地球からそう離れていないとある管理世界。辺境世界とも呼ばれるここに、一人の管理局員がいた。彼女は、制服ではなく普段着と少し大きなバッグのみという格好で、転送ポートを後にする。
「……確かに何もないとこだわ」
外に出て見えるのは、平原と山、それに森というのどかで平和な景色。だが、ここに彼女が来たのは観光などではない。
(勘が正しければ、ここに例の事件に関係する研究施設がある……)
そう思い、彼女は歩き出す。しかし、その足取りは軽い。それもそのはず、彼女にとって今回の任務は……。
「でもラッキーよね~、休暇も兼ねた仕事なんて。あ~あ、あの人も連れてきたかった~」
先程までのシリアスはどこへやら。そんな事を呟いて彼女―――クイント・ナカジマは歩き出す。公然とバカンスを楽しむように、彼女は歩く。
辺境世界ではあるが、何もない訳ではない。住む者も少ないながらも存在し、店や宿泊施設だってあるのだ。だから、クイントにとってこの仕事はまさに至れり尽くせり。
(ま、その分、色々とハードでしょうけど……)
そう思い、彼女はとりあえず目についた売店でアイスを購入し、食べ始める。彼女は知らない。この世界で人生を大きく変える出会いをする事になるなどと……。
英雄王降臨!
「は~、つっかれた~」
一日中歩き回り、クイントは唯一の宿泊施設の一室に入るなり、ベッドへ倒れこんだ。気分転換にやってきた管理局員。そんな印象を与えながら、彼女はこの周辺を歩き回ったのだ。
無論、ただ観光していた訳ではない。情報を確かめるべく、さり気無く聞き込みや調査もしていた。そして、そこから得られたのは……。
(山を越えた先の渓谷、か)
山で家畜を飼育している男性の話では、その山を越えた先に渓谷があり、そこに住んでいる学者らしき男がいるのだそうだ。
時折山を降り、日用品等を買いに行き、その男性の農場にもよく発酵食品や肉を買いに来るのだという。
何故らしきかというと、白衣を着ている事からそう判断したらしい。実際男性が何をしているのか尋ねた際、医療関係の研究をしていると答えたそうだ。
その話を聞き、クイントは明日そこに調べに行く事にした。犯罪者にしては、無用心と思うかもしれないが、こんな辺境世界ではかえってこそこそしていた方が目につくのだ。
それに、今回のような辺境では、上辺だけでも人付き合いをしていた方が不信感などを抱かれずにすむのだ。そして、辺境故に管理局の目も届きにくい。自然保護などをしている世界ならいざ知らず、ここのようなただのどかに暮らしているだけの世界は、管理局自体もあまり目を光らせていないのも事実。
だから、今回クイントが所属する首都防衛隊の一つ『ゼスト隊』に情報が来たのは、まさに運が良かったとしか言えない。
ゼスト隊の隊舎で料理長を務める女性が、ここの農場と懇意にしており、いつもここからバター等を仕入れていたのだ。それが、ここ最近量が減ったので不思議に思い尋ねたところ、農場主から先程と似た話を聞かされたのだ。
それを聞き、クイントが不審に思い、隊長のゼスト・グランガイツへ調査を申し出たのだ。そう、管理局に届出のない研究機関があるかもしれないと。そしてそれが何を意味するのかを。
だからクイントは頼み込んだ。もしかしたら思わぬモノに繋がるかもしれないと。それを聞いてもゼストは渋ったが、クイントの『女の勘』主張に押し切られる形で許可を出した。
だが、表向きは捜査ではなく休暇扱い。それは何も無かった時のため、ゼストが気を回したからだった。まぁ、それをクイントは知らないのだが。
「とりあえず、今日はもう休んで……明日に備えよ~」
そう呟き、クイントは伸びをした。そして、一度寝返りを打って……。
「あ、そろそろ夕食の時間だ」
むくりと起き上がり、鼻歌混じりに歩き出す。後にこの宿の主人は語る。あれ程大量の食事を食べる人を初めて見た、と……。
明けて翌朝。クイントは決めていた通り、山向こうの渓谷を目指して歩き出した。整備された道が終わり、険しい山道になっても、もくもくとクイントは歩いた。普通の人間ならとっくにへばっているだろう傾斜もものともせず、クイントは山を登りきった。
山頂からの景色にしばし体を休め、宿の主人が持たせてくれた弁当を取り出すクイント。
簡単なサンドイッチだったが、それをクイントは感謝しながら食べる。量は、彼女からすれば少なかったが、それでも常人なら満腹になる程度はあった。
それをあっさりと平らげ、クイントは再び歩き出す。農場の男性が教えてくれた話を思い出しながら、山を下っていく。
(……アレ、ね。確かにただの小屋みたいだけど……)
やがて、その視界に山小屋らしき建物が見えてくる。とても何か研究しているようには見えないそれを、クイントは注意深く観察する。
人気はない。気配もない。だが、おそらくサーチャーの類はあるとクイントは踏んでいた。
慎重に小屋へと近付くクイント。そして、小屋の扉へと手を伸ばし……。
「すいませ~ん。誰かいらっしゃいますか~?」
ノックした。ぱっと見は迷った観光客にも見えるクイント。それに対して何らかのリアクションがあれば、と思ったのだが……。
(反応無し、ね……)
予想通り何の反応もなかった。それにクイントは躊躇いもなく扉を開けた。鍵が掛かっていたようだが関係ない。魔力で強化した状態の彼女は、常人では有り得ない力を出せる。
そして、小屋の中に踏み込んだクイントは、すぐさま中を見渡し、床の一部だけ音が違う事に気付き、そこに思いっきり拳を打ち付ける。
そこに現れたのは、地下への階段。それを見てクイントは確信を得る。ここは、自分達が追い駆ける事件と繋がる場所に違いないと。
そして、持ってきた荷物の中から愛用のデバイスを取り出し、身に付ける。リボルバーナックルと呼ばれるそれは、ストレージに属する物なのだが、クイント専用デバイスのため、クイントにとってはインテリジェントよりも優秀なデバイスである。
そして、自作のローラーブーツ。これもクイント専用のデバイスだ。クイントの戦い方は、一般的な魔導師とは違うので、こういう特殊なデバイスが求められた。
―――シューティングアーツ。
簡単に説明するなら、一撃離脱を信条とする格闘技。相手の懐に入り込み、強烈な一撃を叩き込む戦闘スタイル。
一撃必倒。それがクイントのモットーであり、シューティングアーツの極意。それを実践するには、高速移動が出来るにこした事はないので、ローラーブーツが創られたのだ。
「さ、行くわよっ!」
そして、装備を終えたクイントは、自分に気合を入れるようにそう告げると、階段を駆け下りて行った……。
「何よ……これ……」
あの後、長い地下通路で彼女を待っていたのは、金で雇われたであろう違法魔導師達だった。だが、ランクとしては高い者でもおそらくB。しかも、自分より強い相手と戦闘した事のない者達だったようで、クイント一人を相手に十五人という差を使いながら、連携も取れないわ戦術もないわで話にならなかった。
それを一人残らず倒し、デバイスを使われる事のないように破壊し、全員をバインドで拘束して通路へ放置してきたのだ。
そんなクイントが通路を抜けた先で見た物は、想像だにしないものだった。
自分によく似た髪をした少女が二人、ポッドに入れられている。そこにいた研究者らしき男を捕まえ、事情を聞こうとするも、男は何も知らないと言って聞かなかった。
仕方なくクイントは男を気絶させ、そこにあった端末からデータをコピーしようと操作を始めた。だが、そこに表示されたのは信じられない事実。
「そ、そんな……」
(私の遺伝子が使われているですって?!)
その少女二人は、事もあろうにクイントの遺伝子を基に作り出された存在だったのだ。それを裏付ける証拠もそこにはあった。
クイント自身のパーソナルデータである。生年月日から現在の住所までが詳しく表記されていた。それを見て、クイントは愕然となりながらも、冷静にこの事を考えていた。
(どういう事? 誰かが私の遺伝子を手に入れて、クローン培養した……? でも、それに何の意味が?)
そんなクイントの前に今度は別のデータが表示される。それは、ランクの高い管理局員全員のデータ。ただ、クイント程詳しくはなかったが。
そのデータに共通するのは、どれも最後に『適合率』との文字があり、それが低い事だった。その事がクイントに推理の答えを出させた。
(そうか! 私だけじゃなく、ランクの高い管理局員の中から”戦闘機人”に適合しやすい者を選び出していたのね。
そして、私が一番数値が高かった。だから私の遺伝子を基にこの子達を……)
そう結論付け、クイントは唇を噛む。その答えが導き出すものを悟ったからだ。つまり、管理局内部に犯罪者と通じている存在がいる。それも上層部に。
出なければ、局員全員のデータなど得られるはずがない。そして、クイントの遺伝子を確保する事も。
そんな事を考えていたクイントだったが、意識を現実に戻し、ポッドへ視線を向けた。そこにいる二つの命。それは自分の遺伝子から生まれた少女達なのだと。それを思い、クイントは考えるより先にポッドからその二人を解き放つべく動いた。
パネルを操作し、外界を遮っていたガラスが無くなった途端、クイントは幼い二人の少女へ駆け寄り、暖めるように抱きしめた。
「……ぁ……」
「ぅ……」
その温もりに少女達は目を覚まし、自分達を抱きしめる存在に気付いた。だが、驚く事なく二人はそのままクイントを抱きしめ返した。
本能の部分でクイントが自分達の味方だと悟ったのだろう。その証拠に、二人は満面の笑みを浮かべている。
「おはよう……そして初めまして。私が……母さんよ」
「母さん?」
「おかあ……さん?」
クイントが想いを込めて告げた言葉に、少女達は首を傾げる。だが、その微笑ましい光景を邪魔する者がいた。そう、気絶していた男である。
彼は、クイントの意識が少女達に向いた時に目を覚ました。幸いバインドされていなかったため、彼はクイントを倒せる手段を実行する事が出来た。
彼は三人に気付かれぬように、静かに端末の置かれているデスクへと近付く。そして、ゆっくりとその引き出しを開ける。そこに入っていたのは、質量兵器と呼ばれる物。大の男でも両手で支えねば、反動で骨が外れる事もあるマグナムと呼ばれる大口径の銃だ。
彼はそれを手にし、クイントへその照準を合わせる。そして、その頭を狙って発射した。この時、クイントが向けていたのが背中でなければ別の結末が待っていたかもしれない。
背中ではなく、横顔なら男の行動に気付いたのはクイントだったのだから。だが、背中で起きた事を知りえるような力をクイントは持っていない。だから、気付いたのは自ずと……。
「「あっ!」」
「えっ? ……くっ!」
少女達だった。男が銃を構え、クイントに狙いを定めた瞬間、それに気付き二人して声を上げた。その声にクイントも意識を後方へ向けて、際どく弾丸を防いだ。
だが、受けたリボルバーナックルにはヒビが入った事からも、その破壊力が窺える。それを見て、クイントは少女達を背中で守るように隠す。
クイント一人ならば、男の下へ近付きすぐに解決出来ただろう。だが、今動けば少女達に被害が出る可能性もある。クイントは男がきちんと狙いを付けられない事を悟っていた。
先程の一撃も、おそらく頭部を狙ったのだが、弾丸は頭部ではなく彼女の右肩へ向かっていたのだ。
(下手に動けば……あの子達に狙いがいく……!)
クイントが動けないのはそれを恐れているから。男が破れかぶれになり、銃を乱射でもされたら防ぎようがない。先程の衝撃から、クイントの使う防御魔法では、もしかすると危険かもしれないとの判断もそれに拍車を掛ける。
だから動けない。クイントに取れる手段はただ一つ。相手の弾が無くなるまで防ぎ切るのみ。だが……。
男が次に行なったのは、銃撃ではなかった。そして投降でもなかった。彼が狙ったのは、手元にある何かのスイッチ。
それを男は躊躇いもなく押し、大声で叫んだ。
「ハハッ!! これでお前も終わりだぁ!」
「どういう事よっ!?」
「今押したのは、周囲を崩落させるものだ。研究成果を失うのは癪だが、管理局に渡すぐらいならいっそこの手で……」
「バカな事を……っ! 今すぐ止めなさいっ!」
クイントの叫びを男は最早聞いていないのか、そのまま笑って自分の頭に銃を突きつける。それを見た瞬間、クイントは咄嗟に少女達を抱き寄せ、その視界を塞ぐ。
突然の事に驚く二人だったが、直後に聞こえた轟音に銃声は掻き消された。そして、クイントは必死の想いで周囲にバリアを展開する。
(お願いっ! 何とか耐えて!!)
その腕にいる幼い命を守るために……。
「ねぇ……ねぇってば」
「う、ううん……?」
「あ、起きた……」
体を揺さぶられ、クイントが目を覚ますとそこには笑顔の少女達がいた。その顔に煤汚れがあるものの、怪我等は見当たらない事にクイントは安堵の表情を浮かべた。
そして、周囲を見渡してクイントは愕然となる。何とか三人がいる場所だけは空間が残されているが、周囲を岩で覆われていたのだ。
それを見て、自分達の状況を把握しひとまずの安全を理解するクイントだったが、先程の崩落で完全に生き埋めにされたと思い返し、その表情を曇らせる。
だが、それを見た少女達が不思議そうに顔を覗き込んだ。その顔を見た瞬間、クイントは笑顔を見せる。
(ダメ! 私が不安になってどうするのよ! 絶対、この子達と一緒に帰るんだから!)
「どうしたの?」
「ううん。何でもないわ」
「ね、さっきの人はどうなったの?」
背の高い方の少女がそうクイントに尋ねた。それに背の低い少女も気になったようで、クイントの方へ視線を向けた。その無邪気な視線に心を痛めながら、クイントは誤魔化す事にした。
分からない、と。それは嘘だった。クイントは知っている。あの時男が取った行動がもたらすものを。だが、それを聞かせるには二人は幼すぎる。
故に真実は言わない。そして、話題を無理矢理変える。この事を早く忘れてくれるように。
「ね? どれぐらい私寝てた?」
「う~ん……分かんない」
「たくさんじゃなかったよ。少し、かな?」
話の例え方が可愛らしく、クイントはつい笑みをこぼす。それに二人も笑顔を返す。不思議とそれだけでクイントの中に希望が湧いてくる。
まだ生きてる。必ずここから出られると。しかし、周囲の状況を考えると迂闊な事は出来ないのが現状だった。
(魔法を使えば何とか道は作れるかもしれない。でも、その衝撃でまた崩落しないとも限らない)
今ある空間もいつ崩れるか分からないようなものなのだ。下手をすれば完全に潰れる事になりかねない。そう判断しながら、クイントは何とかここから脱出する方法を考える。
そんなクイントとは正反対に、二人の少女達は気楽なものだった。彼女達は基本外に出る事があまりなかった。出る時は検査や実験等のあまり良い事ではなかったのだ。
「ね、あの石大きいね」
「ホントだ。でも、大きい石はたくさんあるよ?」
「どれが一番大きいかなぁ」
「う~ん……あれ」
背の低い少女の問いかけに答える背の高い少女。その表情は一様に明るい。この状況を正しく理解していないのか、それともそれを考えまいとしているのかは分からない。
だが、その視線はやがてクイントへと向けられる。その深刻そうな表情を見て、二人は初めて困った顔を見せた。
「……どうしたの?」
「……え?」
「凄く……怖い顔してる」
その言葉にクイントはハッとした。そして、誤魔化していいものかと悩んだ。幼いながらも、この二人が状況を理解するのも時間の問題だ。
その時に落ち着かせるより、今の内にしっかりと説明し、理解させるべきか。そんな考えがクイントの頭をよぎる。
その迷いを感じ取ったのか、二人は互いに顔を見合わせ頷いてクイントの手に自分達の手を重ねた。
「え……?」
「大丈夫だよ」
「うん。きっと助けが来てくれるから」
二人の言葉にクイントは心震えた。幼い二人が険しい表情の自分を見て、あろう事か励ましてきたのだ。本来ならそれは大人である自分の役目にも関わらず。
幼いながらも優しさと思いやりを持っている二人をクイントは優しく抱き寄せ、心から願った。
(何でもいい! この二人を助ける力を! 私に、この困難を切り開く力をっ!!)
その想いを感じ取ったのか、二人も願う。それは、純粋な想い。心から願う初めての祈り。
((私達を助けてくれる人が来ますように……))
そして、その三人の想いは形となり、全てを切り開く力を呼び出した。
「ん? ここは……? どうやら”現世”のようだが……」
何が起こったのか、クイントには理解出来なかった。だが、一つ言えるのは、突然現れた目の前にいる金色の鎧を着た存在が、自分よりも遥か高みにいる者という事。
その身に纏う存在感。圧倒的な威圧感と神々しさ。それらが目の前の相手の異常さを伝えてくる。そんな風にクイントがその雰囲気に呑まれている間にも、二人の少女はそれに物怖じせず、とてとてと近付き……。
「ぬ?」
「ねぇ、お兄さん誰?」
「どこから来たの?」
無邪気に問いかけた。それに男は不思議そうな表情を浮かべるも、すぐに偉そうな表情に変え、高らかに言い放った。
「
我は、英雄王ギルガメッシュ。その名を知らぬ者はいない真の英雄よ」
高笑いさえするギルガメッシュ。それを聞いて二人は顔を見合わせ―――首を傾げた。
「「……誰?」」
「なっ……!」
流石に知らないとは思っていなかったのか、ギルガメッシュは二人の言葉に驚愕し、そして再度告げた。
「ええい、知らぬのか! 全ての財を手にし、最初にして最後の真なる王! それが我、ギルガメッシュだ!」
「「……知らない」」
「だあぁぁぁぁ!!」
絶叫。その声で再び崩落が起きるかもと思わせるような声だった。それを二人は耳を塞ぎながらも、楽しそうに笑っていた。
そんな光景を、クイントはただ呆然と眺めていた。自分は身動きさえ出来なかった相手。それに何の警戒心さえなく近付き、会話する二人に驚いていた。
絶叫が止んだ後も、二人はギルガメッシュに問いかける。どこから来たのか、何で鎧を着ているのか等、実に子供らしく目についた事を次々に尋ねていく。
それをどこかウンザリしながら、簡単に答えようとするギルガメッシュ。まぁ、大抵ギルガメッシュが話し終わる前に次の質問をし「我の話を聞け!」と言われていた。それでも、二人が怯えない程度に加減はしていたようだが。
そんな質問も終わり、二人が満足したのを見て、やっとギルガメッシュがクイントに気付いた。視線が合ったのだ。だが、それは先程まで二人に向けていたものとは違い、冷たくまるでクイントを物か何かとしか見ていない眼差しだった。
それに、クイントは本能的に危機を感じる。だが、それにも関わらず体が動こうとはしなかった。無理だ。あれからは逃げられない。そんな感覚がクイントの全身を包む。
「ほぅ……雑種がいたか。丁度よい。ここは……む?」
突然クイントを見ていたギルガメッシュの視線が変わる。それは、微かだがクイントをクイントとして見つめた視線。それにクイントは戸惑うも、その後のギルガメッシュの一言でその理由を悟る。
「貴様、この娘達の母親か……?」
「えっ……? あっ!」
ギルガメッシュは、僅かな共通点からある父娘の関係を見抜いた男だ。故に、クイントと二人の関係もすぐに感じたのだろう。
「どうなのだ。はっきりしろ」
「わ、私は……」
先程は色々あって思わず母親と名乗ったが、本当に自分がそう名乗っていいのかとクイントは迷っていた。遺伝学上は確かに肉親と呼べるかもしれない。だが、実際には自分の腹を痛めて産んだ子達ではないのだ。
そのクイントの迷いをギルガメッシュは感じ、興味を失ったように告げた。
「……まぁよい。我が聞いたにも関わらず、答えぬとは礼儀を知らぬな。雑種は雑種か……もうよい、娘に免じて許す。疾く失せろ」
ギルガメッシュはそう言うと、踵を返し、その場を離れようとして周囲の状況に気付いたようだ。完全に岩で道は塞がれ、出る事は出来なくなっている。
それに舌打ちをし、ギルガメッシュが何かをしようとしたのを見た瞬間、クイントは崩落を恐れ、反射的に叫んだ。
「止めて!」
「……我の許可無く発言し、しかも行動を妨げるか。先程は見逃したが、此度はない」
そう言ってギルガメッシュは腕を上げる。すると、何もなかったはずの空間に大量の武器が現れたのだ。それを見て、クイントは驚愕する。
(転送魔法?! しかも、これだけの数を一瞬で?!)
彼女の同僚にも優秀な召喚魔導師がいるが、その彼女でさえ今のような芸当は出来ないだろう。そうクイントは思い、同時に戦慄した。その標的はどう考えても自分だったからだ。
その事実を認識し、クイントは明確な死を覚悟した。絶望を肌で感じていたのだ。
「疾く失せろと言ったにも関わらず存在し、更に我の邪魔をする。礼儀知らずの雑種よなぁ……」
クイントの表情に何か満足したのか、ギルガメッシュはどこか楽しそうにそう言った。それを呆然と聞くクイントだったが、その視線がある一点を見た瞬間、光を戻した。
その変化にギルガメッシュも気付き、視線をそこへ向けると……。
「ここにいるよ~」
「お~い、誰かいないですかぁ~?」
少女達が岩と岩の隙間に向かって楽しそうに笑っていた。それに軽く唖然となるギルガメッシュ。そんな彼に、クイントは真剣な声で告げる。
「お願い。私はどうなってもいい。だから、その子達だけは助けてあげて」
「……我に命令するのか」
「違うわ。私にはそんな力はない。でも、今この場から、あの子達を無事に助け出せる力を持ってるのは貴方だけ。
だからお願い! あの子達だけはっ!」
クイントの目に浮かぶ涙を見て、ギルガメッシュは視線をクイントから二人へと向ける。そこには、クイントの必死の言葉に反応し、ギルガメッシュを見上げる二対の瞳があった。
(……チッ! だが、このままでは埒があかんのも事実か。ここがどこかも分からんし……)
「……勘違いするなよ、雑種。我は貴様の願いを聞いた訳ではない。この娘共のためでもない。ただ、我の道を阻むものを吹き飛ばすだけだ」
「……ありがとう」
「ふんっ!」
クイントの言葉にギルガメッシュは顔を背けると、自分を見上げていた二人を押しのけるようにし、クイントの方へと追いやる。それに少し慌てるように二人はクイントの傍へ行き、ギルガメッシュへ視線を戻す。
そして、何かしようとするギルガメッシュに向かって、二人は元気良く声を掛けた。
「頑張って~!」
「負けるな~!」
その声にギルガメッシュは笑みを浮かべ、その手に一振りの剣を取り出す。それは、異様な雰囲気を放つ剣だった。無邪気に声を出していた二人でさえ、息を呑んでしまう程の。
それはクイントも例外ではない。ただその剣に目を奪われていた。その剣の名は、エア。乖離剣と名付けられし”世界を切り裂いた”宝具。
「些か興が乗った。いいか、余波で吹き飛ばされんようにしておれ。どうなっても我は知らん!」
その言葉をキッカケに、ギルガメッシュが手にした剣が唸りを上げる。そのまるで削岩機を思わせる形状が回転し、恐ろしい程の風を巻き起こす。
「
天地乖離す―――」
その声には、威厳と雄々しさがあった。何人足りとも覆せぬ力があった。そして何より―――。
「
開闢の星―――っ!!」
全てを捻じ伏せる迫力があった。文字通り、天地を乖離させるだけの輝きを放ち、それが行く手を塞ぐ物全てを吹き飛ばす。いや、その力はその世界に留まらず、次元を超えた場所にも影響を与えていたのだ。
それは、朝も夜も切り裂く一振り。
森羅万象全てを乖離す、最強の力。
英雄王だけが放てる絶対無二の一撃。
崩落の危険をどこかで危惧していたクイントだったが、その一撃を放ったギルガメッシュの動きを見て、それは杞憂だったと悟った。
彼は、エアによる一撃で崩落すると予想していたのだろう。クイント達がいた場所の真上から正面にかけてが綺麗に無くなっていたのだ。
山の形を変えた攻撃にクイントは内心驚きながら、久方ぶりの空に息を吐いた。そして、抱きしめていた二人をもう一度抱きしめ、頭を優しく撫でる。
「もう大丈夫よ。何も心配いらないから」
「「……うん」」
「? どうかしたの?」
少し前とは別人のように静かな二人。それにクイントが不思議そうな表情を浮かべるが、その理由はすぐに分かる。
「何だここは! 何もないではないかっ!」
二人の視線の先にいたのは、金色の鎧を着た男。そう、ギルガメッシュだ。彼は周囲の景色に不満を述べると、クイント達へと近付いてくる。そして、何か警戒するクイントに……。
「で、雑種。ここはどこだ。疾く答えよ!」
「……は~、もう何がなんだか……」
(とにかく、この人をどうにかしないと。あの力、魔法なんてものじゃない。ロストロギアに近い”何か”だわ)
そんな事を考えるクイント。それに不満を告げようとしたギルガメッシュだったが、それは出来ず終いとなる。
「ね、さっきの何!? 何なの!?」
「教えて! ね、ね!」
目を輝かせ、二人がギルガメッシュを見上げていたのだ。その純真な瞳に、ギルガメッシュはどこか満足そうに笑みを浮かべ……。
「何だ? 気になるか? 良かろう。ならば……待て、汚れた手で鎧を触るな! ええい、教えてやるから泣くな!」
これが、クイントとその娘達、そして英雄王との出会いだった。
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空白期最後の話。お待たせのギル様降臨回。
クイントとスバル達の出会いは詳しく語られてなかったので、勝手にこうしてしまいました。
……もし何かおかしな点があればお願いします。たとえば、実はクイントとの出会いは描かれているとか。
次回から本編を進め、A'sへ突入します。