沖縄県知事選で、現行の日米安保体制下で米軍普天間飛行場の県外移設を主張した仲井真(なかいま)弘多(ひろかず)知事が、日米安保条約を見直し、普天間をグアムへ移設するよう求めた伊波洋一(いはよういち)前宜野湾市長を降した。仲井真氏の軟化に期待する政府は、かすかに望みをつないだ形だ。中国、北朝鮮、ロシアとの緊張関係を抱える菅政権は、米国との連携強化を目指すが、普天間問題の行き詰まりは避けられず、「同盟深化」は空洞化の危険もはらんでいる。【西田進一郎、ワシントン古本陽荘】
政府は、伊波氏について「日米同盟を否定しており、どう対応していいか想定できない」(政府筋)と見ていただけに、仲井真氏の再選で「日米同盟深化も普天間移設も何もできず、暗闇のトンネルに突入する状況は避けられた」(政府関係者)としている。
防衛省幹部は「伊波氏が勝ったら交渉の余地はなくなっていた。ひと安心だ」と胸をなでおろした。ただ、仲井真氏は知事選で県外移設に転じ、民主党政権への不信感を募らせている。名護市辺野古に移設するとした5月の日米合意の実行を目指す政府との交渉のテーブルに仲井真氏がつくのは、簡単なことではない。
同省幹部は「仲井真さんに対しては、粘り強くやっていくしかない。今の極東情勢を考えると現実的な選択肢は、名護市辺野古への移設しかない。グアム移転なんか夢物語だ」と東アジア情勢が緊迫するなか、普天間問題で見通しの立たない現状を嘆いた。
また、今回、民主党が候補者を擁立せず自主投票に回ったのに対し、仲井真氏を推薦した公明党や、党県連として推薦した自民党などは同氏再選を歓迎している。自民党の石原伸晃幹事長は「県民の賢明な判断の結果だ。菅政権には一日も早い普天間飛行場の危険性除去のため、問題解決への道筋を示す責任がある」との談話を出した。
菅直人首相は6月の就任以降、日米合意を着実に実行すると繰り返し、日米同盟への回帰を強く打ち出すことで米側の不信感の一掃に努めてきた。13日、横浜で行ったオバマ米大統領との会談では、来春に訪米し日米共同声明を発表する方針を確認した。これに先立ち来年の早い時期に外務、防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開いて普天間移設について最終合意し、同盟深化の協議を加速させる道筋を描いていた。しかし、仲井真氏が再選されても、2プラス2を予定通り開催するのは厳しい状況だ。
中国漁船衝突事件やメドベージェフ露大統領の北方領土訪問、北朝鮮による韓国・延坪島への砲撃などで日本外交が揺さぶられる中、普天間問題の停滞を長引かせて日米同盟を再び揺るがすことはできないとの判断はより強まっている。
危機感を強める首相は知事選後に沖縄を訪問する意向だが、15日に会った民主党議員に「日米合意を覆すのはなかなか想像しがたい。代わりの案がない」と語るなど、代替案はない。
オバマ米政権も、中国の積極的な海洋権益確保の動きや好戦的な姿勢を強める北朝鮮への懸念から、東アジアで一貫して日米同盟を重視する姿勢を表明してきた。アジア全体の平和と安定のため在日米軍が果たす役割はますます重要になるとの考えからだ。
米側は、普天間移設を柱とする在日米軍再編計画を大幅に見直すつもりはないとみられる。シンクタンク「新米国安全保障センター」のパトリック・クローニン上級顧問は「北朝鮮がさらに大胆になるような修正には慎重になる必要がある」と強調する。見直しに前向きな姿勢を示せば、中国や北朝鮮に誤ったメッセージを伝えることになりかねないからだ。
日本政府内の一部には、普天間問題を切り離して日米同盟深化を進めるべきだとの意見も出ているが、限界があるとの見方が多い。「切り離し」論は普天間飛行場の継続使用につながるからだ。住宅に囲まれた普天間飛行場の危険性は米政府内でも認識されており、事故が発生してからでは手遅れになるとの危機感が強い。米側としても、日米合意が破綻(はたん)し、普天間が固定化される事態は避けたいのが本音だ。
前原誠司外相は来年1月に米国を訪問し、同盟深化協議の加速化と首相訪米に向けた地ならしを始める方針。米側は中国、北朝鮮を念頭においたアジアの安全保障環境について日米両政府で再評価を行う中で在日米軍の重要性について日本や沖縄の理解を深めたい考えだ。しかし、普天間移設問題という「トゲ」を抜けるかどうかの見通しは立たないままだ。政府は「来春の日米共同声明で経済や人材・文化交流分野は書けるが、普天間問題を含む安保分野でどこまで成果を打ち出せるか、やってみないと分からない」(外務省幹部)と慎重な見方を示している。
「米軍は沖縄を守るためにいるのではなく、日本全体の安全保障、アジア太平洋地域の安定の点からいる。日本全国で、解決をお願いしたい」
再選を確実にした仲井真弘多氏は28日夜、普天間飛行場移設について「県内に移設先はない」との認識を示し、県外移設を求めていく意向を重ねて強調した。菅政権は仲井真氏との交渉に望みをつないでいるが、選挙戦で「県外移設」を訴えた仲井真氏が再び県内移設容認に転じるのは、困難な情勢だ。
仲井真氏が県外移設に転じた背景には、自民、公明の県組織が知事選前に、仲井真氏に対し県内移設容認からの方針変更を迫ったことがある。地元・名護市の稲嶺進市長は移設拒否の姿勢を維持し、9月の市議選では市長派が圧勝しており、移設に向け名護市の理解を得るのも絶望的だ。県幹部も「名護市が反対している以上、県が頭越しに判断することはできない」と述べた。稲嶺市政の間は、普天間問題が動かないのは必至の状況だ。【井本義親】
毎日新聞と琉球放送は沖縄県知事選で投票を済ませた有権者を対象に合同で出口調査を実施した。自民支持層の84%、公明支持層の82%が仲井真弘多氏に投票したと回答し、自民党沖縄県連や公明党などの推薦を受けた仲井真氏が両党支持層を手堅くまとめたことを裏付けた。
候補者の推薦を見送った民主支持層からも一定の票が仲井真氏に流れたとみられる。
政党支持率は民主党20%▽自民党26%▽公明党4%▽みんなの党2%▽共産党5%▽社民党8%--など。「支持政党はない」と答えた無党派層は30%だった。
民主支持層の60%は伊波洋一氏に投票したと答えたが、仲井真氏との回答も37%あった。一方、共産、社民支持層のそれぞれ約9割は伊波氏に投票したと答えた。無党派層の回答は伊波氏57%、仲井真氏40%で、投票先が両氏に分散したことをうかがわせた。
投票の際に最も重視したのは「米軍普天間飛行場の移設問題への対応」が36%で最も多く、「経済振興への取り組み」(30%)、「福祉や医療対策、教育などへの取り組み」(19%)が続いた。
普天間移設で賛成する案は「県外移設」(40%)と「国外移設」(39%)で約8割に上り、「名護市辺野古へ移設」は19%にとどまった。
普天間問題を重視した層の76%は伊波氏に投票したと回答した。ただ、県外移設を望む層に限ると、投票先の回答は仲井真氏50%、伊波氏49%でほぼ並び、仲井真氏が「県外」にかじを切った影響が読み取れる。
また、06年知事選で仲井真氏に投票したと答えた人のうち、7割強が今回も仲井真氏に投票したと答えた。
調査は沖縄県内の40投票所を無作為に抽出し、計2218人から回答を得た。【中田卓二】
毎日新聞 2010年11月29日 東京朝刊
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