13日の東京都議会総務委員会で可決された青少年健全育成条例改正案。都は「表現規制が目的でない。どんな漫画も描くのは自由」と強調するが、漫画家たちは「事実上の表現規制になる」と反論する。「過激な漫画」の現場から売れっ子を目指す漫画家の一人に話を聞いた。
「私たち漫画家のほとんどが個人事業者。そのうえ世間が相手の商売なので、風当たりには敏感。面倒な規制ができると、引っかかるのが怖くて規制のずっと手前で描けなくなってしまう。すでに萎縮し始めている仲間もいる」。20代後半でデビューした野上武志さん(37)は硬い表情で口を開いた。東京都練馬区内のマンションに自宅兼仕事場を置き、お色気とミリタリー物を掛け合わせたジャンルの作品を月刊誌で連載している。
現行の都条例は、性交を露骨に描いた「著しく性的感情を刺激」する漫画を18歳未満に売ることを禁じる。だが改正案は、描写がそこまででなくても、強姦など「刑罰法規に触れる性的行為」を「不当に賛美したり、誇張して」描いた作品を規制対象とする。民法が婚姻を禁じる近親間の性交も描き方によってはご法度だ。
漫画家からすれば、新たな規制の網がどこまで及ぶのかわかりにくく、不安がぬぐえないという。誰でも買える一般漫画として出版したのに、後から「不健全図書」(成人漫画相当)に指定されると、出版社は成人マークをつけてビニール包装した上で、成人コーナーでしか販売できなくなる。コスト増や販路が限定されることで、絶版に至ることもありえる。一方、最初から成人漫画として販売すると、読者層はかなり限定される。
野上さんは「とりわけ収入が少なく立場が不安定な新人は、(不健全図書指定など)一度のトラブルが命取り。挑戦の場が狭まってしまう」と危惧している。
野上さんは大学卒業後に会社勤めをしていたが、転身を決意。働きながら作品を描きためるうち、出版社から声がかかった。プロ第1作は「エロ」が売り物の成人漫画。このジャンルについて「常に新しいものを求められるカオスのようで、だからこそ新人がデビューしやすい。ごった煮の中から新しい表現手法が生まれてくる」と説明する。野上さんの連載の一つは、各国の戦車をセクシーな女性キャラクターとの抱き合わせで紹介し、ミリタリーの世界をとっつきやすくしているのが特徴だ。
漫画の表現を巡る「タブー」は性だけに限らない。近現代史が好きな野上さんは、日中戦争を正面から描く構想を温めているが、政治的な攻撃を恐れて出版社はどこも難色を示すという。「タブーにぎりぎりまで挑み、人の欲求を描くのが漫画。大人の一員として、子どもに見せたくない作品への対策を社会全体で考えることには協力したい。けれど、『お上任せ』のシステムの下では豊かな文化は生まれない」。野上さんは強調した。【真野森作】
毎日新聞 2010年12月13日 20時27分(最終更新 12月14日 1時25分)