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漫画規制条例 表現活動萎縮させるな


 漫画やアニメの性描写を規制するための東京都の改正青少年健全育成条例が成立した。公権力の創作活動への介入は、表現の自由に与える影響が大きい。なしくずし的な「事実上の検閲」につながることがないよう運用は極力限定すべきで、市民社会が監視していく必要がある。

 改正条例では、強姦(ごうかん)や強制わいせつなど刑罰法規に触れるか、近親者同士の性行為を「不当に賛美・誇張」して描いた漫画やアニメを18歳未満の青少年に販売、閲覧させないよう、都は業界に自主規制を求めることができる。悪質と判断された作品は、青少年への販売を禁止する「不健全図書」に指定する。

 あくまで販売への規制で、表現活動に規制を加えるわけではないとしている。しかし、販売ルートに規制がかかれば、出版社や漫画家に影響が及ぶのは避けられない。

 有害図書から子どもを守るという趣旨に反対する人はいないだろう。

 では、なぜ漫画家や出版社から反発が生まれているのか。

 それは、改正の目的がはっきりしない上に、規制の対象があいまいで、取り締まる側に使い勝手がいいと業界側には映るからだ。

 漫画家ちばてつやさんは「漫画だけでなく、文化や芸術は上から規制してはだめだ。読者に判断を委ねれば、悪い物は絶対に自然淘汰(とうた)される。そして良い物がきちんと残る」とし、里中満智子さんも「作家の感性にまで踏み込む内容で、到底承服できない」と批判する。巨匠2人が特に懸念するのは、若手や作家の卵たちの萎縮だ。

 表現活動の公権力行使の随意性は、写真家の篠山紀信さんが今年、公然わいせつ容疑で書類送検されたケースが示唆する。問われたのはヌード作品そのものではなく、霊園など屋外での撮影の違法性。わいせつ事件としては異例の礼拝所不敬罪も適用され、罰金の略式命令を受けた。

 多くの識者は「20年前には、とがめられなかった行為」と疑問視する。寛容さを失った社会を反映したとの見方もある。権力は世の中の空気に乗じる恐れがある。

 東京都の条例が出版界に及ぼす規制は強力だ。出版社や制作会社のほとんどは東京に集中する。「実質的には国の規制法」と危惧する声が高まっている

 「低俗週刊誌や悪書の出版は常に非難のマトとなるが、雑草を根だやす農薬は、同時に他の作物の生命を奪う危険な力をもっている」(清水英夫著「出版学と出版の自由」)。条例は、そんな農薬になりかねない。

 出版業界などには、一層の自主努力を求めたい。条例改正の背景には、「自主努力の不足」という批判が社会にあるのは確かだからだ。

 だが、表現への権力介入は別だ。法律はいったん制定されると、当初の予想を超えて動き出すことがある。表現への規制は「わいせつ」を超え、「次のターゲット」を狙いかねない。

菅原和彦(2010.12.17)

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