「フェイト、少し時間あるか?」
時空管理局本局を所用で訪れていたフェイトを義兄であるクロノが呼び止めたのは全くの偶然だった。
たまたま通路で義妹を見かけ、たまたま連れていた知人を彼女に紹介したかっただけだったのだが、それが彼女の運命を左右する事になるとは夢にも思わなかったのだ。
「はじめまして、アレックス・ハミルトン執務官です」
「フェイト・T・ハラオウン執務官です」
自分と同じ執務官だと名乗った、薄茶色の髪に真紅と濃緑のオッドアイを持つ男。
アレックス・ハミルトンとフェイト・T・ハラオウン、二人の出会いは全くの偶然から始まった――。
Prologue~出会いは偶然に
「以前からクロノ提督から君の事は聞いていました、とても優秀な執務官だと。それで一度お会いしたいと思っていたんです」
「優秀だなんてそんな、恐縮です。それに私もハミルトン執務官の事は存じ上げていますよ。若手の中ではNo.1だとか」
アレックス・ハミルトン執務官、19歳。入局10年。所属部隊は本局特務四課。超難関と言われる執務官試験をストレートで合格し、その後も様々な任務をこなし着々と昇進を重ねてきた。現在は一等空佐扱いである。
互いに自己紹介を済ませ、食堂に場所を移した。クロノは仕事がある、と既に自室へと戻っている。
丁寧な口調で穏やかに話すアレックスにフェイトは好感を抱いたが、同時に『何故クロノは私にこの人を紹介したかったの?』という疑問を感じ、念話で聞いてみた。
『いや、特に深い意味はないんだが。たまたま見かけたからとりあえず紹介しておこうかな、と』
『そっか…うん、わかった』
実際に意味はないのだ。偶然に偶然が重なっただけである。フェイトとしてもこれ以上追求する必要はないし、何より彼がいるこの場の空気を好ましく感じているのは確かなのだから。
その後、今までお互いが関わった事件から趣味の話までいろいろな事を話した。同じ役職の経験を聞くのはもちろん為になったが、それ以上に彼と過ごす時間に心地好さを感じていた。その理由はこの時にはまだ分からなかったのだが。
「ところで、君は今度八神二佐の新部隊に行くらしいですね」
「はい、『機動六課』ですね。一応、出向という形になりますが。それと、私の事はフェイトで構いませんよ。同期なんですから」
機動六課はフェイトの親友である八神はやて二等陸佐が部隊長を務める新部隊である。古代遺物管理部に属し、ロストロギアの保守管理が主な任務になる。
「そうか、じゃあお互いに。実は堅苦しいのはどうも苦手で……」
「あら、じゃあ丁寧な話し方はお芝居なのかな?」
フェイトも口調を改めてフランクに話す。
「…印象が変わったかな?」
少し表情を曇らせるアレックス。フェイトはそんな彼を不謹慎にも『可愛い』と思った。
「そんな事ないよ、私もあんまりお堅いのはちょっと……」
「そうか、それは何よりだ。あはは……」
鼻の頭を掻いて照れるアレックスは年齢よりも幼く見え、執務官という激務の中で実績を挙げるような人物とは思えなかった。だが、彼の現場での姿を見ればフェイトの印象は大きく変わるはずだ。
「話を戻すけど、実は八神二佐とは顔見知りでね。ある事件の法務関係を担当した時に彼女と一緒になったんだ」
「そうだったんだ…。あれ?なんか聞いた事あるような……」
フェイトは以前、はやてから聞いたある人物の事を思い返してみた。次元犯罪集団のアジトを襲撃した際の担当執務官の話だった。
多数の違法魔導師が関わったこの事件は、担当部隊だけでは対応仕切れず、危うく犯人を取り逃がす寸前まで追い込まれた。
その窮地を救ったのが担当執務官の『活躍』だった。空から援護していたはやてはその時の様子をこう語った。
『雷神や。私は雷神をみたんやフェイトちゃんっ!』
三十人以上にもなる犯人達を、正に雷神の如き電撃系の攻撃で次々と叩き伏せる彼は普段の穏やかな姿からは想像できないような凄まじさだった。あれで死者が出なかったのは奇跡と言えるかもしれない。
全ての犯人を沈黙させ、武装を解いた彼は普段の心穏やかな青年に戻っていたのがはやてを安心させた。
「はやてが言ってた『電撃執務官』って、もしかして……」
「……多分、僕の事だと思うよ」
「電撃執務官って何?」という顔のアレックスを見て、フェイトははやての話がかなり脚色されていると思った。ちょっとしたギャップによってはやても混乱したのだろう、と。
後にそれがフェイトの勘違いである事が思い知らされたのだが―。
「名前までは聞いてなかったんだけど、凄い魔導師がいるって事だけは彼女から」
「彼女らしいね。まぁ、そんな訳もあって彼女とは時々連絡を取ったりするんだけどちょっと気になる事があって……」
そう言ってモニターを展開して機動六課の部隊編成表を出す。フェイトはアレックスの隣に席を移してモニターを覗き込む。その時、流れた髪からした香りにアレックスはドキッとしたが気にしないふりをして話を続ける。
「新人の中にストライクアーツを使う子がいるよね。ええと……」
パネルを操作して『スターズ分隊』のメンバーを表示する。その中から青い髪に明るそうな瞳が印象的な少女をピックアップする。
「スバル・ナカジマ、この子がどうかしたの?」
フェイトは小首を傾げてアレックスの表情を窺った。眉間を顰めてゆっくりと話し始める彼は少し辛そうに見えた。
「この子の母親……クイントさんは僕の昔の先輩でね。ギンガやスバルとは小さい頃からの顔見知りなんだよ」
「そう、だったんだ……」
スバルとギンガ。二人と初めて会ったのは四年前の空港火災の折、救助活動を行った時だった。もっとも、この時フェイトが助け出したのは姉のギンガの方で、スバルを救出したのは友人の高町なのはであったのだが。
スバルとはその後、彼女と同じく六課に配属されるティアナ・ランスターのランク昇級試験の時に初めて顔を合わせたが、確かにギンガとよく似ていると感じた。
「あれ?あの子達を小さい頃から知ってるって事は、もしかして……」
「ああ、もちろん『あの事』も知ってるよ。あの子達を保護した現場には僕もいたからね」
「……そっか」
二人とも視線を落として黙り込む。スバルとギンガ、この姉妹が背負う辛い過去を思うと胸が苦しくなる。
重苦しい空気が流れる中、アレックスが雰囲気を変えようと動いた。
「あー、それでだ。実は僕、暫くは主立った任務も無くてだね。もし良かったらスバル達の教導を手伝わせて貰えたらなあ、とか思って」
そう言ってIDカードを見せた。そこに記されている『戦技教官資格』を確認したフェイトは少し考える。
「でも貴方、特務隊所属でしょ?勝手に動いていいの?」
「それは今月いっぱいまで。来月からはフリーで、何か事件が起こるまでは割と自由に動けるのさ」
ちっちっちっ、と人差し指を振ってみせる。そういう事ならばフェイトとしては別に異存は無いし、何よりアレックスと過ごす時間が増えるのは都合が良かった。
(私、何を喜んでるんだろ?)
不思議な感覚を感じながらも、断る気など微塵もないフェイトだった。だが、アレックスが何か大掛かりなサプライズを仕掛けようと企んでいる事などこの時は知る由もなかった――。