OBたちが声をあげている。その一人、旧民社党の塚本三郎元委員長(83歳)は、
「国家の命運を一身に背負うべき席を占めた総理がだよ、言うべきことを言わず、なさねばならぬ大事をなさず、進む方向さえ示さなければ、『日本丸』はどうなるんです。『日本丸』の乗客はどうなるんです。
何もしないこと、即重大犯罪じゃないか。菅直人総理は自分が国家に対し、重大犯罪を犯していることにさえ、気づいていないようだな……」
と激しい。さらに、尖閣事件をめぐる事なかれ主義、敗北主義批判に移っていく。
塚本だけではない。引退した政界古老たちも、政治危機の深まりに黙っていられない、という空気になってきた。かつてないことだ。
今月末、緊急出版される中曽根康弘元首相(92歳)と哲学者、梅原猛(85歳)との対談集「リーダーの力量-日本を再び、存在感のある国にするために」(PHP研究所)でも、梅原が、
「最近の首相を見ると、こういう人たちがリーダーで日本は大丈夫なのだろうかという不安が募る。私は、日本はかつての戦争の時代と同様に、第2の亡国の道へと進むのではないかと憂えている」
と言い、中曽根が共感を示している。菅だけでなく、梅原は<最近の首相>をなで切りにした。
尖閣事件が大きく響いている。中国の体当たり漁船の船長逮捕(9月8日)から2カ月半が過ぎた。この間の尖閣外交について、菅首相は国会で、
「3年か5年後、歴史の評価に堪えられると確信している」
と述べたが、そう思えるなら憂国発言が相次ぐはずがない。内閣支持率が2割台に急落するはずがない。
外相を2度、防衛相もつとめた自民党の高村正彦は、沈着、穏健な論客として定評があるが、今回はかつてなく舌鋒(ぜっぽう)が鋭いのだ。
「中国に圧力をかけられ、腰砕けになって、勾留(こうりゅう)した船長を返してしまった。日本外交の敗北、裏を返せば、中国外交の完勝だ。ただし、中国が得をしたかと言えば、私は国際社会の厳しい目にさらされて、ずっと損をしたと思う。
つまり両方が損をした。戦略的互恵どころか、戦術的互損だ」(16日付自民党機関紙「自由民主」のインタビューで)
さらに、船長釈放は検察判断、という政府の主張について。
「最初から政治が関与していることは間違いない。中国の圧力に屈する形の、外交的国益判断による釈放に、本当に政治が関与していなかったら、それこそ政治の怠慢、関与するのは当然だ」
では、なぜうそをつくのか。
「自ら説明責任を果たしたくないからだ。どんなに説明しても国民が納得するはずはなく、責任を問われる。それが嫌だから、保身のためにうそをつく。一番許されないこと、批判されるのが嫌だったら、政権を担当しないことだ」
どうすればよかったのか。
「初動の段階でビデオテープを公開することだった。そうすれば、中国があそこまで手を振り上げることはなかったのではないか。何事も中途半端が一番危ない」
船長逮捕・釈放、ビデオ非公開・流出、尖閣外交のてんまつはおよそ歴史の評価に堪えられそうにない。高村はこうも言った。
「鳩山(由紀夫)氏ほどではないにしても、菅総理は自分に優しく人には厳しく、言うこととやることが違う人だ。それでは外交関係は立て直せない」
菅政権の発足から半年足らず、早くも危険信号が点滅している。(敬称略)=毎週土曜日掲載
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毎日新聞 2010年11月20日 東京朝刊
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