無題・猫化
-
ここは盛んな港町フローレンス。ここには世界中の船が集い、大陸でも指折りの潤いを見せていた。
そんな港に一際目を引く豪華客船がいま泊まろうとしていた。
「すごーーい!!私さっそく市場に行ってくるわ!」
「お嬢様!おまちくだされ!」
船から掛け橋が下ろされるやいなや少女が中から飛び出してくる。
豪華な服装をまとったおてんばな娘は執事の制止を無視してあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「あぁ・・・お嬢様・・・」
「まぁいかせてやれ、本当におてんばな娘だ」
うなだれる執事の肩に手を置くのは同じく気品あふれる服装をまとった彼女の父親だ。
「しかし、あの性格はどなたに似られたのやら・・・」
「子供のころの執事なんていないようなものだったわ」
開き直る主人のその言葉を聞き執事はこれからを思いやり溜息をついた。
- 「わーっ!すごーい!」
嬢は歓声を上げて市場を歩きまわる。
食べ物を始め宝石や骨とう品の数々・・・その品ぞろえは流石港街と言わざるを得ない。
大通りを進み続けると道は次第に狭まり店もまばらになってくる。
嬢が引き返そうとしたそのとき横に裏路地を見つけた。
「人ごみの中を行くよりこっちに行った方がきっと早いわ!」
そう確信し発案した自分に酔いしれると彼女は浮き足で裏路地を進んでいく。
しばらく進むとそこには一つの露店が開いていた。
店番をしているよれよれの白衣を着た男は少女を見て微笑むとどうぞ、と見物を促す手ぶりを見せる。
絨毯がひかれた地面には首輪やネックレス、髪止めなど若い女性が好みそうな物がたくさん置かれており、彼女はくぎ付けになった。
「わーっ!」
「お嬢さんには・・・そうだな、この首輪なんてどうかな?君の活発そうな性格にぴったりで可愛らしいよ。」
そう言われると嬢は首輪を手に取って眺めてみる。黒い首輪に金色の鈴が付けられており、揺れるたびにチリンと心地よい音を鳴らした。
その音に彼女はなんだか不思議な気持ちになる。だんだんと付けてみたくてたまらない気持が押し寄せてきた。
「もしよかったら君にプレゼントしよう。これほどぴったりな女の子は初めてだからね。」
「ほんと!?」
彼女は飛び上がって喜ぶと首輪の留め具を外し首にかけて止める。
「わー!」
彼女は喜んでくるくると回り、揺れるスカートやフリルに合わせて鈴もちりんちりんと音を立てる。
「・・・?」
喜んで踊っていた彼女だが次第に動きを緩める。なんだか体の様子がおかしい。頭がぼーっとし手足の力が抜けていく。
「・・・ん・・・」
彼女は壁に寄り掛かると次第に体勢をおとしていく。その様子を見ていた店番はにやりと笑う。
「そろそろ効き出してきたかな?」
「な・・・なに・・・?」
少女は不安そうな表情を彼に向けるがそんな表情を目にし彼の口角はよりつり上がった。
- 「その首輪は呪われているのだよ。元は化け猫に付けられていたものでね、殺されてもなおその恨みは呪いとして首輪に取り付いている。」
「そ、そんな・・・」
少女は必死に首輪をはずそうとするがあったはずの留め金が見つからない。少女が必死にもがけばもがくほど鈴は鳴り響き彼女に催眠をかけていく。
「わ、わたし・・・どうなっちゃうの・・・?」
「鈴は鳴らさない方がいい。催眠効果があるからね。もうおそいけど・・・くく。呪いは君の体を侵し、鈴は君に催眠をかけていく。
君は子猫になるんだよ。心も体も・・・ね。」
少女のか細い声に対し彼は気さくに答える。
「こ、子猫・・・?そ、そんにゃの・・・!?」
突然彼女は口元に手をあてがう。そこには猫のような牙が姿をのぞかせていた。
「にゃ・・・にゃんで・・・や、やにゃ・・・!猫ににゃんてにゃりたくにゃい!」
牙があるせいか彼女の喋り方が少し変わり、彼はそれに笑みをこぼす。
「もうおそいよ・・・」
「にゃっ・・・!」
突然彼女の体が大きく跳ねる。手足は次第に震えだし、だんだんと体毛が生え出した。
白と黒色の体毛は彼女の肌をあっという間に包み込み手は丸く変形して小さな爪とピンク色の肉球が現れ出す。
そして耳も大きく変形し尾てい骨からはしっぱがうねうねと生え出した。
「ふふ・・・あとは催眠が終われば君はもう立派な子猫ちゃんだ。」
「にゃんで・・・にゃんでにゃいの・・・」
彼女は涙を浮かべ必死に止め具を探すがやはり見当たらない。鈴が大きく鳴り響き、彼女の目は次第に精気を失っていく。
見開いた目の奥の瞳は縦に鋭く変形し――しばらくすると彼女は人間の理性を見失いその場に臥せた。
「に・・・にゃ・・・ぁ・・・」
目覚めた彼女はまぶたを細めて不安そうにあたりを見渡す。
「ほうら、私が君のご主人さまだ。君は私のペットの子猫だよ。」
「ごしゅじんさま・・・」
彼の言葉に彼女も復唱する。彼が頷くと彼女はぱぁっと顔を明るくした。
耳はぴくぴくと動き、喜びに合わせて尻尾をふりふりと揺らしなつく様はまさに子猫そのものである。
「この猫人を売ればまた生活の足しになるな。」
彼は新しいペットの首輪に紐をつけると彼女を連れて街の暗闇へと消えた。
完
保管庫へ戻る