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[24911] 刀語ss
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/13 07:00
これは、
生きながら死に続ける女と――
死にながら生き続ける男の――
たった一ヶ月の物語り――。



[24911] 出会い
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/13 07:09
 鑢七実。
 天才であり天災である彼女が真の日本最強であることを、まだ七花しか知らない弥生の月。
 その鑢七花が千刀鎩の収集のため敦賀迷彩と対峙していたころ、七実は一人、自身の住処である無人島――人が言う『不承島』の海岸に来ていた。
 とはいえ、特に彼女も何か理由があってその場所を訪れた訳ではなく、言うなれば何となくなのだろう。白い砂と広がる青い海、そして清々し過ぎるほどの日光しかないそこに、七実が求める山菜は見当たらなかった。

「……」
 
 だが、しかし、けれど、でも――
 だからと言って何もないわけでもなかったようだ。
 七実は無表情に海岸、そこに打ち放たれているモノを見る。そう、モノだ。たとえそれが人の形をしていて人が着るべき服を纏っていて剣士が指しているだろう刀を所有していようと――死体はモノである。

「……」
 
 七実は無言のまま、死体に近づいた。しゃりしゃりと草履が砂を踏む音が響き、それが止まった頃、彼女は死体を真上から見下ろせる位置にいて――その目で、死体を見る。
 見る。
 観る。
 診る。
 視る。
 看る。
 見取り――看取る。
 死体は、確実に死体だった。天才のその瞳が、それを確信させる。
 数秒それを見てから「はぁ」と溜め息をつく七実。

「七花じゃないけど、面倒だわ……」

 それはこれから行わなければいけない、この死体の処理に対するモノだろう。
 身体の弱い彼女にとって、死体を運び、穴を掘り、それをさらに埋めるという行為は馬鹿に出来ないほど重労働だった。

「とはいえ、ここに放置するのも気分が悪いですし……いえ、善いのかしら? まぁ、詮無い考えですか」

 一人、彼女は呟く。

「そもそも私はなぜ、こんないつもなら来ない場所に来ようと思って、その上足を向けてしまったんでしょうかね。散歩と言えばそれまででしょうが、しかしそんな日に限ってこんなモノを見つけてしまうというのは、少しばかり出来過ぎているように思えてならないのですが、仕方ないと諦めましょう」

 そこまで言って、七実が死体に手を伸ばし――けれどその手が死体に触れることはなかった。
 なぜか。それは――

「……んあ?」
「……」

 ピクリと死体が動いて、その口からうめき声を出したからだ。
 無表情に、しかしどこかその目を見開いた七実が見るのは、死体だったモノが、咳き込み、飲んでいたであろう海水を吐き出し、涙目になりながら徐々にその身に血を通わせていくという――俗に言う蘇りの光景。

(……見誤った?)

 心中で言う七実だが、その意見に彼女は否を唱える。

(いいえ、これは確かに死んでいたはず。典型的な水没死。でも、これは――)

 そこまで考えたとき、ようやく身体の調子が戻ってきたのか、死体だったモノが、ゆっくりと顔を上げた。
 白髪の長髪。
 どこかおっとりとした瞳。
 年の項は七実より二つ下といったところか。
 全体的に能天気そうな、常から微笑んでいそうなその青年は、七実を見て――微笑む。

「こんにちは」
「こんにちは」
「善い天気ですね」
「そうですね」
「ですが一般的に善い天気とは晴れを指しますが、しかし僕は、雨には雨で素晴らしい風情があると思うんですよ」
「そうですか。私はどちらかというと、晴れはあまり好きではありませんね。日の光は、私には強すぎます。曇りくらいが程度いいです……いえ、悪いのかしら?」
「つまり、人からすれば晴れは悪い天気とも言えて、雨や曇りも善い天気と言えるんですね」
「えぇ。善くも」
「悪くも。それはそうとお嬢さん。ここはどこでしょう?」
「ここですか? ここは無人島……いえ、私が住んでいますから、一応有人島ですね。人様からは不承島と呼ばれているそうです」
「なるほど」
「私からもお聞きします。あなたはなぜここへ?」
「さぁ?」
「はぁ」
「なんというか、僕自身もわからないのですよ。どうして自分がここにいるのか。確か、海で釣りをしていたはずなんですが、それ以降の記憶が全くなくて……あれ、もしかして僕は漂流していたのでしょうか?」
「漂流というより、水没ですね。さっきまで死んでいましたよ、あなた」
「なんと!? 衝撃の事実ですね。ということは、僕はまた生き返ってしまったということなんですか」
「何かよくあるみたいな言い方ですね」
「まぁ、程々に……と、そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」

 そう言って、青年は微笑みを深くして、自身の名を口にする。

「鉄善(クロガネ ゼン)と申します。旅の剣士です」
「鑢七実です。この島で、鑢家の家長と務めています」
「そうですか、善い名前ですね」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
「……」
「……あの、いい加減立ち上がっては?」

 それが、鑢七実と、鉄善の――
 生きながら死に続ける女と――
 死にながら生き続ける男の――
 善くも悪い、出会いだった――



[24911] 傷つけ
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/13 21:03
「鉄、善さんでしたか。改めて、私は鑢七実と申します」
「では僕も改めて。鉄善です」
「最初にいくつか諸注意というか、この島での決まりというものを教えておきますね」
「それはありがとうございます」
「といってもそれは所詮父が勝手に決めた規則なのですが、まず第一に、この島では刃物の所持、および使用が禁じられています」
「あぁ。どうりで僕の刀が見当たらないわけですね」
「はい。没収させてもらいました。あぁ、安心してください。あなたがここを出るときがくれば、ちゃんとお返ししますから」
「お願いします。ちなみに料理の際はどうしているんですか?」
「手刀です」
「驚きの事実ですね。僕は目を丸くしながら自分の服の、その腹部にあいた穴と固まってしまった血を見てあなたに若干の恐怖を感じますよ」
「そうですか。臆病なんですね」
「よく言われます」
「まぁ、概ねこの島に関する規則はその程度でしょう。父もこれ以上特に言っていませんでしたし……あぁいえ、そういえばここを訪れた者にはいくつか訊くことがあったのですが、それは追々尋ねればいいでしょう」
「時間はたくさんありそうですからね」
「……それには若干同意しかねますが」

 そこまで言って、七実は善を見下ろした。ボロ小屋の支柱、そこに鎖で動けなくされた彼を。
 彼の服には、先ほど本人が言ったように、血の跡と穴が存在している。
 あたかも人の手がぐさりと人体を貫通したようなそれ。
 治っていてなお痛々しいそれは七実がつけたモノだった。
 七実は縛られ、座らせられている彼の視線に合わせるようにしゃがむ。絡み合う視線。微笑みのそれと、無感情なそれは、前者が彼のものであり、後者が彼女のものだ。

「お聞きします」

 そっと、七実の手が動き、善の頬に触れ、それがゆっくりと上に動き――眼球の位置で止まる。

「あなたのそれは、何ですか?」

 問いに対する答えは――微笑。
 七実は無言でぶしゅりと片目を潰した。

「――!」

 声を上げず、気配だけで痛みを表現する彼はしかし、苦痛に満ちていてもその微笑みは消さない。
 対し、七実は無表情のまま、その指についた血を舐めて――悪く微笑む。

「痛いですか? 痛いですよね?」
「……そうですね」
「じゃあ、答えてくれますよね。あなたのそれについて」
「聞いて、楽しいものではないと思いますよ?」
「それを決めるのはあなたではありません」
「然り。では答えると決めるのもあなたではありませんね」
「……そうですか」

 七実はぱんと平手打ちをした。潰れた片目に向かって。

「――」

 声にならない絶叫。彼女は構うことなく平手打ちをし、飽きたように足蹴にし、また思い出したように彼の頬を打って、問う。

「あなたのそれは、何ですか?」
「……聞いてどうするつもりなんです?」

 答えようとせず問いを返してくるそれに対し、七実は今度は腕でも折ってやろうかかと考え、けれどその手が善を襲うことはなかった。

「……」

 問いに対する答え。
 ふと考えてみれば、しかし答えが出ないそれは確実に七実を止め、その思考を占有してしまう。が、それも数秒のことだ。
「そうですね」と彼女は頷き――彼の首を締めあげた。
 その白く細い指が、ゆっくりとじわじわと善の首を侵していく。それも頸動脈のみを締めるような綺麗な締め方ではなく、喉を潰すような痛みと苦痛を刻むやり方だ。

「か、かは……!」
「面白そう、だからでしょうか。思ったんですよ、あなたを見て、面白そうな玩具だと」

 はたして彼女の答えが聞こえているのか。
 善はびくびくと身体を痙攣させ、その身体から力が抜けていく。瞳は焦点が合うことなく揺れ、そして死んだ。
 七実が、殺した。
 だが、殺していない。殺せていない。
 彼女が見下ろすその中で、血の気を引いていた身体が息を吹き返すように血を巡らせる。いや、比喩ではなく息を吹き返しているのだ。
 それはまるで先の蘇りと同じ光景であり――
 その後、何となくどうなるのかと思って七実が彼を手刀で殺した時の、それだった。
 概ね回復したのだろう。身体の変化が止まったのを見て、七実は気を失ったままの善の顔を両手で上に上げた。そこにあったのは片目を失い、殴られ蹴られボロボロになった男の顔――ではなく、元のままの、頼りなくも整った彼の顔。

「なるほど、理解したわ。身体の傷は死ななければ人並みにしか回復しないけれど、死んだらそこで全て元の状態に戻るのね」

 ひとつ頷き七実は笑う。
 悪くも美しく。

「善いわね、これ。いえ、悪いのかしら」



[24911] 行間
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/13 22:08
 尾張幕府に二人の鬼女あり――そんな語りで語られる二人の女、その一人が、退屈気に自身の部屋であくびをかいていた。
 金髪に――碧眼。
 見た目だけで異常なほど目を引く彼女は、しかしその見た目に反して着物を纏い、そのうえで着こなし風情さえ感じさせる衣装にしてあるいは異様か。ともあれ、上品という言葉を体現する彼女はそのあくびにさえ気品をかもしつつ、

「暇だわぁ」

 呟き、続ける。

「あの不愉快な女。虚刀流を配下にして刀集めをこなしているみたいだけど、なんか暇なのよねー。まだ三カ月目だしぃ、仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれないけど、でも暇だわぁ」

 退屈そうに、彼女は続ける。

「なぁんかこう、面白いことはないのかしら。尾張幕府がいきなり終わっちゃうとか、ご先祖様の完成形変体刀まさかの十三本目『神刀金』が登場したりとか……」

 そこで彼女は「そうだわ」といいことを思いついたように手を合わせた。

「右門佐エ門を踊らせましょう。お偉いさん方の前で軽快な踊りを躍らせて、あの仮面の下を赤く染めるのも一興だわ」
「姫様の命令とあれば謹んでお受けしましょう」

 どこか無愛想な声が響いたのは、天井裏からだ。
 それに、姫様と呼ばれた彼女はつまらなそうに口を尖らせる。

「何よあんた。盗み聴きしてたわけ?」
「いえ、戻ってきてみれば姫様が喋っていられたので、お邪魔するのも何かと思い報告の時期を探っておりました」

「へぇ」と彼女はどうでもよさそうに言って、

「で、首尾は?」
「はい。虚刀流が敦賀迷彩を殺し、千刀鎩の収集に成功しました」
「ふぅん。殺したんだ」
「意外でしたか? 虚刀流が女を殺したのが」
「否定する。虚刀流は殺人剣術なんだから、殺すのが普通でしょ」
「仰るとおりです」
「ま、何はともあれ今回も無事何事もなく収集完了なわけね」

「面白くないわぁ」と彼女はその場に寝転んだ。その仕草もまた、気品を感じさせる。

「というか今さら何だけど、この時間軸で私がこうやって出しゃばっていいのかしら? なぁんかあと二カ月は先のような気がするんだけど」
「何のお話ですか?」
「こっちの話よ。で、報告はそれだけ?」
「いえ、もうひとつ」

 天井裏の声は、常と同じ無愛想な声で言った。

「不死の男が、虚刀流の姉と接触しました」

 言葉に、彼女はゴロゴロと畳の上を転がっていたのを止め「へぇ」と笑う。

「右門佐エ門、それは本当?」
「確かです」
「ふうん、へぇ、はぁん、ほお」

 一通り頷き、彼女は呟き始めた。

「生まれてくるべきじゃなかったあの男と、虚刀流の姉が、ねぇ」

「興味深いわね」と独りごちる彼女に、天井裏の声は問う。

「調べますか? 虚刀流のほうに関しては、錆白兵は正々堂々果たし状を送るようですから、急ぐ必要はありません」
「そうねぇ」

 彼女は少し考え、

「放っておきましょう」
「よろしいのですか? 先ほど興味深いと仰られていましたが」
「否定するわ。あんたの意見も私の感想も」
「……」
「死に損ないの生き損ないに時間かけて上げるほど……まぁ時間はあるわけだけど、何となーくこれには関しないほうがいい気がするのよねぇ、物語的に」
「左様で」
「というわけで、あんたは私の暇つぶしのために踊ってきなさい。場は作ってあげるわ」
「姫様の命とあれば」

 その後、幕府で開かれた余興に天井裏の声の男は清々しいまでに踊りきり、意外や意外その舞いがあまりにも可憐で、見る者を圧倒してしまい、それが面白くなく、金髪の女に理不尽に怒られたのはまた別の話。



[24911] 鏡合わせ
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/14 18:53
 夕刻を少し過ぎた時間。弥生が三月は未だ冬の季節であり、それは不承島も例を漏れずこの時刻になると外は日が落ち、夜のそれと大差ない宵が満ちている。
 そんな中、七実はボロ屋敷で夕食を作っていた。
 山菜を主とした汁に、少ないながらの米。
 七花が島を出た後で、久しく炊いていなかったそれは、彼のためのモノである。
 七実は山菜の汁をおたまで一口分すくって、

「……まぁ、こんなものかしら」

 適当に頷き、彼女はそれらを器に盛ると小屋の裏――農具や常なら使わない物置になっているそこへ足を向ける。
 開きにくい戸を器用に開いて、七実は鎖でつながった青年を見下ろした。

「気分はどうですか?」
「感慨深いですね」

 善はそう言って微笑む。どこか頼りなさ気に、しかし確かに。
 その笑みは苦し紛れのそれに見えず、七実は若干の感心さえ感じながら、彼の前に腰を落とした。
 そして山菜の汁から適当な具を箸で挟み、

「あーん」

 無表情に紡がれたその言葉。
 善は微笑みながらもその口を開いて、そこへ料理が放られていく。

「……」
「……」
「……おいしいです」
「そうですか」

 微笑みを浮かべる善と無表情な七実。
 対照的な二人は、他者から見ればあるいは恋人同士のいちゃつきのような態勢で、食事を進めていく。
 七実は、そうやって自身に食べさせてもらっている彼をじっと眺める。
 二ヶ月ほど前に七花を刀集めのために島から出した奇策士をを連想させる白髪。見た目だけでも十全に異様な彼だが、彼女からすればその見た目の異常以上に異常性を浮上させるのは、その精神性だった。
 彼は、いつも微笑っている。
 出会った時も――
 痛めつけた時も――
 苦しませた時も――
 殺した時でさえ――
 善が微笑みを消した時はなかった。無論七実が知る彼などまだ一日のそれだが、しかし時間の関係を省いたとしても彼は異常だ。
 異常な七実が思うほどに。
 自身の同類であると、天才の彼女が感じてしまうほどに。
 汁と米が半分ほどなくなったところで、不意に善が口を開いた。

「こうやって縛られた状態で誰かにご飯を食べさせてもらうというのは、久しい体験ですね」
「何か、経験があるような物言いですね」
「まぁ程々に」
「善ければ、聞かせてもらえませんか? 以前のあなたに何があったのか」
「聞いて善いものでもありませんよ。悪いかと言われれば、まぁそうかもしれませんが」
「それを決めるのは私です」
「そうですね。全くその通りだ」

「うん」と頷き、彼はいつものように微笑する。

「それは語るも爆笑、聞くも失笑の物語り」
「……」
「私は拉致監禁されそこで雇われていた女に世話をしてもらい色々諸々あったうえで恋仲になりそして今に至るという……あれ? 思いの外短かったですね」
「……はしょり過ぎなのでは?」
「物語とは簡潔に話すものだと、話の長い知り合いの仙人が言っていました……あれ? 今思うと彼の言には説得力が皆無ですね」
「仙人? そんなモノがこの世にいるんですか?」
「いますよ。善くも悪くも僕は二人ほど知り合いがいます」

 そうやって微笑む彼に七実は目を細め――

「あなたは、おかしな人ですね」

 無表情に、淡々と、彼女は言った。

「おかしい、ですか?」
「はい。見れば見るほど、気持ち悪い」

 痛烈な一言に、しかし彼は傷つく様子もなく微笑っている。
 まるで痛みを感じないように――あるいは慣れているかのように。
 淡々と、微笑みを浮かべて。

「あなたは間違ってぶち壊れてとち狂って誤っています。人として生物として。破綻し逸脱し外れて逸れて――微笑んでいる」
「解った風な物言いですね」
「解りませんよ。たとえ私とあなたが鏡合わせの正反対だとしても、あなたはあなたであり――」
「お嬢さんはお嬢さんというわけですね」
「善くも」
「悪くも」
「私が言うものどうかと思いますが、普通の人間は殺したら生き返りません。殴られ蹴られ痛みつけられ苦しませられて微笑えません。自身を殺した人間と食事などできません」
「然り。良くも悪くもそれが普通でしょう」
「では問います」

 無表情に、冷たく、彼女は問いかける。

「――あなたはなぜ、微笑うのですか?」
「……」

 善はそこで、初めて表情を変えた。
 それはまだ微笑みのそれだったけれど、どこか困ったように、寂しそうに。

「……そうですね。約束、だからでしょうか」
「約束?」
「えぇ。お嬢さん――」

 善は、微笑った。
 どこか悲しげに――
 どこか寂しげに――

「――あなたは人を、殺したことがありますか?」




[24911] 約束
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/14 21:48
 問いに対し、七実は無言で彼を見据えた。その複雑に歪む微笑みを。
 人殺し――彼女にとってやろう思えばいつでもやれるそれを、しかし七実はその実やったことはなかった。
 必要が、なかったからだ。幼いころ弟と共にこの無人島に島流しされ、それからは人と会わない日々。家族を殺す理由はなく、唯一の機会である父の時も結局は七花がその手を血に染めた。
 実力があり、才もある。
 ただきっかけがなかっただけ。
 七実にとって人の命など、所詮その程度なのだ。
 だから、思いつきで善を殺してみた。結果として彼は生きているから七実は未だ、人殺しの――同族殺しの業を背負ってはいないけれど。
 結局は時間の問題か。あるいは機会の有無か。
 自身の命さえどうでもいいと思う彼女に、はたして彼の問いはどんな意味を持つのか。

「いいえ」

 そう答える七実に、善はどこか安心するように微笑む。

「そうですか。善かったです」
「善かった? 何がですか?」
「あなたが人を殺したことがないという、その事実がです」

 いまいち要領の得ない彼の物言い。七実が疑問を浮かべる中、善はどこか懐かしむように懺悔するように、言葉を紡いだ。

「人など、殺すものではありませんよ」
「命はたった一つしかないのだから」と彼が言う。不死の男が言う。
「説得力に欠けますね」
「そう思います」
「まるで人を殺したことがあるみたいです」
「ありますよ――数えきれないほど」
「……」

 それは、彼女がどこか予想はしていた答え。
 けれど、同時にあり得ないとも考えていた否定。
 七実はまっすぐに彼を見る。観る。視る。診る。看る。見て――見切り――見据える。
 その微笑みは、動じない。
 人どころか虫さえ殺しそうにないその優しい笑顔は――動かない。
 それは、あるいは強さであり、弱さ。
 異常であり――負荷。
 もしくは、呪いか。
 微笑みの奥に七実は深い闇を見たような気がした。
 自らを罪人と呼ぶ彼は――言う。

「お嬢さん――僕は」

 微笑みながら、謝るように。

「愛した人を、殺したんです」
「……」
「愛してくれた人を、殺したんです」
「……」
「だから僕は彼女に誓いました。彼女の分まで生きていこうと。笑って、生きていこうと」
「そうですか」

 聞き終え、頷き――七実は笑った。
 悪く美しく。
 嘲笑うかのように。

「善いですね、それ。いえ、悪いのかしら」
「……」
「愛する人を殺す、ですか。まるで下らないありきたりな小説のような話ですね。好きですよ、私。そういう救いのない話」

「そうですね」と彼女は残っていた汁と米を彼の頭へかけた。

 白髪が、汚れる。
 想いが、踏みにじられる。

「穢したくなるほど」



[24911] 気の迷い
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/14 22:19
 彼の前からボロ小屋に戻り、七実はどこか疲れたように腰を下ろした。

「……はぁ」

 溜め息が漏れ、彼女は静かに天井を見つめた。
 考えるのは、先の自分の行動。
 死なない彼の過去に多少なりとも興味があり、聞いてみた結果、七実は自身でもよくわからない感情を自覚した。
 言葉にしえないそれ。
 感情さえ整えられる彼女にとって、自覚しながらも自制できないそれは、異常なものだった。

「なんなのかしら、これは……」

 呟きに、答えは出ない。
 理解に欠ける想い。ただ解るのは。
 ――それが、彼が誰かを愛していたと知ったとき、芽生えたモノであるという事実だけ。
 胸が熱くなる不思議な感覚。

「考えても詮無いことなのは解るのだけれど……」

 それでも、考えてしまうのは彼のこと。
 彼女はもう一度溜め息をつくと「気の迷いでしょう」と結論付けて、眠ることにした。
 よく眠れない、夜だった。



[24911] 知りたい
Name: 新古理◆2317a3ba ID:542c20b4
Date: 2010/12/15 21:39
 七実の朝は早い――というほどまぁ早いわけでもないのだが、概ね普通のそれだろう。
 太陽が宵を照らし始める頃に起き、顔を洗い、食事を準備し、必要があれば水汲みにいく。それが彼女の、常の朝だ。
 だがしかし、今日本日の七実の朝にはもう一つ、付け加えることがあった。
 単刀直入にいえば――殺人。
 目を覚ました彼女が感じたのは自身以外の誰かの気配。七花がいなくなり実質ここに一人で住んでいる七実にとってそれは不法侵入者の証であり、ならとりあえず殺しておこうと起きぬけの瞬間台所にいた人影の心臓を手刀で一突きしたわけである。
 七実は無表情に死体を見下ろす。
 鉄善だった。
 彼の死体の前には湯気を立てる鍋と米釜がある。

「……」

 数秒の沈黙。
 てへ、と七実は無表情に自身の頭を小突くのだった。
 それから数分後。七実と善は向かい合い、食事を取っている。
 光景としてはある種自然なそれだが、昨日殺され汁と米を頭から被されてその上今朝殺された人間とそれを行った人間とういうことを考えるとそれは酷く不釣り合いな光景だった。
 不釣り合いというか――不相応か。
 あるいは不気味で異常な光景と言える。

「まぁ、今さらですね」
「確かに」
「あぁ、さっきは失礼しました。殺すつもりはありましたがあなたとは考えていませんでした」
「なるほど。手刀だけに手違いというわけですね」
「面白くありません」
「自信作だったんですが」

 無表情な彼女と微笑む彼。
 殺し殺された二人はどこにでもある家庭の風景のように食事を進める。

「それにしてもどうやってあそこから出たんですか? 鎖はほどけないよう巻いていたはずですが」
「思い切り無理をしてみたら切れましたよ?」
「鎖がですか?」
「僕の身体がです」
「食事中です」
「失礼しました」

 第三者がいたとしたなら恐怖さえ感じるような会話だった。
 二人は淡々と食事を進めていく。

「それにしても、おかしいですね」
「そうですか? 自信作なのですが」
「食事の話ではなく、あなたのことです」

 七実は箸を止め、彼を見据える。
 微笑みは、相も変わらずそこにあった。

「逃げようとは考えなかったのですか?」
「はい。逃げる必要はありませんでしたから」
「どういう意味です?」
「言のまま。ここから出る必要が、僕にはありませんでした……いえ、違いますね。ここでしたいことが出来た、と言うべきでしょう」

「お嬢さん」と善は微笑む。

「僕はあなたのことが、知りたい」
「告白ですか? 照れてしまいます」
「……説得力のない無表情ですね」
「冗談です」
「なんと!?」
「それで、どういう……いえ、意味を訊いても無意味でしょう。あなたは何かしらはぐらかすところがありますからね」
「あなたほどでもありません」
「まったくもって。では改めて。それはなぜですか?」

「そうですね……」彼は考え――言った。

「彼女に似ているから、でしょうか」
「彼女?」
「えぇ。僕が殺した、彼女にです」

 その言葉に、七実は何か嫌な感じを覚えつつも、

「……どんな人だったんですか?」

「そうですね」と善は考え、「うん」と頷き、

「後ろ向きな人でした」
「……」

 七実の無表情の温度が少し下がった。

「よく馬鹿馬鹿と僕を貶していましたね」
「……」

 彼女の無表情が十度を下回る。

「『死にたい? 善くも悪くも解ったからさあ死ね!』と僕に蹴りをかましたこともありました」
「……」

 無表情がマイナスの域に到達した。

「僕が愚痴るとその分だけ馬鹿と言って、死にたいと言えばじゃあ死ねと軽快に笑って」
「……」
「そのくせ自分が愚痴って僕が非難するとうるせぇ! と殴ってきて」
「……」
「ならばと肯定してみればお前に何が解る!? と蹴ってきて……あれ? 今思えば彼女はとても嫌な人ですね?」
「……」

 七実は絶対零度の無表情で彼を殺した。
 善は復活する。

「死ぬかと思いました」
「死んでいましたよ?」
「そうでした」

 にこりと彼は微笑み、

「でも……とても弱い人でした」

 どこか悲しそうに、善は微笑った。

「悲しいときに悲しいと言わず、苦しいときに苦しいと訴えず、辛いときに無理をして、寂しいくせに我慢して……生きたいくせに、死にたがりで」
「……」

 それは――

(それは――)

 まるで――

(そう――)

 ――何か、七実の中で歪むモノがあった。
 それが何なのか、彼女はわからない。
 見ればわかる彼女でも、それは決して見えないものだから。

「お嬢さん?」

 沈黙した七実を心配したのだろう。こちらを覗きこんでくる彼に「大丈夫です」と七実は手で制す。
 善は何か言おうとして、しかしその口が言葉を紡ぐことはない。
 その姿はまるで、何かに気づいてほしいと訴えるように七実には見えた。



[24911] 回想
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/16 19:33
 七実にとって、幼少時は地獄だった。
 彼女の天才性は、生まれつきのモノだ。生まれたときから天才で、生まれた時点で最強で――生まれた瞬間負荷を背負っていた。
 例外的すぎるその天才――物語が破綻するほどのそれに対する負荷はなるほどそれなり以上のモノであり、今の七実ならばまだしもその天才性に振り回されていた当時の彼女にはその負荷はあまりにも絶望的な絶望だったと言える。
 助けを切望してしまうほど。
 誰も助けてはくれないことを理解しておきながら。
 どんなに我慢してもどんなに耐え忍んでもどんなに痛くても苦しくても死にたくても死ねない身体。
 天才性のせいで負荷を背負う彼女は同時に天才性のおかげで生きていたといえる。
 否、“おかげ”ではなく“せい”と言うべきか。
 善くも悪くも彼女は天才で――
 善くも悪くも彼女は化け物だった。
 あるいは――そうあるいは、確定した未来においてそれは所詮想像妄想願望に過ぎないけれど、もし彼女を助けられる人間がそこにいたのなら、彼女はまだ、別の今を迎えていたのかも知れない。
 それはきっと詮無い考えなのだろうけど――

 両親の話をしよう。
 七実にとって父親は弱者だった。
 大乱の英雄と呼ばれた彼。虚刀流の六代目として君臨した父はしかし、絶対に最強と呼ばれることはなかっただろう。もしくはそう謳われたとしても彼自身が認めなかったはずだ。
 そこに――七実がいたのだから。
 七実が覚えている父といえば常にしかめ面をし、実の娘に畏怖と恐怖の目を向けているそれ。
 それは、底辺的弱者が圧倒的強者に向けるそれで、当時の七実は『強さ』に興味など持たなくても父が大きな劣等感を抱いていることを悟っていた。
 娘に向けるにはあまりにも異端なその視線。
 当時の七実は真っ直ぐに冷徹にその目を見据えていた。
 ――あぁ、これが弱者なのだ、と。
 七実にとって母は悲しい人だった。
 かわいそう――彼女が覚えている母の口癖。
 七実が病魔に苦しんでいるとき、母は決まってそう言っていた。
 聞き飽きるほどに。
 かわいそう――
 かわいそう――
 こんなに苦しんで――
 死ぬことも許されないなんて――
 いっそ死んでしまえたら楽なのに――
 だからどうした、と当時の七実はそう思った。
 死にたくても死ねない――殺してさえもらえない彼女にとってかわいそうかわいそうと言うだけの母は弱者以前に悲しささえ覚えてしまうほどの人間だった。
 だから、総じて言ってしまえば七実にとっての両親はきっと他人と言える存在。
 家族として真に愛情を注いだのは無知な弟だけだった。
 無知ゆえに、何も知らないから。
 恐怖も畏怖も、優越感も劣等感も知らない彼を、七実は愛した。
 でもそれは七花が無知であったからであり――人はいつまでも無知ではいられない。
 一度の手合わせ。七花がいったいどの程度なのか見定めるために立ち合った後、彼の七実を見る目は父のそれと同じになった。
 強者を見る弱者の目。
 それでも七花は七実にとって可愛がるべき弟なのだけど――そこからだ。
 七実が独りになったのは。
 物理的にではなく精神的に。
 誰かが近くにいても、彼女は自分が常に一人であると感じていた。
 孤独であり――孤高。
 他人の痛みがわからないように――
 誰かの気持ちなど知り得ないように――
 誰かと一つになることなど不可能なのだから――
 人は誰でも独りなのに――それが解っていながらそれでも七実はそう感じていたのだ。
 自分は独りなのだと。
 人の域から外れてしまっているのだと。
 それを○○○と思ってしまうほどに。



[24911] 感想
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/16 20:19



「……」
 夢を見た。







[24911] 回想
Name: 新古理◆2317a3ba ID:7e5b109d
Date: 2010/12/16 20:00
 彼は地獄に立っていた。
 それは無論比喩のそれであり、死なない彼が死後の世界に行けるはずがなくそもそも地獄が本当にありはしないのだから、つまりは彼の周りを指した言葉なのだ。
 そこは――戦場だった。
 だがしかし、それは武将と武将が軍を率いて戦いあうような荒野ではなく、町だ。
 町が――戦場になっていた。
 町が――地獄と化していた。
 大地は踏み荒らされ、家々は無残に壊され人々が無様に死んでいる。それは男に限らず、女子供老人全てがだ。
 そんな中で、彼は天を仰いでいた。
 場違いなほど晴れ渡った空を。
 雨が降る空を。
 涙が落ち行く空を。
 彼が抱いているのは、一人の女だった。
 長い黒髪と白い肌が特徴的なそれ。死体となったモノ。
 それは酷く綺麗な死体と言える。身体に傷らしい傷はなく、死因と呼べる死因がない。眠っているだけと言われれば誰もが信じてしまうだろう彼女を殺したのは――彼だった。

『……なんで、こんなことになってんだよ』

 茫然と放然と、彼は呟いた。
 彼を知る者が見れば驚くべき表情で。

『どうして、こいつが死んでいる……』

 彼の顔に浮かぶのは――憎悪。

『どうして、俺が生きている……!』

 それは、その呟きはそうまるで――死にたいと言っているようだった。
 答えが返ってこない屍も頂。
 それでも彼は問いかけ続けた。
 どうして自分が生きているのかを――
 どうして自分が生まれてきてしまったのかを――
 どうしてあいつが――生まれてきてしまうのかを。


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