水説

文字サイズ変更

水説:不況の「石油の指紋」=潮田道夫

 <sui-setsu>

 エコノミストの水野和夫さんと気鋭の哲学者、萱野稔人・津田塾大准教授の対談を収めた「超マクロ展望・世界経済の真実」(集英社新書)を面白く読んだ。

 いまの大不況は単なる景気循環の問題ではない。資本主義の大潮流の変化そのものである。そういう「超マクロ」の主張である。

 両氏が着目するのは、新興国の台頭で先進国が資源(とりわけ石油)を買いたたけなくなり、「交易条件の悪化」が起きた点。さらに経済ナショナリズムが高揚し、先進国優位の構造は崩れ去った。

 平たく言えば、先進国は従来のやり方ではもうからなくなった。景気が上向いても賃金の下落が止まらない。それが何よりの証拠。米国も日本も悩みは深い。

 米国は「金融帝国」と化して経済覇権の延命を図った。その試みは一時的に成功したが、リーマン・ショックでその限界を露呈した。資源価格の高騰による交易条件の悪化は今後も続くから、先進国経済は低成長を免れない。

 とても大胆な仮説に満ちていて刺激的だ。

 ふたりの議論はカナダの投資銀行のエコノミスト、ジェフ・ルービンの書いた「なぜ世界は縮みつつあるのか--石油とグローバリゼーションの終わり」に似ている。

 ルービンも今度の不況の根本原因は石油価格の上昇だという。疑う者は戦後の不況を検証せよ。いずれの不況にも「石油の指紋」がくっきりと遺留しており、今回もその例外ではない。米国の不動産バブル崩壊の理由は金利の上昇だが、それを起こした犯人は石油価格の上昇である。

 中国の影響が大きいが、産油国の自家消費が急増し輸出余力が減退している。灼熱(しゃくねつ)の砂漠に建ったドバイの人工スキー場。1日動かすのに平均的米国人ドライバーの1カ月分のガソリンが必要だ。

 カナダのオイルサンドなど非在来型の石油は確かに大量にある。しかしそれは「高い石油」。「安い石油」はピークを越しており、もうグローバリゼーションは維持できない。結論は「世界は縮んでいくほかない」である。

 しかし、悪いことばかりではない。原油が1バレル=100ドルを超すような高値の時期、中国から米国への鉄鋼や生鮮食品の輸入が急減した。それに代わって国内鉄鋼業は増産に追われ、耕作放棄地で再び作付けが始まった。そうは言っていないが、米国は中国なしでやっていける。

 石油は枯渇しないが高騰する。グローバリゼーションは一夜の夢だった。世界の新しい現実を学ぶのに役立つ2冊である。(専門編集委員)

毎日新聞 2010年12月15日 東京朝刊

PR情報

 
共同購入型クーポンサイト「毎ポン」

おすすめ情報

注目ブランド