今年も残すところ、あとひと月余。毎年恒例の「2010ユーキャン新語・流行語大賞」は、候補語60語がこのほど発表された。今年はどんな1年だったのか。ノミネートされた言葉から考えた。【江畑佳明】
「<食べるラー油>、私、さんざん食べましたが、ご飯にラー油かけるんだから、よく考えたらせこい。本当に今年は小粒ですねえ」
経済アナリストの森永卓郎さんに第一印象を尋ねると、「閉塞(へいそく)感の1年だった。だからですかね」とつぶやいた。
昨年は戦後初の本格的な政権交代があり、世の中が大きく変わるという気分が広がった。しかしその民主党政権は、鳩山由紀夫前首相が普天間飛行場問題で迷走。「政治とカネ」問題にからみ、小沢一郎元代表が注目された。<脱小沢・親小沢・反小沢>、<一兵卒>、<壊し屋>、<検察審査会>、<剛腕>と一人で五つの言葉が挙がったのが、象徴している。
今年6月、2人はそろって辞任、後を継いだ菅直人首相に交代した。だが、<イラ菅・ダメ菅・○○菅>が候補となった首相は、参院選に大敗、尖閣問題や閣僚の失言などで、最新の内閣支持率は菅政権発足後最低の26%に落ち込んだ。いい話題がなかった。
「昨年は世の中変わるぞって結構盛り上がったじゃないですか。でも公約はウソ。高速道路無料化もウソ、子ども手当も全額出ない。揚げ句の果てには、企業献金を認め……暗い世相を作っているのは政治の要素が大きい」
「不作」ではあるが、森永さんが推すのは<2位じゃダメなんですか>。民主党の看板・蓮舫行政刷新担当相が事業仕分けで放った有名な一言だ。確かに誰もが知っているが、実はこれ、昨年11月でノミネート発表後だったため今年に繰り越された。
森永さんは「発想がとても斬新。言葉に力があるし、蓮舫さんは国民へのアピール度が高かった。2位じゃあ、ダメなんだよと誰でもすぐ突っ込めますけどね。今年はこれ以上の言葉が見当たらない。去年の言葉を持ってこなければならないほど、今年は不作です」と分析した。
菅政権にいら立ちを募らせる森永さんだが、自身も流行語作りに挑戦していた。<イクメン>(育児をする男性)がはやりだした時、テレビ番組で「育児しない男性を『いくじなし』と呼ぼう!」と提案したが、ほとんど反応がなかったという。流行語には、かなりのセンスが要求されるようだ。
■
「不平等社会日本」などの著書がある東大教授の佐藤俊樹さん(社会学)は、「今の日本が抱えている手詰まり感、イライラ感を表している言葉が多い」と指摘する。夏の酷暑も追い打ちを掛けた。
「思い通りにいかず、理想と違うことばかりの世の中。例えば鳩山さんは首相でありながら、米国メディアに<ルーピー>とからかわれた。さらに、普天間飛行場移設問題で下手に動いて手詰まり感を増加させました」。その鳩山さんは、国会議員を辞めると宣言したのに、前言を撤回。「仲間同士であり続けたいんでしょうね。<家庭内野党>は菅夫人を表現した言葉ですが、家庭内でも党内でも、非難しあうのに、内輪にとどまろうとしている」
なるほど。でもいら立ちを抱えたなら、外国へ行くという手もある。
「周囲を見渡したときに、さほど目指すような国もない。<ガラパゴス(ガラケー)>(日本国内でしか使用できない携帯電話のたとえ)状態で、外にも出られず出口がない。イライラを国内でぶつけることになります」
このイライラ感はスポーツでも見られた。<なんで一段一段なんだろう>というのがあった。スキー・女子モーグルの上村愛子選手が、今年2月のバンクーバー五輪で4位入賞。五輪のたびに順位をひとつずつ上げたがメダルには届かず。「もどかしさが響いてきます」
<ブブゼラ>が鳴り響き、タコの<パウル君>が試合結果を「予言」したサッカー・ワールドカップ(W杯)。「開幕前は日本代表の調子が上がらず岡田(武史・前サッカー日本代表監督)さんは相当イライラをぶつけられました。<本田△>(ほんださんかっけー=本田さん、格好いい)が活躍し、<ベスト16>という結果を出したら<岡ちゃん、ごめんね>となりましたが」
ところで、菅首相の掲げた<最小不幸社会>がノミネートされているが、「不幸な言葉ですねえ。現実を見すえたフレーズですが、不幸は目指すものではない。これしか思いつかなかったのが不幸ですね」。
今年は100歳以上の所在不明者問題がたびたび報道され、<買い物難民>、<待機老人>、<年金パラサイト>など、今後必ず来る超高齢化社会への不安が一層大きくなった。佐藤さんが「ギクッとした」のが、<断捨離>。余計なものを捨てシンプルに生きるというライフスタイルだが、「<無縁社会>、<名ばかり高齢者>と並べてみると恐ろしい。関係を断ち、捨て、離れてゆくんですから」。
暗い気持ちになってきた。
■
ところで昨年トップテン入りした「草食男子」の名付け親として表彰されたコラムニストの深澤真紀さんは、「昨年に比べ、今年は世の中が少しずつ落ち着きを取り戻し、希望を見いだせます」と言う。
確かに、小惑星探査機<はやぶさ>が無事に帰還、日本人科学者の<(クロス)カップリング>でのノーベル化学賞受賞もあった。<東京スカイツリー>も空に向かって伸び、地元は期待を膨らませており、希望は持てる。
「<もってる>は早稲田大の斎藤佑樹投手の言葉。人の心をつかむ言葉を持っている選ばれし人です。世間は時々、選ばれし人の出現を望みます。また<パワースポット>はどうにか明るい時代にしたい強い欲求の表れですね。出雲大社や明治神宮が注目されるなど、日本の価値観を見直す側面もあります」
さらに<女子会>(女性だけで行う集まり)、<モテキ>(恋愛関係でもてる時期のこと)、イクメンなど、男女を表現した言葉がノミネートされるのも、ここ数年の傾向という。
そして今年一番の人気者が<AKB48>。表彰式を華やかにする意味でも、トップテンに入る可能性が高いという。深澤さんは「AKB48が入るなら、ノミネートはされていませんが、マツコ・デラックスも入れてほしかった。世間は毒舌を求めている部分もあります。自分が思っていることを的確に指摘してくれますから」。
大賞とトップテンの発表は12月1日。身の回りで起きた出来事や世間のニュースと照らし合わせながら、予想するのも面白そうだ。
==============
◆今年の新語・流行語候補
・iPad
・(クロス)カップリング
・無縁社会
・3D
・AKB48
・K‐POP
・~なう
・いい質問ですねえ!
・名ばかり高齢者
・イクメン
・家庭内野党
・ガラパゴス(ガラケー)
・ゲゲゲの~
・白戸次郎もよろしく
・生物多様性
・ダダ漏れ
・ととのいました
・どや顔
・なんで一段一段なんだろう
・ネトゲ廃人
・バイクコンシャスライフ
・パウル君
・はやぶさ
・パワースポット
・フェニックス
・ブブゼラ
・ホメオパシー
・もしドラ
・もってる
・モテキ
・リア充
・ルーピー
・一兵卒
・岡ちゃん、ごめんね
・壊し屋
・検察審査会
・見える化(可視化)
・……ぜよ!
・剛腕
・国技をつぶす気か
・酷暑
・最小不幸社会
・山ガール
・終活
・女子会
・食べるラー油
・生きもの会議
・待機老人
・脱小沢/親小沢/反小沢
・断捨離
・東京スカイツリー
・年金パラサイト
・買い物難民
・ゴルコン
・本田△(ほんださんかっけー)
・アジェンダ
・33人の奇跡
・(W杯)ベスト16
・イラ菅/ダメ菅/○○菅
・2位じゃダメなんですか
==============
84年に開始。1年の出来事のうち、一般大衆の耳目をにぎわせた言葉を選ぶ。作家の藤本義一さんを委員長にした審査委員会が、ノミネート60語を大賞とトップテンに絞り込む。昨年の大賞は「政権交代」だった。
==============
t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2010年11月29日 東京夕刊