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どげんけ? かごしま

求刑死刑と捜査
(2010-12-04)
 鹿児島市下福元町の高齢者夫婦殺害事件。悲惨な現場に残されていた指紋などから逮捕、起訴された被告は裁判でも全面否認したが、鹿児島地検は死刑を求刑した。有罪か無罪か、さらに有罪なら極刑も認めるのか。12月10日の判決言い渡しに向け、6人の裁判員と3人の裁判官は難しい判断を求められる、と各マスコミは報じた。しかし、それ以前に論じなければならないこともあるのではないか。捜査は本当に十分なされたのだろうか。「難しい判断を求める」ことになったのは、鹿児島県警、鹿児島地検にもその責があるかもしれない。と言ったら、酷過ぎるだろうか。

 「事件の前足、後ろ足をまず調べるべきだが、今回はそれが立証できていないようだ」。事件捜査に詳しいある関係者はそう懸念する。

 裁判で出てきた証拠からは、被告と被害者夫婦が顔見知りだったという事実はない。近所でもない。事件の半年ほど前に被害者宅を望める高台に行ったという過去はある。年金生活だが、パチンコで大負けしてカネに困っていたかもしれない。

 お金欲しさで被害者宅を狙ったとして凶器を準備せず、午後8時ごろ、その場にあったスコップで窓ガラスをたたき割って侵入したとされるが、被害者や近所の耳目を引くようなそんな物騒なまねをするだろうか。お金が本当に欲しかったら、まずはこっそり目立たないように犯行に及ぼうとしないだろうか。

 犯行現場や周辺に被告の靴と一致する跡はなかった。車のタイヤ痕も一致しなかった。被告の車の中から現場や犯行とつながる証拠も出てきていない。もちろん事件発生から逮捕までに10日たっているから、その間に証拠が隠滅された可能性はあるが、いずれにせよ証拠がない以上、判断はできない。

 カネ目的だったのに現場に現金が計13万円ほど、通帳も残っていた。被害者夫婦をスコップで何十回もたたいたとされるが、そんなに激しい犯行現場で被告の髪の毛は特定できなかった。鉄製のスコップの柄や取っ手に皮膚細胞片も検出されなかった。指紋も出ず、肝心の凶器と被告との関連はわからないままだ。

 一方、現場のタンスなどに残っていた指紋が、コンビニ強盗未遂の前科のある被告の指紋と一致したとして、それまで捜査線上に上っていなかった被告が重要容疑者となる。県警はすぐさま翌日、任意同行を求め、そのまま逮捕する。「任同をかける前にまずは、被告の周辺捜査をじっくりすべきだったのでは」という指摘は一部関係者から出ているようだ。ただ逮捕後は徹底した周辺捜査が行われ、事件との関連は何も出てこなかった。

 否認する被告にポリグラフ(一般に言われる嘘発見器)はかけられていない。「通常、捜査上の心証をつかむには必要なのになぜ?」と先の関係者。無理はしなかったということか。

 そして、県警は自白を取れなかった。えん恨による犯行ともみられるような悲惨な現場。被告が犯人だとしたら、なぜあのような大胆で残虐な犯行に及んだのか、その自供があって初めて合点のいく事件の概要がわかっただろう。

 もちろん、これだけ注目された事件だから、あとで自白の任意性、信用性に問題をもたれないためにも、代用監獄(警察の留置場)は使わず、ちゃんと拘置所(鹿児島の場合は拘置支所)に収監して、真剣勝負の取り調べを行い、自供をとらなければならなかったはずだ。県警はそれができなかった。

 被告は「現場に行ったことはない」と犯行を否定している。本当に犯人ではなかったら、これらの疑問は解消できないで当然のことだ。

 鹿児島地検は、タンスなどの指紋のほか、逮捕後に採取した被告のDNAと侵入口とされる窓の網戸についていた細胞片が一致したことと、割れて立てかけてあった窓ガラス片にも指紋があったことを根拠に被告が強盗殺人犯である、とする。被告が「行ったことがない」と否認しても、侵入痕と物色痕があることから犯人でありえないはずがない、というわけだ。

 ただ、指紋やDNAが住居侵入の証拠だとみても殺人行為と結びつく直接の証拠は提示されてない。厳しい言い方をすれば、強盗殺人の罪を問いながら、その証拠を導き出せなかったプロの捜査側、訴求側としては胸を張れるものと言えるだろうか。

 一方、弁護側は「指紋は不自然な付き方をしているなど誰かが細工したもの、DNAは採取方法に疑問がある。資料が残っていず再鑑定もできない」と証拠価値に疑問を投げかけている。その主張の根拠をもっと示してほしいと言っても、捜査権のない弁護側には難しいだろう。最終弁論では「ずさんな捜査」と断じ、「疑わしきは被告人の利益に」と、刑事裁判の鉄則を説いた。 
(宮下正昭)

【写真上】住宅街の一角だが木々に囲まれた被害者宅。高台にある谷山神社から=鹿児島市下福元町
【写真中】死刑を求刑した鹿児島地検
【写真下】少ない証拠から審理を迫られる鹿児島地裁

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[閲覧(1413)][コメント(6)]

この記事へのコメント

 強盗殺人現場から被告人の指紋が発見され、その当時のアリバイが被告人にないということで、容疑者として逮捕され、今回の裁判となりましたが、宮さんが指摘されているようにこの事件、不思議な点が多いですね。

私なりに裁判員になったつもりで、疑問点を整理してみました。

(疑問点)
(1) 強盗に入るのに凶器をどうして準備しなかったのだろう?現場に凶器に使うような道具(スコップ)がなかったらどうしたのだろう?

(2) 犯行現場や周辺に被告の車のタイヤ痕と被告の靴の跡が見つからなかったらしいが何故?

(3) 計画的に強盗に入るなら指紋が残らないように手袋をつけてくるなどして用意周到に準備すると思うが何故しなかったのか?現場のタンスには被告人の指紋が残っているのに、どうして凶器のスコップには残っていないのか?

(4) 強盗目的なら金目の物を取って、さっさと逃げればいいのに、何故被害者夫婦をスコップで滅多打ちにする必要があったのか?
 
(5) 強盗に入りながら、肝心の現金13万円と通帳を持って逃げなかったのは何故?

(6) 弁護側が「指紋は不自然な付き方をしている。誰かが細工したものだ」と言っている
 誰が細工したというのだろう?そんな事が、できるのだは誰?

本当に考えれば考える程?疑問が増す事件ですね。

 被告人は、「私はやってない」と無罪を訴えているようですが、「人を裁く」って何で五十嵐弁護士は、「ないの証明」は、悪魔の証明であり、実に難しいと例をあげて説明されています。
その理由は、あらゆる可能性を検討しない限り「ないの証明」を立証することができないからです。

「ないの証明」の難しさは、痴漢冤罪を訴える映画「それでも僕はやっていない」を見た時に「こんなに難しいんだ」と感じました。

裁判の判決が10日に下されるようですが、一体どんな判決が下されるのでしょうか?
Responded by ひまわり (2010/12/06 13:54:55)

 裁判員裁判が始まって1年たちましたが、本当にこれが司法改革・司法への市民参加なのかといつも思ってしまいます。制度の作り方に無理があるんじゃないかと。
 なぜ、刑事事件のしかも重大犯罪事件だけが裁判員裁判なのか、という疑問です。市民の考え方を反映させるなら、行政を相手にした裁判だとか、民事事件の方がもっとふさわしいのではないだろうか。もちろんそういう事件は件数が多すぎて、裁判員裁判にするには国民の負担が大きすぎるという理屈でしょうが、死刑判断までしなければならない今の日本の裁判員裁判は市民負担が大きすぎるように思います。
 刑事事件に裁判員がかかわるとしても、有罪・無罪だけを判断し、量刑は専門家にまかせるという方法もありそうです。
 確か「法施行3年後に検討を加え、必要なら措置を講じる」となっていたはずだから、2012年に向けて、いろんな意見を出すことが必要では、と思います(この投稿も私の意思表示!)
Responded by H (2010/12/06 15:41:52)

死刑求刑⇒無罪判決

この鹿児島で今後の裁判員制度に影響を与えるという判決が出ましたね。

ひまわりさん、Hさん、MOTHER・EARTHさんなどが危惧されていた問題が少しは払拭されたように感じました。真犯人はどこにいるのでしょう。

それにしても、この「どげんけ?鹿児島」の熟度はすごいと拍手を送りたいです。勉強になります。
Responded by やすねこ (2010/12/10 11:39:13)

冤罪を避けることはできましたね!真犯人は分かりませんが・・・

被告が犯行を否認している場合、状況証拠だけでは決められない!という判例となりました。裁判員裁判で「疑わしきは被告人の利益に」の原則が守られた意義も大きいし、他紙の速報でもありましたが、今後の裁判員裁判への影響はあるでしょうね。

今夜は超忙しくて時間がないので詳細のコメントができずに残念ですが、沢山、思うこと書きたいことがあります。やすねこさんの仰るように私もこの記事はとても参考になります♪
Responded by MOTHER・EARTH (2010/12/10 21:52:15)

歴史的な裁判でした。
無罪<被告<死刑
という裁判を裁判員裁判で判決に導いたのですから。「疑わしきは被告人の利益に」
「疑わしきは罰せず」
という裁判の原則に徹した判決にまずはほっとしました。
冤罪を引き起こすかもしれないと心配していました。
被害者の遺族の方々の納得いかないお気持ちはお察しします。
ぜひとも真犯人の早急な逮捕を!
Responded by 篤姫 (2010/12/10 22:05:07)

 判決は無罪でしたね。「疑わしきは被告人の利益に」「推定無罪」。刑事裁判の原理原則が敢行されました。
 全国的に注目されての、この結論は、やすねこさんがおっしゃるように今後の裁判員裁判の道標となるかもしれませんね。
 原理原則で真犯人も逃すかもしれない。でも万一、無実の人に罪を(しかも時に死刑という極刑を)負わすことを避けれられるのであれば、それは仕方ありません。だってそんな目に遭うのは、私かもしれないし、あなたかも彼女かも彼かもしれない。
 裏返せば、それだけ捜査機関には真の正義感と、時に柔軟に捜査方針を見直す勇気とをもって、頑張っていただきたい。そのためには、マスコミも捜査の在り方をちゃんとチェックし、報じることが大切だと思います。それこそ、捜査機関、訴求機関との日ごろのお付き合いを超えた正義感と勇気をもって。
 一線を外れている我が身からは、そんな言いたいことを言わせてください。ごめんなさい。
 今回の記事を書くにあたっては、県警や地検の幹部の方々に雑談に応じてもらいました。ありがとうございました。
 
Responded by 宮 (2010/12/11 15:04:18)

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