小作品「灰色の衣に身を包み」
「ねぇ」というのが日本語において女性の口説き文句の一つである。
しなを作って「ねぇ」と女性に囁かれれば大概の男性は不快感を持つまい。
相手にもよるだろうがこの場合は美しいあるいは好みの女性と仮定してほしい。
「ねぇねぇ」と言われたならば、どう対処するべきであろうか。
鼻の下を伸ばすもよし。
顔をにやけさせるもよし。
あるいはシャイな草食系の如く恥じらうもいい。
ただ、そんな反応をする前に一つ確かめねばならない事もある。
それは・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あんたねぇ。この時代に美人局なんて。いつの時代から来たの?」
小さな交番の椅子に座って私は世の無常に身を浸していた。
「そもそも、あんたの方が怪しいって分かってる? 路上の酔っ払いがそんな事言ってる時点で援助交際したんじゃないかって疑われるわけだよ。ええ、分かる?」
鞄はボロボロ。
頬は腫れあがり。
眼鏡は割れ。
財布はない。
「それで被害届出すの、出さないの?」
警官が暗に言いたいのは何かされたと逆に訴えられるかもしれないという事だろう。
分かりやすい話だ。
何も無かったとしても、相手が見かけ通り以上に若かった場合、社会的な自爆スイッチが入る事にもなりかねない。
「それでさぁ。こっちも忙しいわけだよ。家の人に連絡するからどうにかならない?」
どうにかならない?とはどういう話か。
いや、簡単な話だ。
家の人間を呼んで速やかにお引取り願うのが最上。
そう公僕は言っているのだ。
私はケータイが壊れている旨を説明した。
「はぁ? しょうがないな・・・・それじゃあ此処の電話使っていいから家に連絡して」
遥か遠方の実家から新幹線に乗りついでやってこいとでも言うのだろうか。
公僕の質の低さに私は納税者の怒りを禁じえず、ありのままの事実を言った。
「はぁ・・・・・」
溜息を吐かれた。
「分かった。それじゃあ、近くのATMとかでお金を下ろしてきたらどう」
財布が無い。
最初にそう説明したはずではなかったか。
「じゃあ、家まで送っていくから。後はそっちで何とかして」
明らかに不平を感じる横柄さで公僕は私を連れ出した。
パトカーに乗せられて家まで連れて行かれるというのか。
そんな、そんな近所に噂される帰宅方法を選べとういのか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
公僕に文句など言えるはずも無く。
車に乗った。
「パパ~~~~」
「―――――――――!!!」
「おお? こんな時間にどうした?」
「ママから差し入れ♪ お仕事頑張ってね!」
「ママによろしく言っておいてくれ。これからこっちは酔っ払いの連行だ。はは」
おどけてみせたのだろうか。
被害者に対していつから公僕は鞭打つ存在になり下がったのか。
分からない。
ただ、その場で何も言える立場にない事だけは理解できた。
スタスタと去っていく公僕の娘の背中を見つめているとミラー越しに冷たい視線に気付いた。
その視線はまるで犯罪者を見るような目つきだった。
「それじゃ、住所教えて」
あくまで横柄に公僕は聞いてくる。
私は・・・・・・・・・・・・・・・住所を教えた。
公僕の家庭が崩壊するだろう事を踏まえ、私はケータイから吸い出した写メを画像化、匿名でネットカフェから即日曝し上げた。
近頃、あの交番にあの公僕を見ない。
fin