この店はまだ私が10代のガキンチョだった10年ほど前から知っており、国内で好きなフランス料理店4本の指に入るのだが、最終訪問から早半年以上も経っていた。時間が経つのは早い!
昼コースは3,800円(税・サ込み)のみ。しかし、プラス料金で質・品数とも、いかようにも増幅可能なので、実質的には自由度が高い。プラス料金があるものも少なくないが、差額以上の価値が十二分にあるものばかりなので、この店ではあまりケチケチせずに楽しみたい。
よってこの日わたしは選んだ料理の追加料金も含め、支払い総額8,000円なり。価格以上に満足。
■昼はシャンパーニュ、またはフランス製レモネード(有名なやつ。安くはないアレ。名称ド忘れ!)が一杯付く。こちらのシャンパーニュは、ブルゴーニュのCREMANT DE LIMOUX.
店の人はなにひとつ自慢らしいことは言わなかったが、チラッと目に入ったボトルに張られた白く丸い小さなステッカーを私は見逃さなかった。おっ!パリ農事コンクール2010年度・Medaille d'Or(金賞)受賞ものだっ!さすがお目が高い、こちらのお店。この農事功労賞、実は私は、モンドセレクションなんかよりよっぽど信頼に値すると勝手に思っている。(自社輸入ヨーロッパ製チョコはまあまあだが、惣菜と精肉・鮮魚は高いわりにパッとしない)成城石井などに置いてあるフランス産チーズも、このラベルが張ってあるパリ農事コンクール受賞製品は、けっこう廉価良品が多い。高くてうまいのは当たり前。中身スカタンの一部の名ばかりブランド製品ではなく、こういう価値ある掘り出しものを作る人、見つける人(店)を私は尊敬する。
(この日私の選んだ料理はプラス料金があるものばかりだったが)、3800円の基本料金内のみ飲食するお客にも同じものが一杯無料で付くことを思うと頭が下がるほど、まともな質・味わい・状態であった。よそには、クープで一杯2〜3千円ぶったくるくせにちっとも美味しくないシャンパーニュを出す店も五万とあるとにいうのに!「昼5千円以下のコースにグラスワイン一杯(または二杯)付き」という店では往々にして、このレベルなら出さなくていいからその分、料理に原価投資してくれ!と思うのだが(例:ア・ニュのシェフがいたときのミシュラン★1ツ星の恵比寿ジュ・ド・ラシエット←今も付くのかな?、同★1つ星の神楽坂ラリアンスなど)、こちらではそのようなこともなく。
いつもながら、レノックスのウェルカム・プレートにうっとり。素敵。欲しい!前回も話したとおり、これはもう20年以上前に店が揃えたもの(現在は製造中止?)、しかも一枚5〜6万円。はァ〜・・・。来年発売が正式に決まった自著の執筆料と印税が入ったら、真っ先にこれを売ってくださるオカネモチ収集家を探そうっと。笑
■アミューズ
うずらの卵のポシェ、地鶏のタルタル
いいんです、1品で!5000円以下コース(プラス料金加算前)のアミューズは。
価格も、レベルも、厨房スタッフ数ももっと上のベラサテギやレ・ザンバサドゥールのアミューズなら品数と完成度の高さは両立可能だが、コース4〜5000円前後(プラス料金加算前)の店がチャコマカした戦力分散の歩兵隊アミューズをいくつも作らないほうがいい。今っぽさに流されないこの店の、地に足着いた潔さを評価したい。
■前菜(こちらは追加料金1200円)
オマール海老のフリット、ブラウンえのき、PDTのガレット、ソースはcoulis d'hommard
オマールの個体、真っ当。
衣、いらない。この質とシェフの上等な火入れの腕なら、ソテーでも良いのでは?
Coulisってフルーツか野菜にだけ使う言葉だと思ってたよ。オマールも有りなんだ!アメリケーヌに似て若干異なる。より軽やかでさらりとしつつ、芳醇。美味。
じゃがいものガレットはバイヤッソンヌを想像していたが、ムスリーヌ状のものをセルクルで丸く薄く成型し表面をパリッと焼いたもの。薄く焼いたスフレのような舌触り。
えのき、上等。
絹さやのブランシールも申し分なし。見よ、この色ツヤ!神々しいほどみんずりとジューシー。それでいて水っぽくならず、甘く凝縮した持ち味が最大限に引き出されている。
■フォワ・ドワ(鵞鳥のフォアグラ)と鰻の赤ワイン煮のパイ包み焼き、ポルト酒ソース
(コースにプラス料金1500円)
これを見たとき、枕型をしたポルトガルのパイ菓子「トラベセイロ」(だっけ?)を思い出した。
味は全く違うのだが。
常連と思しき隣の席から聞こえてきた。「ソースおいしいっっっ!!!!」
「そう、そう!まさに仰るとおり!」と握手の手を差し伸べようかと思ったけど、迷惑だから自粛。
ほんと、この店ソースが上手い。(ソースだけでなく、火入れもガルニチュールもすべてが上手いのだが。)やっぱりいいなあ、フランス料理・・・・。
下に敷いてあるほうれん草の調理も良好。
■メイン肉料理(こちらはプラス料金1500円)
蝦夷鹿のポワレ、ソース・ポワヴラード
鹿の火入れ、超上等。
ソースも美味しいのだが、強いて言えば、ジュイエーのポワヴラードが自分の好みにより近い。
ガルニチュールもすべて異なり、かつそれぞれの野菜に最適な調理が施されている。
(私がフランス料理のつけ合わせとしては邪道と日ごろ思っている)ベタな味になりがちなサツマイモのローストだが、これを食べてパリの中級以上の店でジャガイモでよくやるPont−Neuf風という調理法を思い出した。これならアリ。大アリ。(苦手なはずの)サツマイモの美味しさに開眼。もの珍しさでごまかさず、結論として着地点にはきちんと納得のいく美味しさがある。これは大事。
連れが食べていた、牛フィレ肉のロッシーニも美味しそうだった。今度はあれも食べてみたい。
■デセール盛り合わせ(選択不可)
ぎょぎょっ!(魚クン。)ティラミス、シブースト、ベイクド・チーズケーキ・・・・
私の苦手な3大デセールが見事に一同集結・・・
・・・と思いきや、手前はティラミスではなく栗のトルテ、中央のシブーストもタルト地、アパレイユ表面の焼き目いずれも前回より美味しく、また後方のベイクド・チーズケーキも(チーズは好きだが甘いチーズ菓子苦手につき、大好物とはいわないまでも)なかなかであった。
こちらの白い器も素敵。また穴が開くほど眺めてしまった。この色、このツヤ、この厚み、この彫り模様の流れるようなデザイン。しばし眺めた後、連れにひとこと、私が言った。
「この白は・・・ウェッジウッド?!でも見たことがないシリーズだけど。」
「あまりに素敵なのでどちらのものでしょう?」とお店の人に聞いてみた。
やはりウェッジウッドだそうだ。ただし、あまり一般向けに売っているものではなく、レストラン向け卸から購入したそうだ。どうりで見たことなかったはず。使いもしない洋食器を10客単位で、ヨーロッパ産のものほぼすべて集めていた母も持っていなかったから。
連れ:「すごい!初めて見るシリーズなのに、どうしてウェッジウッドってわかったの?」
私:「でも同じ白でもウェッジウッドの白って独特だから、初めて見るシリーズでもなんとなく分かる。母は夫(私の父)の稼ぎが少ないと文句をいいつつ、高い洋食器を飽きては捨て、次から次へとポンポン百貨店で買い漁っていたからね。私にしてみれば、ケッ!ていう感じだったけど」
連れ:(皮肉たっぷりに) 「涙ぐましいおかあさまの情操教育の賜物!ご自身にその意識があったかは別として。」
私:「それって情操教育とはいわないと思うんだけど・・・」(爆笑)
ものは考えようである。
私:「だったら、同じ親から生まれて同じ環境で育ち、むしろ私より母に近かった妹が、秋刀魚と鯖の違いも分からなくて、チェコのボヘミアングラスの壺をぞうきんバケツ代わりに粗雑に扱って割ったのはどう説明するわけ?同じ“情操教育”を受けていたのに。」
連れ:「それは本人の感受性の問題」
写真はないが、いつもながらコーヒーの美味しさに心酔。料理はもちろんのこと、食後のコーヒーに及んでまで、その道の専門店より美味しいと私が心から思えるレストランは、都内だとこちらキタオカ、お気に入りフレンチ・Z(ブログカテゴリ内の過去記事参照)のエスプレッソ、同お気に入りの店・Lのカプチーノくらいか。あとはヨーロッパ随一のカフェ文化と歴史を誇るウィーンにいるとき以外、私は滅多にコーヒーを飲まない。まずくはなくとも感動に値しないものは、わざわざ外で飲み食いする必要はない(貧乏性)。たとえ100円でも。
どうでもよいことなのだが、こちらのお手洗い、私がパリで最後に暮らした6区のストュディオ(ワンルームのこと。ただし日本的感覚でいうワンルームよりかなり広い。35〜40平米くらいあった)のトイレとそっくりなのだ。内装、紺碧の便器の色かたち、水まわり、蛇口、トイレットペーパー置きまで、すべて!だからとても懐かしい。でも料理を紹介する記事にトイレ写真同載は避けたいので、見たい人は直接お店に食べに行ってご確認あれ。(私の暮らした部屋のトイレなんて興味ある人いないと思うけど。)
あと10年前からいつも、こちらの内装、椅子、窓、飾られた絵、器、カトラリーにうっとりしてしまう。フランス料理ってやっぱり総合芸術なのだなあと。それもただカッコイイのではなく、クリストフルのナイフにしてもスプーンにしても、(フレンチ慣れしていない客にも)手にしっくり馴染んで使いやすいものを厳選している。本当にこの皿に必要か?と思わせる料理にわざわざ使いにくいラギオールを添える店もよそにはあるが。(ラギオールすべてが悪いと言っているわけではない。ただ肉質なり魚質なり、器とカトラリーには適材適所というものがある。ピエール・ガニェールの前菜のくぼみのある白い皿だが、あれも深さがあるうえ、皿側面の勾配が急で、しかも添えられるスプーンの厚みがかなりあり、非常に食べづらい。ユーザー(イーター?)・フレンドリーとは言いがたい。)
ほかのお客さんがすべてお帰りになったので・・・
仮にこちらの料理がいまいちだったとしても(実際はそんなことはないが)、この絵、この皿を見に通ってしまうだろうと思わせるほど、私にとっては美術館並みの魅力がある。そう、日比谷のアピシウスのダイニングルーム奥右手のユトリロの絵のように!料理はもちろんのこと、レストランにおいてはこういった要素もある程度必要だろう。私に言わせればこの店は、トレーナーにGパンのお客も気兼ねなく(私自身は気兼ねするが)入れる、要町のアピシウス。敷居は低く、志は高く!(他方アピシウスは志も高いが、初心者には敷居高すぎかも。)お若いながらそつのない、空気のように自然で「いたの?」と思わせるほど存在感を感じさせず、それでいて後でよくよく振り返れば、食事の時間がすべて順調に平穏に(たとえ連れがワインをこぼしてもそれを忘れてしまうほど)過ぎていたなあ、やはりそれはサーヴィスの実力あってこそだな、といつも店を出た後にあらためてしみじみ思うのだ。こちらのサーヴィスはいい意味でまったく「ザ・洗練」の風をフロアにちらつかせる事もなく、客が、客のペースでおのおのの時間を堪能できる。食通老夫婦から、近所の起きぬけ常連客、おばさまご一行、若いカップル、誰しもが。それでいてまったく過不足がない。この店のサーヴィスについては前回訪問記事に詳述。(詳しくはこちら)
大塚のジュイエーにしても、こちら要町のキタオカにしても、立地柄、一歩間違えれば「パスタセット」などを出してブレてしまいそうなところだが、まったくそんなことはない。それも日ごろから私の述べている通り、店のゆるぎない絶対指針軸、そして全レベル・用途の客に柔軟に対応できる料理とサーヴィスの実力・努力の賜物であろう。それでいて、客同士が温度差を感じずに寛げるスマートさを備えている。
この日初めて知ったのだが、キタオカの現料理長がまだこの店でスーシェフだった10年以上前の当時の料理長はクラブミストラルの会員で、ジュイエーの福島シェフ、そして当時まだトラント・トロワの雇われシェフだった島田哲也シェフ(その後恵比寿「イレール」独立開業)と交流があったそうだ。当時はよく飲み会や、早朝草野球大会などをしていたそうな。島田シェフに関しては私はまだ彼の料理を食べたことがないのだが、最近は銀座三越地下に総菜屋を出したりNHKの番組に出たりと、忙しそうだ。どなたか、イレール行ったことある人います?感想聞きたいです。特に50代以上の食の経験値の高い男性の感想。同年代女性の感想は、うーん・・・。(←「白を基調としたオシャレなお店で、彼氏に誕生日ランチご馳走してもらいました☆帰りはシェフが笑顔でお見送りしてくれました」とかあまり参考にならない。)見た目、けっこう今っぽいけど・・・。どうなんだろう、実際は。
ちなみにメートルかと思ったこちらの現料理長・羽下(はが)氏だが、彼は人気集めのためにフロアに出ずっぱりなヨソの一部の店とは違う。むしろお客の反応や好みを知るために出ているといった印象。その証拠に、メインの火入れなどの際にはいつのまにか厨房へと消えている。「スーシェフが最近力をつけてきた」(羽下氏)こともあり、自分が手抜きをするというよりはむしろ、自分も目を配りつつも、後進の育成に力を入れているといった気概が見える。現に、羽下氏が料理長に就任した10年以上前からなんら、その料理の輝きは衰えていない。なので誤解なきよう、あらかじめここに断っておきたい。