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〈回顧2010・論壇〉ネットの公論空間 産声あげる

2010年12月18日

 政治でも外交でも経済でも浮かない話の続く2010年だった。そんな中、文化の領域では、どのような営みが積み重ねられたのだろう。分野ごとに、今年を振り返ってみる。

    ◇

 論壇の景色が変わったと感じさせられる一年だった。

 象徴的なシーンの一つは、マイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』の大ヒットだ。正義や善について考察する政治哲学の本が60万部も売れた。

 千葉雅也は、1990年代に起きたもう一つの哲学書ブームと比較しつつ、こう述べた。『ソフィーの世界』ブームが「自分探し」現象だったとすれば、今回の底流にあるのは「社会探し」を求める気分だ、と(文芸・冬号)。

 身近に貧困が広がり、国内総生産で中国に追い抜かれることも確実視される2010年。経済成長という戦後日本人の共通目標は、効力を失った。「私たち」を互いにつなぐものは何か。社会の基盤を見直したいと願う“自分たち探し”が、切迫した課題として体感されつつある。

 論壇で今年、ベーシック・インカム(BI)が注目を集めた理由も、それと無関係ではないだろう。BIは、国民全員に無条件で一律に現金給付することを特徴とする。「国民であること」だけを条件に同額が配られるのだ。

 原田泰は、すべての成人に月額7万円を給付することは財源的に「十分に実現可能だ」と説いた(中央公論6月号)。他方で萱野稔人は、BIは失業の問題を深刻化させるとして導入に反対した(POSSE vol.8)。

 賛成論の中で福祉重視派と新自由主義派の“呉越同舟”が起きたことも話題になった。後者の象徴とされるホリエモン(堀江貴文)は、福祉はBIに絞って後は「民間に任せればいい」と語った(エコノミスト5月4・11日号)。新自由主義と福祉重視の対立構図が基本的な風景だった少し前を思えば、時代が一つ回った印象がある。

 「新しい公共」「最小不幸社会」「第三の道」……。政治リーダーの口から、政治哲学に通じる理念的な言葉が語られた年でもあった。だが眼前には政党政治への不信感がある。それを映してか「私の3点」では、選挙や政党の実相に迫る論考が評価された。

 一本は、世界8月号の空井護。政党が理念的な対抗軸をめぐって競いあう選挙はもはや想定できないとの認識をもとに、新しい政治行動の必要を論じて説得力があった。もう一本は、SIGHT vol.44の菅原琢。みんなの党に着目し、多角的な統計分析を通じて、同党支持者の起源は民主党ではなく自民党にある、との実態を浮き彫りにした。

 もちろん、年単位で早足に移りゆく景色ばかりが見られたわけではない。たとえば歴史をとらえ直した、ベテランによる力強い思考だ。渡辺浩の『日本政治思想史』と、柄谷行人の『世界史の構造』を挙げておきたい。

 今年誕生したシノドス・ジャーナルでは、ネットで迅速に時評が提供され、読者もネットで受け取っている。新しい公論空間が生まれつつある、とも実感させられる年になった。(塩倉裕)

■私の3点 選者50音順(敬称略)

東浩紀(批評家・作家)
 ▲原田泰「ベーシックインカムが貧困を解消する」中央公論6月号
 ▲菅原琢「みんなの党は本当に“みんな”の党?」SIGHT vol.44
 ▲村上隆『芸術闘争論』幻冬舎

藤原帰一(東大教授=国際政治)
 ▲原田泰「ベーシックインカムが貧困を解消する」中央公論6月号
 ▲空井護「『理念なき政党政治』の理念型」世界8月号
 ▲菅原琢「みんなの党は本当に“みんな”の党?」SIGHT vol.44

松原隆一郎(東大教授=社会経済学)
 ▲岡本行夫「ねじれた方程式『普天間返還』をすべて解く」文芸春秋5月号
 ▲萱野稔人「ベーシックインカムがもたらす社会的排除と強迫観念」POSSE vol.8
 ▲高橋伸彰「経済失政が続いた原因は成長信仰にある」中央公論4月号

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