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厚生労働省は、来年度の公的年金の支給額を5年ぶりに引き下げる方針を決めた。世代間の公平な分配のためのルールに沿った措置で、やむをえないといえよう。これを機に、制度のあり方を考えてみたい。[記事全文]
ひとりで暮らすお年寄りが毎朝、決まった電話番号にダイヤルする。「お加減はいかがですか」という自動音声が流れると、1=元気、2=少し元気、3=悪い、4=話したい、のどれか[記事全文]
厚生労働省は、来年度の公的年金の支給額を5年ぶりに引き下げる方針を決めた。世代間の公平な分配のためのルールに沿った措置で、やむをえないといえよう。これを機に、制度のあり方を考えてみたい。
引き下げ決定は、あらかじめ決めておいた基準を今年の物価が下回る見通しとなったためで、デフレの現状をある程度は反映したものだ。だが、これで世代間の負担と給付が公平なものになるわけではない。
これまでは、物価や賃金に比べて年金の受取金額がなるべく減らないよう配慮した調整が行われてきた。しかし、こうした受給者の権利を守る措置が、結果的に負担を将来世代に先送りしているという現実がある。こうした側面に、もっと目を向けるべきではないだろうか。
2004年に改正された現行制度では、年金財政を長期にわたって安定させるため「マクロ経済スライド」という仕組みが導入された。
現役世代の賃金や物価が上がっても高齢者の年金はあまり増えないようにして、保険料の上昇を少しでも抑えようとしたのだ。少子高齢社会では、そうしないと若い世代の負担が重くなりすぎてしまうからである。
だが、その後は世界同時不況などの影響もあってデフレが長期化し、物価や賃金の低迷が続いている。このため、自動調整の仕組みは、いまだに発動されていない。
その結果、高齢者の年金水準は相対的に上がっている。04年の推計では、現役世代の会社員の手取り収入に対する厚生年金の給付水準が、04年の59%台から09年には57%台に下がる見通しだった。ところが、09年の検証では62%台に上昇している。
これは、過去に物価下落を反映しなかった分を解消しきれていないことが主な原因だ。今回の引き下げは、年金を本来の水準に近づけるためのものでしかないともいえよう。
こうした調整の遅れが放置されれば、次世代の年金水準が大きく目減りする。それを避けるには、税金や保険料を大幅に増やす必要がある。
もちろん、年金以外に収入がない高齢者のために急激な引き下げが起きないようにする配慮は必要だ。しかし、そのために現役世代とのバランスを崩しては本末転倒である。
この問題は、社会保障と税の一体改革を考える際に避けて通れない。減額に反発する受給者は少なくないだろう。だが、年金は世代間の助け合いだ。負担を分かち合う姿勢で、高齢者も若い世代も共に納得できる制度のありようを考えたい。
政治は、選挙への影響を心配して高齢者の給付の削減には及び腰になりがちだが、それでは責任を果たせない。
ひとりで暮らすお年寄りが毎朝、決まった電話番号にダイヤルする。
「お加減はいかがですか」という自動音声が流れると、1=元気、2=少し元気、3=悪い、4=話したい、のどれかの番号を押す。
4だと地域の社会福祉協議会に転送され、職員と話す。2や3のときや午前中に電話がない場合は、職員が電話を入れたり、近所の人や民生委員に自宅をのぞいてもらったり。電話の発信記録は情報管理サーバーに保管され、職員がパソコンで確認する。別居の息子や娘が希望すれば、結果は電子メールで携帯電話やパソコンに届く。
岩手県社会福祉協議会が、家庭の電話機を使ったお年寄りの安否確認システムに取り組んでいる。開発は岩手県立大学と企業が受け持ち、過疎地の旧川井村(現宮古市)や滝沢村、盛岡市など県内19市町村で約240人のひとり暮らしのお年寄りが利用する。
その1人は「ロボットさん(自動音声)の向こうに私を気にかけてくれる人がいて安心」と話す。
この仕組みが地域の医療費や介護費用の軽減につながるかどうかを検証中だ。それが証明されれば、自治体は財政支援をしたらいい。
琵琶湖の北東にある滋賀県長浜市の田根地区で今年7月、認知症のお年寄りを受け入れる定員12人のデイサービス事業所「さくら番場」が開いた。
空き家の所有者が土地を寄付し、滋賀県社会福祉事業団が古民家風の建物をたてた。採算性から民間の事業者が進出しにくい地域で、地元の人たちは福祉の専門的な知識だけでなく過疎地の活性化にと期待する。
事業団とまちづくり協議会が覚書を交わし、ボランティアの住民が運営を手伝っている。建物は認知症の勉強会や、子どものたまり場にも使う。
運営への住民参加と地域に開かれた施設、お年寄りだけでなく子育て支援にもという発想は、ほかでも参考になるだろう。
ひとりで暮らすお年寄りが孤立するのは、都市部だけではない。過疎地でも地域のつながりは薄れるばかりだ。若い人が外に出ていってしまった分、問題はより切実かもしれない。
住み慣れた土地で暮らし続けたい。そんなお年寄りを支える仕組みづくりは、過疎地でこそ急務といえる。
人がいない、お金がない、知恵もないと嘆いていても現実は変わらない。旧川井村や田根地区のように、お年寄りを支えるアイデアを地域から発信してほしい。
そのためには、地域福祉の担い手の協議会や事業団だけでなく、自治体や研究者、民生委員、住民、企業の担当者らが地域の課題を共有し、そこに合った方法を考えることだ。全国一律で恒久的な制度はむしろなじまない。