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鹿児島・夫婦強殺:無罪 「ぬれぎぬ晴れた」白浜さん満面笑み

 ◇裁判員「いろいろ考えた」

 鹿児島市で09年に高齢夫妻が殺害された事件の裁判員裁判で、鹿児島地裁は10日、強盗殺人罪に問われた同市の無職、白浜政広被告(71)に無罪判決を言い渡した。裁判員は判決後の会見で「疑わしきは被告の利益にということで、こういう結果になった」と判決を総括。1年半ぶりに釈放された白浜さんは「青空と同じ。すがすがしい気持ち」と声を弾ませる一方、検察側は控訴する方向で検討を始めた。【川島紘一、遠山和宏、岸達也】(3面にクローズアップ、24面に判決要旨)

 閉廷から約1時間後、鹿児島地裁の会見場に裁判員6人(男性4人、女性2人)と判決に立ち会った補充裁判員2人(ともに30代の男性)の8人全員が姿を見せた。全員緊張した面持ちだった。

 死刑求刑の被告に無罪を言い渡した心境を問われると、最初にマイクを手にした男性裁判員は「判決文通りです。それだけです」と述べ、残り7人も「判決通り」と繰り返した。

 約40日にわたった裁判の負担について男性裁判員は「家族に迷惑かけ、仕事上も大変だった」。これに対して、別の裁判員は「この裁判では妥当な日数だったと思う」と語った。

 裁判員裁判では、裁判員が被告に質問できるが、公判ではその場面が無かった。ある裁判員は「質問次第で検察側、弁護側のどちらかに有利になったり。難しいので裁判官にお願いしました」と明かした。

 補充裁判員の男性は、眠れない日もあったと明かしつつ「いろんなことを考え、人間的にも大きくなった」と振り返った。

 公判では、遺族が極刑を求める場面もあった。ある裁判員は「遺族には申し訳ないと思うが、証拠が不十分だった」。補充裁判員の男性は「逆の立場だったら、何とも言えない気持ちになると思うが、これが裁判員の宿命。理解してほしい」と複雑な表情を見せた。

 一方、白浜さんは鹿児島県弁護士会館で記者会見。会場に入ると、一斉にカメラのフラッシュを浴び「恥ずかしい」と顔を手で覆った。「ぬれぎぬをはらすことができて誠にうれしい」と満面の笑みを浮かべたが、判決までの心境を聞かれると「無罪を確信していた。でも判決をもらうまでは一抹の不安があった」と話した。裁判員に対しては「客観的に判断を積み重ねてくれたと思う」と述べた。1年半ぶりの帰宅に表情を崩した。

 新倉哲朗・主任弁護人は「疑わしきは被告の利益にという刑事訴訟の大原則に従った判断で評価したい。検察は控訴せず、判決を確定させてもらいたい」と指摘。「ずさんな捜査が明らかになった」と鹿児島県警の初動捜査などを批判した。

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 ■傍聴記

 ◇有罪の確信持てず

 「疑わしきは被告人の利益に」。法廷で弁護側が再三繰り返したのがこの言葉だった。自分が裁判員だったらと、常に考え法廷を見つめたが、最後まで有罪と確信することはできなかった。

 指紋やDNAが被告と一致したと主張する検察側。公判では、大学の講義のようにモニターを使って説明した。基礎から分かる映像を見せられ、目の前で実際に鑑定をされたりすると、その精度が分かったような気になった。「一致するのは世界中で被告だけ」。鑑定人がそう断言すると「間違いないのでは」と思ったりもした。

 被告は家具職人として19歳で上京し、約50年ぶりに鹿児島に帰郷。姉夫婦と同居し近所の内装工事をして過ごしていた。ただ、金遣いが荒く、事件前に年金をパチンコや飲み代に使い果たし、起業するためにした借金も散財していた。

 裁判員へのアピール力という点で、私の目には弁護側に勝ったように映った検察側だが、主張に疑問も残った。「どのように逃走したのか」「強盗目的だったはずなのに、なぜ室内に現金が残っていたのか」。真犯人しか知り得ない「真相」に検察側は踏み込まず、解明されないままだった。

 刑事裁判では、合理的な疑いを差し挟む余地がない程度まで検察側が立証することが必要といわれる。私の疑問が「合理的な疑い」とまで言えるかは分からないが、自分の判断が一人の命を奪うことになるかもしれないと考えると「死刑」と断じる気にはならなかった。

 「被告人は無罪」。主文を読み上げる裁判長の声が法廷に響くと、遺族の一人は顔をゆがめて涙をぬぐった。公判で「死刑にしてほしい」と声を詰まらせながら訴えた姿を思い出す。平穏に暮らしていた両親を惨殺され、「犯人」だと思っていた被告が全面否認した。悲しみや怒りは当然だし、被告が無罪となれば、その気持ちが行き場をなくしてしまうことも理解できた。

 判決後の会見で裁判員たちは言葉少なだった。判決が事件に真剣に向き合い、悩み苦しんだ末の結論だったことは想像に難くない。遺族には残酷な結論となったが、私には裁判員の気持ちも理解できた。【川島紘一】

毎日新聞 2010年12月11日 東京朝刊

 
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