JR券売機問題
パソコン通信80万バイトの記録
埼玉県在住 福井哲也
1995年3月、JR東日本は、画面に表示される金額や駅名に触れて切符を選ぶタッチパネル式券売機を大量導入する計画を発表した。タッチパネルは、すでに銀行のATMなどに広く使われているが、平らな画面には触覚的手がかりがなく、表示される文字が読めなければまったく操作できない代物である。今までは、金額ボタンに貼られた点字シールにより券売機が使えていたのに、「駅で切符が買えなくなる!」「銀行の二の舞*1なんて……!」「もう遅すぎるかもしれないが、何か行動を起こさなければ」と私は強く感じた。すでに、その年の6月に予定されている「手をつなごう総ての視覚障害者」の要請行動でもこの問題が中心課題の一つとして取り上げられると伝えられていたので、私としては、パソコン通信やテープ雑誌*2などを通じ、できるだけ多くの人にこの問題を知ってもらおうと考えた。かくして1995年は、私たちにとって「券売機問題にこだわった年」となったのである。本稿では、特にパソコン通信の電子会議を中心に展開された活動の一端を紹介したいと思う。
1.パソコン通信でアピール
パソコン通信では、様々なテーマごとに情報交換を行う電子会議室が多数設けられている。通信ネットNIFTY-Serveの障害児教育フォーラムの中に1994年暮にオープンした“視覚障害教育”会議室もその一つである。この会議室を舞台に、券売機改善の提案と協議が行われることになるのであるが、それにはボードリーダーの三崎吉剛氏(東京都立八王子盲学校教諭)の果たした役割が非常に大きい。三崎氏は、「アクセス」12号*3の編集後記で私がタッチパネル式券売機のことに触れているのを読んでこの問題を初めて知り、会議室にその情報を書き込んだ(95年6月6日)。実は、この問題に関してパソコン通信で発言があったのは“視覚障害教育”会議室が最初ではない。JRがこのニュースを発表した直後の3月16日には、すでにNIFTY-Serveの鉄道フォーラムで視覚障害者のT氏が問題提起をしていたし(私はそのことを後から知った)、PC-VANのハンディ・コミュニケーションやPeopleの福祉工作クラブでも話題になっていた。私自身は“視覚障害教育”会議室にはそれまでなじみがなかったが、三崎氏の書込みのことを知人から聞き、参加するようになったのである。
“視覚障害教育”会議室では、95年6月6日から96年6月5日までの1年間に全部で1233件(164万バイト)の発言があったが、その中でタッチパネル式券売機をめぐる発言は、鉄道の他の設備や安全対策、銀行のATMの話なども含めて536件(81万バイト)、発言者数は28名にのぼる。とかく熱しやすく冷めやすいパソコン通信の世界で、これだけ長期間一つの問題が継続的に討議された例は珍しいだろう。“視覚障害教育”会議室が他と違っていたのは、ボードリーダーの三崎氏が話題提供と同時にJRの担当者とコンタクトを開始し、また複数の視覚障害者団体やいろいろな関係者と電話やFAXで連絡をとり始めたことである。すなわち、パソコン通信の内と外を積極的に結びつける役割を担ってくれたのである。
2.JRとのやり取り
さて、問題のタッチパネル式券売機は、多機能性が売りである。画面表示はソフトウェアで自在に変えられるので、普通乗車券以外に私鉄連絡券、回数券、特急券など多種類の切符を発券できる。当初JR東日本は、管内に4300台ある券売機のうち3000台を順次この新型機に交換すると発表した。そして、視覚障害者には使えないという私たちのクレームに対しては、「各駅構内に従来のボタン式券売機を1台から数台残し、点字ブロックで誘導する。また視覚障害者にも使える音声対話式券売機の開発も急ぐ」と答えていた。私たちは、「使えない券売機が多数を占めるようになるのはサービス後退だ」と反論する一方、JR側が開発を進めているという音声対話式券売機が本当に有効な対策となりうるのかどうか、試作機を見せてほしいとJRに申し入れた。音声対話式券売機とは、客が受話器に向かって行き先の駅名などを告げて切符を買う方式の券売機のことである。
この要望が受け入れられ、8月31日に音声対話式券売機の「見学と討論の会」が実現した。当日は、パソコン通信で意見交換をしていたメンバーや、日本盲人会連合、全日本視覚障害者協議会、弱視者問題研究会などから11名が参加。JRのサービス課や券売機の開発に携わる人たちを交えて、熱心な意見交換が行われた。試作機のデモでは、音声認識の精度が私たちの予想以上に良いことがわかった。だが、客が駅名を告げ、機械がそれを合成音声でフィードバックして確認を求め、大人か子どもかを選ぶなどのプロセスに時間がかかることも明らかとなった。参加者からは、「料金がわかっているのなら、テンキーで金額を直接指定する方がよほど効率的ではないか」との意見が多く出された。
一方、近々導入されるというタッチパネル式券売機に関して、弱視者にとっての見やすさや操作性はどうか、また、画面の上端に透明の点字シールを貼って全盲者が最低料金だけでも買えるようにならないかなどの意見も出された。そこで10月13日に、今度はタッチパネル式券売機の「見学と討論の会」が行われることになった。その結果、弱視者にも非常に使いにくい機械であることがわかった。画面の色づかいは、例えば背景がグラデーションのかかった緑で、指で押す所が濃い緑の地に白い文字というように、かなりコントラストが悪く、文字も小さいのだ。また、画面に点字シールを貼る実験もしたが、指のたどり方や押し方に相当コツが必要で、一般に通用する解決策とは言い難いことがわかった。
これらの情報は、各参加者のレポートとしてすぐにパソコン通信で流され、参加しなかった人も含めて多くの改善案が議論された。そして、その内容はボードリーダーの手でJR側にもフィードバックされていったのである。
3.JRが方針転換
95年11月1日、ついに最初のタッチパネル式券売機11台が、JR山手線恵比寿駅東口に配備された。私たちはかわるがわる恵比寿駅に足を運び、その状況をレポートした。やはり時代の流れは変えられないのか……と思った矢先、11月10日に行われたJR東日本の定例社長記者会見で、大きな方針転換が発表されたのである。その概要は、「券売機は基本的にだれにでも使えるようにする。タッチパネル式券売機にテンキーを付加するなどの改善を加える。改善が完了するまで新たな導入は行わない」というものである。
それからの約2ヵ月は、かなり目まぐるしい展開となった。社長記者会見の2週間後の11月24日には、テンキー付き券売機の動作を表すフローチャートがJRから提供された。それによると、タッチパネルの下に電話と同じスタイルの数字のキーを取り付け、[*]キーを「開始」および「訂正」、[#]キーを「確定」の意味に使うとのことであった。例えば、150円の切符を買うのなら、[*][1][5][0][#]の順でキーを押すのである。この仕様に対して、「開始」と「訂正」が同じキーではわかりにくいのではないか、「開始」のボタンを別に設けた方がよいのではないかとの意見もあったが、わざわざ開始の操作がなくても数字キーが押された時点で数字キー入力モードになるようにするのが簡便でよいとの意見が主流となった。(この点についてJRは、タッチパネルのモードとテンキーのモードをはっきり区別するため「開始」の操作は必要とし、結局操作の手順は変更されなかった。)
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7 8 9
* 0 #
また、一般の客が操作するのに迷わないように、テンキーに簡単に開くフタを付けることも伝えられた。かつて大阪市営交通でテンキー付き券売機が使われたことがあったが評判が悪く廃止された経緯もあるので、テンキーは一般の客には見えない方がよいというのがJR側の主張であった。これに対して私たちの間では、フタがあるとテンキーが探しにくくなる、上肢障害者の中にもタッチパネルは使えないがテンキーなら使えるという人がいるはずで、そのような人にもフタは邪魔、一般の人でもテンキーを好む人もいるかもしれないなどの理由で、フタは付けるべきではないとの意見が相次いだ。
そこで、大阪市営交通のテンキー付き券売機についても調査することになった。大阪市交通局に電話で問合せたり、交通博物館の資料室にも足を運んだ。その結果、この券売機は76年に実験機が登場し、78年から本格導入が始まり、92年までに姿を消したことがわかった。この券売機では、普通乗車券は個別の料金ボタンで買い、連絡切符を買うのにテンキーを使うようになっていた。連絡切符は料金の種類が多く、それだけの数のボタンを盤面に並べられなかったためという。当時は、ボタンの料金表示はボタンに刻印していたため、一つのボタンに複数の機能をもたせることができなかったのである。その後、LED表示の採用で、路線の選択によりボタンの料金表示が変えられるようになったため、このテンキー付き券売機は使われなくなったようである。テンキー付き券売機は評判がよくなかったという資料はついに発見できなかったし、14年間も使われていたのだから、評判が悪くて廃止されたわけではないと推察された。大阪の例は、テンキーにフタを付ける根拠にはならないと思われた。
12月14日、タッチパネル券売機にテンキーを付加した試作機のデモが行われた。券売機に取り付けられたテンキーはやや小さめであったが(後から部品を加えるのであまり大きなキーは付けられなかったとのこと)、金額入力そのものはおおむね好評であった。この日参加者から出された意見や要望をもとにJR側で検討がなされ、96年1月11日にその結果が伝えられた。その概要を以下に記す。
(1)テンキーのフタはなくしてほしい……フタはなくすこととし、そのかわりテンキーの所になんらかの墨字の案内表示を付ける。
(2)[*]と[#]のキーは他のキーと区別しやすくしてほしい……[*]と[#]に凸のマークを付ける。
(3)紙幣・カード投入口の点字表示が奥の方にあり読みにくい……点字の位置を手前に変更する。
(4)画面の配色を見やすくしてほしい……配色の変更を検討する(緑の地に白文字を黒の地に白文字とするなど、一部変更された)。
(5)点字運賃表を整備してほしい……さらに整備していく。
(6)券売機の使い方を解説したパンフレット等を作成しPRしてほしい……点字パンフレットを作り、盲学校・盲人団体等に配布する。
(7)テンキーで普通乗車券以外の切符も買えるようにしてほしい……技術的には可能だが、操作が複雑になるので今回は採用しない。今後、音声対話式で検討していく。
このうち(1)の案内表示について、私たちは「視覚障害者専用」といったニュアンスは避けるべきとの観点から、「切符は画面に触れるかわりにこの数字ボタンでもお求めいただけます」などいくつかの文案を考えたが、結局「目の不自由なお客様用」となってしまった。ただ、点字での表示は「テンキー」という言葉ではなく、だれにでもわかる「数字ボタン」となったことは評価できるだろう。
4.おわりに
96年5月8日、テンキーを付加したタッチパネル式券売機の導入が、田端駅を皮切りに開始された。耐用年数の過ぎた券売機の交換をこのテンキー付加対策のために半年間遅らせていただけに、現在多くの駅に急ピッチで導入が進められている。
視覚障害者には使えない券売機が多数を占めるおそれのある状況から、最低限普通乗車券だけは買えるという線を守れたことは、大いに評価してよいのではないか。また、点字の読めない視覚障害者の中には、テンキーなら自力で切符が買えるという人がいると思われる。そして、JRが「使える券売機を1、2台残せばよい」という当初の発想を大きく変更し、「基本的にすべての券売機をだれにでも使えるようにすべき」との方針を明らかにしたことは、実に意義深い。今後もこの方針に従い、券売機のアクセシビリティをさらに高めていってほしい。具体的には、テンキーの操作で私鉄連絡券や回数券なども購入可能にすること(これについては、テンキーを使い駅名を点字入力する方法など種々提案がなされている)、弱視者のために画面の文字を大きくしたり運賃表を画面に映す機能を付加することなどがあげられる。
今回の券売機改善へ向けての活動では、パソコン通信も大いに威力を発揮した。パソコン通信では、日に日に入ってくる情報を多くの人が共有できる。今回の例でいえば、JRで討論に臨む前に参加者がかなりの予備知識を得ていたため、論点が明確にできたこと、討論の結果を参加できなかった人たちにも即座に伝えられたことは大きかったと思う。また、肢体・聴覚・言語など他の障害者からもコメントが寄せられ、より幅広い視点がもてたことも見逃せない。ただ、パソコン通信に集まる人たちが世の中の平均でないことも確かである。従って、従来からある様々なメディアとともにパソコン通信のメリットを生かしていく工夫が大切ではないかと思う。
注
*1:全国銀行協会連合会に問合せたところ、加盟する銀行は151行、16,718店舗で、そこで稼働しているATMは73,839台(95年9月現在)とのこと。一方、弱視者問題研究会の佐々木克祐氏の調査によると、視覚障害者対応のATMを設置しているのは51行の300店舗にすぎないという。これは全店舗数の1.8%である。また、視覚障害者対応のATMは1店舗に1台が普通なので、銀行の全ATM機の中の視覚障害者対応機の割合は、わずか0.4%にすぎない。銀行のキャッシュコーナーのバリアフリー化は遅々として進んでいない。
*2:福井哲也「ハイテクよ、障害者を見捨てるな!JRの券売機が今あぶない」、「六点漢字情報」1995年5月号、六点漢字協会
*3:視覚障害情報機器アクセスサポート協会機関誌「アクセス」No.12(1995年5月20日)
※本稿は、視覚障害情報機器アクセスサポート協会の論文集「Pin」第17号(1996/7)に掲載されたものです。)