になり、35歳で部長になった。活躍は社内外に轟き、社長賞まで頂いた。
ある日、離婚した以前の彼女から、会社に電話があった。会って欲しいという。
迷ったが、会うことにした。渋谷の安っぽい喫茶店で会った。
別れて7年目。彼女は言った。「後悔しています。あのときのことはごめんなさい」
以来、別れた彼女とは会っていない。どこに生活しているのかも知らない。
ただ、私は、別れた彼女に、今も心の中でつぶやくことがある。
「あなたが私に100万遍を唱えさせたのです。ワガママで、愚鈍な1人の男が、あなたに縁して変わったのです。ですから、感謝しています。むしろ、謝罪しなければならないのは私です。どうか、新しい人生の勝利者になってください!」
今、私は、最愛の伴侶と生活している。愚痴も言わず支えてくれる素晴らしい奥さんです。
その最愛の妻は、→ここをクリック!^^
以上が私の離婚に関するお話です。皆さん、いかがでしたか?
100万遍の力、必死のお題目の力というのは途方もなく凄いものですよネ。^^
「獅子は伴侶を求めず」‥。伴侶は、獅子になった時に、ついてくるのかも知れません。

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# by sokanomori | 2009-10-25 01:09 | 体 験 | Trackback | Comments(20)

変毒為薬  

2009年 10月 24日

                  ◇結婚と離婚の果てに知ったこと。^^

先日、結婚と信心の両立に悩む1人の女性から赤裸々なコメントを頂いた。
コメントを読んで、私の離婚について書こうと思った。幸せになるために結婚する。しかし、2組に1組は離婚する。読者の皆様には、私の体験から何かを学んでいただければと思う。
26歳の時のこと。私は、学会員の女性と結婚した。幸せな結婚をして半年後、彼女は家出をした。テーブルの上のメモ用紙に「探さないでください」と書いてあった。
ショックで食事も喉を通らなくなった。パンの半分も食べられない。加えて、眠れない。60kg近くあった体重は、みるみる50kgを切った。あばら骨が見えた。修復しようと考えていたので、親にも周囲にも相談できなかった。苦しくて、その苦しみから逃れるために100万遍を5ヵ月で唱えた。過去世、現世、私は一体何をしたというのか。
業火に焼かれつつ祈った。ただ、ひたすらに‥。
年末になり、私は大石寺に向かった。親には、「妻と旅行に行く」とウソをついた。1人では帰郷できない。それこそ、両親を驚かせ、悲しませるから。
大講堂で丑寅勤行をした。そして、大客殿で朝まで唱題をした。その当時の入場券が上写真です。(2枚あるのは、翌年分も含む)
太陽が昇り、眼前の日興上人の御本尊に太陽の反射が当った。もう、何時間、祈っているのだろう‥。その時、40歳代と思われるご婦人が私に声をかけてきた。「何か重大な悩み事があるのではありませんか。よろしければ、お聞かせいただけませんか?」
私は、一部始終を話した。ご婦人は、頷き、にっこりとほほ笑んで言った。
「私、あなたと同じことになった人知っているわ。あなたの奥さん、帰ってくるかも知れないし、帰ってこないかも知れない。でも、あなたなら絶対に大丈夫です。
もし、離婚になっても、あなたに相応しいお嫁さんがきます。そのとき、今の奥さんは、いつか必ず惨めな姿を見せにくるでしょう」
その後、私は100万遍を唱え切った。彼女は戻らなかった。
しかし、私の心は清らかに輝いていたのです。私は、1つの答えを得た。それは、「獅子は伴侶を求めず」という答えでした。^^
続きの記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2009-10-24 00:33 | 体 験 | Trackback | Comments(18)

一対の書  

2009年 06月 18日

                ◇常勝関西さんのお父様からの贈り物
縦75㎝、横55㎝の模造紙に書かれた2つの書。
墨痕鮮やかに「勇戦」と「大勝」と書かれていた。常勝関西さんのお父様が、ご自身で墨を磨られ、私の為に書き現わしてくださった入魂の書である。
常勝関西さんのお父様は、信心歴49年。昭和35年のご入信。何と、私が生まれた年なのです。不思議なる一致。幾多の困難を乗り越えられ、今、御年74歳になられる。お題目を1日多い時で4時間、5時間も唱えられるという。「今まで、どれほどのお題目を唱えられているのですか?」とお聞きしたところ、常勝関西さん、ぽつり、「分かりませんね」。(笑)
何をそんなに祈っていらっしゃるのか。感謝のお題目か。広宣流布の祈りか。
徹底したお題目で、ご自宅の畳が沈んでいるという。凄まじい祈り。そのお父様が、東京へ息子が出向く際に巻物を持たせた。それがこの一対の書だったのです。
「菊川さん、勇気を振り絞って戦うんですよ!」
「菊川さん、大きな勝利を掴むんですよ!」
そんな声が轟くがごとき書です。常勝関西さんとお父様は、親子不二にして、私にメッセージを下さった。身に余る贈り物。ありがたき幸せ。
分かりました。その思い、その関西魂。感動して泣きましたよ。ありがとうございます!^^
お題目が上がらない怠け者の私に、唱題王のお父様が励ましてくださった。その真心、私の魂に深く刻まれました。今日より、さらに深く信心を取り出して、祈り、戦います。
常勝関西さんご一家、万歳!歓喜ブロック、万歳!!関西創価学会、万歳!!^^
過去の常勝関西さんの記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2009-06-18 22:55 | 体 験 | Trackback | Comments(11)

小さな宿命転換  

2009年 06月 16日

                    ◇通勤電車の有効活用術

通勤の往復で3時間30分以上かかる私としては、漠然と時間を浪費する電車通勤に悩んでいました。
「1日24時間のうち、3時間以上が無意味な通勤に消費されてしまう人生。こんな無駄を、いつまで繰り返すのか‥」と悶々としていたのです。
先日、地区のご婦人が、「菊川さんのブログの記事、毎回楽しみにしている。菊川さんの頭の中身、見てみたいわ。けれど、ちゃんと睡眠とれているのか心配」と、私の奥さんに話されたようです。
でも、大丈夫です。今では、電車の中で、睡眠もすれば、ノートパソコンでブログの記事も作るのです。電車の中にいる私は、書斎にいるという感じなのです。

写真のノートパソコンは、私の武器の一つ。購入時では最高級のもので、今でも立派に通用します。このパソコン、インターネットもメールもできる魔法の小箱。過去からパソコンは、仕事において必需品でしたが、これがブログで大活躍するのですからありがたい。^^
通勤、仕事共に拘束時間が長く、公休日も少ないという三重欠乏症の私。長く、「時間がない」から「活動ができない」し、「まともな広宣流布もできない」と思っていました。一時は、転職しようかとも考えました。実は、本人も気がついていなかったのですが、それは全くの言い訳だったのです。要するに「信心がなかった」&「決意がなかった」のでした。(笑)
確かに、ハンディキャップはあります。でも、今は、1日に3時間近くも書斎にいられるという贅沢さを味わっているのです。そういう境涯になりました。もし、この通勤時間がなかったら、創価の森の記事は、こんなに沢山作ることはできないでしょうね。^^

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# by sokanomori | 2009-06-16 23:15 | 体 験 | Trackback | Comments(6)

続・御書の功徳  

2009年 05月 22日

                   ◇一生成仏抄から得た功徳。^^
窓際生活はさらに続きました。
1回目の御書を拝し、100万遍の題目が終わっても、職場環境に変化はありませんでした。
私は、仕方なく、2回目の御書拝読と、さらなる100万遍への挑戦を開始しました。時間は無尽蔵にあり、法華経二十八品、あるいは、世界の著名な人物の書物も読みあさりました。
朝から晩まで、御書や良書を読みふけり、1人の部屋で唱題までしながら思索する毎日。
まるで、戸田先生のプチ投獄生活ですね。^^
御書を二度読み終えたとき、1つの疑問が生じました。
大聖人は、御書を通じて何を言われたのか。仏法の目的とは何か。幸福とは何かと。
御書には、幸せな結婚をして、子供が学業優秀で、十分な財産があり、健康で、皆が笑顔で生活している‥というような幸福論は述べられていません。
大聖人は、繰り返し、人生の目的を「成仏」と述べられていたのです。
「ともかく大聖人は、人生の目的を仏になることだと言われている。成仏とは何か。一生を仏と成って生きるということか。まてよ…。他のために、幸せを作る行為の中に悦びがあるな…。私は窓際族だ。会社のためを思って戦った結果、こうなった。今、何の利益も生んでいないようでも、少なくとも薬にはなっている…」
そんなことを考えながら、一生成仏抄の表題を見ているとき、様々なモヤモヤしたものが忽然と消えて、私の心の中に太陽が昇ったのです。
「そうか。仏になることが幸せなんだ!」
一瞬にして眼前が開け、私は美しい光に包まれました。私は拳を握りしめて、一人、孤独な部屋の中で叫びました。「等身大の広宣流布の人生を歩もう!」と。
私の人生は180度、劇的に変わりました。私は、心からの納得と大歓喜をもって、その後、半年の間に7人の友人と仏法対話をし、内2人に本尊流布を果たしました。やがて、私をいじめた役員は会社からいなくなり、2年3ヶ月の窓際生活が終わったのです。(完)
さらに詳しい体験の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori | 2009-05-22 00:10 | 体 験 | Trackback | Comments(20)

御書の功徳  

2009年 05月 20日

                   ◇国府入道夫妻の人生に感謝。^^
私には子供がおりません。
子供がいないことは、他と比べる相対的な生き方しか知らない人間にとって、虚しさや後ろめたさが影のように寄り添うものです。
先に申し上げた職場での窓際生活の中で、馴れない御書を四苦八苦しながら読んでいるとき、国府(こう)入道夫妻への二編の御書(1323~1325頁)に出逢いました。
佐渡の夫婦。跡目のいない夫婦は辛かったはず。周囲から、信心しているのに子供ができないではないか、と悪口も言われたのです。(1314頁13行に、その記載あり)
何故、この夫婦は大聖人に赤誠を尽くしたのか。否、何故、尽くせたのか。何を望み、何を得て、一生を終えたのか。深海のように静かな部屋の窓際で、私は、じっとこの二編の御書に目を凝らしました。そのとき、私、気がついた。
「あぁ、この2人は、子供のいない夫婦、あるいはお子さんを亡くされた夫婦に、大聖人のご指導を末法万年に残すために生まれてきたんだ」と‥。
その瞬間、国府入道夫婦が私の心の中で金色に輝き、歓喜と感動で満たされました。私の眼から涙が溢れ出て、子供がいないという悩みが、一瞬にして心から消えたのです。
私は悟りました。「自分は、今の自分でいい」と。^^
子供がいないから不幸なのではありません。子供がいても不幸な人は沢山います。ナイチンゲールもヘレンケラーも、周恩来も子供はいませんでした。勿論、日蓮大聖人も。
心のモヤモヤが晴れ、帰郷した正月。田舎の母と2人で話し合いました。
「お母ちゃん、俺、子供いないけど、いいよネ」と聞くと、母はにっこり微笑んで、答えてくれました。「いいんだよ。子供が生まれても、悪い子もいる。いないというのも気楽でいい。そう思うことにしましょう」と。^^
私は、抜苦与楽の功徳を、確かに国府入道の御書から頂いたのです。
次の記事は、→ここをクリック!

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追伸:この功徳は、願わずして頂いた功徳です。冥益(みょうやく)ですネ。
明日は、いよいよ完結編です。お楽しみに!^^
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# by sokanomori | 2009-05-20 23:16 | 体 験 | Trackback | Comments(17)

窓際族の御書拝読  

2009年 05月 19日

                  ◇災いの中にも幸せがあるのです。^^
私は今までに御書を3度、拝読しました。
具体的には、御書全集を2回、編年体御書を1回。この他、法華経二十八品を1回。その中でも方便品と寿量品は、さらに詳しく学びました。何故、これだけの御書や法華経の勉強ができたのか‥それは、私が、職場で窓際族だったことが原因なのです。
39歳のときのこと。私は、某企業の研究室で仕事をしていました。あるとき、1人の研究員が、会社で販売している商品に重大な欠陥を発見しました。責任者だった私は、会社の利益を守るために上層部に販売停止を呼びかけました。しかし、一部の会社役員がその事実を隠蔽。これと戦うこと1年にして、私は責任者を外され、窓際族にさせられたのです。
北側の狭く薄暗い部屋に閉じ込められ、朝出社して夕方帰宅するまで、何一つ仕事を与えられない日々。要するに、社内投獄です。幽閉生活は実に2年3ヶ月に及び、この渦中において、私は御書を2度、全頁拝読したのです。
鍛えられましたよ。この苦難が、私を祈りと御書に向かわせたのです。
やがて私は、「わざわいの幸はこれなり」「さわぎが大なる幸となるなり」(四条金吾殿御返事:1164頁)の御文を身読することになるのです。
私は御書の拝読で、1回目に願ってもいなかった大きな悩みを解決し、2回目で幸せの本質を悟り、3回目で日蓮大聖人の仏法とご生涯に納得し、感謝で満たされたのです。^^
その1回目と2回目の拝読における功徳のお話を、明日からの連載にて申し上げるものであります。つづく。(笑)→次の記事はここをクリック!

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追伸:私はこの窓際生活を克服し、生活面で大功徳を得ました。そのことは別の機会にお話します。今回は、御書の功徳に絞ってお話いたします。^^
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# by sokanomori | 2009-05-19 23:39 | 体 験 | Trackback | Comments(14)

スリハンドク  

2009年 05月 16日

               ◇物忘れの激しい私は、彼の一分身です。^^
愚鈍だから不幸かというと、さにあらず。
スリハンドク(須梨槃特:しゅりはんどく)…物忘れの激しい有名な人がいる。
現代的に言うなら、要するに、学業ビリ。容姿はジャニーズ系ではありません。とても幸せになれるようなタイプではありません。
しかし、スリハンドクは単純な清掃の修行を幾度も繰り返す人生の中で、時間をかけて熟成していきます。彼は、周囲に軽んじられ、馬鹿にされても、愚痴も言わず、忍耐の修行の日々を送りました。ある日、彼は悟ります。「これは、庭や建物を掃除しているのではない。自分自身の心の宮殿を磨いているのだ」と。
彼は一瞬に全てを悟りました。そして彼は、彼の人生そのものが無意味なものではなく、他の同志と何ら変わることのない使命と歓喜を所有していることに気が付いたのです。
スリハンドクは、満たされました。そして、歓喜の涙を流しました。
幸福とは、何ものにも犯されない納得の異名です。そして、他の幸福を願い、行動する生活に宿るのです。彼は、学業が弱かったが故に、人並み以上の苦労をしましたが、やがて、人並み以上の幸福を得たのです。
私ですか? 私も得ているもの、ありますよ。^^
近く、私の功徳と悟りを、記事にいたしましょう。ご期待下さい!^^

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追伸:シュリハンドクとも読む。法華経五百弟子受記品第八に登場する愚鈍の象徴。
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# by sokanomori | 2009-05-16 23:35 | 体 験 | Trackback | Comments(6)

母の日の出来事  

2009年 05月 10日

              ◇池田先生からカーネーションが届きました!^^

夕方5時頃のことです。
私がブロック員さんに、来週の座談会の連絡に歩いているとき、支部婦人部長が私の自宅に1本の花を届けてくださいました。
私が帰宅すると、今度は、支部長と地区部長が、私の自宅に来て、玄関先でしばしの談話。話の終わりごろ、支部長が真剣な顔つきで、「菊川さん、池田先生が、ありえないことをされたのです」とのこと。
「えっ!な、何かあったんで‥」というと、「座談会場の提供者のお宅に、先生がカーネーションを贈られたのです。来てますか?」→「え~、そういうことですか。あ~、聞いてませんね。と、いうことは届いているということでしょう、きっと‥」←動揺して、意味不明の返答をする私。
真剣な顔で、意味深な出だしのお話でしたから、ドキッとしました。(笑)
2人は、次の訪問先に自転車で行かれました。果たして、1本のカーネーションが、確かに届けられていたのです。妻はすでに、一輪挿しの金属製の花瓶に、届けられたカーネーションを生けていました。まざまざと見ました。カーネーションという花を穴が開くほど。花も茎も葉も、しっかりとした強さを保ち、香りはうっすら少々。強く、質素で、気高い母の花でした。
生けられていた花を、私はリビングから仏間に運び、夜の勤行をしました。池田先生が傍にいらっしゃる‥泣けて、勤行がすんなりできませんでした。池田先生が全国の座談会場、あるいは拠点に贈られたのでしょうか。
先生、本当に、ありがとうございます。私のような不詳の弟子の家に、このようなお心配りをしてくださるなんて!
泣きましたよ。泣き虫が、日頃の100倍泣きました。^^

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# by sokanomori | 2009-05-10 23:10 | 体 験 | Trackback | Comments(8)

折伏経典  

2008年 12月 05日

      ◇私の祖母の形見の本

昭和29年9月発行の偉大なる名著「折伏教典」です。創価学会の草創期の時の本です。この本の末尾に、すでに10年以上前に亡くなった祖母直筆のサインが書かれているのです。
「昭和参拾壱年壱拾月壱拾日 菊川糸江」
若々しい字で書かれております。
昭和31年には、祖母は入信していたのです。当時、中国地方の片田舎で創価学会の信心をしていた人は皆無でした。
祖父は、土着の信仰に熱心で、蛇の神を拝み、結核でやせ衰えて、昭和18年に41歳で死去しました。貧乏のどん底で、女手一つで2人の子供を育てたのですが、祖母もまた、結核で1ヶ月ももたないという死の一歩前の状態になりました。ありとあらゆる信仰をした上での大病でした。

その祖母が、創価学会の話を聞き入信。話を聞いた翌日から外に出て、この仏法の話を始めたそうです。死にかけている祖母が外を出歩いているのを見て驚く者、妙な信心を始めたことにいよいよ死期が近ずいたと笑う者など、様々な反応がありました。祖母は、どういうことか、1ヶ月程で病気を克服、近隣の人が驚いて5人ほど入信したのでした。

以来、祖母の信仰から、私の父と母が信心をし、私は創価学会の家族の一員として生まれてきました。
祖母は明治43年2月17日に生まれ、祖父の2倍以上の83歳まで生きました。いつもお題目を唱えている人でした。当時、子供だった私は、何でそんなに祈っているのかは理解できませんでした。
何か具体的な対話をした記憶はありません。しかし、私が年を重ねると共に、祖母の愚直な信仰に感心させられるばかりです。
この折伏教典には、戸田先生の有名な「生命論」が書かれています。まさに、創価学会の源流たる本と祖母の存在に、この本を見ると感謝の念で一杯になります。

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# by sokanomori | 2008-12-05 00:08 | 体 験 | Trackback | Comments(3)

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